## 【BLEACH × 宝鐘マリン】千年血戦篇:第二次侵攻・霊王宮の落日
### 第二章:影の王の到達、そして霊王(せかい)の死
### 第一節:不可侵の空を穿つ影、親衛隊(シュテルンリッター)の蹂躙
宝鐘マリンが瀞霊廷の大地でナナナ・ナジャークープを深淵の海に沈め、死神たちの反撃の防波堤として立ち上がっていたその頃。
遥か上空、七十二の障壁に守られた不可侵の神域——『霊王宮(れいおうきゅう)』では、世界の命運を決定づける、静かで、そして決定的な「蹂躙」が始まろうとしていた。
「……随分と、騒がしい下界だ」
霊王宮の清浄な石畳の上に、突如として黒い『影』が染み出した。
それは墨汁のように広がり、次元の壁を無視して一枚の巨大な扉を形成する。
中から歩み出てきたのは、見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)皇帝、ユーハバッハ。
そしてその後ろには、星十字騎士団の最高戦力である親衛隊(シュテルンリッター)——ジェラルド・ヴァルキリー、リジェ・バロ、ペルニダ・パルンカジャ、アスキン・ナックルヴァール、そして側近のユーグラム・ハッシュヴァルトと石田雨竜が付き従っていた。
「ここが霊王宮……。成程、我々滅却師(クインシー)にとっては息の詰まるような、死神どもの霊子に満ちた場所だ」
ハッシュヴァルトが周囲を見渡す。
ユーハバッハは足を止めることなく、ただ真っ直ぐに、霊王の御坐す大内裏へと歩みを進める。
「行くぞ。我が父の元へ」
だが、霊王の盾たる王族特務・零番隊が、その侵入を黙って見過ごすはずもなかった。
「オーゥ、オーゥ。勝手に入ってきてもらっちゃ困るゼ、影の親玉」
ユーハバッハたちの前に立ち塞がったのは、サングラスを光らせた刀神・二枚屋王悦であった。
彼の手には、鞘のない奇妙な一振りの刀——『鞘伏(さやふし)』が握られている。刃が滑らかすぎて血すらつかず、鞘に収めることすらできない、鋭すぎるが故の「失敗作」にして究極の業物。
「お前ら全員、アタシがここで輪切りにしてやるヨ!」
王悦の姿が掻き消えた。
「なに!?」リジェ・バロが銃を構えるよりも早く、王悦は親衛隊の懐へと入り込んでいた。
ズバァアアアアアアアアアッ!!!
一閃。ただの一振り。
リジェの銃身が真っ二つに両断され、次いでジェラルドの巨体が袈裟懸けに切り裂かれ、ペルニダのフードが吹き飛び、アスキンの喉笛が切り裂かれる。
「……ハッ。ワン、ツー、スリー、フォー。親衛隊とやらも、アタシの『鞘伏』の前じゃただの肉の塊だゼ」
王悦が刀を振るうと、刃には一滴の血も残っていない。
あまりにも圧倒的な、零番隊による瞬殺劇。下界で隊長格を苦しめた化物たちが、一瞬にして地に伏した。
だが。
ユーハバッハは、倒れた部下たちを一瞥すらしなかった。
「……愚かな。貴様らは、私の部下が『ただの兵士』だとでも思っていたのか?」
ユーハバッハが静かに右手を天に翳す。
「『聖別(アウスヴェーレン)』」
その言葉と共に、下界(瀞霊廷)に展開していた見えざる帝国の兵士たちから、無数の「光の柱」が霊王宮へと立ち昇ってきた。下界の滅却師たちの命と力を強制的に徴収し、親衛隊へと再分配する絶対の奇跡。
光を浴びた親衛隊たちの傷が、瞬く間に再生していく。
そればかりか、彼らの霊圧は先ほどの数倍、いや数十倍にまで膨れ上がり、異形の天使——滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)へと強制的に進化を遂げた。
