## 【BLEACH × 宝鐘マリン】千年血戦篇:最終決戦・世界を繋ぐ海賊の錨
### 第二章:鏡花水月と、群青のノイズ(毒)
### 第一節:未来の牢獄、散布される猛毒の霧
「……私の前では、刃を振るうことすら許されない。息をすることすら、私が視た未来の枠組みの中でのみ許された余興に過ぎない」
ユーハバッハの冷酷な声が、崩壊した瀞霊廷の跡地に重く響き渡る。
彼の瞳孔に浮かぶ複数の瞳——『全知全能(ジ・オールマイティ)』の視線に捉えられている限り、黒崎一護や宝鐘マリンがどれほど強大な霊圧を練り上げようとも、それは「既に破綻した過去の努力」と同義であった。
「くそォオオオッ!!」
一護が響転(ソニード)でユーハバッハの死角へと回り込み、漆黒の月牙を至近距離から放とうとする。
だが、その瞬間。一護の足元の空間が突如として爆発し、彼の体は大きく宙へ放り出された。
「一護!!」
マリンが援護のために真・紅海月を振るおうとしたが、彼女の刃が空を切るよりも早く、見えない力の刃が彼女の脇腹を浅く切り裂いた。
「がはッ……!!」
防御など不可能。回避行動を取ったその「先」に、あるいは攻撃を放とうとする「前」に、既に攻撃が置かれている。
ユーハバッハは指一本動かしていない。ただ『一護たちが傷つく未来』を現在の世界に強引に引きずり出しているだけなのだ。
(ダメだ……。物理的な攻撃も、霊圧の放出も、全部『視られて』書き換えられてる。どんなに速く動いても、未来の先回りはできない……!!)
マリンは血を流しながら、激しい焦燥感に駆られていた。
このままでは、ジリ貧どころか嬲り殺しだ。
ユーハバッハの能力を打ち破るには、どうすればいい?
未来を視る目。それを潰す? だが、どうやって?
(……未来が視えるっていうなら)
マリンのオッドアイが、爛々と暗い光を放ち始めた。
(視界そのものを、完全に塗り潰してしまえばいいんじゃないか?)
「一護、下がれェッ!!!」
マリンの怒号に、一護が反射的に後方へ飛び退く。
その直後、マリンは真・紅海月の刃を地面に突き立て、自身の魂の核——両親から受け継いだ『純度100%の虚の霊圧』の貯蔵庫を、安全装置(リミッター)を完全に破壊して全解放した。
ゴバァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!
マリンの全身から、これまでの戦いとは比にならないほど高濃度で、どす黒く、そして禍々しい『群青色の霧』が爆発的に噴き出した。
それは水流や斬撃といった「形のある攻撃」ではない。
空間そのものを満たす、致死量の猛毒の気体。滅却師(クインシー)の魂を根源から腐敗させる『虚の霊子』の超濃縮散布。
「……アタシが刀を振る未来が視えるなら、この視界いっぱいの猛毒の海も視えてるんでしょ!!」
マリンは、血を吐きながら叫んだ。
「避けてみなよ! 空間全部がアンタにとっての猛毒だ! アンタがどの未来を選ぼうが、この空気を吸った瞬間に、その神様の体は内側から腐り落ちるんだよォオオオッ!!」
捨て身の広範囲環境攻撃。
これならば、ユーハバッハがどの空間へ移動する未来を選ぼうとも、あるいはマリンの斬撃を折る未来を選ぼうとも、毒を吸い込むという「結果」からは逃れられないはずだ。
だが。
「……浅知恵だな、泥水の小娘」
猛毒の霧の向こう側から、ユーハバッハの嘲笑う声が響いた。
「空間全てが毒に満ちる未来が視えるのならば。……その毒が『散布される前』の未来を選び、お前のその鬱陶しい腕ごと、未来で吹き飛ばしておけばいいだけのことだ」
「——ッ!!?」
マリンがその言葉の意味を理解するよりも早く。
絶対的な、理不尽な神の暴力が、彼女の肉体を襲った。
ズバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!!
「アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」
マリンの口から、かつてないほどの凄絶な絶叫が放たれた。
彼女の『左腕』。
刀の鞘を握り、海賊コートの袖を通していたその腕が、肩の付け根から、見えない巨大な顎で食いちぎられたかのように、血飛沫を上げて「完全に吹き飛んだ」のだ。
「マリンッ!!!」
一護が血の気を失い、絶叫する。
「が、はァッ……! ァ、アアアッ……!!」
片腕を失った激痛と、膨大な血液の喪失。マリンの体はバランスを崩し、真っ黒な泥の上に倒れ伏した。
彼女が放とうとしていた猛毒の霧も、術者が致命傷を負ったことで濃度が急激に薄れ始める。
「……私の視る未来の前に、いかなる小細工も通用しない。お前はここで、自身の血の海に沈んで死ぬがいい」
ユーハバッハが、倒れたマリンを一瞥し、そして再び一護へと向き直った。
だが、ユーハバッハが次の一歩を踏み出そうとした、その瞬間だった。
——ザザッ。
ユーハバッハの視界、いや、『全知全能の未来視』のビジョンに、ほんの微かな、しかし明らかな「ノイズ(雑音)」が走った。
「……なんだ? この霊圧の揺らぎは」
### 第二節:鏡花水月、悪魔の幻影
ユーハバッハの複数の瞳が、微かに細められる。
彼が視ている「無数の未来の砂粒」のいくつかが、突如として砂嵐のテレビ画面のようにブレ始め、ピントが合わなくなっていた。
神の眼の不調。
その原因は、ユーハバッハ自身が最もよく理解しているはずの「一つの事実」に起因していた。
彼が霊王宮へ昇る前、地下監獄・無間で藍染惣右介と対峙した際。
藍染は、ユーハバッハの『時間感覚』を僅かに狂わせることに成功していた。
それはつまり、あの時点において、ユーハバッハは既に藍染の斬魄刀『鏡花水月』の完全催眠に、無意識のうちにかかっていたということだ。
「……藍染惣右介。貴様の『鏡花水月』か。だが、無駄なことだ」
ユーハバッハは、後方に立つ藍染を睨み据えた。
「完全催眠と言えど、五感を支配する幻術に過ぎない。私の『全知全能』は、五感を超越した未来そのものを視る眼。幻術など、未来の事象に上書きしてしまえば——」
「——果たして、そうかな?」
藍染の涼やかな声が、薄れゆく毒霧の中に響いた。
「確かに、私の鏡花水月単体では、君の全知全能を完全に欺くことは難しいかもしれない。君が未来の『結果』を視てしまえば、幻術の意味は成さないからね。……しかし」
藍染は、倒れて血を流すマリンの方へ、流し目だけで視線をやった。
「……彼女が命を削って撒き散らした『虚の猛毒』。それが、君の視界にどれほどの『不具合(ノイズ)』をもたらしているか……君自身が一番よく分かっているはずだ」
ユーハバッハの表情が、初めて微かに険しくなった。
滅却師にとって、虚の力は存在そのものが矛盾する『絶対の毒』である。
マリンが先ほど限界を超えて放出した濃密な虚の霊子霧。ユーハバッハはそれを「散布される前に腕を吹き飛ばす」ことで阻止したはずだった。
だが、完全に阻止しきるまでのコンマ数秒間、確かに瀞霊廷の空間には、超高濃度の「滅却師にとってのシステムエラー(バグ)」が充満したのだ。
その一瞬の『ノイズ』。
藍染惣右介という男は、その神の眼が虚の毒によって一瞬だけブレた、その「影」の隙間を絶対に見逃さなかった。
彼は、マリンが放った毒のノイズを『隠れ蓑』にし、自身の鏡花水月の幻術を、ユーハバッハの霊子知覚と未来視のシステムそのものに、ウイルスのように巧妙にブレンドして送り込んでいたのである。
(……藍染、テメェ……!!)
地面に伏せ、左肩から血を激しく流すマリンは、激痛で霞む意識の中で、藍染の意図を正確に理解していた。
(アタシが命懸けで放った毒を……自分の幻術を成功させるための『煙幕』にしやがったな……!!)
