## 【BLEACH × 宝鐘マリン】第一部:死神代行と海賊の出航
### 第一章:黒い揚羽蝶と、壁を抜ける少女
空座町の夜は、普段と何ら変わらない静寂に包まれていた。
黒崎医院の二階、黒崎一護の部屋。ベッドの上でゴロゴロと漫画雑誌を捲っていた宝鐘マリンは、ふと視線を窓の外へ向けた。
「……ん?」
月の光を遮るように、一匹の黒い蝶が窓の奥を横切った。ただの蝶ではない。どこか不気味で、しかし惹きつけられるような微弱な霊圧を纏った「地獄蝶」だ。
マリンが首を傾げていると、部屋のドアが乱暴に開き、眉間にシワを寄せた一護が入ってきた。
「おいマリン、お前また俺のベッド占領して……って、なんだお前?」
「え? マリンはいつも通り可憐な居候の美少女だけど?」
「お前じゃねぇよ!」
一護が睨みつけていたのは、マリンではなく、部屋の中央――壁をすり抜けて堂々と侵入してきた、黒装束の小柄な少女だった。
腰に刀を帯びたその少女は、部屋にいる二人の存在など気にも留めない様子で、宙に浮かぶ謎の光球を見つめている。
「……近い。この辺りだとは思うのだが……」
「おいコラ! 人の部屋に勝手に入ってきてシカトかよ!」
一護の怒声に、少女――朽木ルキアはようやく振り返り、目を丸くした。
「貴様ら……私が見えるのか?」
「当たり前だろ! それより不法侵入で警察呼ぶぞ!」
「待って一護、この子……ただの幽霊じゃないよ。すごく澄んだ、でも鋭い力を持ってるワゾ」
ベッドから身を起こしたマリンは、ルキアから放たれる清廉な霊気を感じ取っていた。それは、街を漂う通常の霊(整)とは決定的に異なる、厳格で完成された力。
ルキアは少し驚いた顔をした後、事も無げに言った。
「ほう、特異体質か。だが案ずるな、私は怪しい者ではない。私は『死神』だ」
「「はぁ?」」
一護とマリンの声が見事にハモる。ルキアは信じない二人に対し、スケッチブックに下手くそなウサギとクマの絵を描きながら「死神」と「虚(ホロウ)」の存在について語り始めた。
魂を導く仕事。そして、堕ちた魂である化け物を退治する仕事。
「なるほどね〜。じゃあ、その『ホロウ』ってやつが、最近空座町をうろついてる不気味な気配の正体ってわけか」
「いかにも。赤髪の娘、貴様も感じていたか。……ん?」
ルキアはマリンの顔をまじまじと見つめ、僅かに眉をひそめた。
(なんだ、この娘は? 霊力は高いようだが……どこか、奇妙な揺らぎを感じる。まるで、見えない深淵がそこにあるような……)
その時だった。
―― グォオオオオオオオオオッ!!!
空気をビリビリと震わせる、鼓膜を引き裂くような悍ましい咆哮が響き渡った。マリンの心臓が、ドクン、と大きく跳ねる。数日前に路地裏で感じた、あの禍々しくも『甘美』な霊圧。
だが、その咆哮の直後、一護の顔色が劇的に変わった。
「遊子……! 下で、遊子の声がした!!」
### 第二章:強襲する虚と、無力な海賊
部屋を飛び出した一護の後を、マリンも無我夢中で追いかける。
階段を駆け下りた二人が目にしたのは、黒崎医院の壁を粉砕して現れた巨大な異形の怪物――虚『フィッシュボーンD』の姿だった。
「遊子!!」
血を流して倒れる一心。そして、巨大な虚の手に握りつぶされそうになっている遊子。
一護はバットを握りしめ、咆哮を上げて虚に突っ込んでいく。しかし、ただの高校生である一護の物理攻撃が、霊体である虚に通用するはずもない。
「一護! ダメ、今のキミじゃ勝てないワゾ!!」
マリンは叫びながら、己の無力さに唇を噛んだ。
霊は見えても、戦う力なんてない。ただの女子高生だ。だが、不思議なことに、眼前の巨大な化け物に対する「恐怖」よりも、胸の奥底から込み上げてくる「飢え」のような感覚が彼女を支配しそうになっていた。
(なに、これ……。体が、熱い……。あいつを、喰ってやりたい……?)