「な……ッ!?」
王悦の顔から余裕が消える。
蘇った親衛隊たちの反撃が始まった。リジェの『万物貫通(ザ・イクサクス)』が王悦の肩を撃ち抜き、零番隊の他の面々——曳舟桐生、修多羅千手丸、麒麟寺天示郎が展開した『命の檻』すらも、圧倒的な力によって内側から破壊されていく。
「……無駄だ。私に与えられた力は、死すらも超越する」
ユーハバッハは、部下たちが零番隊を蹂躙する様を背に、一人、霊王宮の最深部へと通じる階段を登り始めた。
### 第二節:黒和尚と全知全能(ジ・オールマイティ)
階段を登りきったユーハバッハを待っていたのは、巨大な筆を肩に担いだ、大柄で達磨のような男。
零番隊の長、兵主部一兵衛(ひょうすべ・いちべえ)。
尸魂界の全ての事象に「名前」を与えた、最古の死神であった。
「……おんやぁ。誰かと思えば、ユーハバッハの小僧じゃないか」
兵主部は、人の良さそうな笑みを浮かべながらも、その瞳には絶対的な殺意を宿していた。
「お前さんのような不浄なものが、これ以上進むことは許されんよ。……ここで死にんさい」
兵主部が巨大な筆——『一文字(いちもんじ)』を振るう。
筆から放たれた「墨」が、ユーハバッハの霊子の剣を黒く塗りつぶした。
「私の筆が黒く塗りつぶしたものは、その『名前』を失う。名前を失えば、力も失うのじゃ」
兵主部の言葉通り、ユーハバッハの剣の霊圧が消失し、ただの空気へと変わる。
「……名前を奪う、か。ならば、私の肉体を削り取るがいい!」
ユーハバッハが素手で兵主部に肉薄するが、兵主部は余裕でそれを躱し、さらに墨を飛ばす。
「『真打(しんうち)』——『しら筆一文字(しらふでいちもんじ)』」
兵主部の筆が白く変色し、ユーハバッハの体に新たな名前を書き込んだ。
「お前さんの新しい名前は『黒蟻(くろあり)』じゃ。蟻のように地を這い、蟻のように無残に踏み潰されるがいい」
その瞬間、ユーハバッハの体が、文字通り蟻のように脆弱な存在へと強制的に書き換えられた。
兵主部が巨大な足で、ユーハバッハを容赦なく踏み潰し、その体は遥か下方の石畳へと激突した。
「……終わったのう。さて、下界の掃除を手伝いに——」
兵主部が背を向けようとした、その時だった。
——ゴゴゴゴゴゴゴゴォオオオオオオオオオッ!!!!
突如として、霊王宮の空間そのものが震動を始めた。
下方に落下したはずのユーハバッハの地点から、天を突くような凄まじい「漆黒の霊圧」が噴き上がったのだ。
それは、死神の力でも、通常の滅却師の力でもない。
世界を創り変える、神の力の脈動。
「……何……?」
兵主部が振り返る。
漆黒の奔流の中から、ユーハバッハがゆっくりと上昇してきた。
彼の姿は、黒蟻などではなかった。それどころか、彼の顔には異様な変化が起きていた。
閉じていた瞳孔が、二つに、三つにと分裂し、複数の『瞳』が彼の眼窩に浮かび上がっている。
それは、ユーハバッハが真の力を解放した証。
九百年の鼓動、九十年の理知、九年の力を経て、ついに開眼した——
「——『全知全能(ジ・オールマイティ)』」
ユーハバッハの重く、響く声が、霊王宮の空気を凍らせた。
「私がこの眼で視た未来は、全て私が知る。そして、私が知った力で、私を殺すことはできない」
ユーハバッハが視線を向けただけで、彼を黒く染めていた兵主部の墨が、跡形もなく消え去った。
「なっ……我が『一文字』の力が……消えた……!?」
兵主部が驚愕する。
「お前は私に『黒蟻』と名付けた。だが、私はその未来を視て、その未来を『書き換えた』のだ」
ユーハバッハが指を向ける。
ドンッ!!!!
