悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~! 作:エスカド
「んん……っ」
セルディアに帰投して数時間後。ラボの片隅に置かれたソファの上で、レタリアは両手をぐっと上に掲げて大きな背伸びをした。
「よく眠れた?」
メインモニターの青白い光に照らされながら、キーボードを叩く手を止めたミレアが優しく声をかける。
「少しだけ体が軽くなった気がしますわね……」
レタリアは目をこすりながら体を起こした。
基地に戻った直後、愛機を整備班へと預け、パイロットスーツから私服へと着替えた彼女は、吸い寄せられるようにこのラボへやってきてそのまま眠りに落ちてしまったのだ。
「せっかくあなた専用の綺麗な部屋があるんだから、あっちのベッドでゆっくり休みなさいな」
そう言ってくれたミレアの気遣いに対し、『いいえ、ここで良いですわ』と返してそのままソファに潜り込んだ。
確かに新しく用意されたレタリアの自室は広く、家具も整い、ベッドの寝心地も素晴らしい。けれど、どんなに強がってみせても、身を預けるなら信頼できるミレアの気配がすぐ近くにあるこのラボの方が、レタリアにとっては遥かに心が安らぐ場所だった。
「アーデンは……どうですの……?」
残る眠気にあくびを噛み殺しながら、レタリアは愛機の状態を尋ねた。
「深刻なダメージは無いわよ。右足の外装装甲に大きな損傷はあるけれど、内部のフレームは少し傷が入っている程度。敵機の刃を直接受け止める覚悟で、足をぶつけたのね」
すでに回収された実戦データを隅々まで確認済みだったミレアが、画面から目を離さずに応じる。
「ええ。『ハルディライト』だと伺っておりましたもの。本当にミスリルのような頑丈さですわ、本物のミスリルは見た事無いのですが」
あの時、ミレアのハルディライトがとても頑丈である事、その言葉を信じて蹴りを繰り出したのだが、レタリアは心の中にとどめた。
そんなレタリアの呑気な言葉に、ミレアは安堵と呆れが混ざり合った深い溜め息を吐いた。
「相変わらずの無茶をするわね……。けれど、あの局面ではそれが最良の選択だったんでしょう?」
「ええ、そうですわ」
レタリアは素直に頷き、思い返すように視線を落とした。
「今まで戦ったことのない、本当に妙な敵でしたわ。外見は先日輸送船を襲っていたあの賊の機体にそっくりでしたけれど……中身は完全に別物でした」
ふっと、二人の間に短い沈黙が流れる。
「そうね……あの重装備に見合った高い砲撃能力を持ちながら、信じられないほどの高機動と格闘能力、そしてあの不気味な複数のアームパーツ……」
ミレアは画面に映し出された敵機の挙動データを指でスクロールさせていく。
「まさに『実験機』そのものね。……でも、あんな無茶苦茶な機体を量産したところで、性能を引き出し切れるパイロットなんてそうゴロゴロいるわけが――」
そこまで言いかけて、ミレアの言葉がぴたりと止まった。思考の糸を手繰り寄せるように、重い沈黙の中で考え込む。
「……レタリア。あなたの動きにこの機体、ついてきていたわよね?」
「ええ。まるでわたくしの動きを見てすぐに対応してくる、そんな感覚でしたわ」
ミレアはモニターを見つめたまま、険しく眉をひそめた。
「アデリナ軍曹のラデュールも、同じように動くことが可能。けれど彼女の場合は、機体に合わせて極限まで最適化された専用コックピットに耐圧パイロットスーツ、そして何より彼女自身のズバ抜けた能力と戦闘スタイル……すべてが組み合わさって初めて成立しているもの」
アデリナのような例外ではない。となると――
「グレインが交戦したアーデンもどきの機体も含めて、どう見てもあれらの機体はパイロットへの負担を考慮した調整がされているようには見えないわ。普通なら……人間側の肉体が負荷に耐えられるはずがない」
まるで『初期の頃のアーデン』にそっくりなコンセプトである。
となると自然に思い至る点がある。
そう、レタリアのように異世界から漂着した存在、という可能性も一瞬脳裏をよぎる。しかし、彼女のようなケースは偶然という言葉すら生ぬるい天文学的確率の産物だ。同じような存在が何人も転がり込んできているとは到底思えない。
だとするならば――答えはひとつしかない。
「…………」
ミレアの呟いた言葉は、まどろんでいたレタリアの耳に届く事は無かった。
◆◆◆
数十分後、ミレアのラボには疲弊した面持ちのグレインの姿があった。
「レタリアは、よく眠っているみたいだな」
グレインは静かに部屋の片隅のソファへ視線を向ける。そこでは、小さな寝息を立てながらレタリアが再び眠りについていた。
「さっき一度起きたんだけど、少し話したらまた眠っちゃったわ」
すやすやと眠るレタリアを見つめ、ミレアは柔らかく口元をほころばせる。
「よく休めているなら何よりだ。……ところで」
グレインは一拍置き、声を低く潜めた。
「戦闘ログはもう確認したか?」
「ええ。あなたの分も、レタリアの分もすべて確認したわ」
ミレアの返答を聞くと、グレインは空いていた椅子を引き寄せて腰掛け、差し出されたコーヒーをひとくち口に含んだ。
「どう思う?」
「私は先に、直接刃を交えたあなたの見解が聞きたいわね」
ミレアにそう返され、グレインは苦笑いを浮かべた。目の前のホログラムモニターに映し出されたリーズの戦闘記録――緑の機体との交戦映像を見つめながら静かに口を開く。
「そうだな……俺が相手にした緑のヤツは、機体の特性が……かつてのアーデンに似ていた。だから、あの常軌を逸した反応速度を見た瞬間、一瞬『レタリアと同質のパイロットか』と思ったんだ」
グレインは一度言葉を切り、深く考え込むように視線を落とす。
「だが……『そう見えただけ』だった。ヤツはアランドの不意打ちの射撃をもろに食らっていたし、最後のステシアの射撃だって自力じゃ回避できなかった。本物のレタリアなら、あんなもらい方は絶対にしない」
真剣な眼差しで耳を傾けるミレアに対し、グレインは言葉を続けた。
「つまり、圧倒的な反応速度こそ持っているが、あの異常な機動性とGに耐えうる『何か別の存在』だ。魔力を持ち、肉体が頑強なレタリアとは根本的に違う」
その分析を聞き、ミレアは深く納得したように頷いた。
「私も全く同じ意見よ。あのアーデンに似た機体――あれはきっと、旧エスカド社のクラフィドをベースに再設計されたものね。機体フレームそのものは最新技術で作られているけれど、根底にある設計思想があまりに古い」
「……じゃあ、あれにもアーデンシステムやゾダンシステムと同種のものが組み込まれていると思うか?」
グレインの問いに、ミレアは腕を組んで思案する。
「似たような制御システム、あるいはその模倣品が存在していると見た方が自然ね。あの中立宙域の施設で実験されていたのは、旧エスカド社の遺産を転用したもの。そして……あの負担に耐えながら実験を行わされているパイロットは……」
「本物の『強化人間』……あるいはそれに類する処置を受けた者、という可能性が高いわけだな」
グレインが重々しく放ったその言葉に、ミレアは静かに、けれど固い表情で頷くのだった。
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