## 【BLEACH × 宝鐘マリン】破面篇 第六部:天蓋の絶望と、海賊の錨(いかり)
### 第一章:黒い雨と、穿たれた胸
虚夜宮(ラス・ノーチェス)の天蓋の上。そこは、真の空ではなく、藍染惣右介が作り出した偽りの夜が永遠に続く、冷たく無機質な白砂の荒野だった。
十二番隊隊長・涅マユリの到着と治療によって辛くも命を繋ぎ止めた宝鐘マリンは、自身の傷が完全に塞がるのも待たず、虚夜宮の屋上へと単身駆け上がっていた。
彼女の異常な霊圧感知能力が、天蓋の上で「信じられないほどの絶望」が渦巻いているのを捉えていたからだ。
(なに、この霊圧……。息が、できない……)
天蓋への階段を駆け上がるマリンの全身を、重く、冷たく、そして異様に「静かな」霊圧が叩きつける。
それは、まるで深海の底に生身で放り込まれたような、圧倒的な質量の暴力。
「……一護!! 織姫ちゃん!!」
屋上へ飛び出したマリンが目にしたのは、空中に浮かぶ二つの影だった。
一人は、卍解状態の黒崎一護。そしてもう一人は、漆黒の翼を広げ、悪魔のような二本の角を生やした、第4十刃(クアトロ・エスパダ)・ウルキオラ・シファー。
彼の真の姿――十刃の中で彼のみが到達した『刀剣解放第二階層(レスレクシオン・セグンダ・エターパ)』。
その霊圧は、もはや強大という言葉では表せない。空から降ってくる「黒い雨」のように、ただそこに存在するだけで魂を削り取っていくような、絶対的な絶望の化身だった。
「一護!!」
マリンが叫び、紅海月の柄に手をかけた、まさにその瞬間。
ウルキオラの姿が、一瞬で「消えた」。
いや、速すぎてマリンの目にも見えなかったのだ。
ウルキオラが一護の目の前に現れた時、彼の鋭い爪が、一護の胸の中央を――完全に、貫いていた。
ドスッ。
鈍い音と共に、一護の胸にぽっかりと巨大な「風穴」が開いた。
「……え?」
マリンの時が止まった。
一護の体から力が抜け、天鎖斬月が彼の手からこぼれ落ちる。
生命の核である心臓ごと、胸を完全にえぐり取られた。それは、誰の目から見ても明らかな「死」だった。
「黒崎、くん……?」
少し離れた場所で、石田雨竜に庇われながらその光景を見ていた井上織姫の瞳から、光が失われた。
一護の体が、ゆっくりと天蓋の白砂へと落下していく。
ズサァッ、と砂埃を上げて倒れ伏したその肉体からは、霊圧の反応が完全に消え失せていた。
「嘘……でしょ……?」
マリンは膝から崩れ落ちた。
最強だった幼なじみ。何度も自分を助けてくれた、大事な家族。
その命が、今、目の前で理不尽に散った。
「無意味だ」
空中から冷徹に見下ろすウルキオラが、感情のない声で告げた。
「お前たちがどれほど足掻こうと、私と直面した時点で、その先に待つのは絶望しかない」
織姫が、悲鳴すら上げられずに一護の死体にすがりつく。
石田がウルキオラに立ち向かうが、圧倒的な力の前に片腕を失い、為す術もなく蹂躙されていく。
「助けて……」
織姫の、血を吐くような悲痛な叫びが、天蓋の夜空に響き渡った。
「助けて……黒崎くん……!!」
その時だった。
### 第二章:共鳴する深淵、完全なる虚(バケモノ)
ドクンッ!!
