## 【BLEACH × 宝鐘マリン】千年血戦篇・序曲:残火の太刀と、影の王
### 第一章:千年の業火、残火の太刀
瀞霊廷の全域を異常な乾燥が襲っていた。
空から雲が消え、大地の水分が干上がり、隊士たちの唇から血が滲む。
それは、護廷十三隊総隊長・山本元柳斎重國が、千年の時を経てついに解放した究極の力——卍解『残火の太刀(ざんかのたち)』がもたらす、絶対的な熱量の余波であった。
「……これが、お前の卍解か。炎はどこへ行った?」
目の前に立つ見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)の皇帝、ユーハバッハが訝しげに問う。
元柳斎の手にあるのは、ただの焦げた一本の細い刀。燃え盛っていた『流刃若火』の巨大な炎は、どこにもない。
「教えてやろう」
元柳斎の低く、しかし地の底から響くような声が轟く。
「『残火の太刀・東(ひがし)』——『旭日刃(きょくじつじん)』」
元柳斎が地に刃を触れさせた瞬間、石畳が、大地が、音もなく「消滅」した。
炎で燃やしたのではない。刀の刃先に、太陽の核にも等しい全熱量を集約させることで、触れたもの全てを瞬時に極小の塵へと蒸発させる究極の一撃。
「……なるほど。触れずに躱せば良いということか」
ユーハバッハが霊子の剣を構え、元柳斎に斬りかかる。
だが。
「『残火の太刀・西(にし)』——『残日獄衣(ざんじつごくい)』」
カァアアアアアアアアッ!!!
元柳斎の全身から、太陽そのもののような一千五百万度の超高熱の炎が噴き上がった。
それは炎の形をした霊圧の鎧。ユーハバッハの剣は元柳斎の体に触れる前に蒸発し、その刃先は溶け落ちた。
「近づくことすら叶わぬか……!!」ユーハバッハが後方に飛び退く。
「逃がさぬ。貴様がこの千年の間、どれほどの力を蓄えようとも、儂の怒りの前には塵芥(ちりあくた)に等しい」
元柳斎が刀を地面に突き立てる。
「亡者どもよ。儂の炎に焼かれた千年の恨み、今こそ此奴に晴らすが良い」
「『残火の太刀・南(みなみ)』——『火火十万億死大葬陣(かかじゅうまんおくしだいそうじん)』!!」
ゴゴゴゴゴゴォオオオオオオオッ!!!
大地が裂け、真っ黒な灰と化した無数の「骸骨」たちが這い出してきた。それは、かつて元柳斎が斬り捨ててきた者たちの灰が、彼の熱によって一時的に形を与えられた亡者の軍勢。
「な……!!」
ユーハバッハが驚愕する中、無数の骸骨たちが彼に群がり、その動きを完全に封じ込めた。
「終わりだ、ユーハバッハ」
元柳斎が、黒焦げの刀を高く振りかざす。
その切っ先に、全てを灰に帰す一撃が込められる。
「『残火の太刀・北(きた)』——『天地灰尽(てんちかいじん)』!!」
一閃。
空間そのものが一瞬だけ白く染まり、そして、ユーハバッハの左半身から腹部にかけてが、一切の抵抗を許されずに「消滅」した。
「ガァ……アアアアアアアッ!?」
血すら流れない。焼かれた傷口からは灰がこぼれ落ち、ユーハバッハの巨体が地に崩れ落ちた。
圧倒的。正真正銘、神すらも焼き尽くす最強の死神の姿がそこにあった。
「……終わったか。千年の因縁が……」
元柳斎は刀を収めようとした。
だが、その時。地に伏したユーハバッハの顔が、ズルリと崩れ落ちた。
「……な、に……?」
元柳斎の目が驚愕に見開かれる。
倒れていたのはユーハバッハではない。他者の姿と記憶、そして力を模倣する『R(ロア)』の聖文字を持つ星十字騎士団の星十字騎士団の兄弟の一人、ロイド・ロイドだったのだ。
「すま、ない……陛下……」
偽物が灰となって消滅した直後。
一番隊隊舎の方角で、凄まじい大爆発が起きた。
### 第二章:断界の冷たい闇、消えゆく炎
その数分前。虚圏(ウェコムンド)の白砂の砂漠。
「起きてください、宝鐘サン! 黒崎サン!」
突如として空から現れた浦原喜助の紅姫の一撃が、キルゲ・オピーの背中を正確に貫き、その完聖体(フォルシュテンディッヒ)を強制解除させた。
それと同時に、マリンを縛り付けていた純白の『監獄(ザ・ジェイル)』が光の粒子となって霧散する。
「……浦原のおじさん!」
マリンは肩の傷から血を流しながらも、弾かれたように立ち上がった。
「黒腔(ガルガンタ)を開きました! 瀞霊廷の状況は最悪ッス。一秒でも早く、あっちへ向かってください!」
「ああ! 行くぞ、マリン!」
一護が黒腔の亀裂へと飛び込み、マリンもそれに続く。
二人は霊子の気流が渦巻く闇のトンネルの中を、極限の速度で響転(ソニード)と瞬歩を使って駆け抜けていた。
「ハァッ、ハァッ……!」
マリンの息が上がる。彼女の全身には、遠く離れた尸魂界から次元を超えて伝わってくる、総隊長の『残火の太刀』の異常な熱気が満ちていた。
(すごい……。総隊長(おじいちゃん)の炎が、空間の壁すら焦がしてる。これなら、どんなバケモノの侵略者でも……!)
