## 【BLEACH × 宝鐘マリン】現世決戦篇:本物の空座町
### 第五章:最後の月牙天衝、そして決着
### 第一節:夜の帳(とばり)、『無月』の降臨
「——『最後の月牙天衝』だ」
黒崎一護の静かで、しかし世界そのものを圧するような声が、崩壊した岩山に響いた。
宝鐘マリンが己の命と引き換えに放った『深海極大錨(アビス・グランドアンカー)』によって、進化のプロセスを強制停止させられ、空間に縫い付けられた藍染惣右介。
その眼前に立つ一護の姿は、異様であった。
右腕の肌は斬魄刀の柄と完全に融合し、漆黒の霊圧が彼の全身を包み込む。
腰から胸にかけては包帯のような物質が巻き付き、オレンジ色だった髪は長く伸び、濡れた烏の羽のように黒く染まっていた。
「……最後の、月牙天衝だと……? それは、どういう意味だ……!!」
毒の鎖に縛られながら、藍染が血を吐きながら問う。
「最後の月牙天衝ってのは……俺自身が、月牙になることだ」
一護の瞳には、かつての激しい怒りも、闘争心もない。ただ、深い湖のような静寂だけがあった。
「俺が、月牙になる……。この技を使えば、俺は……死神の力の全てを失う。……『最後』ってのは、そういう意味だ」
その言葉を聞いた瞬間、満身創痍で瓦礫の中に倒れていたマリンの体が、ビクッと跳ねた。
「……死神の力を……失う……?」
マリンのオッドアイが、信じられないものを見るように見開かれる。
(そんな……じゃあ、一護は……もう、アタシたちやルキアちゃんたちに会えなくなるって……そういうことかよ……!)
一護の背負った覚悟の重さに、マリンは唇を噛み締めた。
彼が護りたかったもの。それは、仲間たちが生きるこの世界そのもの。そのために、彼は自分自身が「死神としての世界」から追放されることを、自ら選んだのだ。
「……面白い」
藍染の顔が、狂気に歪む。
「死神の力を失うだと? 人間風情が、私という神を倒すために、己の力を全て捨てるというのか! 傲慢な……! 私の進化は止まらない! この毒の鎖も、今すぐに……!!」
藍染の胸の崩玉が激しく明滅し、マリンの毒を完全に焼き切ろうとする。
だが、遅い。
「——さよならだ、藍染」
一護が、右手を静かに天へと掲げた。
その瞬間。
現世の空から、光が消えた。
太陽の光も、霊子の輝きも、全てが漆黒の霊圧に塗り潰され、世界そのものが『絶対の闇』へと沈み込んだ。
「——『無月(むげつ)』」
一護が右腕を振り下ろす。
音は、なかった。
ただ、空間の「縦軸」そのものが、絶対的な漆黒の刃となって、藍染惣右介の体を真っ向から両断した。
「ガ……ァ…………!!!!」
藍染の絶叫すらも、漆黒の刃に吸い込まれ、音として響くことはなかった。
光を飲み込む巨大な闇の斬撃が、岩山を、大地を、そして遥か彼方の地平線までを、音もなく真っ二つに切り裂いた。
天地を分かつ、完全なる一撃。
神の進化も、不滅の肉体も、全てを無に帰す、死神・黒崎一護の全てを懸けた最後の一振りが、ついに藍染の神話を両断したのだ。
### 第二節:分かたれた神の狂態、海賊の真理
ズゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!
