悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~! 作:エスカド
宇宙自治区コルーシェ――企業アーグリア本社の最上階に位置する、重厚な気配の漂う社長室。
落ち着いた照明が落とされた室内の壁面モニターには、白髪の混じった短髪の壮年男性が焦燥感を隠しきれない表情で映し出されていた。
「ウェント社長、中立宙域の件……私は何も聞いておりませんでしたよ」
「テレン代表、どうかお落ち着きください。確かにあそこにあったのは、我々アーグリアの秘匿施設でございます。……ですが、すべてはコルーシェのさらなる繁栄と発展のために用意したもの。そのすべての情報を事前に開示するわけにはいかないことは、代表にもお分かりいただけるはずです」
整えられた金髪に眼鏡をかけ、優雅にソファーへ腰掛ける男――ウェント社長は、静かな声調でそう返した。
テレンと呼ばれた政治代表の男は、苦々しい表情を浮かべながらも少し考える仕草を見せる。
「確かに、貴公らの並々ならぬ貢献によってコルーシェが著しい発展を遂げてきたのは重々承知しております。しかし……」
テレンは額にしわを寄せ、声を潜めた。
「セルディアの自警団と交戦を行ったという報告が入ってきているのです」
その言葉に、ウェントの口元が薄く歪み、緩やかな笑みが浮かぶ。
「あれは予期せぬ不幸な行き違いに過ぎません。我々としても、侵入してきた相手が何者なのか把握できておりませんでした。……ですが、我々の資産に直接手を下されたのは紛れもない事実」
ウェントは言葉を切り、言葉巧みに話しはじめた。
「もしや彼らは我らの秘匿技術の存在をあらかじめ察知しており、アーグリア……ひいてはコルーシェが誇る最先端技術を奪おうと目論んでいるのかもしれません」
テレンの表情が一気に強張る。ウェントはその隙を逃さず、静かに頭を下げた。
「いざとなれば、コルーシェ自治軍のお力添えを仰ぐことになるやもしれません。無論、我々アーグリアも技術の提供、および優秀な人材の供給を惜しむつもりはありません。どうかコルーシェの安寧と未来を守るため、ご協力をお願い申し上げます」
テレンは深くため息をつき、手で額を押さえながらしばし思案に暮れた。
「……分かりました。コルーシェ側としても、万一の事態に備えて対応できるよう調整しておきましょう。では、何か進展があればすぐに連絡を」
「ええ。それでは失礼いたします」
通信が途絶え、モニターが暗転する。
ウェントは背もたれに深く身を預け、冷ややかな眼差しで虚空を見つめた。
「しかし……想定外の事態であったのは確かだな」
静寂に包まれた部屋に、抑えめな声が響く。
『社長、フィンドレーです』
「入りたまえ」
扉がスライドし、一人の男が足音もなく室内へと入ってきた。濃い茶色の長髪を後ろで束ねた男――フィンドレーである。
「状況はどうだね?」
「はい。今回の戦闘において、グリド16機、および通常パイロット9名を損失いたしました」
フィンドレーは粛々と淡々と数字を口にし、そこで一呼吸を置く。
「……さらに、クラフィド改が1機大破、試験型のゴードが中破いたしました。なお、大破したクラフィド改に関しては一部パーツのみ回収を完了しております」
凄惨な損害報告にも、ウェントの表情はピクリとも動かない。静かにフィンドレーを見つめ返し、単刀直入に問いかけた。
「被検体の状態は?」
「R1は軽微な損傷にとどまり、現在は医療カプセルにて処置を行っております。およそ8時間後には完全に回復できる見込みです。……ですが、M5の方が……」
フィンドレーは言葉を濁し、わずかに眉をひそめた。
「損傷が極めて甚大です。肋骨および左腕の骨折、全身に多数の深部裂傷が確認され、バイタルも著しく低下しております。現在も集中治療を継続中ではございますが……」
その命を繋ぎ止める価値があるのか――そう意図を込めて見つめてくるフィンドレーに対し、ウェントは迷いなく命じた。
「治療を継続させたまえ。M5はR1に次ぐ高い適合率を示した貴重な試験体だ。ここで失うにはあまりにも惜しい。開発中の人工骨を使っての更なる強化も許可する」
「はっ」
フィンドレーが深く一礼する。
ウェントは手元のホログラムコンソールを操作し、中立宙域で記録された戦闘映像を空間に展開させた。そこに映し出されているのは、戦闘の記録である。
「M5と交戦したこの黒いマキナと白いマキナ……どちらもルードなどではないな。シンセ社の新型か……。クラフィド改のフレーム性能、そしてM5の調整にも大きな課題が残ったというわけだ」
フィンドレーは余計な口を挟まず、黙ってその映像を見つめる。
やがて映像は、青と紫紺の閃光が交錯するカットへと切り替わった。
「そして……R1と交戦したこのマキナ。『アーデン』だな。外装形状が以前のデータから明らかに変化している。……あのR1が、ここまで一方的に追い込まれるとはな」
フィンドレーが応じるように口を開く。
「乗っていたのはセルディアの英雄……レタリア・アーデニアムです」
「ふむ。だが、機体システムの補助のみであのような機動を実現するのは不可能に近い、強化人間としても非常に高い完成度を誇っている」
ウェントの指摘に、フィンドレーも同意するように頷いた。
「シンセ社が独自に保有する強化人間技術について、セルディア内部のスパイからも有益な情報は得られておりません。予想以上に情報管理が厳重な模様です。……いっそのこと、レタリア本人を捕獲して検体とする手もございますが」
「ふふ……。彼女の存在はセルディアのみならず、ウィステルム本国にすら広く知れ渡っている。その知名度の高さゆえ、直接手出しをするのはリスクが大きすぎる。我々が真に必要としているのは、シンセ社が秘匿する旧エスカドの技術そのものだ。いいな?」
「……はっ。重々承知いたしました」
静まり返る社長室の中、ホログラムの青白い光だけが、ウェントの瞳を照らし続けていた。
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