マリンの心の中に、わずかな「希望」が芽生えかけていた。
自分は虚圏で、何もできなかった。失敗作の汚物を封じるという滅却師の檻に閉じ込められ、ただ震えることしかできなかった。
だが、瀞霊廷にはあの絶対的な老将がいる。必ず、自分たちが到着するまで持ちこたえてくれるはずだ。
しかし。
黒腔の出口の光が見え始めた、その時だった。
——フッ。
突然。
本当に、蝋燭の火を指で摘んで消したかのように。
次元を満たしていたあの凄まじい「熱」が、一瞬にして消滅したのだ。
「え……?」
マリンの足が、空中で止まりかけた。
一護もまた、異変に気づいて振り返る。「マリン! どうした!」
「熱が……炎の霊圧が、消えた……?」
マリンは、自身の体を抱きしめるように身震いした。
ただ霊圧が消えただけではない。世界そのものから、体温のような「温もり」が根こそぎ奪い取られたような、底知れぬ冷たさ。
虚の力を封じられた時よりも、遥かに深い絶望の淵を覗き込んだような感覚が、マリンの背筋を凍らせた。
「嘘だろ……。あの総隊長が……負けるわけ、ないじゃん……!!」
「……急ぐぞ!!」
一護の悲痛な叫びと共に、二人は黒腔の出口へと突っ込んだ。
### 第三章:真の影の王、希望の簒奪
尸魂界、瀞霊廷。
一番隊隊舎を完全に粉砕し、瓦礫の山の中から歩み出てきた男。
それこそが、本物の見えざる帝国皇帝、ユーハバッハであった。
「……特記戦力の一人、藍染惣右介を味方に引き入れようと地下監獄へ赴いたが……断られたよ。全く、傲慢な男だ」
ユーハバッハは、悠然とした足取りで、呆然と立ち尽くす元柳斎の元へと歩み寄る。
「……ユーハ、バッハ……貴様ァアアアッ!!」
元柳斎の全身から、再び激しい怒りの炎が噴き上がる。
「影武者を使おうと、何度でも灰にするまで!! 『残火の太刀』!!」
元柳斎が刀を振り上げる。
だが、ユーハバッハの表情は一切動かなかった。彼はゆっくりと、懐からあの『星十字のメダリオン』を取り出した。
「……お前の卍解が奪えなかったのは、我々の力が及ばなかったからではない。お前の力が強大すぎて、私以外の誰にも『制御』できなかったからだ」
ユーハバッハがメダリオンを掲げた瞬間。
元柳斎の刀から、太陽の炎が引き剥がされた。
「な……に……!?」
炎が、熱が、千年の怒りが。
ズズズズズズズッ!!!という轟音と共に、全てメダリオンの中へと吸い込まれ、完全に奪い去られた。
「これで、お前の全ては終わった」
ユーハバッハの指先から、青白い霊子の巨大な剣が形成される。
元柳斎は、奪われた刀を見つめ、そして、眼前で剣を振り上げる宿敵の顔を見た。
彼の脳裏に、かつて共に戦い、そして散っていった雀部長次郎の顔が、一番隊の隊士たちの笑顔がよぎる。
(……すまぬ、長次郎……。儂も今……そちらへ行く)
ズバァアアアアアアアアアアアアンッ!!!!
空間を切り裂くような、静かで、圧倒的な一閃。
ユーハバッハの霊子の剣が、山本元柳斎重國の体を、左肩から右の腰にかけて、斜めに完全に両断した。
ドサッ。
上半身が地に落ちる、鈍い音。
最強と謳われた死神の総隊長は、その長い生涯の最期に、一矢報いることすら許されず、絶望の中で息絶えた。
### 第四章:黒い雨と、混成体への宣告
バリィイイイイイインッ!!!