漆黒の闇が晴れ、世界に再び光が戻った時。
大地の裂け目の底で、藍染惣右介は、血の池の中に地に伏していた。
彼の体を覆っていた異形の外殻——三対の羽も、虚のような真っ黒な仮面も、全てが粉々に砕け散り、元の白い死覇装姿へと戻りかけている。
「ハァッ……ハァッ……!!」
一護は、上空からゆっくりと地上へ降り立った。
彼の体を覆っていた漆黒の霊圧の殻がパキパキとひび割れ、剥がれ落ちていく。長い黒髪も元のオレンジ色に戻り、死神の力を失う『代償』が、彼の肉体を蝕み始めていた。
「……一護……!!」
マリンが、折れた刀を杖にして、引きずるように一護の元へ駆け寄る。
「バカ野郎……! 無茶しやがって……!」
一護はマリンを見て、フッと力なく笑った。
「……わりぃ。でも、お前が止めてくれなきゃ……俺の刃は届かなかった。……ありがとう、マリン」
「……バカ」
マリンは涙を堪え、崩れ落ちそうになる一護の体を、残された右手で必死に支えた。
「……くそ、が……」
大地の裂け目から、這い上がるようにして、藍染が立ち上がった。
「……私は……負けない……。私は……まだ、進化する……!!」
藍染の右腕に融合していた斬魄刀が、ボロボロと崩れ落ちていく。
だが、彼の胸にある『崩玉』だけは、未だに不気味な光を放っていた。
「見ろ……! 私の斬魄刀が消えていく……! これは、私が死神の限界を超え、斬魄刀という道具すら必要としない次元へと進化した証だ!! お前たちのような泥水や、力を失った人間に……私が敗れるはずがないッ!!」
藍染の絶叫が空回りする。
その姿は、もはや神の威厳など微塵もない。ただ己の敗北を認められない、哀れな男の狂態だった。
「……往生際が悪いよ、藍染」
マリンが、一護を支えながら、オッドアイで冷たく藍染を睨み据えた。
「アンタの斬魄刀が消えたのは、進化したからじゃない。……『崩玉』が、アンタを見限ったんだよ」
「……何だと?」藍染が血走った目でマリンを睨む。
「海賊船(アタシたち)なら、わかるさ」
マリンは、静かに言葉を紡ぐ。
「仲間(クルー)を道具扱いし、見下し、信じようとしない船長(キャプテン)の船は……最後には必ず沈む。アンタは、あの石っころ(崩玉)の力を支配してるつもりだったんだろうけど……。本当は、孤独に怯えて、誰かに止めてほしかっただけなんじゃないのかい?」
マリンの言葉は、藍染の心の最も深い、誰にも見せなかった「底」を的確にえぐり出した。
強すぎるが故の孤独。
誰にも理解されないからこそ、神として天に立とうとした。だが、彼の魂の底では、ただ「自分と同じ目線で語り合える存在」を求めていたのではないか。
「……黙れッ!! 失敗作が、私の心を分かったような口を利くかァアアアアアッ!!!!」
藍染がマリンに向けて、残された霊圧を放とうとした。
——だが。
ブシュゥウウウウウウウウウウウッ!!!
突如として、藍染の胸の内側から、複数の巨大な「紅い杭」が突き出し、彼の体を四方八方から空中に縫い付けた。
「な……なんだ、これは……!?」
藍染が、突如として出現した鬼道の封印に驚愕する。
「——『九十六京火架封滅(きゅうじゅうろっけいかかふうめつ)』。アナタのために特別に打った、新しい封印の鬼道ッスよ」
空間の裂け目から、杖を突いた男——浦原喜助が、静かに姿を現した。
### 第三節:崩玉の拒絶、そして封印の刻
「……浦原喜助……! 貴様、いつの間に私にこれを……!!」
藍染が、紅い封印の杭に抗いながら叫ぶ。
「アナタが一番最初に、完全な変容を遂げる前……アナタの隙を突いて、別の鬼道と一緒に打ち込んでおいたんスよ。……でも、今まで発動しなかった。アナタの力が強大すぎて、封印の鬼道が抑え込まれていたからです」
浦原は、帽子を深く被り直し、冷徹な目で藍染を見据えた。
「ですが、今発動した。……宝鐘サンの言う通りです。アナタの力は今、急速に弱まっている。……崩玉が、アナタを主として認めなくなったからです」
