## 【BLEACH × 宝鐘マリン】破面篇 第四部:白砂の死地と、反逆の羅針盤
### 第一章:連れ去られた太陽と、見捨てられた絆
「……織姫が、虚圏(ウェコムンド)に連れ去られただと?」
浦原商店の地下修練場。黒崎一護の絞り出すような声が、冷たい空気に重く響いた。
仮面の軍勢(ヴァイザード)の下で、己の内の虚を屈服させる過酷な修行を終えたばかりの一護と宝鐘マリンの元に、最悪の凶報がもたらされたのだ。
空座町の防衛戦の裏で、藍染惣右介の密命を受けた第4十刃(クアトロ・エスパダ)・ウルキオラが、井上織姫を拉致した。
彼女の持つ『事象の拒絶』という神の領域に踏み込む能力に、藍染が目をつけたのだ。
さらに、一護たちを絶望させたのは、尸魂界(ソウル・ソサエティ)――護廷十三隊総隊長・山本元柳斎重國からの無情な通達だった。
『……此度の件は、井上織姫自らの意志による反逆と見なす。護廷十三隊は来るべき冬の決戦に備え、全戦力を瀞霊廷に集結させる。現世の者たちよ、身の程を知れ。これ以上の勝手な行動は許さぬ』
通信用のモニター越しに放たれたその冷酷な宣告に、一護は激昂し、通信機に怒声を浴びせた。
しかし、尸魂界への門は固く閉ざされ、現世に派遣されていた日番谷たち先遣隊も、強制的に尸魂界へと召還されてしまった。
「ふざけんな……。織姫が裏切るわけねぇだろうが! あいつは、俺たちを護るために……!」
一護は拳から血が滲むほど強く握りしめ、ギリッと奥歯を噛み鳴らした。
その傍らで、マリンは静かに俯いていた。
彼女の脳裏に浮かぶのは、いつもふんわりと笑い、「マリンちゃん、一護くん」と優しく名前を呼んでくれた織姫の顔。自分がヤミーの強襲で重傷を負い、絶望の淵にいた時、涙を流しながら傷を癒やしてくれた彼女の温かい手。
「……お爺ちゃんのバカ」
マリンはぽつりと呟き、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、もはや己の内の影に怯えていた迷いは微塵もなかった。あるのは、仲間を奪われた激しい怒りと、海賊船長としての揺るぎない覚悟。
「……尸魂界が助けないなら、私たちが助けに行くだけでしょ」
マリンは腰の『紅海月』を帯に差し直し、一護の隣に立った。
「船長が、一度船に乗せた仲間を見捨てるわけない。……あの子は、私たちのダチだ。どんな暗い海の底に連れ去られようが、絶対に引きずり戻す!」
「マリン……」
一護が目を見開く。その瞳にも、再び強烈な闘志の炎が灯った。
「ああ、そうだな。……浦原さん!」
一護が振り返ると、緑の帽子を目深に被った浦原喜助が、既に杖を構えて待っていた。
「……やれやれ。護廷十三隊の命令に背くということは、アナタたちも尸魂界の反逆者になるということスよ。それでも行くと言うなら……道は、私が開けましょう」
そこへ、背後の階段から足音が響いた。
「僕たちを置いていく気かい、黒崎、宝鐘さん」
「……織姫は、俺たちの仲間だ。俺も行く」
現れたのは、滅却師(クインシー)の力を取り戻し、新たな装束を纏った石田雨竜と、巨人の右腕に加え『悪魔の左腕』を覚醒させた茶渡泰虎だった。
「石田……チャド……!」
「ふふっ、頼もしい船員(クルー)が揃ったね。これで文句なしのフルメンバーだ!」
マリンが不敵に笑う。
浦原が杖を空間に突き刺し、詠唱と共に巨大な霊圧を解放した。
「我が右手をつなぐ石・我が左手をつなぐ剣・黒髪の羊飼い・縛り首の椅子・叢雲きたれ・我・鴇(とき)を打つ――『黒腔(ガルガンタ)』!!」
空間がメリメリと引き裂かれ、虚圏へと通じる漆黒の穴が口を開けた。
「霊子で足場を作りながら進むんス。気を抜けば、次元の狭間に落ちて永遠に彷徨うことになりますよ。……ご武運を」
「行くぞ!」
一護を先頭に、四人の若き反逆者たちは、仲間を救うため、底知れぬ暗黒の虚空へと身を躍らせた。
### 第二章:白砂の月夜と、奇妙な遭遇
黒腔の内部は、まるで宇宙空間のように上下左右の感覚がない、霊子の乱気流が吹き荒れる場所だった。
「ちょ、ちょっとこれ、足場作るの難しすぎない!?」
マリンは必死に自身の霊圧を足元に集中させていたが、石田や一護のように器用に霊子の道を作れず、ツルツルと滑りそうになる。
(でも、この感覚……どこかで……!)
