## 【BLEACH × 宝鐘マリン】破面篇 第三部:内なる海戦、嵐を統べる船長
### 第一章:仮面の軍勢(ヴァイザード)と、地下の闘技場
空座町の外れにひっそりと佇む、巨大な廃倉庫。
一見何の変哲もないその建物の内部には、幾重にも張られた結界によって外界から完全に隔絶された、広大な地下修練場が広がっていた。
「……よう来たな、黒崎一護。それに宝鐘マリン」
おかっぱ頭の男、平子真子が薄暗い空間の奥から歩み出てくる。
彼の後ろには、ジャージ姿で木刀を担いだ猿柿ひよ里、セーラー服に眼鏡をかけた矢胴丸リサ、巨漢の有昭田鉢玄(ハッチ)など、『仮面の軍勢』の面々がずらりと並んでいた。
「単刀直入に言うで。君らがここに来たんは、自分の中の『虚(ホロウ)』の押さえ方を教えてもらうためやな?」
「……ああ。このままじゃ、俺たちはまともに戦えねェ」
一護が険しい表情で頷く。マリンもまた、その横で無言のまま決意の瞳を平子に向けていた。
「ええ覚悟や。けどな、教える言うても、座学でハイ終わりっちゅうわけにはいかんのやで」
平子はニヤリと口角を上げ、残酷な真実を口にした。
「虚の力を御する唯一の方法……それは、自分から完全に『虚化』し、精神世界で内なるバケモノと殺し合いをして、力ずくで屈服させることや。……もし精神世界で負けたら、君らの肉体は現世で本物の虚になり果てる」
ひよ里が横から鼻で笑う。
「その時は、ウチらが責任持ってアンタらを跡形もなくブッ殺したる。……ビビったか、ヒヨッコ共」
死と隣り合わせの、一発勝負の極限修行。
だが、一護とマリンに退く理由はなかった。
「……上等だ。やってやるよ」
「船長が、一度乗った船から降りるわけないでしょ。とっとと案内して」
二人の迷いのない眼差しに、平子は満足そうに「ハッチ、頼むわ」と合図を送った。
ハッチの高度な鬼道によって、広大な地下空間に強固な防壁結界が展開される。
「一護クンとマリンサン、二人が同時に暴走すると僕の結界でも耐えきれないかもしれません。……まずは、マリンサンから行きましょう」
「了解。……一護、先に行って、船長がバケモノを飼い慣らすところ、特等席で見せてあげるからね」
マリンは一護にウインクを飛ばし、結界の中心へと歩みを進めた。
「マリンの相手は、ウチがやったるわ」
矢胴丸リサが、長い鉄パイプのような槍を肩に担いで進み出る。
「あんたが精神世界で戦ってる間、こっちの肉体は完全に虚に乗っ取られて暴れ回る。……死なない程度に、ウチがボコボコにして押さえといたるから、安心し」
「……お手柔らかにお願いね、眼鏡のお姉さん」
マリンは結界の中央に胡座をかき、自身の斬魄刀『紅海月』を膝の上に置いた。
目を閉じる。
己の魂の、最も深く、最も暗い場所へ。
『——出させろ。私を解放しろ!!』
意識を内側へ向けた瞬間、待っていたとばかりにあの黒く濁った声がマリンの脳髄に響き渡った。
「……ああ、今行くよ。アンタの首に、鎖を繋ぎにな!」
現実世界のマリンの体が、ビクンッ!と大きく跳ねた。
次の瞬間、彼女の全身から、凄まじい密度の赤黒い霊圧が爆発的に噴き上がった。
「来たで……! リサ、気ィ引き締めや!」
平子の鋭い声が響く。
「グ……ガァアアアアアアアアッ!!!」
赤黒い霊圧の柱の中から現れたのは、もはや宝鐘マリンの姿ではなかった。
右顔面を完全に覆う、鋭い牙を持った骨の仮面。全身から吹き出すタールのように黒い水。そして、獣のように四つん這いになり、殺意だけで周囲を睨みつける悍ましいバケモノ。
「さァて、ええデータ取らせてもらうで!」
リサが槍を構え、虚化したマリンの肉体と激突する。
現実世界での死闘が幕を開けた。
そして同時に、マリンの精神世界でも、彼女自身の魂を懸けた『内なる海戦』の火蓋が切って落とされた。
### 第二章:暴風雨の暗黒海、現れた影
マリンが目を開けると、そこは荒れ狂う暴風雨の中だった。
「……ひどい天気。私の海が、こんなに荒れてるなんて」
以前、始解『紅海月』を習得した時に見た、美しく透き通る瑠璃色の海は見る影もなかった。
空はインクを流したように真っ黒に染まり、海面はどす黒い波が荒れ狂い、落雷が次々と海を叩き据えている。立っている足場(水面)すらも不安定で、気を抜けばそのまま暗黒の海底へと引きずり込まれそうだった。
ザバァアアアアアンッ!!!