怒り。憎悪。
自分を失敗作と呼んだ男に、またしても良いように利用されているという屈辱。
普通であれば、そこで心が折れるか、藍染に向けて怒りを爆発させるところだろう。
だが、マリンのオッドアイに宿る「海賊の炎」は、片腕を失ってもなお、決して消え去ってはいなかった。
(……いいだろう。アタシの毒が、あの神様の眼を狂わせる『ノイズ』になるって言うなら……!)
「ハァッ……ァアアアアアアアアアアアッ!!!!」
マリンは、失われた左肩の激痛に歯を食いしばりながら、残された右手で真・紅海月の柄を地面に深く突き立てた。
そして、自身の命の灯火をギリギリまで削り落とし、先ほどよりもさらに濃密で、どす黒い『猛毒の霊子』を、自身の傷口から直接空間へと噴出させ始めたのだ。
「マリン!? お前、これ以上霊圧を放出したら……死ぬぞ!!」
一護が血相を変えて叫ぶ。
「うる、さい……! アタシのことはいいから……アンタは、アタシの海(ノイズ)の底に隠れて……あいつの首を……取れッ!!!」
マリンの口から、大量の血が溢れ出す。
彼女は、ユーハバッハを倒すためならば、かつての両親の仇である藍染の『悪辣な計略』にすら、自ら進んで乗ってみせたのだ。
誰に利用されようが関係ない。最後にユーハバッハという巨大な船を沈めるのは、このアタシたちだという、底知れぬ強欲さと船長の意地。
「……面白い。ならば、期待に応えようじゃないか」
藍染が、薄く笑う。
マリンが命を削って放出し続ける「虚の毒」という強烈なノイズ。そのノイズの中で、藍染の鏡花水月は、ユーハバッハの『全知全能』の未来視を、完全かつ致命的に狂わせ始めていた。
### 第三節:一護の刃、神を穿つ幻
「……小賢しい真似を!」
ユーハバッハが剣を構え、周囲の空間を威圧する。
彼の視界(未来)には、猛毒のノイズの向こう側から、黒崎一護が天鎖斬月を構えて突進してくる姿が映っていた。
さらに、横からは藍染が鏡花水月を突き出して迫ってくる。
「私が視る未来が狂わされたとて、貴様らの動きの『結果』を書き換えれば済むこと。……お前たちの刃は、私に届く前に砕け散る!」
ユーハバッハが未来を改変する。
突進してくる一護の天鎖斬月が、再び『未来』において真っ二つに折られる——はずだった。
「……なに?」
ユーハバッハが微かに目を見開いた。
折れたはずの天鎖斬月が、折れていない。一護の突進は止まらず、そのままユーハバッハの懐へと飛び込んできた。
「未来の改変が……効いていないだと!?」
一瞬の驚愕。だが、ユーハバッハは即座に反応し、自身の霊子の剣で、眼前の一護の胸を真っ直ぐに串刺しにした。
ズブゥウウウウウウウウウウッ!!!
「終わりだ、黒崎一護」
ユーハバッハの刃が、一護の体を深々と貫通する。
確かな肉を裂く感触。血の匂い。
ユーハバッハは、特記戦力にして最大の脅威である一護の命を、完全に絶ったと確信した。
——だが。
「……そうか」
貫かれたはずの一護の口から、あり得ない「声」が発せられた。
それは、黒崎一護の若く熱い声ではない。
深く、静かで、全てを見下すような、あの男の声。
「君には私が……『黒崎一護』に見えているのか」
ボフッ、と。
ユーハバッハの剣に貫かれていた「一護」の姿が、陽炎のように揺らぎ、その正体を現した。
刃に胸を貫かれながらも、微かに笑みを浮かべていたのは——藍染惣右介だった。
「な……!!」
ユーハバッハの複数の瞳が、極限まで見開かれる。驚愕。動揺。神が初めて見せた「隙」。
彼が『全知全能』で視て、迎撃し、貫いたはずの黒崎一護の未来は、マリンの毒のノイズに隠れて藍染が作り出した『鏡花水月の完全な幻影』だったのだ。
(ならば……本物の黒崎一護は……どこにいる!?)
