## 【BLEACH × 宝鐘マリン】千年血戦篇:真世界城(ヴァールヴェルト)の激闘
### 第四章:反撃の布石、過去を挟み込む者たち
### 第一節:拒絶の限界、折られた希望
玉座の間を吹き抜ける風は、どこまでも冷たく、そして死の匂いに満ちていた。
見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)の皇帝にして、霊王を吸収し真の神となった男、ユーハバッハ。
彼が三界の境界を破壊すべく下界へと去った後、崩落する天守閣の瓦礫の中には、あまりにも惨めな敗北の静寂だけが残されていた。
「一護くん……! 一護くんっ……!!」
井上織姫の悲痛な声が、虚しく響き渡る。
彼女は、泥のように地面に這いつくばる黒崎一護の傍らに膝をつき、両手から必死に『双天帰盾(そうてんきしゅん)』の黄金の光を放ち続けていた。
事象を「拒絶」し、起こった出来事そのものを無かったことにする、神の領域に等しい修復能力。
だが。
「なんで……どうして、直らないの……っ!?」
織姫の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
彼女の光に包まれているのは、ユーハバッハによって無残に真っ二つに折られた『天鎖斬月』。
しかし、どれだけ光を注ぎ込んでも、刀身はピクリともくっつこうとはしない。それどころか、織姫の放つ黄金の盾が、見えない「巨大な力」によってパキパキとひび割れ、弾き返されてしまうのだ。
「……やめろ、井上」
一護の声は、枯れ果て、魂の底から完全に光を失っていた。
「一護くん……でも、このままじゃ……!」
「もう……いいんだ。直らねェよ」
一護は、力なく自身の折れた刃を見つめた。
「ユーハバッハの力は、未来を変える力だ。あいつは……俺が斬月を直す未来も、すべて視て、すべての未来で俺の刀を『折った』。……井上の力がどれだけ凄くても、直った未来がどこにも存在しねェんだから、直しようがねェんだ……」
絶望。
それは、どれほどの強敵を前にしても決して諦めなかった黒崎一護という男の心を、根底からへし折るに足る「真実」だった。
虚の力も、滅却師の力も、全て奪われた。残されたのは、ただの無力な抜け殻。
「……アタシたち、本当に……終わったのか……?」
少し離れた瓦礫の影。
宝鐘マリンは、全身の骨が軋む激痛に耐えながら、自身の折れ曲がった指を見つめていた。
ユーハバッハが放った、ただの『霊圧の重み』。
それだけで、霊王宮で極限まで鍛え上げ、神すら沈めると豪語した彼女の『劇毒の海』は、赤子のようにひねり潰されたのだ。
(あいつに……アタシの毒は、もう通じない。完全に、格が違いすぎる……)
マリンの脳裏に、かつて自身を創り出した藍染惣右介の言葉、そしてキルゲ・オピーの嘲笑がよぎる。
『失敗作』。『泥水』。
いくら強がっても、自分は結局、神々の戦いの中ではただの不純なゴミに過ぎなかったのではないか。
ユーハバッハの圧倒的な絶望の前に、マリンの魂を支えていた『海賊船長の誇り』すらもが、暗い海の底へと沈みかけていた。
その時だった。
「——相変わらず、情けない顔をしてるな。黒崎」
崩れゆく瓦礫を踏みしめる、複数の足音が響いた。
### 第二節:過去を挟み込む者
「……お前ら……」
虚ろな瞳を向けた一護の視界に映ったのは、信じられない人物たちの姿だった。
黒いスーツに身を包んだ、銀髪の男。
そして、その後ろで静かに本を閉じる、長髪の男。
かつて、死神代行消失篇において一護を絶望の淵に追い込み、そして死闘の末に分かり合えぬまま刃を交えた敵。
XCUTION(エクスキューション)のリーダー・銀城空吾。
そして、記憶を操る能力者・月島秀九郎。
「なぜ……お前らが、ここに……」
一護が掠れた声で問う。
「あの世で義理立てした奴ら(岩鷲たち)に、恩返しをしに来ただけさ。……それにしても、酷いザマだな」
銀城が、一護の折れた刀と、無力に倒れる姿を見下ろして鼻で笑う。
「お前のその絶望の顔……俺が力を奪った時と、全く同じじゃねェか」
「やめてください! 一護くんは……!」
織姫が庇うように前に出るが、月島がゆっくりとその隣をすり抜け、一護の背後へと歩み寄った。
「どけよ、井上。君の能力で直せないなら、僕が『直して』あげるよ」
月島が、自身の栞(しおり)を刀の形——『ブック・オブ・ジ・エンド』へと変化させる。
「なっ……何をする気だ、月島!」
マリンが激痛に耐えながら声を上げる。彼女もまた、現世で彼らの能力の恐ろしさを肌で知っていた。過去を改変し、絆を奪う最悪の完現術(フルブリング)。
「やめろ……一護にもう、これ以上……!」
マリンが真・紅海月の柄に手を伸ばそうとするが、力が入らない。
「心配ないよ、宝鐘さん」
月島は、薄く微笑んだまま、無抵抗の一護の背中へ向けて、その刃を深々と突き刺した。
ズシュゥウウウウウウウウッ!!!