周囲に充満する濃密な『虚の霊子』。それは、かつての彼女であれば恐怖で身がすくみ、内なるバケモノを刺激される不快な空間だった。
しかし、精神世界での死闘を経て、内なる虚を完全に屈服させた今の彼女にとって、この空間の霊子は「自分の力の一部」のようにすら感じられた。
「……よし。なら、こうすれば!」
マリンは足元に薄く『紅海月』の水流を展開し、霊子を水と混ぜ合わせてボード状の足場を形成した。
「ふはははっ! 見よ、船長の華麗なる波乗り(サーフィン)を! これなら楽勝だね!」
「お前……こんな状況でよく遊べるな……」
水流に乗ってスイスイと滑っていくマリンを見て、一護が呆れたようにツッコミを入れる。
やがて、暗闇の先に出口の光が見えた。
「抜けるぞ!!」
四人が飛び出した先。
そこには、見渡す限りの純白の砂漠と、黒い夜空に浮かぶ三日月。そして、枯れ木のような不気味な石英の柱が点在する、静寂と死の世界――虚圏(ウェコムンド)が広がっていた。
「ここが……虚圏」
石田が周囲を警戒する。空気中の霊子濃度が現世とは比較にならないほど高く、呼吸をするだけで力が湧き上がってくるような奇妙な感覚があった。
「織姫ちゃん……待っててね。今、助けに行くから!」
マリンが遠くを見据えた、その時だった。
「うわああああっ! 助けてえええっ!!」
「ペッシェ! ドンドチャッカ! 早く逃げるっス!」
遠くの砂丘から、巨大なムカデのような虚(バワバワ)と、それを追いかける三体の奇妙な虚の集団、そしてさらにその後ろから、凶悪な仮面をつけた巨大な虚が砂煙を上げて突進してくるのが見えた。
「虚が、虚を追ってる……?」
「よく分からねェが……見過ごせねェな!」
一護が斬月を抜き、瞬歩で駆け出す。マリンもそれに続いた。
「出航せよ『紅海月』!!」
マリンの始解から放たれた高圧の水刃が、追跡していた巨大な虚の脚を正確に切り裂き、一護の斬撃がその仮面を真っ二つに叩き割る。
「お、おおお! 助かったっス〜!」
助けられたのは、頭にドクロの仮面を被った緑髪の幼い少女の破面・ネルと、その従属官であるペッシェ、ドンドチャッカという、ひどく間の抜けた三人組(?)だった。
「なんだこいつら……破面なのに、全然殺気がねェ」
「きゃーっ! この子、ちっちゃくて可愛いー!」
警戒する一護をよそに、マリンは目を輝かせてネルに抱きついた。
「うぐっ……! お姉ちゃん、おっぱいが苦しいっス!」
「あははっ、船長の豊かな包容力に溺れなさい! いやー、こんな砂漠で癒やしに出会えるとは思わなかったよ」
「お前な……緊張感ってモンを知らねェのか……」
すっかり懐いてしまったネルたちを道案内に加え、一行は砂漠の彼方にそびえ立つ藍染の居城『虚夜宮(ラス・ノーチェス)』を目指すことになった。
### 第三章:白砂の番人、白熱の海戦
虚夜宮は、いくら歩いても全く近づいている気がしないほど、絶望的なまでに巨大だった。
一行が延々と続く白砂の海を歩き続けていた時。
ゴゴゴゴゴゴォオオオオオオッ……!!
