## 【BLEACH × 宝鐘マリン】千年血戦篇:真世界城(ヴァールヴェルト)の激闘
### 第一章:真世界城への突入と、アスキンの領域
### 第一節:神の箱庭、息絶える霊子
「……なんだよ、ここは。どうなってやがる……!」
黒腔(ガルガンタ)の暗闇を抜け、突入部隊である黒崎一護、井上織姫、茶渡泰虎(チャド)、四楓院夜一、そして宝鐘マリンの五人が降り立った場所は、およそ彼らの知る『霊王宮』の面影を完全に失っていた。
空は禍々しい紫黒に染まり、大地には滅却師(クインシー)の象徴である巨大な十字星の建造物が、まるで墓標のように無数に突き立っている。
ユーハバッハが霊王を吸収し、世界そのものを己の意のままに造り替えた絶対領域——『真世界城(ヴァールヴェルト)』。
「気をつけて、一護くん……! なんだか、空気がすごく……重い……っ!」
織姫が胸を押さえ、苦しそうに息を吐く。
「……当然じゃ。ここはもはや、霊王宮の清浄な霊子空間ではない。大気中の霊子が全て、滅却師の支配下にある『絶対隷属』の空間じゃ」
夜一が鋭い視線で周囲を警戒しながら言った。
死神や虚(ホロウ)、人間の魂にとって、この空間の霊子は文字通り「猛毒」に近い。一歩足を踏み出し、呼吸をするだけで、自分自身の体内の霊圧が外気の霊子に吸い取られ、あるいは反発して軋みを上げるのだ。
「……へっ。息が詰まりそうな海だね。でも、嵐の海なんて、海賊船長(アタシ)にしてみれば最高の遊び場だワゾ」
マリンは、腰の『真・紅海月(くれないくらげ)』の柄に手をかけながら、オッドアイをギラリと輝かせた。
霊王の黒い泥から瀞霊廷を護り抜いた彼女の魂は、今や完全に死神と虚の力を統べ、この異様な空間の重圧(プレッシャー)の中でも決して揺らぐことはなかった。
だが、敵の本拠地であるこの箱庭が、彼らを無傷で通すはずがない。
「——おやぁ? 随分と威勢がいいねぇ、そこの海賊のお嬢さん」
唐突に。
本当に、空間の『死角』から滲み出るように、一人の男が瓦礫の上に腰掛けていた。
紫色の唇に、ウェーブのかかった髪。手にはなぜか、優雅に湯気を立てるカフェオレのカップを持っている。
星十字騎士団(シュテルンリッター)、親衛隊の一角。
「D」の聖文字を持つ男——アスキン・ナックルヴァール。
「……誰だ、てめぇ!」
一護が即座に二刀一対の『真・斬月』を構える。
「俺? 俺はアスキン・ナックルヴァール。……いやぁ、参ったね。陛下に言われて門番みたいな真似をさせられてるんだけどさ、俺、こういう血生臭い戦闘ってあんまり好きじゃないんだよねぇ」
アスキンは、カフェオレを一口すすり、やれやれと肩をすくめた。
「だからさ。君たち、このまま大人しく……『死んで』くれないかな?」
### 第二節:致死量(ザ・デスディール)の罠
「寝言は寝て言えッ!!」
一護が大地を蹴り、アスキンに向けて漆黒の月牙を放とうとした。
——その瞬間だった。
「が、はァッ……!?」
ドンッ、と。
一護の体が、見えない巨大な鉄の塊で上から押し潰されたかのように、地面に激しく叩きつけられた。
「一護!?」
チャドが駆け寄ろうとするが、彼もまた膝から崩れ落ち、激しく咳き込む。
「ぐ、おぉっ……体が……鉛のように……!」
「一護くん! 茶渡くん! 『双天帰盾』、私は拒絶——きゃあッ!?」
治癒を試みようとした織姫すらも、呼吸困難に陥り、その場に倒れ伏してしまう。
夜一もまた、地面に手をつき、ギリッと奥歯を噛み締めていた。
「……なんじゃ、これは……。体が、動かん……!」
「おやおや。いきなり動こうとするからだよ。言っただろう? 大人しく死んでくれって」
アスキンは瓦礫から飛び降り、苦悶する一護たちを見下ろした。
彼の手元には、見えない霊子のパラメーターを弄るような、奇妙な光のリングが浮かび上がっている。
「俺の聖文字『D』は、『致死量(ザ・デスディール)』。俺が指定した物質の『致死量』を、対象の体内で完全に操作する能力さ」
アスキンは、ニタニタと笑いながら説明を始める。
「今、俺が致死量を弄ったのは、この真世界城に満ちている『滅却師の霊子』だ。君たち、ここに来てから無意識に呼吸をして、皮膚からこの空間の霊子を取り込んでいるだろう? 俺はね、君たちの体内に入ったその霊子の『致死量』を、極限まで下げてやったのさ」
「……つまり、ただ呼吸をしているだけで、毒を飲んでいるのと同じ状態……というわけか」
夜一が、冷や汗を流しながら睨みつける。
「正解! 今の君たちにとって、この空間の霊子は猛毒だ。動けば動くほど、血が巡れば巡るほど、致死量の毒が全身に回って死に至る。……致命的だろ?」
アスキンは、動けなくなった一護の頭を足で踏みつけようと、ゆっくりと近づいていく。
「さぁて、まずは特記戦力の黒崎一護から——」
ズバァアアアアアアアアッ!!!!