「一護ォオオオッ!!」マリンが叫ぶ。
だが、一護の体から血は流れない。代わりに、彼の瞳孔が大きく見開かれ、脳内に『存在しないはずの過去』が強制的に流れ込んでいく。
「……君の刀は、ユーハバッハによって『全ての未来で折られた』んだったね」
月島が、刀をゆっくりと引き抜く。
「なら……『ユーハバッハに刀を折られなかった』という過去を、君の中に挟み込んだよ」
「……え?」
一護が、信じられないというように目を見張る。
織姫も、マリンも、月島の言葉の意味を瞬時には理解できなかった。
「井上。君の『双天帰盾』は、すべての未来で折られた刀は直せない。……でも、僕の能力で過去を改変し、『折られなかった刀が、何かの拍子でたまたま折れてしまった』という状況に変えたなら……君の力で、拒絶できるんじゃないのかい?」
月島の言葉に、織姫の瞳にハッと希望の光が宿る。
過去の改変。
それは、ユーハバッハの『未来の改変』という神の理不尽に対し、時間軸の全く逆方向から「事実」を上書きする、完現術(フルブリング)にしか不可能な極限のカウンターだった。
「……やれる。これなら……!」
織姫が再び、折れた天鎖斬月に向けて『双天帰盾』を展開する。
今度は、見えない力に弾かれることはなかった。
黄金の光が刀身を包み込み、そして——。
カキィイイイイイイイイイイイイイインッ!!!!!
凄まじい霊圧の閃光と共に、真っ二つにへし折られていた真の『天鎖斬月』が、一片の傷もない完璧な姿となって、一護の手に蘇った。
「……直った……俺の、斬月が……!!」
一護が、震える手でその黒と白の柄を握りしめる。
一度完全に折れたはずの心が、過去の敵であった男の手によって、再び立ち上がるための『錨』を取り戻したのだ。
### 第三節:泥水と海賊、再点火のフルブリング
一護の復活を目の当たりにし、マリンは安堵の息を長く吐いた。
(よかった……。一護のやつ、まだ戦える……。なら、あいつにユーハバッハを任せて、アタシは……)
マリンは、瓦礫にもたれかかったまま、ズルズルと座り込んでしまった。
右腕は動かず、霊圧はすっからかん。
何より、彼女の心の中に根付いてしまった「自分の毒は神には通じない」という敗北感が、彼女の立ち上がる気力を完全に削いでいたのだ。
——ザッ。
そんなマリンの目の前に、長身の影が落ちた。
銀城空吾である。
彼は、巨大な大剣(クロス・オブ・スキャッフォルド)を肩に担ぎ、見下ろすような冷たい目でマリンを睨みつけていた。
「……おい、失敗作」
銀城のその一言に、マリンの肩がビクッと跳ねた。
「なんだよ、その無様なツラは。霊王宮だかで随分とデカい力を手に入れたって聞いてたが……あの神もどき(ユーハバッハ)に軽く睨まれただけで、お前のその自慢の海は、全部干上がっちまったのか?」
「……うる、さい」
マリンが、血の混じった声で反論する。
「アンタに、アタシの何が分かるんだよ……! あいつはバケモノだ。アタシの中にある一番強い毒(ホロウ)すら、あいつにとってはただの泥水だった。……アタシみたいなツギハギの失敗作じゃ、あいつの靴底を汚すことすらできなかったんだよ!!」
マリンの言葉は、悲痛な叫びだった。
海賊船長としての虚勢すら張れない、剥き出しの絶望。
だが、銀城は同情するどころか、鼻で笑い、そして——。
ドガァアアアアアアアアッ!!!!