「がはァッ!?」
兵主部の体が、何の見えない力によって文字通り「バラバラ」に吹き飛ばされた。
斬られたのではない。攻撃されたのでもない。
ただ、『兵主部一兵衛がバラバラにされるという未来』を、ユーハバッハが現在の現実に強引に「持ってきた」のだ。
これが、全知全能。
未来を見通し、己に都合の良い未来へと世界を改変する、反則にして絶対の能力。
最強の死神の長を瞬きする間に粉砕し、ユーハバッハは、己の血にまみれた玉座の扉を静かに押し開けた。
### 第三節:水晶の牢獄、そして神の終焉
扉の向こう側——『大内裏(だいだいり)』の中心。
そこに、尸魂界、現世、虚圏の三つの世界のバランスを維持する楔(くさび)、『霊王』が鎮座していた。
だが、その姿は、およそ神と呼べるようなものではなかった。
巨大な琥珀のような水晶体に閉じ込められた、両手両足のない、奇妙な文様が刻まれた人型の存在。
ただ世界を安定させるための「部品(パーツ)」として、千年の間、死神たちによって封印され、利用され続けてきた無惨な姿。
ユーハバッハは、その水晶の前に立ち、ゆっくりと目を細めた。
彼の複数の瞳に、怒りとも、悲哀とも、憎悪ともつかない複雑な感情が入り混じる。
「……無残なものだな。我が父よ」
ユーハバッハの声が、虚ろな空間に響く。
「千年の長きにわたり、死神どもに手足を捥がれ、ただ世界の贄としてこの狭い水晶の中に閉じ込められ続けてきた。……これが、世界を創りし神の末路とは」
ユーハバッハが、腰から一振りの剣を抜いた。
「……お前も、私と同じ眼を持っているのだろう。ならば、私がここへ至り、お前のその無様な生に終止符を打つ未来を……ずっと前から、視ていたはずだ」
ユーハバッハの剣に、漆黒の霊圧が収束していく。
「終わらせてやろう。この腐りきった世界ごと。……死神どもの創り上げた偽りの均衡(バランス)は、今日、この瞬間に崩壊する」
ユーハバッハが、両手で剣を高く振り上げた。
一護たちが真世界城を駆け上がっている最中。
マリンが下界でナナナを沈め、空を見上げた、まさにその時。
——ズブォッ。
何の抵抗もなく、ユーハバッハの刃が、水晶を突き破り、霊王の胸を深々と貫通した。
「……さらばだ、我が父よ」
沈黙。
霊王の口から、声にならない吐息が漏れた。
そして、その瞳から、一条の涙のような光が流れ落ちる。
次の瞬間だった。
ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!
霊王宮の、いや、宇宙の根底から響くような、凄まじい「崩壊の音」が世界を包み込んだ。
霊王宮を支えていた柱がひび割れ、空に無数の亀裂が走る。
霊王という世界の楔が破壊されたことで、尸魂界、現世、虚圏の三界を隔てていた境界線が完全に瓦解し始めたのだ。
### 第四節:天蓋の崩落、海賊船長の直感
「……っ!! なんだ、この揺れは!!」
下界(瀞霊廷)で、ナナナを倒したばかりのマリンは、突如として襲いかかった未曾有の巨大地震に足をよろめかせた。
単なる地震ではない。空が、物理的に「割れて」いるのだ。
見上げれば、偽りの空の向こう側に、真っ黒な宇宙空間のような虚無が覗き、そこからドロドロとした黒い影の奔流——霊王の力が暴走した『神掛(かみかけ)』の濁流が、滝のように地上へと降り注ごうとしていた。
「空が……落ちてくる……!?」
マリンの隣にいた生き残りの死神たちが、絶望に顔を青ざめる。
(……一護たちが、間に合わなかったっていうのか!?)
マリンは、オッドアイを限界まで見開き、崩れゆく空を睨みつけた。
霊王が死んだ。
その事実は、マリンの中にある『死神と虚のハイブリッド』としての本能に、強烈な危機感を抱かせた。
世界の境界が混ざり合うということは、死神の力も、虚の力も、人間の魂も、全てが等しく混沌の泥へと還るということ。
あのユーハバッハは、本当に世界そのものを破壊し、自分だけの帝国を創り上げようとしているのだ。
「……ふざけんじゃないよ」
崩壊の轟音の中で、マリンは一人、真・紅海月の柄を両手で強く握りしめた。
空から降り注ぐ黒い濁流の雨。それが瀞霊廷に直撃すれば、残された死神たちも、街も、全てが一瞬で消滅するだろう。
一護は今、確実に霊王宮の中枢にいる。
あいつがユーハバッハをぶっ飛ばすまでの間、この下界を誰かが護らなければならない。
「アタシが……護る。この世界(海)が沈むっていうなら……」
マリンの全身から、先ほどの『卍解』を遥かに超える、極限の霊圧が爆発的に噴き上がった。
「……アタシ自身が、この世界を繋ぎ止める『錨(いかり)』になってやるよォオオオオオオオオッ!!!!」
マリンは、崩落する天蓋に向けて、真っ直ぐに跳躍した。
世界の終わりを告げる影の王の一撃。それに対し、最も不純で、最も強欲な海賊船長が、たった一人で世界の重圧を支えるために空へと飛翔する。
霊王宮の落日。
それは、真の絶望の始まりであり、同時に、宝鐘マリンという一人の少女が、神の御業に真っ向から抗うための、壮絶な耐久戦の幕開けであった。