「……馬鹿な! 崩玉は私を理解した! 私は神に……!!」
「崩玉の本当の力は、『周囲の心を読み取り、具現化する力』」
浦原の言葉が、藍染の希望を完全に打ち砕く。
「アナタの心の奥底に、『ただの死神になりたい』という願いがあったのなら……崩玉は、それに答えたのかもしれないッスね」
「……私を、封印すると……言うのか……!! 浦原喜助ェエエエエエッ!!!!」
藍染の表情が、かつてないほどの激しい怒りと屈辱に歪む。
「私は君を蔑む!! なぜ、君ほどの頭脳を持ちながら、あの『霊王』という名の『モノ』に従い続ける!? あのような無惨な犠牲の上に成り立つ世界を、なぜ良しとするのだ!!」
藍染の叫び。それは、この狂った世界に対する、彼なりの正義と反逆の意志の吐露であった。
だが。
「……霊王が居なければ、尸魂界は分裂する。アレは『楔(くさび)』です。楔を失えば、世界は容易く崩壊する」
浦原は、静かに答えた。
「それは敗者の理論だ!! 勝者は常に、世界がどうあるべきかを語らなければならないッ!!!」
藍染の絶叫が虚しく響き渡る中。
紅い鬼道の光が、彼の全身を完全に包み込んでいく。
「……アンタの言う通り、この世界は理不尽で、綺麗事ばっかりじゃないかもしれない」
マリンが、封印されていく藍染に向けて、静かに言葉を投げかけた。
「……でもさ、アタシたちは、その泥水みたいな世界でも……もがいて、笑って、生きていきたいんだよ。アンタが創る、完璧で退屈な神様の世界になんか……アタシたちの居場所はないんだワゾ」
藍染の眼が、最後にマリンと、一護の姿を捉える。
そして。
カァアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!
凄まじい光と共に、九十六京火架封滅が完全に起動。
最強の反逆者・藍染惣右介の体は、幾重もの剣の形をした封印石の中に完全に閉じ込められ、その霊圧は、現世から完全に消失した。
静寂。
岩山地帯に、風の音だけが戻ってきた。
「……終わったんスね」
浦原が、小さく息を吐く。
「……ああ……」
一護が、その言葉に答えた瞬間。
彼の体から、残されていた死神の霊圧の最後の一滴が、ふっと霧散して消え去った。
「一護!!」
一護の体が、完全に糸が切れた操り人形のように崩れ落ちる。
マリンが慌ててその体を抱きとめた。
### 第四節:力の代償、見えなくなる世界
「……わりぃ、マリン。……もう、力が入らねェ……」
一護は、マリンの腕の中で、焦点の合わない目で空を見上げた。
彼の髪は完全に元のオレンジ色に戻り、黒装束も破れ散っている。
そして何より、マリンには分かった。一護の魂から、あの圧倒的で、温かかった『霊力』の気配が、急激に萎縮し、閉じようとしているのが。
「……一護、あんた……霊力が……」
マリンの声が震える。
「……ああ。……最後の月牙天衝を使ったからな。……ここから先は、俺の霊圧は完全に消えていく。……霊の姿も、見えなくなる……」
一護は、重い瞼をゆっくりと動かし、マリンの顔を見た。
「……お前のことも……もうすぐ、見えなくなるのか……」
マリンは、唇を強く噛み締めた。
オッドアイから、大粒の涙が溢れ出し、一護の頬に落ちる。
「……バカ野郎。なんで、アタシたちのために……アンタが全部、背負わなきゃならないんだよ……」
「……バカはお前だろ。……お前だって、左腕……無くしたじゃねェか……」
一護が、震える手を伸ばし、マリンの頭の海賊帽にポンと触れた。
「……護れて……よかった。……お前らも……この、街も……」
一護の視界が、次第にぼやけていく。
霊子で構成されたマリンの体が、半透明に透け始めているのが分かった。
死神としての力が、彼の中から完全に抜け落ちていく。
「……一護」
マリンは、涙を拭い、無理やり笑顔を作った。