マリンの心臓が、内側から破裂しそうなほどの激痛を訴えた。
「がはァッ……!?」
マリンは胸をかきむしり、砂の上にうずくまった。
死んだはずの一護の体から、突如として、常軌を逸した霊圧が噴き上がり始めたのだ。
『——アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!』
それは、一護の声ではなかった。
地獄の底から響くような、全てを呪い、全てを破壊しようとする悍ましい獣の咆哮。
一護の胸の風穴が塞がることはない。だが、その穴を塞ぐように、彼の肉体を『白い骨の物質』が覆い尽くしていく。
長い後ろ髪。胸の穴。そして、頭部には二本の巨大な角を持つ、悪魔のような白い仮面。
完全なる虚。それも、最上級の大虚(ヴァストローデ)にも匹敵する、心を持たない破壊の権化。
それが、黒崎一護の変わり果てた姿だった。
「一護……!?」
マリンが震える声でその名を呼ぶが、その声は届かない。
それどころか、マリン自身の体に最悪の異変が起きていた。
完全虚化した一護から放たれる、純度百パーセントの圧倒的な『虚』の霊圧。
それが、マリンの魂の奥底に封じ込めたはずの「同じルーツを持つ実験の残滓」を、かつてないほどの激しさで共鳴させたのだ。
『出させろ……! 同胞が、私を呼んでいる!!』
「あああああァアアアッ!!」
マリンの右のオッドアイが、どす黒い金色に染まり、血の涙を流す。
顔の半分を、海賊の眼帯を模した虚の仮面が「強制的に」覆い尽くしていく。
平子たちとの修行で屈服させたはずの内なる虚が、一護の完全虚化という絶対的なトリガーによって、再び主導権を奪おうと暴れ狂っていた。
「だめだ……! 私が、バケモノに喰われたら……誰が、あいつを止めるんだよッ!!」
マリンは自らの左手で、自身の仮面を強引に押さえ込みながら、血を吐くような努力で自我を保っていた。
その間にも、目の前では神話の怪物同士のような、凄惨な殺し合いが始まっていた。
「……何だ、お前は」
ウルキオラが冷たい目を向ける。
だが、完全虚化した一護は何も答えない。
ただ、右手をスッと横に伸ばすと、遥か遠くに落ちていた天鎖斬月が、見えない引力に引き寄せられるように手の中に収まった。
直後、音が消えた。
一護の姿が掻き消え、ウルキオラが防御の姿勢をとった瞬間には、ウルキオラの左腕が、肩から根元ごと「引きちぎられて」宙を舞っていた。
「な……ッ!?」
ウルキオラが初めて、驚愕に目を見開く。
速すぎる。重すぎる。
一護は、引きちぎったウルキオラの腕を無造作に投げ捨てると、その角の間に、赤黒い閃光を超高密度に圧縮し始めた。
虚閃(セロ)。だが、その威力はウルキオラの放つ黒虚閃(セロ・オスキュラス)すらも凌駕する気配を放っている。
「……あり得ん。ただの人間が、私を超える虚閃を放つというのか!」
ウルキオラもまた、残された右腕で黒虚閃を放つ。
二つの巨大な破壊の光が激突し、天蓋の上半分が吹き飛んだ。
爆発の煙の中から、一護は無傷で現れ、ウルキオラの首を掴んで地面に叩きつけた。
さらに、至近距離から容赦なく虚閃を放ち、ウルキオラの半身を完全に吹き飛ばしたのだ。
「……」
そのあまりにも一方的で、残虐な光景に、マリンは息を呑んだ。
あれは、一護じゃない。
敵を倒すためではなく、ただ本能のままに全てを破壊し尽くす、心のないバケモノだ。
### 第三章:暴走する殺意と、向けられた刃
ウルキオラは再生を試みるが、内臓まで破壊されたダメージは深く、身動きが取れなくなっていた。
完全虚化した一護は、動かなくなったウルキオラの頭を無造作に踏みつけ、その顔面にトドメの虚閃を放とうとする。
「待て!! 黒崎!!」
その惨状を見かねて、石田雨竜が叫びながら一護の腕を掴んだ。
「もう勝負はついた! これ以上はダメだ! 君は……人間ではなくなってしまう!!」
石田の必死の制止。
だが、心を持たない化け物に、その声が届くはずもなかった。
ギロッ、と。
一護の冷たい仮面の奥の瞳が、石田に向けられた。
そして、彼はウルキオラを踏みつけたまま、持っていた天鎖斬月を無造作に振り上げた。
ズバァンッ!!
「……え?」
石田の腹部に、天鎖斬月の黒い刃が深々と突き刺さった。
「石田くんッ!!」
織姫が絶叫する。
一護は、自分を止めようとした石田を「排除すべき敵」と認識したのだ。
刺さった刀を引き抜き、崩れ落ちる石田に向けて、一護はその角の間に、再び赤黒い虚閃をチャージし始めた。
今度こそ、石田雨竜という存在をこの世から完全に消し飛ばすために。
「だめぇえええええええッ!! 黒崎くん、やめてぇえええええッ!!」
織姫が泣き叫ぶ。だが、彼女の足は恐怖と絶望ですくみ、一歩も動けない。
赤黒い光が、極限まで収束されていく。
(動け……! 動けよ私の足!!)
