## 【BLEACH × 宝鐘マリン】破面篇 第五部:狂気の檻と、失敗作の逆襲
### 第一章:第八十刃の戯れと、水壁の乱入
虚夜宮(ラス・ノーチェス)の内部に広がる、無機質で巨大な宮殿の一つ。
そこは今、第8十刃(オクタバ・エスパダ)、ザエルアポロ・グランツの独壇場と化していた。
「あははははっ! どうしたんだい死神! それから滅却師(クインシー)! 君たちの力はそんなものかい!?」
自身の斬魄刀『邪淫妃(フォルニカラス)』を解放し、背中から巨大な羽根のような触手を伸ばしたザエルアポロが、舞台上の役者のように仰々しく両手を広げて高笑いする。
「ぐっ……ハァッ、ハァッ……!」
阿散井恋次は、ボロボロになった体で斬魄刀『蛇尾丸』を杖にして、辛うじて立ち上がっていた。
少し離れた場所では、石田雨竜が壁に叩きつけられ、息も絶え絶えになっている。彼らの体は、ザエルアポロの放った不気味な液滴に触れたことで、自身の能力を完全に封じ込められ、さらに無数の『自身のクローン』との戦いを強いられて極限まで消耗していた。
「素晴らしいよ、君たちの絶望する顔は! だが、そろそろ実験は次の段階(フェーズ)に移行させてもらおうか。君たちの内臓の構造、じっくりと研究させてもらうよ」
ザエルアポロの触手が、ぬらりと二人に狙いを定めた、その時だった。
ズドドドドォオオオオオオンッ!!!!
突如、ザエルアポロの宮殿の分厚い壁が、凄まじい水圧によって文字通り「爆砕」された。
瓦礫と土煙が舞う中、大量の蒼い水が宮殿の床を川のように洗い流していく。
「……なんだい!? 私の美しい宮殿に、泥水をぶちまける野蛮人は!」
ザエルアポロが不快そうに眉をひそめる。
「ふぅ……ちょっと方向音痴発揮しちゃったけど、派手な霊圧がぶつかり合ってたから助かったよ」
土煙を切り裂いて現れたのは、抜身の海賊刀を肩に担いだ、一人の少女だった。
「……宝鐘、さん……!」
「マリン! てめェ、無事だったのか!」
倒れ伏していた石田と恋次が、驚きと安堵の声を上げる。
「Ahoy! 恋次に石田くん! 待たせたね、船長の到着だよ!」
マリンは二人にウインクを飛ばすと、ザエルアポロの方へと向き直った。その鋭いオッドアイが、ピンク色の髪をした狂気の科学者を睨みつける。
「随分と悪趣味なオモチャで遊んでるみたいだけど……うちの船員(クルー)をイジメるやつは、海賊船長が許さないよ」
マリンは『紅海月(くれないくらげ)』の切っ先をザエルアポロに真っ直ぐ向けた。
「……ふん。また新しいゴミが……ん?」
ザエルアポロはマリンの姿を一瞥し、そして、彼女から放たれている霊圧を感知した瞬間、その瞳を異常なほどに見開いた。
「……あ、あはっ……あはははははははははっ!!!」
突如として、ザエルアポロは腹を抱え、狂ったように爆笑し始めた。
「な、なんだアイツ……急に笑い出して……」
恋次が気味悪そうに顔をしかめる。
「いや、驚いたよ! 藍染様が残された数々の研究記録……私はそれを全て熟読し、理解している自負があったが……よもや、あの『ゴミ』が現実に、しかも私の目の前に現れるとはね!!」
ザエルアポロは笑い涙を拭いながら、マリンを指差した。
「ああ、素晴らしい! 君だろう!? かつて藍染様が、黒崎一護という完成形を生み出すための礎として作った、死神と虚の融合実験の『検体番号・零式(プロトタイプ)』!!」
その言葉が響いた瞬間、宮殿の空気が凍りついた。
「プロト、タイプ……?」
石田が息を呑み、恋次も絶句する。彼らはマリンの過去を知らない。
「そうさ! その女の両親に虚の魂魄を植え付け、融合の過程を観察しただけの……いわば『使い捨てのモルモット』から生まれた失敗作さ! 藍染様は記録にこう残している。『極めて不安定で、いずれ虚の力に飲み込まれ自壊するだけの、無価値な泥水』とね!」