突如、彼らの周囲の砂漠が巨大なアリジゴクのようにすり鉢状に陥没し始めた。
「なっ!? 砂が……!」
石田が飛廉脚で宙に浮く。
「……ようこそ、死神ども。俺は虚夜宮の白砂の番人、ルヌガンガだ」
陥没した砂の底から、山のように巨大な砂の虚が姿を現した。
その体は全て虚圏の白砂で構成されており、物理的な実体を持たない。
「デカい図体しやがって……! 邪魔だ、どけ!」
一護が跳躍し、巨大な斬月でルヌガンガの頭部を一刀両断する。
ザザァアッ。
だが、斬られたルヌガンガの体はただの砂となって崩れ落ち、すぐにまた元の形へと修復されてしまった。
「無駄だ。俺の体はこの虚圏の砂そのもの。物理攻撃など意味を成さない!」
ルヌガンガの巨大な砂の腕が、一護たちを押し潰そうと振り下ろされる。
「くっ! ならば霊子の矢で……!」
石田が弓を構えるが、砂の巨体に対してはあまりにも効果範囲が狭い。
「……あーあ。ホント、一護ってば猪突猛進なんだから」
マリンが前へ進み出た。
彼女は紅海月を右手に構え、左手で自身の海賊帽子(現世でこっそり被ってきたお気に入り)のつばをくいっと上げた。
「物理攻撃が効かないなら、物理法則で叩きのめせばいい。……砂遊びはおしまいだよ、デカブツ」
マリンの全身から、凄まじい密度の群青色の霊圧が吹き上がる。
虚化の修行を経て、彼女の死神としての霊圧は、以前とは比べ物にならないほど深く、重く、研ぎ澄まされていた。
「大波(おおなみ)……いや、これじゃ足りないね」
マリンは紅海月を両手で頭上に高く掲げた。
「虚圏の空に、船長からの特別警報だ。……傘の準備はいい?」
刀身に集束された霊圧が、極限まで圧縮された『水』へと変換されていく。
「豪雨(ごうう)・海神の宴(わだつみのうたげ)ェエエエエッ!!!」
マリンが紅海月を振り下ろした瞬間。
雨など降るはずのない虚圏の空から、滝のような、いや、湖を丸ごとひっくり返したかのような超質量の『水』が、ルヌガンガの頭上へと降り注いだ。
「な、なんだとォオオオオッ!?」
ルヌガンガが驚愕の声を上げる。
砂は、水を吸えば重くなる。
そして、過剰な水分を含んだ砂は、もはや形を維持することすらできず、ただの重い『泥』へと変わるのだ。
ドッシャァアアアアアアアアンッ!!!
数万トンにも及ぶであろう霊子の水が、ルヌガンガの巨体を完全に飲み込んだ。
「グォオオオオッ!? 体が……重い! 崩れるゥウウウッ!!」
サラサラだった白砂の巨人は、水圧と自重に耐えきれず、ドロドロの泥の塊となって無惨に崩れ落ちていく。
「一護! チャド! 石田くん! ドロドロになった今のコイツなら、物理でも吹き飛ばせるよ!」
マリンが叫ぶ。
「……なるほどな。さすがだぜ、マリン!」
一護がニヤリと笑い、天鎖斬月に黒い霊圧を込める。
チャドの右腕から巨大な霊子の一撃が放たれ、石田の無数の光の矢が泥の巨体を穿つ。
そして、一護の『月牙天衝』が、ルヌガンガの核を完全に粉砕した。
「やったっス! お姉ちゃん、すっごいっス!」
ネルが目を輝かせてマリンに抱きつく。
「ふふん、海賊船長にとって、水戦は庭みたいなものだからね!」
マリンが胸を張った、その時だった。
「……相変わらず、派手な戦い方をするな。貴様は」
泥の海と化した砂漠の向こうから、聞き覚えのある凛とした声が響いた。
振り返ると、そこには白い羽織を纏った小柄な死神と、巨大な刀を背負った赤い髪の死神の姿があった。
「ルキア! 恋次!!」
一護が驚愕の声を上げる。
「なんでお前らがここに……! 尸魂界に呼び戻されたんじゃねぇのか!?」
「フッ、朽木隊長の協力があってな。お前たちを助けるために、密かに現世の浦原の元へ戻ってきたのだ。……どうやら、一足遅かったようだがな」
ルキアが、泥まみれになった砂漠と、得意げなマリンを見て苦笑いする。
「ルキアちゃん! 恋次!」
マリンは駆け寄り、ルキアを力いっぱい抱きしめた。
「来てくれたんだね! よかった……これで、本当に仲間が全員揃ったよ!」
「ああ。織姫は、私たち全員で助け出すぞ」
ルキアが力強く頷き、恋次も「当然だぜ」と笑った。
尸魂界からの心強い援軍を得て、一行の士気は最高潮に達していた。
彼らは再び砂漠を進み、ついに藍染の居城『虚夜宮(ラス・ノーチェス)』の巨大な外壁へと辿り着く。
### 第四章:白亜の城塞、五つの分かれ道
「……デカいな。どうやって中に入る?」
一護が天を衝くほど巨大な白い外壁を見上げる。
「どうするも何もないでしょ。海賊の乗り込み(カチコミ)に、玄関のチャイムなんか必要ないワ……じゃなかった、必要ないんだよ!」
マリンは紅海月を構え、一護と恋次、チャドと共に、外壁の一角へ向けて同時に攻撃を放った。
ズゴォオオオオオオオオンッ!!!