突如、マリンの目の前の巨大な波が割れ、そこから一隻の巨大な船が姿を現した。
それは、かつてマリンが見た優美な海賊船ではない。
帆はズタズタに破れ、船体には無数の骨が埋め込まれ、マストにはボロボロの黒い旗がはためいている。まるで地獄の底から引き上げられたような『幽霊船(ゴーストシップ)』。
その幽霊船の舳先に、一人の女が立っていた。
「……ようこそ、私。随分と待たせてくれたじゃないか」
透き通るような真っ白な肌。黒い白目に、黄金色に光る瞳。
マリンと全く同じ顔、同じ声でありながら、その姿は死装束のように白く、羽織っている海賊コートだけが漆黒に染まっていた。
「あなたが……私の中の、虚」
マリンは『紅海月』を抜き放ち、白と黒の自分自身を強く睨みつけた。
「ああ、そうだ。私はお前で、お前は私だ」
内なる虚は、薄気味悪い笑みを浮かべ、自身の腰から刀を抜いた。
それはマリンの紅海月と同じカットラスの形をしていたが、刃はノコギリのようにギザギザに歪み、そこからは赤黒い血のような水が滴り落ちていた。
「私はお前が目を背け続けてきた『真実』だ。藍染惣右介の実験の残滓。死神でも人間でもない、ただ全てを破壊し、喰らうために作られた呪いそのもの」
内なる虚は、幽霊船の舳先から飛び降り、マリンの目の前の水面に音もなく着地した。
「なぜ私を拒絶する? あのヤミーとかいうデカブツを前にした時、お前も望んだだろう? 私の圧倒的な暴力を。……あんな薄っぺらい死神の力(紅海月)など捨てて、私に全てを委ねろ。そうすれば、お前を傷つける全てのものを、この暗い海の底に沈めてやる」
「……断る」
マリンは紅海月を構え、黒い波に足を踏ん張った。
「私は宝鐘マリン。黒崎家の居候で、アイツらと一緒にこの海を渡る『海賊船長』だ! 誰かに作られた呪いだろうが何だろうが、私の船の舵はお前なんかには絶対に渡さない!」
「……そうか」
内なる虚の黄金の瞳が、スッと細められた。
「ならば、力ずくで奪うまでだ。お前はここで沈み、私が『宝鐘マリン』になる!!」
ドンッ!!
爆発的な波紋を残し、内なる虚が消えた。
(速い……!!)
「大波(おおなみ)ッ!!」
マリンは反射的に後方へ跳躍し、紅海月から巨大な水刃を放った。
「遅いなぁ!」
背後から声がした。
「なっ!?」
振り向くよりも早く、内なる虚の漆黒の刃がマリンの背中を斜めに斬り裂いた。
「がはァッ!!」
鮮血が舞い、マリンは黒い海面を激しく転がる。
「どうした? 海賊船長がその程度か!?」
内なる虚の猛攻は止まらない。響転(ソニード)による神出鬼没の歩法。さらに、彼女が振るう黒い刃からは、マリンの蒼い水流を遥かに凌駕する重圧と破壊力を秘めた『黒い水刃』が次々と放たれる。
ガギィイイイインッ!!