ザエルアポロは、マリンのトラウマを執拗に、喜々として抉り出した。
「なぜ君が生きているのかは知らないが……所詮は失敗作! 完成された破面(アランカル)であり、十刃(エスパダ)である私から見れば、君の存在そのものが反吐が出るほど美しくない!!」
狂気の科学者の残酷な暴露。
だが。
「……喋り終わった?」
マリンの顔には、双殛の丘で藍染に同じ真実を突きつけられた時のような、絶望も恐怖もなかった。
ただ、どこまでも冷たく、静かな怒りが燃えていた。
「私が失敗作だろうがモルモットだろうが、そんなことはもうどうだっていいんだよ」
マリンは紅海月の柄を強く握りしめた。
「藍染が残した薄っぺらいデータなんかに、私の魂は縛られない。……私が海賊船長(宝鐘マリン)だってことは、私が決める!!」
「出航せよ『紅海月』!!」
マリンの足元から爆発的な水流が噴き上がり、彼女は水圧を推進力に変えて、ザエルアポロの懐へと瞬時に潜り込んだ。
「遅いよ、失敗作!」
ザエルアポロが背中の触手を鞭のように振るう。
だがマリンは、空中で体を捻り、水流を纏った刃でその触手を鮮やかに受け流した。
「大波(おおなみ)ッ!!」
強烈な水刃の斬撃が、ザエルアポロの胸部を斜めに切り裂く。
「……ふん。悪くない剣筋だが」
ザエルアポロは薄笑いを浮かべたまま、全くダメージを受けた素振りを見せなかった。
それどころか、彼の背中から伸びる巨大な触手の一部が膨らみ、マリンをすっぽりと包み込むように閉じたのだ。
「なっ!?」
「もらったよ、検体番号・零式」
ポンッ、という奇妙な音と共に、触手が開き、マリンは弾き出されるように後方へ着地した。
怪我はない。だが、ザエルアポロの手には、いつの間にか『宝鐘マリンの姿を模した、小さな人形』が握られていた。
### 第二章:人形芝居(テアトロ・デ・ティテレ)の絶望
「なんだ、その人形は……?」
マリンが警戒を強める。
「『人形芝居(テアトロ・デ・ティテレ)』。……私の触手に包まれた者の、全てを複製した呪いの人形さ」
ザエルアポロはニヤリと笑い、マリンの人形の『腹部』をカパッと開いた。
中には、心臓や胃、肺といった内臓を模した、小さなパーツがぎっしりと詰まっていた。
「さぁ、実験開始だ。まずは……君の『胃』から破壊させてもらおうか」
ザエルアポロが、人形の中から『胃』と書かれた小さなパーツをつまみ出し、それを指先でパキッと真っ二つにへし折った。
「……え?」
その瞬間。
マリンの腹部の奥底で、何かが「破裂」するような凄まじい激痛が走った。
「がはァアアアアッ!!!」
マリンの口から、大量の鮮血が吐き出された。
「マリン!!」
恋次が叫ぶ。
「い、たい……! お腹の、中が……っ!」
マリンは腹を抱え、石畳の上に崩れ落ちた。内臓を直接握り潰されたような、経験したことのない絶望的な激痛。
「あはははは! 素晴らしい反応だ! この人形は君と完全にリンクしている。私がこのパーツを壊せば、君の体内の臓器も同じように破壊されるというわけさ!」
ザエルアポロは狂喜し、次々と人形の中からパーツを取り出していく。
「次は『肺』だ。そして『肝臓』。……ああ、ついでに『腱』も切っておこうか!」
パキッ、メキッ、という小さな音が響くたびに。
「あァアアアアアアアアッ!!!!」
マリンの体内で、次々と臓器が破壊され、手足の腱が内側から断裂していく。
彼女は血の海の中で身悶えし、紅海月の柄から手を離してしまった。
「やめろォオオオオッ!!」
恋次が蛇尾丸を振るおうとするが、重傷の体ではザエルアポロの触手に容易く弾き飛ばされてしまう。石田の光の矢も、触手の防御壁に阻まれる。
「無駄だよ。君たちはそこで、この失敗作が内側から壊れていく様を特等席で見ていたまえ!」
