## 【BLEACH × 宝鐘マリン】破面篇 第七部:偽りの空と、交差する群青の軌跡
### 第一章:黒腔(ガルガンタ)を駆ける者たち
漆黒の次元の狭間。現世と虚圏(ウェコムンド)を繋ぐ空間の裂け目である『黒腔』の中を、霊子の足場を形成しながら疾走する影があった。
「……黒崎、宝鐘。あまり急がないでください。治療が追いつきませんよ」
四番隊隊長・卯ノ花烈が、穏やかでありながら絶対に逆らえない響きを持った声で、前を走る二人の背中に向けて霊圧の光(回道)を送り続けている。
「す、すんません卯ノ花さん……」
「ご、ごめんなさい……でも、急がないと!」
ウルキオラとの絶望的な死闘を終え、十二番隊隊長・涅マユリの開いた黒腔を通って現世へと向かう黒崎一護と宝鐘マリン。
完全虚化によって理性を失った一護の凶刃を、文字通り素手で受け止めたマリンの両手は、ボロボロに引き裂かれていた。しかし、卯ノ花の絶え間ない治療のおかげで、皮膚と筋肉が繋がり、再び剣を握れる状態にまで回復しつつあった。
(……一護の霊圧が、重い)
マリンは、隣を走る一護の横顔を盗み見た。
彼の眼差しは鋭く前を見据えているが、その霊圧には、自身の暴走で石田やマリンを傷つけてしまったという「恐怖」と「後悔」の澱が、未だにこびりついているのが分かった。
「……一護」
マリンは走りながら、自身の真新しい包帯が巻かれた両手を強く握りしめ、パァン!と小気味良い音を立てて両頬を叩いた。
「顔が怖い! 船長がせっかく身を呈して止めてやったんだから、そんなシケたツラしてたら海に蹴り落とすよ!」
「……お前なぁ。人の気も知らねェで」
「知ってるから言ってんの! アンタがウジウジ悩んだところで、空座町(現世)で戦ってるおじさんやみんなが助かるわけじゃないでしょ!」
マリンは、腰の『紅海月(くれないくらげ)』の柄をポンと叩いた。
「あのグラサン野郎……藍染が、私の両親をバケモノの実験台にして、私を失敗作だって見下したこと。……そして、一護やルキアちゃん、たくさんの仲間を傷つけたこと。絶対に許さない。……今度こそ、あいつの計画を全部、この船長が海の底に沈めてやる」
マリンの言葉には、虚圏での死闘を経て、己のルーツと内なる化け物を完全に受け入れた強靭な覚悟が宿っていた。
「……ああ。そうだな」
一護の瞳から、わずかに迷いが晴れる。
「俺たちが、終わらせるんだ。藍染を倒して、空座町を護る!」
出口の光が、黒腔の先に小さく見え始めた。
現世・空座町のレプリカとして作られた決戦の地、『偽り空座町』。
そこで彼らを待っていたのは、想像を絶する凄惨な地獄だった。
### 第二章:絶望の空、天に立つ悪逆
バリィイイイイイインッ!!!
黒腔の空間がガラスのように砕け散り、一護とマリン、そして卯ノ花が現世の空へと飛び出した。
「……っ!!」
飛び出した瞬間、マリンは息を呑み、空中で硬直した。
空座町の街並みは無残に破壊され、至る所から黒煙が上がっている。
だが、それ以上に彼女を絶望させたのは、地上に転がる「護廷十三隊」と「仮面の軍勢」の惨状だった。
日番谷冬獅郎、京楽春水、砕蜂、平子真子、そして山本元柳斎重國までもが。
尸魂界の最高戦力である彼らが、血の海に沈み、満身創痍で地に伏していた。
「みんな……!」
一護が悲痛な声を上げる。
そして、血と絶望の匂いが立ち込める空の中央。
一切の傷を負わず、一滴の血も浴びず、純白の装束を纏って悠然と宙に立つ男がいた。
藍染惣右介。その傍らには、市丸ギンの姿もある。
「……ようやく来たか、黒崎一護」
藍染は、まるで待ちわびた客を迎え入れるかのように、穏やかな笑みを浮かべた。
「藍染ェエエエエエエエッ!!!」
一護が怒りの咆哮と共に、天鎖斬月を構えて一直線に藍染へと突撃する。
凄まじい速度での上段からの斬り下ろし。
ガキンッ。
だが、その漆黒の刃は、藍染の素手――いや、霊圧の障壁すら展開していない、ただの『指先』によって容易く止められていた。
「……少しは成長したかと思ったが。やはり、恐怖に呑まれた君の刃は、私には届かない」
藍染が静かに告げた瞬間、一護の体が目に見えない重圧に弾き飛ばされた。
「一護!」
マリンが水流を展開して一護を空中で受け止める。
「……おや。まだ生きていたのか」
藍染の冷酷な視線が、マリンを捉えた。
「検体番号・零式(プロトタイプ)。虚圏での君のデータは、ザエルアポロから微かに受け取っていたよ。まさか、失敗作である君が完全な虚化を身につけるとはね。……だが、所詮は私が捨てた泥水。君の海が、私の立つ空に届くことはない」
「相変わらず、口の減らないヤツだね」
マリンは一護を庇うように前に進み出た。
彼女の左手が、顔の前でゆっくりと構えられる。
「私が失敗作かどうか……もう一度、その身で味わってみなよ!!」
バキィイイイインッ!!!