アスキンの足元を、鋭利な「群青色の水刃」が薙ぎ払った。
「おっとぉ!?」
アスキンが間一髪で後方に跳躍し、水刃を回避する。
「……ペラペラとよく喋る野郎だね。致死量がどうとか、計算がどうとか……アンタらの理屈は、いっつも回りくどくてイライラするんだワゾ」
一護たちを庇うように前に出たのは、宝鐘マリンだった。
彼女もまた、アスキンの『致死量』の領域内にいるはずだった。現に、彼女の顔にも苦痛の色が浮かび、肩で息をしている。しかし、彼女は決して膝をつかず、オッドアイを獰猛に輝かせてアスキンを睨み据えていた。
「おや? 君、まだ立っていられるのかい? おかしいなぁ、計算上ではとっくに全身麻痺で即死しているはずなんだけど……」
アスキンが訝しげに目を細める。
「……海賊(アタシ)の船を、その程度の毒で沈められると思うなよ」
マリンは、腰の『真・紅海月』の柄を強く握りしめた。
### 第三節:劇毒の逆流、計算を狂わせる海賊の錨
マリンが立っていられる理由。
それは、彼女の魂の奥底に眠る『虚(ホロウ)の劇毒』と、現世で習得した完現術(フルブリンクト)——『記憶の具現化(トレジャー・メモリー)』による、極限の霊圧制御の賜物だった。
アスキンが「滅却師の霊子の致死量」を下げたのなら、自分の体内に流れる霊子を、滅却師が最も忌み嫌う『純度100%の虚の霊子』へと完全に書き換えてしまえばいい。
マリンは、体内の霊子循環を、死神でも人間でもなく、一時的に『完全な虚』の性質へとシフトさせることで、アスキンの致死量の計算から強引に外れていたのだ。
「なるほどねぇ。君がウワサの『混成体(ハイブリッド)』か。虚の力で霊子性質を上書きしたってわけだ。器用な真似をする。……でもさ」
アスキンが、再び光のリングを指先で回す。
「俺の『致死量』は、一度喰らった物質の免疫を瞬時に獲得し、致死量を再計算できる。今、君から漂ってくるその『虚の霊子』の致死量も、数秒で計算して一発KOにしてあげるよ。……致命的(フェイタル)だろ?」
「……計算、ね」
マリンは、静かに『真・紅海月』を鞘から抜き放った。
漆黒の刀身に、群青の波紋がドクドクと脈打つ。
「アンタが計算を狂わせる毒使いなら、こっちは正真正銘の『猛毒(ホロウ)』を限界まで混ぜ合わせた海だ。……致死量を計算する前に、その舌ごと溶かしてやるよ!!」
「出航せよ——『真・紅海月』!!」
ゴバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!