「……今は、ゆっくり休みな。……アンタが死神の力を失っても、アンタがこの世界を護ったって事実は、絶対に消えない」
マリンは、一護の手を、両手で強く握りしめた。
「……アンタの目に見えなくなっても……アタシたち宝鐘海賊団は、いつだってアンタの街の海を、護り続けてるからな。……だから、安心して……普通の高校生に戻れ。一護」
「……ああ……。……じゃあな……マリン……。みんなによろしく、言っといてくれ……」
その言葉を最後に、一護は完全に意識を手放し、深い、深い眠りへと落ちていった。
彼とマリンを繋いでいた霊的な繋がりが、プツンと切れる。
「……お疲れ様。アタシたちの、最高の死神代行(ヒーロー)」
マリンは、眠る一護の寝顔を見つめながら、静かに呟いた。
### 第五節:エピローグ・空座町の帰還、海賊の誓い
数時間後。
尸魂界の技術開発局と浦原喜助の尽力により、尸魂界へと転送されていた「本物の空座町」が、無事に現世へと戻された。
眠らされていた住民たちは、自分たちが一度死の淵に立たされていたことなど知る由もなく、平和な朝の光の中で目を覚まそうとしている。
空座町の、とある高台。
朝焼けが、崩壊を免れた街並みをオレンジ色に染め上げていた。
「……綺麗な朝焼けッスね」
浦原喜助が、杖を突きながら朝日を見つめる。
その傍らには、応急処置を受け、ルキアや恋次、織姫、茶渡、雨竜たちと共に立つ宝鐘マリンの姿があった。
マリンの失われた左腕は、織姫の『双天帰盾』による決死の治療によってなんとか修復されたが、まだ完全に動かすことはできない。
それでも、彼女は真紅の海賊コートを羽織り、風に吹かれながら、眠る街を見下ろしていた。
「……ああ。……本当に、綺麗な海(そら)だ」
マリンは、眼帯型のバイザーを押し上げ、オッドアイを細めた。
この平和な景色は、市丸ギンが己の全てを懸けて藍染の心臓に毒を置き、一護が自身の力の全てを捨てて放った『無月』によって、辛くも護り抜かれたものだ。
「……黒崎のやつ、自分のベッドで爆睡してるみたいだぞ」
恋次が、現世の通信機からの報告を受けて笑う。
「……そうか。あいつが目を覚ました時……もう、私の姿は見えなくなっているのだろうな」
ルキアが、少しだけ寂しそうに伏し目がちに言った。
「……ルキアちゃん」
マリンが、ルキアの肩をポンと叩く。
「見えなくなったって、アタシたちの絆が切れるわけじゃない。……あいつが護ってくれたこの街を、今度はアタシたちが護る番だ」
マリンは、腰の『紅海月』の柄を力強く握りしめた。
「藍染は封印されたけど、まだアタシの魂の中には『虚の毒』が残ってる。……失敗作だろうが何だろうが、この力を使って、アタシはこの海を荒らすバケモノどもを全部叩き斬ってやるワゾ!」
マリンの元気な宣言に、ルキアも、織姫たちも、ふっと顔をほころばせた。
「……頼もしいッスねぇ。これからは、宝鐘サンが現世の用心棒ってわけですか」
浦原が帽子を揺らして笑う。
「用心棒じゃない。アタシは海賊船長だ!」
マリンは、朝日に向かって大きく深呼吸をした。
「宝鐘海賊団、これにて現世防衛の任に就く!……一護がいつか、またアタシたちの姿を見つけるその日まで……この街の平和は、アタシがガッチリと錨を下ろして護り抜くからな!!」
昇りゆく太陽の光が、マリンの真紅のコートと、仲間たちの笑顔を暖かく照らし出す。
神を騙る悪魔との長きにわたる死闘は、ここに完全に終結した。
代償は大きかった。
失われた命、失われた力。
だが、彼らが勝ち取ったこの「普通の明日」は、何よりも代えがたい宝物だった。
一人の死神代行が全てを懸けて護り抜いた平和な海を、今度は強欲で心優しい海賊船長が、その誇りにかけて護り継いでいく。
彼女たちの航海は、終わらない。
どこまでも続く青空の下、宝鐘マリンの新しい日々が、高らかな笑い声と共に幕を開けたのである。
(現世決戦篇・完)