マリンの顔の上半分を、海賊の眼帯を模した白い骨の仮面が覆い尽くした。
同時に、彼女の全身から『群青色(インディゴ)』の重く禍々しい、しかし純度を高められた虚の霊圧が爆発的に噴き上がる。
「一護! アンタの刃が届かないなら、私がこいつのバリアをこじ開ける!! その隙にブチ込め!!」
「……ああ!!」
一護もまた、自身の顔に虚の仮面を現出させ、天鎖斬月に極限まで黒い霊圧を込め始めた。
### 第三章:群青の海戦、神への抵抗
「出航せよォオオオオオッ!! 『紅海月』!!!」
マリンが響転(ソニード)によって姿を消した。
空気を切り裂く音すら置き去りにする速度。彼女は藍染の真上に出現し、群青の霊圧を纏った水刃を振り下ろした。
「深海(しんかい)ッ!!」
空間そのものを叩き割るような、マリンの最大火力の斬撃。
だが、藍染は腰の斬魄刀『鏡花水月』を抜くことすらしない。
「遅い」
藍染が腕を軽く振るっただけで、強烈な霊圧の波動がマリンの水刃を正面から相殺し、彼女の体を吹き飛ばそうとする。
「なめるなァアアアッ!!」
マリンは吹き飛ばされながらも、紅海月の刀身から超高圧の水流を四方八方へとばら撒いた。
「海神の檻(わだつみのおり)!!」
ばら撒かれた水滴が、藍染の周囲で一斉に凍結・膨張し、巨大な『水の立方体』となって藍染を空間ごと閉じ込めた。
さらに、マリンはその立方体の内部の水圧を、深海一万メートルに匹敵する超高圧へと急激に引き上げる。
「ほう……水圧で私を押し潰そうというのか。面白い」
藍染が水の檻の中で小さく呟く。その圧倒的な霊圧によって、水圧の檻がミシミシとひび割れ始める。
「今だ、一護ォオオオオオッ!!」
マリンが叫ぶ。
「月牙……天衝ォオオオオオオッ!!!」
一護の放った、仮面状態での最大出力の漆黒の斬撃。
それが、マリンの水圧の檻ごと、藍染の体を完全に飲み込んだ。
ズドォオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!