「がはァッ!?」
銀城の容赦のない蹴りが、座り込んでいたマリンの腹部に深々と突き刺さった。
マリンの体が瓦礫の上を転がり、激しく咳き込む。
「てめェッ! 何しやがる銀城!!」
一護が天鎖斬月を構えて止めに入ろうとするが、月島がそれをスッと制止する。
「お前こそ、自分の何が分かってるんだ」
銀城は、這いつくばるマリンの胸ぐらを掴み、強引に引きずり起こした。
「泥水だ? 失敗作だ? ……そんなもんはな、俺たち完現術者(フルブリンガー)にとっては、生まれた時からの『前提』なんだよ。親の胎内にいる時に虚に襲われ、忌まわしい力を宿して生まれた俺たち。……お前は藍染に造られたハイブリッドかもしれないが、本質は俺たちと同じ、世界の『バグ』だ」
銀城の瞳の奥に、かつて一護たちに向けたのと同じ、だが今は底知れぬ熱を帯びた光が宿る。
「思い出せ。お前は現世で、その刀(紅海月)をどうやって呼び出した?」
「……え?」
「完現術(フルブリング)の基本。それは、物質に宿る魂を、自身の『愛着』と『誇り』によって引き出す力だ。……お前は、自分の中の虚のバケモノを恐れるのをやめて、それを『海賊の船』として愛したから、その力を自分のモノにしたんだろうが!!」
銀城の言葉が、雷のようにマリンの脳天を貫いた。
「ユーハバッハがお前を泥水と呼んだ? それがどうした。あいつが神なら、お前はただの海賊だ。……海賊が、神様に否定されたくらいで、自分の船の操舵輪(かじ)から手を離すのか?」
銀城は、マリンを地面に乱暴に突き飛ばした。
「立てよ、宝鐘マリン。お前の海は、そんなに底が浅かったのか。……仲間を護る『船長(キャプテン)』なんだろ、お前は!!」
### 第四節:海賊船長の逆襲、魂の過負荷(オーバーロード)
地面に投げ出されたマリンは、ゆっくりと、震える手を地面についた。
雨のように降り注ぐ真世界城の瓦礫。
その中で、彼女の耳の奥に、海鳴りの音が聞こえ始めていた。
(……そうだ。アタシは……何をビビってたんだ)
神様に泥水だと言われたから?
自分の毒が通用しなかったから?
……笑わせるな。
(海賊が、相手の肩書きや力で航路を変えるわけないだろ!!)
マリンのオッドアイに、先ほどまでの絶望を完全に焼き尽くすほどの、強烈な『強欲の炎』が点灯した。
「……誰が、干上がったって……?」
マリンが、よろめきながらも立ち上がる。
彼女の右手は、腰にある『真・紅海月』の柄を、ミシミシと音を立てるほど強く握りしめていた。
「アタシは……宝鐘海賊団、船長……宝鐘マリンだ」
マリンは自身の魂の核——死神の力、虚の毒、そして何よりも、この世界と仲間たちを愛する人間の心(フルブリングの源)へと、強引に点火プラグをねじ込んだ。
ユーハバッハに制圧された霊圧の回路。それを、物理的な限界を無視して、何倍もの過負荷(オーバーロード)で無理やり再起動させる。
「あいつがアタシを泥水だって言うなら……上等だ。アタシが、その神様の喉元に詰まる、世界で一番タチの悪い『泥』になってやるよ!!!」
ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!!
マリンの全身から、爆発的な霊圧の火柱が立ち昇った。
それは、霊王宮で放った群青と漆黒の霊圧に、完現術特有の『鮮やかな真紅の光』が複雑に絡み合った、未曾有のエネルギーの奔流。
限界を超えた力の引き出しに、彼女の皮膚から再び血が吹き出すが、その表情は獰猛な笑顔で満ち溢れていた。
「……へっ。それでこそ、だ」
銀城が、満足げに大剣を肩に担ぎ直す。
マリンは真・紅海月を抜き放ち、一護の隣へと並び立った。
ボロボロの体、血に染まった真紅のコート。だが、その背中からは、かつてないほど巨大で、絶対に揺るがない「海賊船の錨」の気迫が放たれていた。
「待たせたね、一護」
マリンが、一護を見上げて笑う。
「アタシたちの船は、まだ沈んでない。……あのグラサンヒゲ野郎(ユーハバッハ)に、海賊の流儀を叩き込みに行くワゾ!」
一護は、真新しい天鎖斬月を握りしめ、マリンの不敵な笑顔に力強く頷いた。
「ああ。……行くぞ、マリン!」
XCUTIONという過去の敵が挟み込んだ「希望の過去」。
そして、海賊としての誇りによって再び点火された「魂のエンジン」。
死力を尽くして再覚醒した黒崎一護と宝鐘マリンは、崩れゆく真世界城の天守閣から、ユーハバッハの待つ真の最終決戦の地——尸魂界の瀞霊廷へと向けて、一切の迷いなく身を躍らせた。
絶望を切り裂き、神の理不尽に抗うための、正真正銘の「最後の航海(カチコミ)」が、今、幕を開ける。