自分用   作:raian sinra

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8話

## 【BLEACH × 宝鐘マリン】第八部:毒蛇の微笑と、海賊の幻影

### 第一章:白亜の迷宮、忍び寄る冷気

吉良イヅルとの死闘を辛くも切り抜け、宝鐘マリンは瀞霊廷の入り組んだ路地をひたすらに駆け抜けていた。

息は上がり、全身は汗と土埃に塗れている。重力に逆らうような『侘助』の能力の余波で、両腕は鉛のように重く、筋肉が悲鳴を上げていた。

(……なんとか、逃げ切れたかな……?)

白亜の壁に背中を預け、マリンはずるずるとその場に座り込んだ。

瀞霊廷は広すぎる。それに、どこを見ても同じような白い壁と石畳が続いており、まるで巨大な迷路に閉じ込められているようだった。

遠くの方からは、未だに十一番隊の隊士たちが侵入者を探し回る怒号が聞こえてくる。

「はぁ……はぁ……。一護たち、無事だといいけど……」

乱れた息を整えながら、マリンは水筒代わりに出した水流で喉を潤した。

ルキアが囚われている懺罪宮――あの高くそびえ立つ白い塔は、見上げるだけで気が遠くなるほど遠い。

「休んでる暇はない。早く行かなきゃ……」

立ち上がろうと、地面に手をついた。

その瞬間だった。

マリンの全身の産毛が、一斉に逆立った。

冷たい。

真夏の太陽が照りつけているはずなのに、まるで氷点下の冷凍庫に放り込まれたかのような、異常な冷気が背筋を駆け上がった。

いや、それは「温度」ではない。圧倒的で、異質で、底知れぬ悪意を孕んだ**「霊圧」**だ。

(なに、これ……! さっきの吉良くんとは比べ物にならない……!)

まるで、見えない巨大な蛇に全身をぐるぐると巻き付かれ、ゆっくりと締め上げられているような錯覚。心臓の鼓動が早鐘を打ち、呼吸が浅くなる。

「……あらら。こんなところでサボってたらアカンよ、旅禍の小娘チャン」

白亜の壁の向こう。

路地の角を曲がって、一人の男がふらりと姿を現した。

銀色の髪。狐のように細められた目。常に口元に張り付いている、薄気味の悪い微笑み。

そして、その身を包むのは、彼が護廷十三隊の頂点に立つ者の一人であることを示す「白い羽織」だった。三番隊隊長、市丸ギン。

「うちの副隊長、随分とコテンパンにしてくれたみたいやねェ。イヅルのやつ、落ち込んどったわ」

「……っ!」

マリンは弾かれたように後方へ飛び退き、『紅海月』の柄に手をかけた。

ガチガチと歯が鳴る。本能が「絶対に戦ってはいけない」と警鐘を鳴らしていた。目の前の男は、今まで出会ったどんなバケモノよりも、深く、冷たく、得体の知れない深淵だ。

「自己紹介が遅れたね。僕、三番隊隊長の市丸ギンいうねん。よろしゅう」

市丸は、まるで近所の散歩で立ち話でもするような、間延びした軽薄な口調で言った。

「隊長……格……」

マリンは冷や汗を流しながら、必死に強気な笑みを作った。

「こ、これはどうもご丁寧に。……でも、船長は今ちょっと急いでるから、サインならまた今度にしてくれない?」

「あはは、おもろい子やなァ。でもアカンよ。君ら、死神(うち)の庭を随分と荒らしてくれたんやから。……ちょっとくらい、お仕置きさせてもらわんと」

市丸の細められた目が、わずかに開かれた。

その隙間から覗く、氷のように冷たい水色の瞳を見た瞬間、マリンの全身の血液が凍りついた。

(殺される……!!)

「射殺せ(いころせ)――」

市丸の右手が、だらりと下げられていた脇差の柄を握る。

「『神鎗(しんそう)』」

### 第二章:神鎗の恐怖、紙屑と化す防壁

市丸が解号を唱えた瞬間。

マリンの視界から、市丸の刀の刀身が「消えた」。

(え……?)

ドォオオオオオオオオオオオンッ!!!

遅れてやってきたのは、空気を切り裂く轟音と、猛烈な爆風だった。

マリンが立っていた場所の真横――彼女の頬を掠めるようにして「伸びた」白刃が、背後にあった瀞霊廷の分厚い石壁を、建物を、何十メートルにもわたって一直線に貫き、粉砕していたのだ。