偽り空座町の空が、黒と群青の霊圧の爆発によって真っ二つに裂けた。
凄まじい衝撃波が地上の瓦礫を吹き飛ばし、巨大な煙のキノコ雲が立ち上がる。
「……やった、か!?」
仮面をつけた一護が、荒い息を吐きながら煙の奥を睨みつける。
マリンも水流の足場で空中に留まり、紅海月を構えたまま警戒を解かない。
だが。
「……素晴らしい連携だ。あの頃の君たちとは比べ物にならない」
煙が晴れた後。
そこには、純白の装束に微かな汚れすらつけず、傷一つ負わずに佇む藍染の姿があった。
一護の月牙天衝は、藍染の左手一本によって完全に防がれていたのだ。
「う、そだろ……!?」
一護の仮面の奥で、絶望が広がる。
「水圧で動きを封じ、そこに最大火力を叩き込む。理にかなった戦術だ。……だが、絶対的な『霊圧の差』の前では、いかなる戦術も無意味となる」
藍染の姿が、ふっと掻き消えた。
「なっ!?」
「一護、後ろ!!」
マリンが叫ぶよりも早く、藍染の刃が一護の肩口から胸にかけて、深々と斬り裂いた。
「がはァッ!!」
血を噴き出し、一護の仮面が砕け散って彼が落下していく。
「一護ォ!!」
マリンが紅海月を振るい、藍染に向かって突進する。
「君も同じだ、宝鐘マリン」
藍染が、ゆっくりと振り返る。
彼が『鏡花水月』を軽く振るった瞬間、マリンの視界がぐにゃりと歪んだ。
「……え?」
マリンが紅海月を突き立てた相手。
それは、藍染ではなく、彼女自身の水流が生み出した幻影の波だった。
「完全催眠……『鏡花水月』。君の五感は、既に私が支配している」
背後から、死神の声が囁く。
ドスッ。
「ア、ガァ……ッ!」
藍染の刃が、マリンの背中から腹部を正確に貫いていた。
冷たい刃の感触。全身の力が抜け、仮面がパリンと音を立てて砕け散る。
マリンの体から群青の霊圧が消失し、彼女は一護と同じように、偽りの空から真っ逆さまに落下していった。
### 第四章:絶望の底、見えざる光
ズサァアアアアッ!
瓦礫の山に叩きつけられ、マリンは激しく血を咳き込んだ。
背中から腹を貫かれた致命傷。視界が急速に暗くなり、指先一つ動かすことすらできない。
(あ……ああ……。やっぱり、敵わなかった……)
天に立つ神のような男。
自分たち海賊がどれほど必死に牙を研ごうと、彼が立つ空の高さには、一歩も届かなかったのだ。
上空では、藍染がゆっくりと虚空を歩きながら、地上の全てを見下ろしている。
「これで終わりだ。護廷十三隊も、仮面の軍勢も、そして君たちも。全ては私の掌の上で踊る幻に過ぎなかった」
一護もまた、少し離れた場所で血の海に沈み、絶望に瞳孔を見開いている。
彼の心は、圧倒的な実力差の前に完全にへし折られていた。
(ごめん、一護……。ごめん、みんな……)
マリンの瞳から、涙がこぼれ落ち、血と混ざって瓦礫に染み込んでいく。
海賊船長としての旅は、ここで終わるのか。
だが、その時だった。
「……随分と、俺の息子とウチの可愛い居候を、ボロボロにしてくれたじゃねェか」
瓦礫に沈む一護とマリンの前に、一つの大きな影が降り立った。
黒い死覇装に、無精髭。そして、左腕に巻かれた見覚えのある『隊長羽織』の切れ端。
「親父……?」
一護が、信じられないものを見る目で呟く。
「……おじ、さん……?」
マリンもまた、霞む視界の中でその背中を捉えた。
黒崎家で毎朝くだらないプロレスを仕掛けてきた、騒がしくてお調子者の父親、黒崎一心。
彼が今、圧倒的な霊圧を放ちながら、藍染惣右介と対峙していた。
さらに、空間が裂け、緑の帽子を被った男――浦原喜助と、黒装束の四楓院夜一が立て続けに現れ、藍染を取り囲む。
「……おや。役者が揃ったようだね」
藍染が、わずかに興味深そうな視線を彼らに向ける。
一心は振り返りもせず、背後に倒れる一護とマリンに向かって、いつものように豪快で、しかしどこまでも温かい声で言った。
「一護。マリン。……よく頑張ったな。後はおじさんたち大人に任せて、少し休んでろ」
「おじ、さん……」
マリンの頬を、再び涙が伝う。
それは絶望の涙ではなく、安堵と、自身の無力さに対する悔し涙だった。
(私は、まだ……終われない)
薄れゆく意識の中で、マリンは決意した。
大人が戦う背中を見ているだけなんて、海賊船長の性に合わない。
この絶望を乗り越え、必ずあの空に手が届く力を手に入れてみせる。
己の魂に眠る虚を越えた、さらなる高みへ。
宝鐘マリンの戦いは、まだ終わらない。
藍染惣右介の進化と、彼を止めるための『最後の月牙天衝』――最後の修行へと続く過酷な運命の歯車が、現世の血塗られた空の下で、今再び回り始めていた。