ザエルアポロは、最後に人形の中から、一際赤い『心臓』のパーツを取り出した。
「さて、これで終わりだ。実験動物の末路としては、妥当なところだろう?」
ザエルアポロの指が、心臓のパーツを容赦無く握り潰した。
「マリンさんッ!!!」
石田の悲痛な叫びが響く。
心臓を破壊された。本来ならば、その瞬間に即死しているはずだ。
マリンの動きが完全に停止し、彼女はうつ伏せに倒れたまま、ピクリとも動かなくなった。
「ふん。つまらないね。もう少し悲鳴を聞かせてほしかったのだが」
ザエルアポロが人形を投げ捨てようとした、その時。
「……バ、カ……みたい」
血の海に沈んでいたはずのマリンの体が、ピクリと動いた。
「……何?」
ザエルアポロが目を細める。
マリンは、断裂したはずの腕を震わせながら、ゆっくりと、地面に手をついて身を起こした。
その口の端からは血が垂れているが、彼女のオッドアイは、決して光を失ってはいなかった。
「……なぜ動ける? 私は確かに、君の心臓を、内臓を、全て破壊したはずだ!」
ザエルアポロが驚愕の声を上げる。
「アンタ……本当に、頭でっかちのモヤシ研究者だね」
マリンは、血塗れの手で再び『紅海月』の柄を握りしめた。
その瞬間、マリンの全身の皮膚の下で、無数の「蒼い筋」が脈動し始めた。
それは血管のようでありながら、異常なほどの霊圧の光を放っている。
「なんだ、その霊圧の循環は……!?」
「私の『紅海月』は……私の霊圧が通った『水』を、全て支配する」
マリンは、荒い息を吐きながらも、不敵に笑って見せた。
「人間の体の六割は水分。……内臓が潰れた? 心臓が止まった? 腱が切れた? ……関係ない。私は今、自分の体内の血液と水分を、紅海月の『超高圧の水流』で強制的に循環させ、物理的に肉体を動かしてるんだよ!!」
「な……ば、馬鹿な! 自身の体内の水分を霊圧で操作し、失われた臓器の機能と骨格の動きを『水圧』で代用しているというのか!? そんな無茶苦茶な……霊圧の制御が少しでも狂えば、お前自身が水圧で破裂するぞ!!」
ザエルアポロが、理解を超えた事態に後ずさる。
「海賊が、自分の船の浸水(ダメージ)くらいで沈むわけないでしょ」
マリンの体内で循環する高圧の霊子水。それは、ザエルアポロの人形の『呪いのリンク』を、内側からの凄まじい水圧と霊圧の奔流によって物理的に押し流し、無効化していたのだ。
「私が失敗作かどうか……アンタのその体で、直接確かめてみなよ!!」
### 第三章:失敗作の逆襲、海賊の仮面
マリンは空いている左手を自身の顔の前にかざした。
「……出ろ」
その言葉に呼応するように、マリンの全身から、先ほどまでの蒼い水流とは全く異なる、重く、底知れぬほどに禍々しい『群青色』の霊圧が爆発的に噴き上がった。
ゴゴゴゴゴゴォオオオオオオッ!!!
「な、なんだこの霊圧は!? 死神のそれではない! これは、我々(虚)の……!」
ザエルアポロの顔色が変わる。
マリンの左手が顔から離れると、そこには。
頭部の上半分を覆う海賊のバンダナのような骨の装甲。右目を隠す、ドクロの意匠が施された眼帯型のバイザー。
己の内なる暗黒を完全に屈服させた証。完全なる『虚化』の仮面。
「……行くぞ」
仮面の奥から響く、低く冷たい二重音声(ダブルボイス)。
ドンッ!!
音が、遅れて聞こえた。
「なにッ!?」
ザエルアポロが反応する間もなく、マリンは響転(ソニード)をも凌駕する速度で彼の真上に跳躍していた。
完全虚化による、爆発的なスピードとパワーの向上。
「深海(しんかい)ッ!!」
群青色に輝く巨大な水刃が、ザエルアポロめがけて振り下ろされる。
「舐めるな! 触手壁(デフェンサ)!!」
ザエルアポロが背中の巨大な触手を球状にドーム展開し、絶対の防御陣を敷く。
だが。
ズガァアアアアアアアアアアアアンッ!!!!!