マリンは必死に紅海月で防御するが、一撃受けるごとに腕の骨が軋み、内臓が揺れる。
圧倒的な力の差。それは、現実世界でヤミーに手も足も出なかったあの絶望感と全く同じだった。
「ほら見ろ! お前のその澄んだ水鉄砲じゃ、何も護れない! 自分が傷つくのも、仲間が死ぬのも怖いんだろう!? なら私に代われ!! 私が全てを壊してやる!!」
内なる虚の黒い水流が巨大な竜巻となり、マリンの体を空高く巻き上げた。
「あァアアアアッ!」
「終わりだ、偽物の船長!!」
内なる虚が跳躍し、マリンの心臓めがけて黒い刃を突き下ろす。
死の恐怖が、マリンの全身を冷たく凍りつかせた。
### 第三章:嵐を統べる者
(ここで、終わるのか……?)
黒い刃が迫るコンマ数秒の間に、マリンの脳裏を様々な光景が駆け巡った。
事故で両親を亡くしたあの日。
黒崎一心に手を引かれ、一護たちと出会った日。
ルキアとの出会い。空座町での戦い。
そして、四番隊の病室で、一護と交わした誓い。
『俺が前を歩くんだよ』
『そこは「船長についていきます!」でしょ?』
(……そうだ)
マリンの瞳に、再び強烈な光が宿った。
(私は、あいつらの前を歩く船長なんだ。こんな泥水に沈んで、あいつらを置いていくわけにはいかない……!!)
「……舐めるなァアアアアッ!!」
マリンは空中で体を無理やり捻り、迫り来る内なる虚の黒い刃を、自身の『左手』で直接掴み取った。
「なに!?」
内なる虚が驚愕に目を見開く。
刃がマリンの手のひらを深く切り裂き、血が溢れ出すが、マリンは決して離さない。
「アンタの言う通りだ! 私の水流(ちから)じゃ、あの鋼の皮膚は破れない! 私一人じゃ、大切なものを護りきれない!」
マリンは左手から流れる血に構わず、内なる虚を力任せに引き寄せた。
「でもね……海賊ってのは、足りないものがあれば『奪う』んだよ!!」
マリンは右手にある紅海月に、自身の限界を超える霊圧を注ぎ込んだ。
だが、それはただの「死神の霊圧」ではなかった。
彼女は、自身の体を貫こうとしている『内なる虚の漆黒の霊圧』を、握りしめた左手から強引に吸い上げ、自身の紅海月へと流し込んだのだ。
「貴様……! 私の力を、取り込む気か!?」
「アンタは私で、私はアンタだろ! だったら、アンタの力も私の船の戦力だ!! 船長が『力貸せ』って言ってんだから、大人しく従えェエエエエ!!」
ゴゴゴゴゴゴォオオオオオオッ!!!
マリンの放つ蒼い水流と、虚の放つ漆黒の水流。
決して交わることのなかった二つの相反する力が、マリンの強靭な意志と「全てを海に飲み込む」という海賊の度量によって、刃の上で一つに混ざり合い始めた。
蒼と黒が混ざり合い、生み出されたのは、深く、重く、そして息を呑むほどに美しい『群青(インディゴ)』の霊圧だった。
「な、なんだこの霊圧は……!」
内なる虚が、初めて恐怖に顔を歪める。
「総員、衝撃に備えよ!!」
マリンは、群青色に輝く巨大な刃を、内なる虚の胴体めがけて全力で振り抜いた。
「深海(しんかい)ッ!!!」
ズバァアアアアアアアアアアアアンッ!!!!
