## 【BLEACH × 宝鐘マリン】千年血戦篇:最終決戦・世界を繋ぐ海賊の錨
### 第四章:海賊の錨(いかり)、そして最期の斬月
### 第一節:神の抵抗、再起動する絶望
石田雨竜の放った『静止の銀』。
それは、見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)の皇帝であり、全てを統べる神となったユーハバッハのシステムを、完全かつ強制的にシャットダウンさせる「人間たちの執念の結晶」であった。
黒崎一護は、その千載一遇の好機を逃さなかった。
折れた『天鎖斬月』を右手に握りしめ、瓦礫を蹴り、神の懐へと一直線に突進する。
彼我の距離は、わずか数メートル。
ユーハバッハの胸に刺さった銀の矢尻から広がる銀色の脈絡は、まだ神の肉体を硬直させている。このまま刃を叩き込めば、確実にその首を落とせる。誰もがそう確信した。
——だが、彼らは相手を、ユーハバッハという存在の『絶対的な器の底知れなさ』を、まだ侮っていたのだ。
「……こんな、もので……!!」
ユーハバッハの喉の奥から、呪詛のような低い唸り声が漏れた。
「私を……止めることなど……できるものかァアアアアアッ!!!!」
ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!
突如として、ユーハバッハの体内から、銀の封印を内側から食い破るようにして、凄まじい密度の『漆黒の影』が噴き出したのだ。
霊王を完全に吸収したユーハバッハの霊圧の絶対量は、静止の銀の「効果時間」すらも力ずくで削り取っていた。本来ならば数秒間続くはずだった能力の停止。それが、わずか一秒足らずで破られようとしている。
「な……ッ!?」
突進する一護の瞳が、驚愕に見開かれる。
ユーハバッハの胸に突き刺さった銀の矢が、黒い影に押し出されるようにして、ポロリと地に落ちた。
そして、彼の一つの瞳孔が、再び不気味に震え、二つ、三つと分裂を始める。
——『全知全能(ジ・オールマイティ)』の再起動。
(間に合わねェ……!!)
一護は空中で歯を食いしばった。
あと一歩。あと一振り。刃が届くほんのコンマ数秒前に、ユーハバッハの未来視は完全に復旧してしまう。
視られれば、終わりだ。一護の刀は再び「未来で折られ」、その肉体は見えない刃に切り裂かれる。
「……遅いぞ、黒崎一護。貴様らの足掻きも、ここまでだ」
ユーハバッハの顔に、再び絶対者の冷酷な笑みが戻る。
再起動する神の眼が、一護の刃を捉え、その未来を改変しようと力を凝縮させた。
絶対絶命の、コンマ一秒。
だが、その時。神の眼すらも捉えきれなかった「死角」から、最悪の不純物が、ユーハバッハの背後へと肉薄していた。
### 第二節:満身創痍の船長、猛毒の強襲
「——させないッ!!!」
空間を引き裂くような『響転(ソニード)』の破裂音。
ユーハバッハが振り返るよりも早く、その背中——巨大な影が噴き出している霊圧の噴出孔に、食らいつくように張り付いた小さな影があった。
宝鐘マリンである。
左腕を失い、全身の血を半分以上流し尽くし、歩くことすら不可能だと思われていた彼女。
だが、マリンは残された右足と、死神の瞬歩、そして虚の響転を掛け合わせた極限の歩法で、自身の肉体が崩壊するのも構わずに神の背後へと跳躍していたのだ。
「貴、様……! まだ生きていたか、失敗作の泥水風情がァ!!」
ユーハバッハが背後に視線を向け、影の刃でマリンを串刺しにしようとする。
だが、マリンの顔には、死への恐怖も、絶望もなかった。
あるのは、全てを賭して己の船員(クルー)を護り抜くという、海賊船長としての途方もない『強欲さ』と『執念』。
「アタシは……失敗作じゃない。宝鐘海賊団、船長の……宝鐘マリンだッ!!」
マリンの残された右手には、折れかけた『真・紅海月』の柄が握られていた。
彼女は、自身の魂の奥底に残されていた最後の力——死神の霊力、現世で培った人間の魂(完現術)、そして、滅却師を確実に腐敗させる『純度100%の虚の劇毒』。
その全てを、刀身へと極限まで圧縮し、巨大な『群青と漆黒の錨(いかり)』の形へと顕現させた。
「アンタのそのふざけた未来改変(システム)……!!」
マリンは、ユーハバッハの背中から噴き出す影の奔流に向かって、その『劇毒の錨』を渾身の力で突き立てた。
「——この船長(アタシ)の猛毒で、ブッ壊れてろォオオオオオオオオオオッ!!!!!」
ズドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!