規格外の霊圧の集中砲火によって、虚夜宮の分厚い壁に巨大な大穴が開く。
「突入するぞ!!」
一護を先頭に、六人の死神・人間たちと三体の破面は、ついに敵の本拠地へと足を踏み入れた。
内部は、延々と続く無機質な白い回廊だった。
トラップや低級の虚の襲撃を退けながら、一直線に走り続ける一行。
やがて彼らは、巨大な円形のホールへと辿り着いた。
そこから先は、五つの通路が放射状に分かれていた。
「……道が、五つに分かれてる」
石田が推測するように眼鏡を押し上げる。
「罠かもしれない。だが、全員で固まって進めば、敵の戦力を集中させられるリスクもある。それに、織姫さんがどこに囚われているかも分からない以上、手分けして探す方が効率的だ」
「……ああ、分かってる」
一護が、五つの通路を順番に見据える。
一護、石田、チャド、ルキア、恋次、そしてマリン。(ネルたちは一護についていくことになった)。
戦力として、見事に五つに分かれることができる。
「……じゃあ、ここで一旦お別れだね」
マリンが、紅海月の柄をぽんぽんと叩きながら、みんなの方へ向き直った。
その顔には、いつものおどけた笑顔はなく、真剣な「海賊船長」としての眼差しがあった。
「一護、ルキアちゃん、恋次、石田くん、チャド」
マリンは、一人一人の顔をしっかりと見つめた。
「相手は、藍染が作り出した最悪のバケモノたち(十刃)だ。……ヤミーみたいなヤツらが、ゴロゴロいるかもしれない。でも」
マリンは、自分の胸をドンと力強く叩いた。
「船長命令だよ。……絶対に、誰も死ぬな。どんなにボロボロになっても、無様に這いつくばってでもいい。絶対に生きて、織姫ちゃんを見つけて、またここで合流するんだ」
その言葉には、内なる虚との死闘を乗り越え、死の恐怖を乗り越えた者だけが持つ、重く確かな力があった。
「……当たり前だ。誰が死ぬかよ」
一護が不敵に笑い、斬月の柄を握る。
ルキアも、恋次も、石田も、チャドも、無言で力強く頷いた。
「勝って……生きて、また会おうぜ!」
一護の言葉を合図に、彼らは迷うことなく、五つの通路へとそれぞれ駆け出していった。
背中越しに離れていく仲間たちの気配を感じながら、マリンは暗く長い通路を一人、一直線に走っていた。
胸の奥で、屈服させたはずの虚の力が「血の匂い」に反応して微かにざわめく。だが、マリンはそれを力で押さえ込み、むしろ自身の推進力へと変換していく。
(待ってて、織姫ちゃん。……そして、私を見下したバケモノども)
マリンの左目が、暗闇の中で鋭く光る。
この白亜の城塞の奥深くで、彼女自身のルーツである「失敗作(プロトタイプ)」という過去を執拗に抉る、最悪の狂気との因縁の対峙が待ち受けているとも知らずに。
宝鐘マリンは、愛刀『紅海月』を握りしめ、死の気配が充満する虚夜宮の深淵へと、ただ一人で飛び込んでいくのであった。