ユーハバッハが周囲の空間を視ようと眼を走らせる。
「——ここだァアアアアアアアアアアッ!!!!!」
ユーハバッハの背後。
マリンが放出し続けていた、濃密な『群青と漆黒の猛毒の海』の完全な死角。
そこから、無傷の黒崎一護が、真新しい二刀の『天鎖斬月』を十字に構えて跳躍した。
藍染が作り出した幻影の隙。
マリンが片腕を犠牲にして作り出した、神の眼を塞ぐ猛毒の死角。
かつての敵たちが繋いだ、ただ一つの『絶対に躱されない未来』の軌道。
「月牙ァッ!!!!」
一護の全霊圧が、二つの刃に集束される。
「十字衝ォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」
ズドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!!
一護の放った巨大な十字の斬撃が、背後からユーハバッハの肉体を、右肩から左腰にかけて、そして左肩から右腰にかけて、完璧な十字の形に深々と切り裂いた。
「ガァ……アアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」
神の絶叫が、崩壊する瀞霊廷の空に響き渡る。
未来を視る眼も、幻影と毒の前に機能を奪われ、回避することすら許されなかった絶対の一撃。
一護の刃が神の肉体を完全に両断し、ユーハバッハの巨体は漆黒の血を噴き出しながら、黒い泥の海へと崩れ落ちていった。
### 第四節:静寂と、終わらない絶望
「……ハァッ……ハァッ……!!」
一護は着地し、肩で激しく息をしながら、両断されて動かなくなったユーハバッハの亡骸を見据えた。
刀を握る手が、震えている。
(やった……のか……?)
「……ふむ」
胸を貫かれていた藍染が、自身の傷口からユーハバッハの霊子の剣を引き抜きながら、静かに息を吐いた。
「見事な一撃だったよ、黒崎一護。……そして」
藍染は、血の池の中で意識を失いかけているマリンを一瞥した。
「あの猛毒の目隠しがなければ、私の幻術もあの神の眼を完全に欺くことはできなかっただろう。……失敗作にしては、上出来な働きだった」
「……マリン!!」
一護が我に返り、刀を収めてマリンの元へと駆け寄ろうとした。
左腕を失い、死の淵にある彼女を、一刻も早く井上の元へ運ばなければならない。
だが、一護がマリンへと手を伸ばしかけた、その瞬間。
——ゴゴゴゴゴゴォオオオオオオオオオオオッ!!!!
突如として、両断されて地に伏していたはずのユーハバッハの亡骸から、先ほどまでとは比較にならない、宇宙そのものを押し潰すような『圧倒的な漆黒の影』が爆発的に膨れ上がった。
「な……!?」
一護の足が凍りつく。
「……私の力を、見誤るなと言ったはずだ」
黒い影の奔流の中から、真っ二つにされていたはずのユーハバッハの肉体が、まるでビデオを巻き戻すかのように結合し、ゆっくりと立ち上がってきた。
その姿は、もはや人間の形すら保っていない。無数の瞳と、底知れぬ漆黒の霊圧の塊。
「私が死ぬという未来……それすらも、私はこの『全知全能』で書き換える!!」
「そんな……バカな……!! 自分が死んだ後の未来を、どうやって書き換えるってんだよ!!」
一護が絶望に顔を歪める。
「神にはそれが可能なのだ。……終わりだ、死神ども。幻術も、猛毒も、全ては私の影の中に飲み込まれ、一つになる!!」
ユーハバッハの体から放たれた影が、津波のように瀞霊廷を覆い尽くしていく。
「チッ……!」
藍染が鏡花水月を構えるが、彼すらもその圧倒的な影の奔流に飲み込まれ、姿を消した。
「藍染!! ……うおぉおオオオッ!!」
一護が天鎖斬月を振るうが、影は彼の刀を容易く粉砕し、彼自身をも吹き飛ばした。
「がはァッ……!!」
一護の体が宙を舞い、瓦礫の山に激突する。
折れた刀。飲み込まれた藍染。そして、片腕を失い気を失っているマリン。
正真正銘、万策が尽きた。
世界を繋ぐ海賊の錨も、神を穿つ幻影も、未来を書き換えるという反則的な理不尽の前に、完全に粉砕されたのだ。
黒い影が世界を覆い尽くし、全てがユーハバッハの中に還ろうとしていた、その時。
天蓋の彼方から、一筋の『銀色の光』が、絶望の空を切り裂いて放たれたことを、彼らはまだ知らない。