自身の内側に潜む『虚の力』が、強大な同胞の霊圧に当てられ、本能のままに共鳴しようとしていた。視界の端が黒く染まり、右半面の皮膚が粟立つ。
「馬鹿者! 貴様らでは足手まといだ!」
暴走しかけたマリンの意識を引き戻したのは、ルキアの鋭い声だった。
ルキアは斬魄刀を引き抜き、虚の腕を斬り裂いて遊子を救出する。しかし、虚の反撃から一護を庇い、ルキアは重傷を負ってしまった。
壁に叩きつけられ、鮮血を吐くルキア。
絶望的な状況下で、虚は再び一護たちに牙を剥こうとしていた。
「どうして……どうして俺を庇ったんだよ!」
「死神の……私が、人間を庇うなど……当然のことだ……」
息も絶え絶えなルキアは、一護の強大な霊力に一縷の望みを託す決断を下す。
「……お前、家族を救いたいか? ならば、私が私の力の半分を貴様に分け与える! 貴様が死神になるのだ!」
### 第三章:死神代行・黒崎一護の誕生
ルキアの提案に、一護は迷うことなく答えた。
「よこせ! その力!!」
ルキアの斬魄刀が一護の胸を貫く。
その瞬間、強烈な霊圧の嵐が吹き荒れた。眩い光に包まれ、マリンは思わず腕で顔を覆う。
風が収まった後、そこに立っていたのは、身の丈ほどもある巨大な斬魄刀を肩に担ぎ、死神の黒装束である『死覇装(しはくしょう)』を身に纏った黒崎一護の姿だった。
「一護……!」
マリンは目を奪われた。その圧倒的な存在感、放たれる霊圧の桁違いな大きさ。
彼の中に眠っていた規格外の霊力が、ルキアの力を触媒にして完全に引き出されたのだ。
「オラァッ!!」
一護は一瞬で虚の懐に飛び込み、その巨大な刃を一振りする。
分厚い虚の仮面が真っ二つに割れ、咆哮とともに怪物は霊子の塵となって消滅した。
後に残されたのは、刀を持ったまま肩で息をする一護と、力を失って小さな姿になったルキア、そして呆然と座り込むマリンだけだった。
「……終わったのか」
一護の言葉に、マリンはようやくへたりと座り込んだ。
先ほどまで自身を苛んでいた不気味な「飢え」は、一護の放った圧倒的に澄んだ霊圧によってかき消され、深い海の底へと再び沈黙していた。
(……一護が、死神に……。じゃあ、私のこの『力』は……一体なんなの?)
マリンは自分の震える両手をじっと見つめ、誰にも言えない秘密の重さを初めて自覚した。
### 第四章:記憶の改竄と、効かない特異体質
翌朝。
黒崎家のリビングは、昨夜の惨劇が嘘だったかのように平穏だった。トラックが突っ込んだとされる壁の修理業者が入り、一心や妹たちは怪我ひとつなく朝食を食べている。
「マリン、お前……昨日のこと、覚えてるか?」
「うん。壁をぶち抜いた化け物と、死神になった一護のこと……全部バッチリ」
登校中、一護とマリンは小声で言葉を交わした。
どうやら、ルキアが何らかの手段を使って、家族の記憶から『虚』の存在を消し去ったらしい。
そして教室に入った二人は、転校生の紹介で教壇に立つ見慣れた顔に度肝を抜かれた。
「初めまして。朽木ルキアです」
「「お前えええええ!!?」」
一護とマリンの叫び声に、クラス中が注目する。
放課後、ルキアによって校舎裏に連行された二人は、現在の状況についての説明を受けた。
「私は昨夜、一護に力を吸い取られすぎたせいで、死神の力をほとんど失ってしまったのだ。義骸(ぎがい)と呼ばれる仮の肉体に入り、力が回復するまで現世に留まるしかない」
「で、俺に代わりに『死神代行』をやれって?」
「そうだ。一護、お前にはその責任がある」
渋る一護と強引なルキアのやり取りを、マリンは壁に寄りかかりながら腕を組んで聞いていた。
「ちょっと待って、ルキアちゃん。キミ、おじさんや遊子たちの記憶を消したんだよね? なんでマリンの記憶は残ってるわけ?」