それは、物理的な斬撃ではない。
魂そのものを燃料とした、極大の「虚のウイルス」の直接注入(ダイレクト・インジェクション)。
静止の銀によって一度シャットダウンし、無理やり再起動しようとしていたユーハバッハの霊子回路(システム)の最も無防備な中枢に、滅却師にとって絶対の猛毒である『虚の力』が、巨大な錨となって強制的に打ち込まれたのだ。
### 第三節:一秒の永遠、海賊の錨
「が……ァアアアアアアアアアッ!?」
ユーハバッハの喉から、これまで見せたことのない、本能的な苦痛と驚愕の絶叫が迸った。
『全知全能』が、作動しない。
未来を視ようとする彼の複数の瞳が、突如として黒紫色の血の涙を流し、激しく痙攣し始めたのだ。
再起動しようとしていた神のシステムの中で、マリンが打ち込んだ『劇毒の錨』が致命的なバグとなり、未来演算を完全にクラッシュさせていた。
「き、貴様ァアアアアアアアッ!!! 不純な泥水がァアアアアアアアアッ!!!!」
ユーハバッハの全身から、暴走した影が針ネズミのように全方位へと突き出される。
その無数の影の刃は、背中に張り付いていたマリンの体を容赦なく貫き、そして、彼女の体を虫ケラのように空の彼方へと吹き飛ばした。
「が、はァッ……!!」
空宙を舞いながら、マリンの口から大量の血が吐き出される。
真・紅海月は砕け散り、彼女の右腕もまた、限界を超えた霊圧放出と影の反撃によって完全に破壊されていた。
視界が暗転していく。心音はもはや自分でも聞こえない。
(……ああ。痛ぇ……。でも……)
吹き飛ばされ、瓦礫の中に墜落していくマリンのオッドアイに、最後に映った光景。
それは、猛毒のバグに苦しみ、完全に動きを止めたユーハバッハの姿と。
その絶対的な『隙』に向かって、一切の減速なく突進し続ける、オレンジ色の髪をした死神の背中だった。
(……どうだ、ヒゲ野郎……。アタシの毒の味は……)
マリンの口角が、血に塗れながらも、不敵な海賊の笑みの形に歪む。
(……一護。あとは、頼んだワゾ……!)
マリンは、その笑みを浮かべたまま、静かに意識の底へと沈んでいった。
彼女が己の命と引き換えに打ち込んだ『劇毒の錨』。
それは、神のシステム再起動を、確かに「たった一秒」だけ遅らせることに成功したのだ。
### 第四節:最期の斬月、視ていた未来(ゆめ)
その一秒。
黒崎一護の刃が、神の喉元に届くには、あまりにも十分すぎる時間だった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!」
一護の咆哮が、静寂の崩壊した世界を切り裂く。
猛毒によって未来視を奪われ、防御も回避も封じられたユーハバッハ。
だが、彼はまだ諦めてはいなかった。
神の右腕が、凄まじい速度で持ち上がる。
「……砕けろォオオオオオオッ!! 黒崎一護ォオオオオオオオッ!!!!」
ユーハバッハは、一護が振り下ろした『折れた天鎖斬月』の刃を、その分厚い右の手のひらで、直接『白刃取り』しようと受け止めた。
ガキィイイイイイイイイイイイイイイイインッ!!!!
神の掌と、死神の刃が激突する。
ユーハバッハの手から、強烈な霊圧の火花が散る。
一護の渾身の一撃は、ユーハバッハの手のひらによって完全に受け止められてしまったかに見えた。
「……私の勝ちだ。その折れた刃では、私の首は斬れ——」
ユーハバッハが勝利を確信した、次の瞬間だった。
ピキッ。
一護の握る天鎖斬月の『白い外殻』に、亀裂が走った。
「なに……?」
バキィイイイイイイイイインッ!!!!