マリンの解放と共に、真世界城の乾いた石畳の空間が、瞬く間に『黒紫に濁った猛毒の海』へと置換された。
それは、霊王宮の試練でマリンが完全に制御下においた、虚の劇毒を高密度に圧縮した海水。
触れれば滅却師の魂を根源から腐敗させる、絶対的な死の領域。
「うおっと!? なんだこの悍ましい海は!!」
アスキンが慌てて空間を跳躍し、空中に逃れようとする。
だが、マリンの狙いは物理的な攻撃ではなかった。
「……アンタさ、さっきから『外気の霊子を取り込んで計算してる』って言ったよね」
マリンの不敵な声が、猛毒の海に響く。
「え?」
アスキンの顔から、余裕が消えた。
彼は『致死量』を操作するため、常に周囲の物質(霊子)を微量に取り込み、分析し続けている。
そして今、マリンが周囲の空間を「純度100%の虚の猛毒の海水(霊子)」で満たした。
つまり。
「……が、ぼァッ……!!?」
空中に逃れたはずのアスキンの口から、突如として真っ黒な血が噴き出した。
「ご、ほぉッ……!? げはァッ……!! な、なんだ、この……体の中を、内側から溶かされるような……!!」
アスキンが白目を剥き、空中で痙攣しながら地面に墜落する。
彼は、マリンの展開した『虚の猛毒』を、致死量の計算のために無意識に体内に取り込んでしまったのだ。
滅却師にとって絶対の毒である虚の霊子。それが体内のシステムに直接入り込んだことで、アスキンの致死量計算(システム)に深刻なバグ(エラー)が発生し、完全に自滅したのである。
「計算ミスだね、毒使い。……アタシの海は、ちょっとばかし味が濃すぎるんだよ」
マリンが刀を振るい、残心を決める。
アスキンの計算が崩壊したことで、一護たちを縛り付けていた『致死量の罠』もまた、ガラスが割れるように霧散した。
「ゲホッ、ハァッ……!! 助かったぜ、マリン……!」
一護が立ち上がり、二刀の斬月を構え直す。
夜一もチャドも、深く息を吸い込みながら立ち上がった。
「……ひどい、目に、遭ったぜ……」
地面に倒れ、全身から黒い血を流しながら、アスキンが恨めしそうにマリンを睨みつける。
「まさか、致死量の計算式そのものに猛毒のバグを打ち込んでくるとはね……。君、本当に死神かい? やり口が悪役のそれだよ……致命的だ」
アスキンの体が、淡い光に包まれ始める。
滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)を起動し、毒のダメージを強制的に上書きしようとする予兆。
「まだやる気か……! 一護、一気に畳み掛けるぞ!」
マリンが刀を構え直した、その時だった。
### 第四節:反撃の役者たち、先へ進む刃
「——そこまでにしておきなさい、アスキン・ナックルヴァール」
上空から、聞き慣れた、しかしどこか底知れぬ余裕を含んだ声が降ってきた。
紅い閃光(血霞の盾)がアスキンの頭上に突き刺さり、その光の起動を強制的にキャンセルさせる。
「……浦原さん!!」
一護が叫ぶ。
空間の亀裂から姿を現したのは、浦原喜助。
そしてその後ろには、虚圏(ウェコムンド)から合流したグリムジョー・ジャガージャック、ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンク、さらには志波岩鷲の姿があった。
「やれやれ。ギリギリ間に合ったようッスね。宝鐘サン、見事な毒のカウンターでしたよ」
浦原が帽子を深く被り直し、アスキンの前に立ちはだかる。
「……げっ。特記戦力の浦原喜助……それに、破面(アランカル)まで。こりゃあ、本格的に俺の嫌いなパターンの戦いになってきたぞ……」
アスキンが顔をしかめ、ゆっくりと立ち上がる。
「黒崎サン、宝鐘サン、井上サン、そして四楓院サン」
浦原は、振り返ることなく鋭い声で告げた。
「ここはアタシと彼ら(破面たち)で引き受けます。アナタたちは、一秒でも早くユーハバッハの元へ! この真世界城の天守閣(王座)へ向かってください!」
「浦原……! わかった、ここは任せる!!」
一護が力強く頷く。
「岩鷲、茶渡! お前らはこっちだ! この城の防衛兵(スタチュー)どもが湧いてきやがった!」
グリムジョーが、周囲を取り囲み始めた無数の石像兵士たちに向けて爪を剥き出しにする。
「ここは俺と岩鷲で食い止める。一護、お前は先に行け!」チャドもまた、両腕の力を解放して一護の背中を押した。
仲間たちの意志。そして、彼らが作ってくれた道。
「……行くよ、一護! 織姫ちゃん!」
マリンが真紅のコートを翻し、真・紅海月を手に駆け出す。
「ああ! 頼んだぞ、みんな!!」
一護、織姫、そしてマリンの三人は、乱戦状態となったアスキンの領域を抜け、ユーハバッハの待つ真世界城の中枢——巨大な天守閣へと続く回廊を一直線に駆け上がっていく。
彼らの背後で、浦原喜助とアスキン・ナックルヴァールによる、究極の「知略と毒」の死闘の幕が上がろうとしていた。
だが、駆け上がる三人の前に、さらなる絶望の巨神が立ち塞がることを、この時の彼らはまだ知らない。
真世界城の激闘は、ここからさらに苛烈な領域へと突入していくのである。