マリンは、自身の内なる虚の暴走を押さえ込むのに精一杯で、地面に這いつくばっていた。
だが、目の前で、大事な仲間が、別の仲間の手によって殺されようとしている。
『バカかお前は。あんなバケモノ同士の殺し合い、放っておけばいい。お前も全てを忘れて、破壊の本能に身を委ねろ!』
内なる虚が、マリンの理性を甘く誘惑する。
「……黙れッ」
マリンは、血が滲むほど唇を強く噛み破った。
「私が……あいつの錨(いかり)になるって、決めたんだよ!!」
バキィイイイイインッ!!!
マリンは、己の意志で、自らの顔を覆い尽くそうとしていた仮面を「海賊の眼帯型」へと強制的に固定させた。
群青色の霊圧が、暴走する黒い泥を強引に押さえ込み、彼女の体を限界を超えて突き動かす。
「出航せよォオオオオオッ!! 『紅海月』!!!」
マリンの姿が、響転(ソニード)によってかき消えた。
### 第四章:海賊の錨(いかり)、激突する魂
ズガァアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!!!!
一護の角から放たれた、石田を消し飛ばすはずの超弩級の虚閃。
だが、その赤い破壊の光線は、石田に届く直前で、何重にも展開された「群青色の水壁」によって受け止められ、凄まじい水蒸気爆発を起こして四方へと弾け飛んだ。
「……!?」
心を持たないはずの一護の仮面の奥の瞳が、僅かに見開かれる。
水蒸気が晴れた後。
倒れる石田の前に立っていたのは、顔の上半分を海賊の仮面で覆い、群青の霊圧を纏った宝鐘マリンだった。
彼女は両手で『紅海月』を構え、一護の放った虚閃の残滓を、ギリギリで弾き返していたのだ。
「はぁっ……はぁっ……!」
マリンの腕の骨からは、ミシミシと悲鳴が上がっていた。
完全虚化した一護の虚閃。それを真正面から受け止めた代償は大きく、彼女の仮面には既にいくつもの亀裂が走っている。
『グルルルルル……!』
一護が低く唸り、今度は天鎖斬月を上段からマリンめがけて振り下ろしてきた。
仲間だという認識は、欠片もない。
「させないッ!! 豪雨・海神の盾(わだつみのたて)ッ!!」
マリンは紅海月を横に構え、自身の全ての霊圧を込めた極厚の水流の盾を展開した。
ガギィイイイイイイイインッ!!!
黒い刃と、群青の盾が激突する。
天蓋の上を、暴風雨のような衝撃波が駆け抜けた。
「ぐ……っ、あァアアアアッ!!」
マリンの足元の白砂が大きく陥没し、彼女の体が地面にめり込んでいく。
重い。ヤミーの鋼皮とは違う、純粋で圧倒的な暴力。
少しでも気を抜けば、盾ごと真っ二つにされる。
「マリン……さん……逃げ、ろ……」
背後で血を流す石田が、掠れた声で呟く。
「……バカ言わないで。船長が、船員(クルー)を見捨てて逃げるわけないでしょ」
マリンは仮面の奥の左目で、目の前で刃を押し込んでくる白いバケモノ――一護を真っ直ぐに睨みつけた。
「一護……! 目を覚ませ!!」
マリンの叫びが響く。だが、一護は止まらない。
さらに力を込め、紅海月の刃がマリンの肩口にまで押し込まれていく。
ピキッ……パリーンッ!!