パラパラと崩れ落ちる瓦礫の音の中、マリンの頬から一筋の赤い血が流れる。

「……う、そ……」

マリンは背後の惨状を振り返り、絶望に目を見開いた。

斬撃ではない。

ただ刀が「伸びた」だけ。それも、目で追うことすら不可能な異常な速度で。

もしあと数センチずれていれば、自分の頭は消し飛んでいた。

「おや、外してしもた。君、運がええねぇ」

シュルルッ、と音を立てて、何十メートルも伸びていた神鎗の刀身が一瞬で元の脇差の長さに戻る。市丸は全く動いていない。ただ、その場に立って刀を構えているだけだ。

「出航せよ『紅海月』!!」

マリンは悲鳴を上げるように始解を解放した。

刀身から激しい水流が噴き出し、彼女の周囲を包み込む。

「悪いけど、おとなしくやられる趣味はないワゾ!!」

水流の推進力を利用し、マリンは爆発的なスピードで市丸の死角へと回り込もうと駆け出した。逃げるしかない。こんなバケモノを相手に、まともに戦えるはずがない。

「元気ええなぁ。でも、無駄やよ」

市丸が、再び神鎗の切っ先をマリンの走る先へと向ける。

「シュッ」という短い呼気。

再び、白刃が閃光となって射出された。

「水壁(すいへき)!!」

マリンは進行方向に、紅海月から生み出した極厚の水流の壁を何重にも展開した。大虚(メノスグランデ)の拳すら弾き返した、強固な霊子の水壁。

だが。

パパパパァンッ!!!

「なっ……!?」

神鎗は、その分厚い水壁をまるで濡れたティッシュペーパーでも貫くかのように、一切の抵抗もなくぶち抜いてきた。

「くっ……!」

マリンは間一髪で身をよじるが、神鎗の刃が彼女の右肩を深々と抉り取った。

「あがっ……!!」

鮮血が舞い、マリンは石畳の上を激しく転がった。

死神の力による水流など、隊長格である市丸の圧倒的な霊圧と破壊力の前では、何の防御にもならなかった。

(速い……! 痛い……! なにこれ、バケモノじゃん……!)

肩の激痛に視界が歪む。

マリンは脂汗を流しながら立ち上がった。市丸は相変わらず、薄気味の悪い笑みを浮かべたまま一歩も動いていない。

「おやぁ? 今のも避けるんや。君、ちょこまか動くの得意みたいやね」

市丸ギンは、完全に「遊んで」いた。

本気を出せば、マリンなど最初の不意打ちで瞬殺できていたはずだ。だが、彼は蛇が獲物をいたぶるように、わざと急所を外し、彼女の絶望する顔を楽しんでいるかのように見えた。

しかし、そんな市丸の手加減など、マリンに分かるはずもない。彼女にとっては、文字通り命の糸がコンマ一秒の差で切れかかっている、極限の生存競争だった。

### 第三章:決死の逃避行と、海賊の幻影

「はぁ……はぁ……! バケモノめ……!」

マリンは肩の傷を左手で押さえながら、紅海月を構え直した。

(距離を取っても無駄だ。あの刀、どこまで伸びるか分からない。……なら!)

マリンは意を決し、逆に市丸の方へ向かって一直線に駆け出した。

「おお? 突っ込んでくるん? 威勢がええねぇ」

市丸が神鎗を構える。

マリンは走りながら、紅海月の刀身から大量の水を周囲に撒き散らした。

「……海霧(うみぎり)!!」

撒き散らされた水流が急激に蒸発し、路地裏一帯を覆い尽くすほどの濃厚な「白い霧」が発生した。視界は数メートル先も見えないほどに遮られる。

「目くらましかァ。古典的やね」

市丸の声が霧の向こうから響く。

「でも、霊圧は隠せへんよ」

ズガァアアアアアンッ!!

霧を切り裂き、神鎗がマリンの霊圧がある場所を正確に射抜いた。

「もらったァ!!」

だが、神鎗が貫いたのは、マリンの形をした「水の塊(ダミー)」だった。

紅海月の能力を応用し、自身の霊圧を込めた水流で分身(幻影)を作り出していたのだ。

「ほう?」

市丸がわずかに驚きの声を上げた瞬間。

本物のマリンは、市丸の頭上の建物の屋根から、落下する勢いを利用して紅海月を振り下ろしていた。

「大波(おおなみ)ッ!!」

マリンの持つ全ての霊圧を乗せた、巨大な水刃の斬撃。

直撃すれば、建物を一刀両断にするほどの威力。

しかし。

「……惜しいなぁ」

ガキンッ!!

市丸は、振り返りもせずに、元の長さに戻った神鎗の刀身で、マリンの渾身の一撃を軽々と受け止めていた。

まるで、大人の男が子供のおもちゃの剣を止めるように、片手で、いとも容易く。

「え……!?」

空中で体勢を硬直させるマリン。

市丸がゆっくりと首を巡らせ、細められた目でマリンを見上げた。

「よく出来た幻影やったわ。でも、君……剣筋が素直すぎるねん。もっと殺意を隠さんと」

ドスッ。

市丸の空いた左手が、マリンの腹部に深々と叩き込まれた。

「ガハッ……!!」

肺から空気が根こそぎ吐き出され、マリンの体は砲弾のように吹き飛んだ。

壁を突き破り、隣の建物の内部へと激しく叩きつけられる。

「あ……が……ぁ……」

木材の瓦礫の中で、マリンは身動き一つとれなくなった。

視界が真っ赤に染まり、意識が遠のいていく。

紅海月は手から離れ、少し離れた床に転がっている。

(あ……終わった……。船長、ここで……沈没、か……)

足音が近づいてくる。市丸が、壊れた壁の穴からゆっくりと室内に入ってきた。

「さて、これで終わりや。あの世で副隊長に謝っときや」

市丸が、神鎗の切っ先を倒れ伏すマリンの眉間に向ける。

(一護……ごめん……)

マリンが死を覚悟し、目を閉じた、その時。

ガラガラガラッ!!