「むっ。確かに貴様にも記憶置換用の道具『記憶置換機(チャッピー)』を使ったのだが……貴様の霊圧が特異すぎるのか、全く効果がなかったのだ」
ルキアは腕を組み、難しそうな顔でマリンを見る。
「正直に言おう。貴様の魂は、ただの人間にしては不可解だ。まるで異なる霊子が無理やり継ぎ接ぎされているような……危ういバランスの上で成り立っている。記憶操作の霊子が弾かれたのも、そのせいだろう」
(……継ぎ接ぎされた魂)
その言葉は、マリンの胸の奥に鋭く刺さった。一心から聞かされている「事故で両親を亡くした」という過去。しかし、自分の中に眠るあの悍ましい感覚。自分のルーツに、何か途方もない秘密が隠されていることを、マリンは直感した。
「おい、マリン。お前なんか顔色悪いぞ」
「えっ? あ、ううん! なんでもないワゾ! それより、話はまとまった?」
一護は頭をかきむしりながら、大きなため息をついた。
「……しゃーねぇ。力が戻るまで、俺が代わりに手伝ってやるよ。霊絡みで放っておけねぇのは、いつも通りだからな」
### 第五章:死神と海賊の結託
一護の承諾を聞き、ルキアは満足げに頷いた。
その様子を見て、マリンは一歩前へ踏み出した。
「よしっ! じゃあ、船長も仲間に加えてもらうワゾ!」
「はぁ!? お前バカ言ってんじゃねぇぞ! 相手はあの化け物だぞ! 霊が見えるだけのただの人間が首突っ込んでいい問題じゃねぇ!」
一護が血相を変えて怒鳴るが、マリンはひるまない。
彼女はビシッと一護を指差し、不敵な笑みを浮かべた。
「あのね、一護。キミ、死神になったのはいいけど、探知能力ガバガバじゃない。昨日だって、おうちのすぐ近くまで来るまで全然気づいてなかったでしょ?」
「うっ……それは……」
「それに、あのデカい刀振り回すなら、周りに普通の人間がいないか確認する『目』が必要でしょ? 私なら霊も虚も見得るし、記憶も消されない。索敵や一般人の避難誘導なら、完璧にこなせるワゾ!」
マリンの正論に、一護は言葉に詰まった。
実際、霊的な感知能力に関しては、昔からマリンの方が繊細で優れている部分があったのだ。
「……マリン。貴様、本当に分かっているのか? 虚との戦いは、一歩間違えれば魂を喰われ、消滅する危険な道だぞ」
ルキアが真剣な眼差しで問いただす。
マリンは両手を腰に当て、明るく、しかし揺るぎない覚悟を持った声で答えた。
「海賊が、嵐を恐れて海に出るのをやめるもんですか。それに……」
マリンは視線を一護に向け、優しく微笑んだ。
「私、黒崎家の居候だからね。大事な幼なじみが一人で危険な航海に出るのを見過ごして、安全な港で待ってるなんてできない。背中を預けられる仲間は、多い方がいいでしょ?」
その言葉に込められた真っ直ぐな想いに、一護はしばらく黙り込んだ後、降参したように息を吐き出し、頭をガシガシと掻いた。
「……勝手にしろ。ただし、絶対に無理はすんな。危なくなったら一目散に逃げること。約束できるなら、手伝わせてやる」
「Ahoy! 了解したワゾ、死神代行サン!」
こうして、死神の力を得た不良少年・黒崎一護と、力を失った死神・朽木ルキア、そして己の内に秘められた虚と死神の力に気づかぬまま「海賊」を名乗る少女・宝鐘マリンの、奇妙な協力関係が結ばれた。
彼らはまだ知らない。
この小さな街で始まった死神代行の仕事が、やがて尸魂界(ソウル・ソサエティ)全土を巻き込む巨大な陰謀へと繋がり、そしてマリン自身の残酷な出生の秘密を暴き出す旅路へと繋がっていくことを。
見上げる空はあくまで青く、彼らの出航を祝福しているかのように澄み渡っていた。