## 【BLEACH × 宝鐘マリン】第二部:雨上がりの渇望と、死神の目覚め
### 第一章:死神代行の眼と、見えない爆弾
朽木ルキアから死神の力を譲り受けた黒崎一護が「死神代行」としての活動を始めてから、数週間が経過していた。
その間、宝鐘マリンは自身の宣言通り、彼らの索敵およびサポート役として駆け回っていた。
「一護、右斜め上! 商店街のアーケードの裏側に隠れてる!」
空座町の路地裏。暗闇に身を潜める蜘蛛型の虚(ホロウ)に向かって、マリンが鋭く指を差す。
その指示を受けた一護が、巨大な斬魄刀を構えて地面を蹴る。
「オラァッ!!」
一護の一撃が虚の仮面を両断し、断末魔とともに怪物は霊子の塵となって消え去った。
着地した一護が肩で息をする横で、ルキアが携帯型の通信機(伝令神機)を操作しながら頷く。
「見事だ、マリン。貴様の霊圧感知能力は、並の死神のそれを遥かに凌駕している。私が見落とした微細な霊子の痕跡すら、的確に捉えるとはな」
「へへっ、船長の目は誤魔化せないってことよ。……でも、なんか最近、変なやつ多くない?」
マリンは胸の奥を軽く押さえた。
彼女のサポートが的確なのは、単に霊感が強いからではない。虚が放つ禍々しい霊気を、彼女の魂の奥底に眠る『虚の力』が本能的に嗅ぎ取っているからだ。だが、マリン自身はその理由を知る由もなく、ただ「不快な匂いがする」程度にしか認識していなかった。
数日後、その「不快な匂い」は最悪の形で現れた。
インコに宿った少年の霊・シバタを巡る、連続殺人鬼の虚『シュリーカー』との遭遇である。
「気をつけて一護! そいつの吐き出してる小さいの、ただの弾じゃない! 霊圧が圧縮されてる……爆発するよ!」
マリンの叫びが響く。シュリーカーが放つ不可視のヒル型爆弾。ルキアですら視認に苦労するその小さな爆弾の気配を、マリンは肌を刺すような悪寒として感じ取っていた。
「チッ、避けきれねぇ……!」
「一護!」
爆風が巻き起こり、一護が吹き飛ばされる。
マリンは無意識に駆け出していた。生身の体で虚の前に飛び出すなど自殺行為だ。ルキアが制止する声も耳に入らない。
(守らなきゃ。一護を、みんなを……!)
彼女がシュリーカーの前に立ち塞がった瞬間、彼女の瞳のオッドアイが微かに赤黒い光を放った。
『……なんだァ、テメェは?』
シュリーカーが不気味に笑い、マリンに向けてヒルを飛ばす。
死を覚悟したマリンだったが、彼女の周囲の空間が唐突に「陽炎」のように歪んだ。直後、飛来したヒルが目に見えない水の壁に衝突したかのように、彼女の目の前で弾け飛んだのだ。
「え……?」
「退いてろ、マリン!!」
体勢を立て直した一護がシュリーカーを一刀両断し、事態は収束した。
だが、あの瞬間に起きた現象。ルキアは怪訝そうな顔でマリンの周囲に漂う微弱な霊圧の残滓を見つめ、マリン自身も震える手を見つめていた。
彼女の中の「何か」が、実体を伴って外へ出ようと蠢き始めている証拠だった。
### 第二章:雨の記憶と、無力な海賊
6月17日。
その日は、黒崎家にとって特別な日だった。
一護と妹たちの母親であり、一心の最愛の妻である黒崎真咲の命日。
降りしきる雨の中、黒崎一家は墓参りに訪れていた。マリンも黒い傘をさし、少し離れた場所から家族の背中を見守っていた。
マリンには、実の両親の記憶がない。だからこそ、一護が背負っている「母親を護れなかった」という深い喪失感と自責の念を、完全に共有することはできない。それが少しだけ寂しく、そしてもどかしかった。
「……一護」
その日の午後、真咲を殺した張本人である巨大な虚『グランドフィッシャー』が姿を現した。
ルキアの制止を振り切り、一護は単身でグランドフィッシャーに挑む。圧倒的な力と、真咲の姿を模した疑似餌による精神攻撃。一護は血まみれになりながらも、決して退こうとはしなかった。
「ルキアちゃん! なんで止めるの! このままじゃ一護が死んじゃう!」
「行くな、マリン!! 今のアイツの戦いに、私たちが介入してはならない!!」
ルキアに腕を掴まれ、マリンは雨に打たれながら歯を食いしばった。
目の前で、家族が傷ついている。大事な幼なじみが、命を削って戦っている。
自分には見えているのに。声も届く距離なのに。
(力が、ない。剣が、ない)
海賊船長を自称し、自由に生きると嘯きながら、いざという時に大切なものを護る力がない。
己の無力さが、どうしようもなく悔しかった。
『――力が、欲しいか?』
不意に、雨音に混じって、耳元で声がした。
低く、地の底から響くような、自分自身の声に似た何か。
『お前の中の海は、こんなにも深く、暗く、満ち足りているというのに。なぜ、その水面を揺らそうとしない?』
「……誰?」
マリンが呟いた瞬間、彼女の足元から波紋が広がった。雨水ではない。霊子で形成された蒼い水だ。