マリンの体が乗っていた床板が、突如として大きく崩落した。

彼女が叩きつけられた衝撃で、床下の古い構造が限界を迎え、瀞霊廷の地下へと続く巨大な「水路」の穴が開いたのだ。

「……きゃああああっ!?」

なす術もなく、マリンの体は暗い地下水路の底へと真っ逆さまに落ちていった。

真っ暗な空間へ吸い込まれる直前、紅海月の柄だけは必死に掴み取った。

「……」

崩れ落ちた床の穴を見下ろし、市丸ギンは神鎗をゆっくりと鞘に納めた。

追う気はない。そもそも、彼にとってこの旅禍の少女を殺す理由は最初からなかったのだ。藍染の計画において、彼ら旅禍は瀞霊廷を混乱させるための「駒」に過ぎない。

「あーあ。アホらし。逃げられてしもたわ」

市丸は誰に言うでもなくそう呟き、いつもの気味の悪い笑みを張り付けたまま、崩れた建物を後にした。

### 第四章:暗闇の底と、導きの光

冷たい水の中に落ちたマリンは、激痛と冷たさで無理やり意識を引き戻された。

「がはっ……ゲホッ、ゴホッ……!」

水路の浅い水をかき分け、岸に這い上がる。

右肩からの出血は酷く、腹部への打撃で内臓が悲鳴を上げている。

「……生きてる。あのバケモノ、追って……こない」

マリンは震える手で紅海月を杖にし、暗く湿った地下水路を歩き始めた。

どこへ向かっているのかは分からない。ただ、あの銀髪の悪魔から少しでも遠ざからなければという本能だけで、重い足を引きずっていた。

(一護……ルキアちゃん……。私、全然役に立ってない……。隊長って、あんなに強いの……?)

圧倒的な力の差を思い知り、マリンの心に暗い影が落ちる。

自身の内に眠る虚の力さえ、あの市丸の冷酷な刃の前では無力に思えた。

どれくらい歩いただろうか。

出血と疲労で、いよいよ意識が途切れそうになった時。

「……おい、何か音がしたぞ」

「誰かいるのか?」

前方の暗闇から、松明の光と共に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「……え?」

マリンが重い瞼を上げると、そこには黒装束を纏ったオレンジ髪の少年と、大きな体躯を持つ男、そして一匹の黒猫の姿があった。

「一護……?」

「マリン!? おい、マリンか!!」

松明を持っていた黒崎一護が、血相を変えて駆け寄ってくる。

彼らは運良く、四楓院夜一の案内で瀞霊廷の地下に隠された広大な『隠密機動の地下修練場』へと向かう道中だったのだ。

「マリン! お前、その怪我どうしたんだよ!」

一護が崩れ落ちそうになるマリンをしっかりと抱きとめる。

その温かく、力強い腕の感触に、マリンは張り詰めていた糸がプツリと切れたように涙をこぼした。

「い、一護……! ははっ……船長、ちょっと……サメに噛まれちゃってさ……」

「バカ野郎、笑ってる場合か! すげぇ血じゃねぇか!」

「夜一さん、早く手当てを!」

チャドが急いで夜一(黒猫)に呼びかける。

「うむ! 急いで地下修練場へ運ぶぞ! 追っ手が来るやもしれん!」

一護に背負われながら、マリンは霞む意識の中で、彼の背中の温もりを感じていた。

(よかった……合流、できた……。一護の背中……相変わらず、安心するワゾ……)

「一護……ルキアちゃん、絶対……助けようね……」

「あぁ、当たり前だ。俺が絶対助ける。だからお前は、今はもう喋るな」

一護の力強い返事を聞き届け、マリンはようやく深い気絶の底へと沈んでいった。

圧倒的な死の恐怖から逃れ、彼女が辿り着いたのは、反撃の狼煙を上げるための隠された安息の地。

この地下空間で、一護はルキアを救うための最終手段『卍解』の修行に入り、マリンもまた、来るべき最終決戦に向けて自らの傷を癒やすこととなる。

しかし、この時のマリンはまだ知らない。

数日後、双殛の丘で彼女を待ち受けているのが、護廷十三隊最強の老将との邂逅と、自身の魂に隠された最も残酷な真実の暴露であることを。

 

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