空間そのものを叩き割るような凄まじい斬撃が、内なる虚の体を斜めに両断した。
同時に、マリンの精神世界を覆い尽くしていた暴風雨と暗い海が、その強烈な一撃によって完全に真っ二つに切り裂かれ、光が差し込んでいく。
「……が、はっ……」
内なる虚の肉体が、光の粒子となって崩れ始める。
彼女は自身の消えゆく体を見下ろし、やがて、憑き物が落ちたような、どこか満足げな笑みを浮かべた。
「……ふん。悪くない一撃だ。……お前が、嵐から目を逸らさず、全てを飲み込む覚悟を決めたというなら……その舵、お前に預けてやろう」
内なる虚は、ゆっくりと海に沈みながら、最後に黄金の瞳でマリンを見つめた。
「だが忘れるな。お前が一度でも弱さを見せ、操舵輪から手を離せば……私はいつでも、海底から這い上がってお前を喰い殺す」
「……ああ。そんな隙、一生見せてやらないよ」
マリンが力強く頷くと、内なる虚は完全に光となって、マリンの体の中へと溶け込んでいった。
荒れ狂っていた海は嘘のように静まり返り、マリンの精神世界には、深く穏やかな群青色の海が広がっていた。
(……これで、私の勝ちだね)
激しい疲労感に包まれながら、マリンの意識は再び現実世界へと浮上していった。
### 第四章:覚醒、海賊の仮面
現実世界の地下修練場。
矢胴丸リサは、息を切らしながら後方へ飛び退いていた。
「なんやコイツ……! さっきから急に動きが……!」
虚化したマリンの肉体は、ただ暴れ回るだけでなく、明らかに「剣術」の型を持ってリサを追い詰め始めていた。
「マズいで平子! コイツ、内側の主導権争いで……虚の方が勝とうとしとるかもしれん!」
ひよ里が木刀を握りしめ、いつでも飛び出せるように身構える。
「……いや、ちゃう」
平子真子は、結界の中央を見つめ、目を細めた。
「よォ見ィ。……霊圧の質が、変わったわ」
ピタッ。
獣のように暴れ回っていた虚化マリンの動きが、唐突に完全に停止した。
そして、彼女の全身を覆っていた黒い霊圧が、シュルシュルと彼女の体の中へと吸い込まれていく。
パキッ……ピキキキキキッ……。
彼女の顔を覆っていた、醜く歪な骨の仮面に、無数の亀裂が走る。
「……破れるで」
平子が呟いた瞬間。
パァアアアアアアアアンッ!!!
凄まじい衝撃波と共に、仮面の外殻が吹き飛んだ。
爆風が収まった後。結界の中央に立っていたのは、いつもの制服姿の宝鐘マリンだった。
だが、その顔には、先ほどまでの醜い化け物の仮面とは全く異なる、新しい『仮面』が装着されていた。
頭部の上半分を覆う、海賊のバンダナのような形状をした白い骨の装甲。
右目を隠すように造形された、ドクロの意匠が施された眼帯型のバイザー。
そして、左目だけが外界を覗き、その瞳は、彼女自身の意志を示す強い光を放っていた。
死神と虚の力が完全に調和し、彼女自身の「海賊」としての魂の形を模して発現した、完全なる『虚化』の姿だった。
「……ふぅ」
マリンは、新しい仮面の奥から、低く反響する二重音声(ダブルボイス)で息を吐いた。
彼女は自身の右手に握られた紅海月を軽く振るい、結界の外にいる平子たちに向けて、不敵な笑みを浮かべた。
「お待たせ。……船長の帰還だ」
その声と同時に放たれた、群青色の研ぎ澄まされた霊圧。
それは、もはや暴走する化け物のそれではなく、己の内の嵐を完全に統べた、真の強者の波動だった。
「……ハッ。無事に飼い慣らしよったみたいやな」
平子がニヤリと笑い、結界を解くようハッチに合図を出す。
「おめでとうさん。これで君も、立派な『仮面の軍勢(ヴァイザード)』の仲間入りや」
「仲間入りはしないけど、力はありがたく使わせてもらうよ。……これで、あのバケモノども(破面)と同じ土俵に立てる」
マリンが顔の前で手をかざすと、仮面がパリンと音を立てて砕け散り、元の素顔が戻った。
疲労で膝がガクガクと震えているが、その表情は晴れやかだった。
「すっげぇ……。やったな、マリン!」
結界の外で見守っていた一護が、安堵と興奮の入り混じった顔で駆け寄ってくる。
「へへっ……一護より先にお手本見せてやったよ。次は一護の番だからね……私より手こずったら、笑ってやるんだから」
「言うじゃねぇか。見てろよ、俺は五分で終わらせてやる」
マリンが己の内なる海戦を制し、強大な力を手に入れた。
一護もまた、これに続き、平子たちの下で苛烈な修行に身を投じることとなる。
破面(アランカル)との本格的な激突、そして井上織姫の虚圏への連行。
残酷な運命の歯車が加速していく中、自らの内なる深淵を乗り越えた海賊船長は、いかなる嵐が来ようとも、決して仲間を離さないと心に誓うのであった。