しかし、その波紋が形を成す前に、一護がグランドフィッシャーに渾身の一撃を叩き込み、怪物は逃走した。
戦闘が終わり、気を失った一護を抱きしめながら、マリンは決意した。
もう二度と、ただ見ているだけの背中にはならない、と。
### 第三章:滅却師の挑戦と、崩壊する空
それから数日後。空座町の空気は、かつてないほどに張り詰めていた。
一護のクラスメイトであり、虚と敵対する一族『滅却師(クインシー)』の生き残りである石田雨竜が、一護に対して「どちらがより多くの虚を倒せるか」という勝負を挑んだのだ。
石田が砕いたのは、虚を強制的に呼び寄せる『撒き餌』。
その影響は、マリンの想像を絶するものだった。
「な、なにこれ……!?」
学校のグラウンドで空を見上げたマリンは、絶句した。
空に黒い亀裂が走り、そこから無数の不気味な目玉が覗いている。次から次へと、空座町の至る所に虚が降り立っていく。
街中が、悍ましい霊圧の渦に飲み込まれていた。
「マリン! 貴様は安全な場所へ隠れろ! 私と一護で手分けして虚を討つ!」
「バカ言わないで! これだけの数がいて、安全な場所なんてあるわけないでしょ! 私も……」
マリンが言い返す間もなく、巨大な猿のような虚が校舎の壁を破壊して現れた。
その破片が、逃げ遅れたクラスメイトの有沢たつきや井上織姫たちに降り注ぐ。
「たつきちゃん! 織姫ちゃん!」
一護が遠くで別の虚と交戦している今、彼女たちを護れるのは自分しかいない。
マリンは無我夢中で駆け出し、二人の前に立ち塞がった。
### 第四章:混濁する海、不完全なる覚醒
「グルルルルッ……!」
巨大な虚が、獲物を見つけたと言わんばかりにマリンたちを見下ろす。
たつきが織姫を庇いながら震え、マリンの背中を見つめた。
「マリン……! アンタ、逃げなさいよ! 殺されるわよ!」
「逃げない! 私の船(居場所)を荒らすヤツは、絶対に許さない!!」
マリンは虚を真っ直ぐに睨みつけた。
心臓が早鐘を打つ。全身の血が沸騰するような熱さと、背筋を凍らせるような冷たさが同時に体を駆け巡る。
『——出航の刻だ』
再び、脳内に声が響いた。
途端、マリンの視界が反転した。
気がつくと、彼女は果てしなく広がる暗い海の上に立っていた。精神世界だ。
空はどんよりと曇り、荒れ狂う波が彼女の足元を打ち付けている。
『ずっと押さえつけていたな、私のことを』
海面からぬらりと現れたのは、顔の右半分に白い骨のような仮面を被った、マリンと瓜二つの姿をした『影』だった。
『怖いか? お前自身に潜む、このどす黒い力が』
「……怖くないって言ったら、嘘になる。でも」
マリンは、その『影』から目を逸らさなかった。
彼女の脳裏に浮かぶのは、一護の背中。自分を家族として受け入れてくれた、黒崎家の日々。
「あの子たちを護るためなら……この海がどんなに淀んでいようと、私が全部飲み込んでやる!!」
マリンが力強く叫んだ瞬間、暗い海が激しく渦を巻き始めた。
『影』がニヤリと笑い、そのまま海の中へと溶けていく。
同時に、海中から一本の『柄』が水面を突き破って現れた。
『名前は、まだ教えられない。お前の魂はまだ、私と『アレ(虚)』の境界を曖昧にしているからな。だが……力は貸してやろう』
「上等だ!!」
マリンは水面に現れた柄を両手で力強く握りしめ、一気に引き抜いた。
―― 現実世界。
虚の巨大な拳が、マリンたちを押し潰そうと振り下ろされた瞬間。
凄まじい水圧を伴った「蒼い霊圧」の柱が、グラウンドを割って天高く噴き上がった。
「なっ……!?」
遠くで戦っていた一護とルキアが、その異常な霊圧の奔流に気付いて振り返る。
それは、死神の清廉な霊気と、虚の重く悍ましい霊気が、未完成なまま混ざり合った異質の力。
水柱が晴れた後。
そこには、右目の瞳孔が虚ろな金色に染まり、纏っていた制服の一部が死覇装のような黒い布地へと変質したマリンが立っていた。
そして彼女の右手には、鍔のない、無骨で無装飾な一本の「刀」が握られていた。
「……ふぅん。これが、私の剣」
重い。だが、不思議と手に馴染む。
マリンが刀を軽く振ると、刃の軌跡に沿って鋭い水流の刃が放たれ、迫り来ていた虚の腕を鮮やかに斬り飛ばした。
「ギィヤァアアアアッ!!」
苦痛に身悶えする虚。
「ごめんね、ちょっと不器用でさ」
マリンの口元に、好戦的な笑みが浮かぶ。その表情は、普段の明るい彼女とは少し違う、獲物を狙う「海賊」の顔だった。
しかし、彼女自身も気づいていた。刀を握る手が小刻みに震え、視界の端が時折赤黒くノイズのように乱れることに。この力は不完全で、気を抜けば内なるバケモノに意識を喰われかねない危うさを孕んでいる。
「でも、今はこれで十分……! 全員、蹴散らす!!」
不完全な死神の力を身に宿した宝鐘マリンは、迫り来る虚の群れに向かって、一歩を踏み出した。
空座町を覆い尽くす絶望の空の下、彼女の真の戦いが、今ここに幕を開けたのである。