マリンの放った『虚の霊圧を纏った水刃』は、ザエルアポロの強固な触手の盾を、まるで薄紙を破るかのように容易く両断し、粉砕した。
「ぎゃあァアアアアアッ!?」
触手を斬り裂かれた激痛に、ザエルアポロが絶叫する。
「まだだ!!」
マリンの猛攻は止まらない。
彼女は空中で姿勢を立て直し、水流の推進力を使って八方からザエルアポロに斬りかかる。
「オラァアアアアッ!!」
「ぐっ、がはっ……! 馬鹿な、完成された十刃である私が、こんな……失敗作のゴミごときに……!」
防御の要である触手を失い、ザエルアポロはマリンの圧倒的なスピードと暴力の前に、為す術もなく切り刻まれていく。
(私の虚化の制限時間は……あと数十秒。これで、アイツの防御を完全に剥がす!)
マリンは最後の力を振り絞り、紅海月に全ての群青の霊圧を込めた。
「これで終わりだ、モヤシ野郎!!」
マリンは、ザエルアポロの胸のど真ん中に、群青の水流を纏った強烈な飛び蹴りを叩き込んだ。
「がぼァッ!!」
ザエルアポロの体は弾丸のように吹き飛び、宮殿の太い柱を何本もへし折りながら、壁際に激突して崩れ落ちた。
「はぁっ……はぁっ……!」
着地したマリンの顔から、パリンッと音を立てて虚の仮面が砕け散った。
限界だ。体内を強制循環させていた水圧のコントロールも限界に達し、マリンはそのまま膝をついて、激しく血を吐いた。
「マリン!!」
恋次が駆け寄る。
「……やったよ、恋次。アイツの防御の触手は、全部引きちぎってやった」
マリンは血まみれの口元で、笑って見せた。
「あとは……アンタたちの番だ。派手に、ブッ飛ばしてよ」
「……ああ! 恩に着るぜ、マリン!」
恋次が立ち上がり、斬魄刀を天高く掲げた。
「咆えろォオオオッ!! 『狒狒王蛇尾丸(ひひおうざびまる)』!!」
巨大な骨の蛇が、宮殿の空間を埋め尽くすように顕現する。
そして、逆側の壁際では、石田雨竜が五角形の陣を形成し、最後の準備を終えていた。
「……素晴らしい隙を作ってくれたね、宝鐘さん。これなら、確実に当たる」
石田の眼鏡が鋭く光る。
「ふ、ふざけるな……! 私は完璧なのだ! こんなところで……!」
壁際で満身創痍のザエルアポロが、必死に立ち上がろうとする。
だが、もはや彼に逃げ場はなかった。
「消し飛べェエエエエ!! 『狒骨大砲(ひこつたいほう)』!!」
恋次の放つ極太の霊圧のレーザー。
「『破芒陣(シュプレンガー)』」
石田の放つ、集束された霊子の爆発。
死神の卍解と、滅却師の奥義。
二つの絶対的な破壊の光が、マリンが剥き出しにしたザエルアポロの肉体を、十字砲火となって完全に飲み込んだ。
ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!!
虚夜宮の一部を吹き飛ばすほどの、凄まじい爆発。
光と轟音が収まった後、そこには黒焦げになり、完全に戦闘不能となって崩れ落ちた第8十刃の姿があった。
「……へへっ。やったね」
マリンは、勝利の光景を見届けた後、ついに意識を手放し、静かに石畳の上へと倒れ込んだ。
彼女は、藍染の作った「失敗作」という己の呪縛を、自らの力と意志で完全に断ち切ったのだ。
この後、しぶとく生き延びていたザエルアポロのトドメは、後から駆けつけた十二番隊隊長・涅マユリの残酷な実験によって刺されることとなるが、それはまた別の話。
宝鐘マリンという一人の海賊船長は、虚圏の死地において、確かな勝利と己の魂の証明を成し遂げたのである。