空を突き破るような音と共に、黒腔から一護とマリンが瀞霊廷へと飛び出した。
彼らが最初に感じたのは、顔を濡らす冷たい水滴だった。
「……雨?」
マリンが空を見上げる。
異常乾燥によって蒸発していた水分が、残火の太刀が奪われたことによって元に戻り、瀞霊廷に冷たい雨を降らせ始めていたのだ。
だが、彼らの視線はすぐに、大地に広がる凄惨な光景に釘付けになった。
「そ、ん、な……」
一護の刀が、手から滑り落ちそうになる。
マリンは、両手で口を覆い、言葉にならない悲鳴を飲み込んだ。
雨に濡れる石畳の上。
真っ二つにされ、血の海に沈んでいる山本元柳斎重國の骸。
そして、その骸を足で踏みつけながら、空から降りてきた一護とマリンを見上げる、漆黒の外套を纏った男の姿。
「……遅かったな、黒崎一護」
ユーハバッハの声が、雨音を切り裂いて響く。
その圧倒的な威圧感は、虚圏で遭遇したキルゲ・オピーなど比べ物にならない。マリンの魂の奥底に眠る『虚』の力が、この男にだけは絶対に近づくなと、けたたましい警鐘を鳴らしていた。
「てめェ……てめェがァアアアアアッ!!」
一護が理性を飛ばし、天鎖斬月を構えてユーハバッハに突撃する。
だが、ユーハバッハは動くことすらなく、一護を指一本で押さえ込み、その首を掴んで地面に叩きつけた。
「がはァッ!」
「一護ォッ!!」
マリンが紅海月を抜き放ち、ユーハバッハに向けて水流の斬撃を放つ。
「大波ッ!!」
だが、ユーハバッハは一護を抑え込んだまま、視線だけでマリンの放った水刃を粉砕した。
「……宝鐘マリン。かつて藍染が作り出したという、死神と虚の混成体(ハイブリッド)か」
ユーハバッハの冷酷な双眸が、マリンのオッドアイを真っ直ぐに貫く。
その視線に射抜かれた瞬間、マリンは全身の血が凍りつき、指先一つ動かせなくなった。重圧という言葉では生ぬるい。魂そのものを巨大な手で鷲掴みにされたような絶対的支配。
「貴様らのような泥水は、我々滅却師にとって確かに『毒』となり得る不快な存在だ。だが、毒もまた、致死量に達しなければただの異物に過ぎない」
ユーハバッハは、首元を掴んで足掻く一護を見下ろしながら、マリンに冷たく告げた。
「今の貴様には、私を害するだけの力はない。……ただの無力な虫だ。そこで這いつくばり、尸魂界の終焉と、死神たちの無様な死を看取るがいい」
ユーハバッハの傍らに、金髪の側近——ユーグラム・ハッシュヴァルトが降り立つ。
「陛下。時間です。『影の領域』が限界を迎えます」
「……そうか。ならば退(ひ)くぞ」
ユーハバッハは一護を無造作に投げ捨てると、広がる影の中へと足を踏み入れた。
「待て……! 逃がすかよォオオオオッ!!」
一護が血反吐を吐きながら立ち上がろうとし、マリンもまた折れかけた足で一歩を踏み出す。
だが、無情にも影は彼らを飲み込み、ユーハバッハの姿は完全に消え去った。
後に残されたのは、降りしきる冷たい雨と、崩壊した瀞霊廷。
そして、無残に切り裂かれた総隊長の遺骸と、絶望に打ちひしがれる死神たちだけだった。
「あ……ああ……」
マリンは、雨に打たれながら、力なく膝をついた。
自分の無力さが憎かった。虚圏の檻に閉じ込められていた時間。そして今、目の前に現れた真の敵の前に、恐怖で指一本動かせなかった自分。
総隊長という、尸魂界を支えていた最大の柱が折れた。
(アタシは……また、護れなかった……。また、大事なものが壊されるのを、見ているだけだった……!!)
マリンのオッドアイから、雨と混じって大粒の涙がこぼれ落ちる。
だが、その涙は決して諦めの涙ではなかった。
ユーハバッハは言った。自分は彼らにとっての『毒』だと。
ならば。
「……上等だよ」
マリンは、雨に濡れる紅海月の刃を、血の滲むほど強く握りしめた。
「今はまだ、アタシの毒が足りないっていうなら……これからの航海で、アンタのその神様みたいな体を内側からドロドロに腐らせてやるくらいの、致死量の猛毒(ホロウ)を溜め込んでやる……!!」
総隊長の死という最大の絶望を前にして、宝鐘マリンという一人の海賊は、完全に腹を括った。
尸魂界を護るため、そして、理不尽に命を奪われた者たちの無念を晴らすため。
自分が、ユーハバッハという神を沈めるための『猛毒の錨(いかり)』となることを、冷たい雨の中で深く、深く誓ったのである。
この日、尸魂界の空から希望は消え去った。
だが、底知れぬ深海で牙を研ぐ「海賊の反撃」の火種は、確かにこの暗闇の中で産声を上げていた。