ユーハバッハの凄まじい握力と、一護が込めた霊圧の衝突に耐えきれず、天鎖斬月を覆っていた白い刃の外殻が、粉々に砕け散ったのだ。
そして、その白い殻の下から姿を現したのは——。
「これは……!!」
ユーハバッハの眼が、驚愕に見開かれた。
白く巨大な天鎖斬月の殻の下に隠されていたもの。
それは、かつて一護が死神の力を得て、幾多の死線をくぐり抜けてきた、あの無骨な出刃包丁のような姿の『斬月(始解)』だった。
刃を持たない裏側と、鋭く巨大な刃の表側。
黒崎一護という男の魂の原点にして、真の姿。
ユーハバッハの脳裏に、数日前に側近であるユーグラム・ハッシュヴァルトが彼に見せた「あるビジョン」がフラッシュバックした。
黒崎一護が、この出刃包丁のような古い斬月を握りしめ、自分に斬りかかってくるという光景。
『……そうか。あれは……』
ユーハバッハは、全てを悟った。
『あれは、私が見ていた「夢(未来の可能性)」などではなかった。……お前が、私に見せていた「確固たる未来の真実」だったというのか……! ハッシュヴァルト……!!』
神の絶望と悟りが交錯する中。
「だァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」
古い斬月を握る一護の腕に、限界を超えた最後の力が込められる。
白い外殻を失い、真の姿を現した斬月の黒い刃が、ユーハバッハの右手を易々とすり抜け、そして——。
ズバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!!!!
一護の渾身の斬撃が、ユーハバッハの肉体を、左肩から右の腰にかけて、完全に一刀両断した。
「……あ……」
ユーハバッハの口から、音にならない声が漏れる。
神の肉体が、斜めにゆっくりとズレ、そこから噴き出した漆黒の影と血が、瀞霊廷の空へと舞い上がった。
一護は、斬り抜けた勢いのまま地面に倒れ込み、そして、荒い息を吐きながら背後を振り返った。
「……私を、倒したか……黒崎一護……」
上半身と下半身が分かたれたユーハバッハの骸が、ゆっくりと黒い霊子の砂となって崩れ始めていく。
彼の顔には、もはや怒りも憎しみもなかった。ただ、自らが否定し続けた「生と死の境界」という理(ことわり)に、最終的に自分が呑み込まれていくことへの、静かな諦観だけがあった。
「……生と死の恐怖のない、永遠の世界を……創ろうとしたものを……。お前たちは、再び恐怖に満ちた世界を……選ぶのか……」
ユーハバッハの体から放たれていた影が、淡い光の粒子となって消え去っていく。
暗雲に覆われていた尸魂界の空から、雲が割れ、透き通るような青空の光が差し込み始めた。
「……それが、生きるってことだろ」
一護は、崩れゆく神に向かって、静かに言い放った。
「恐怖があるから、俺たちは強くなれる。……失うのが怖いから、互いの手を握って、前に進めるんだ」
一護の言葉を最後に、ユーハバッハの肉体は完全に消滅し、彼の野望は尸魂界の風に溶けて完全に消え去った。
長きにわたる、死神と滅却師の千年血戦。
世界を崩壊させようとした神の神話は、人間の執念の矢と、海賊の劇毒の錨、そして死神の最期の刃によって、完全に打ち砕かれたのである。
「……はぁっ……はぁっ……」
一護は、その場に大の字になって倒れ込んだ。
空が、青い。
戦いの終わりを告げるような、静かで優しい風が、崩壊した瀞霊廷の跡地を吹き抜けていく。
「……マリン!!」
一護は、自身の疲労も忘れ、弾かれたように身を起こした。
最後の瞬間、自分のために全てを投げ打ってユーハバッハの背後に飛び込んだ、あの紅い海賊コートの少女の姿を探して。
彼は、瓦礫の山を必死に越え、彼女が吹き飛ばされた方向へと走り出した。
世界の崩壊は免れた。
だが、その代償として支払われた『錨』の命は、果たしてまだ繋ぎ止められているのだろうか。
静寂に包まれた青空の下、血塗れの救済の結末が、静かに彼らを待っていた。