マリンの顔を覆っていた海賊の仮面が、一護の霊圧の重圧に耐えきれず、完全に砕け散った。
虚化が強制解除され、マリンの純粋な死神の力だけが残る。
一気に押し込まれる刃。
「マリンちゃんッ!!」
織姫が絶叫する。
刃がマリンの肩を切り裂き、血が舞う。
だが、マリンは一歩も引かなかった。
彼女は、盾として構えていた紅海月を自ら手放し、素手となった両手で、振り下ろされた天鎖斬月の黒い刃を、文字通り「白刃取り」の形で直接掴み止めたのだ。
「ガハッ……!」
両手のひらが深く切り裂かれ、骨が軋む。
だが、マリンは絶対に離さなかった。血塗れの手で刃を握りしめたまま、一護の白い仮面の目の前まで、自身の顔を近づけた。
「……目を覚ませって言ってんだよ、一護ッ!!」
マリンは、魂の底からの大声で叫んだ。
「アンタは、そんな心のないバケモノなんかじゃないワゾ!! 織姫ちゃんを泣かせて、石田くんを傷つけて……そんなのが、アンタの護りたかったものなのかよ!!」
その声には、理屈も、霊圧の計算もなかった。
ただの、宝鐘マリンという一人の少女の、幼なじみに向けた剥き出しの感情。
それが、狂気に沈んでいた一護の魂の奥底に、微かな「波紋」を起こした。
「……ァ……?」
一護の刃を押し込む力が、ほんの一瞬、ふっと緩んだ。
仮面の奥の瞳が、目の前で血を流しながら自分を見つめるマリンのオッドアイを捉え、微かに揺らぐ。
(今だ……!)
その一瞬の躊躇。それこそが、マリンが命を懸けて作り出した「最大の隙」だった。
「……そこまでだ」
シュパァアアアアアンッ!!!
一護の背後から、緑色の光の槍――『雷霆の槍(ランサ・デル・レランパーゴ)』の鋭い一撃が振り下ろされた。
半身を吹き飛ばされていたはずのウルキオラが、最後の力を振り絞り、一護の頭部の「角」の片方を、根元から真っ二つに斬り飛ばしたのだ。
「ガ……ァアアアアアアアアアッ!?」
角を失ったことで、一護の体内で暴走していた虚の霊圧のバランスが完全に崩壊した。
一護が頭を抱えてのたうち回り、その体から凄まじい黒い霊圧が噴出する。
「一護!」
マリンは吹き飛ばされそうになるのを耐えながら、一護の体が元の姿へと戻っていくのを見つめた。
白い外殻が崩れ落ち、胸の風穴が超速再生によって塞がっていく。
やがて。
黒覇装を纏った本来の黒崎一護が、天蓋の砂の上に倒れ込んだ。
「……あ、れ……俺は……」
ゆっくりと目を開けた一護の視界に映ったのは、ボロボロになった石田と、泣き崩れる織姫。
そして、目の前で両手から血を流し、息も絶え絶えになりながらも、安心したように微笑んでいる宝鐘マリンの姿だった。
「マリン……? お前、その手……それに、石田も……俺が、やったのか……?」
一護は自分の震える両手を見つめ、絶望に顔を歪めた。
「……バカ。気に病むんじゃないワゾ」
マリンはふらつく足で一護の前に進み出ると、血塗れの手で、一護のオレンジ色の頭をポンと叩いた。
「船長が、船員(クルー)の暴走を止めるのは当たり前の仕事でしょ。……よく、戻ってきたね。一護」
その言葉に、一護は唇を噛み締め、深く俯いた。
少し離れた場所では、ウルキオラが最後の力を使い果たし、その肉体が灰となって虚圏の風に溶けようとしていた。
彼は織姫に向けた言葉を残し、心というものを少しだけ理解したように、静かに消滅していった。
終わったのだ。
絶望的な第四十刃との死闘。そして、内なる化け物への完全なる敗北と、そこからの帰還。
「……マリン。石田。織姫……」
一護が、立ち上がる。
その瞳には、己の罪と弱さを全て背負い、それでも前に進もうとする強烈な光が戻っていた。
「……すまねぇ。そして、ありがとう」
マリンは両手の痛みに顔をしかめながらも、いつもの不敵な笑みを浮かべてみせた。
「礼なら後でたっぷり聞くよ。……でも今は、休んでる暇はないみたいだね」
マリンの視線の先。
天蓋のさらに上空、黒腔(ガルガンタ)を通じて、尸魂界からの新たな凶報がもたらされていた。
藍染惣右介が、全戦力を持って、現世・空座町への侵攻を開始したのだ。
「……行くぞ、一護。今度こそ、あのグラサン野郎の計画を、全部海の底に沈めてやる」
「ああ……決着をつける!!」
満身創痍の海賊と死神は、仲間たちの想いを背負い、虚圏の空から、決戦の地である現世へと向かう。
世界を懸けた最後の戦いが、今まさに幕を開けようとしていた。