悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~!   作:エスカド

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14話:わたくしが気にしますのよーーーっ!!

 シミュレーターから降りたレタリアの身体は、心地よい疲労感と、それ以上に不快な粘り気に支配されていた。

 イーサンとの戦いで極限まで高まった集中力の代償として、パイロットスーツの中は汗でびっしょりと濡れている。ダークパープルの美しい髪も、今は心なしか重く湿って肌に張り付いていた。

 

「……ふぅ。ひとまず、シャワーを浴びたいですわ」

 

 自警団の面々からの称賛の嵐を「当然のことですわ!」と高笑いで受け流し、レタリアは足早に訓練施設を後にした。

 このステーションでの生活も数週間が経つ。当初は何をしたら物が動くのかも分からないレタリアだったが、今では「しゃわー」という、温かなお湯が天から降り注ぐ魔法のような設備の使い方も完全にマスターしていた。

 

 慣れた足取りで居住区へと続く回廊を歩いていた、その時だ。

 

「あ! 見つけたぁーっ!」

 

 廊下の向こう側から、弾んだ声が響いた。

 レタリアが顔を上げると、そこには一人の女性が、短い手足を一生懸命に動かして小走りでこちらへ向かってくる姿があった。

 

「な、なんですの……?」

 

 レタリアは思わず足を止め、身構えた。

 やってきた女性は、レタリアよりも背が低く、年齢はミレアと同じ二十代半ばほどに見える。だが、その外見のインパクトはミレアとは正反対だった。

 水色をベースに、鮮やかなピンクのメッシュが複雑に混ざり合ったウェーブヘアー。白衣を羽織ってはいるものの、その下からのぞく服はパステルカラーの装飾が多く、まるで南国の鳥のような華やかさだ。

 

 しかし、その胸元に浮かび上がるホログラムの身分証を見て、レタリアは合点がいった。

 

(『シンセ・フィブラ』……ミレアと同じ組織の人間ですわね)

 

「あ、あの、レタリアさん……ですよね! 本物の、レタリア・アーデニアムさん!」

 

 女性はレタリアの目の前でぴたっと止まると、目をキラキラと輝かせて詰め寄ってきた。その勢いに、レタリアは一歩、二歩と後退りする。

 

「そ、そうですけれど。あなたは……どなたかしら? わたくし、今は少し急いでおりますの」

 

「あ、すみません! 私、ソラと言います! ソラ・スカリア! ミレアちゃんの同僚で、ええと、開発局でデザイナーもやってまして……その、ずっとレタリアさんに会ってみたかったんです!」

 

 ソラと名乗った女性は、落ち着かない様子で自分の指を組み替えながら、しどろもどろに言葉を紡ぐ。

 

「ミレアちゃんから、自警団の訓練室にいるって聞いて……。あ、あの、シミュレーターのデータもリアルタイムで見てたんですけど、すごかったです! あんな風に動けるなんて、素材として……じゃなくて、パイロットとして最高だなって!」

 

「ミレアちゃん……、って、そ、素材……?」

 

 レタリアは眉をひそめた。

 かつての彼女であれば、「無礼ですわよ! 要領を得ない物言いはやめなさいまし!」と一喝して立ち去っていただろう。だが、今のレタリアには先ほどの模擬戦を戦い抜いた充足感と、イーサンという好敵手と出会えた高揚感が残っていた。

 少しだけ、心に余裕があったのだ。

 

「それで、ソラ様。わたくしに何か御用かしら? 見ての通り、わたくしは今すぐにでもこの汗を流したいのですけれど」

 

「あ、そうですよね! ……あ、でも、ちょうどいいかも! あの、そのままでいいので、体、測らせてください!」

 

「…………はい?」

 

 レタリアは自分の耳を疑った。

 今、この女は何と言ったのか。

 

「ですから、レタリアさんの体のラインとか、筋肉のつき方とか、節々の可動域とか! 詳しく計測させてほしいんです!」

 

「なっ……! お断りいたしますわ! 今わたくし、汗をかいておりますのよ!? 乙女として、このような姿を晒し続けるだけでも屈辱的なのに、計測などと……!」

 

 レタリアは顔を真っ赤にして叫んだ。令嬢としてのプライドが、そんな無遠慮な要求を許すはずがない。

 しかし、ソラは全く動じなかった。それどころか、期待に満ちた目でさらに一歩踏み込んでくる。

 

「大丈夫です! 私は全然気にしてませんから!」

 

「わたくしが気にしますのよーーーっ!!」

 

 

 ◆◆◆

 

 結局、レタリアはソラの熱意(という名の強引な押し)に負け、ミレアのいつもの研究室とは別の、少し小綺麗なラボへと連行される羽目になった。

 

 ソラ・スカリア。

 彼女の話によれば、ミレアは兵器開発の中心であり、ソラもその補佐をする傍ら、パイロットに関するサポート部分を主に担当しているとか。

 レタリアという稀有な存在がシンセ・フィブラ社内で話題になっていたらしいが、無闇にレタリアに接触しないようにと言われていたらしい。

 

「さ、ではレタリアさん。服を脱いでください。……いえ、厳密には脱がなくてもスキャンはできるんですけど、脱いだほうがより正確な数値が出るというか、私のやる気が出るというか……」

 

「……以前も、似たようなやり取りをしましたわよ。この世界の研究者は、どいつもこいつもデリカシーというものが欠如していますの?」

 

 レタリアは深いため息をつき、頭を押さえた。ミレアの時の悪夢が蘇る。

 

「……見えないところでなら、脱いであげてもよくてよ」

 

「あ、はい! もちろんです! あちらのパーテーションの裏でお願いします。

 ああ、やっぱり恥ずかしいですよね、女の子ですもんね。ミレアちゃんがすぐ脱がせようとしたって聞いて、私、ハラハラしてたんです!」

 

 ソラが申し訳なさそうに部屋の隅を指差す。

 その言葉に、レタリアは少しだけ胸をなでおろした。

 

(……このソラという方は、ミレアとは感性が違うようですわね。少しは話の通じる方がいて助かりましたわ)

 

 だが、その安心は、直後に無惨にも打ち砕かれることとなる。

 

 レタリアがパーテーションの裏でパイロットスーツを脱ぎ、用意された薄い肌着に着替えて出てくると、ソラは「はわわ……」と奇妙な声を漏らした。

 

「すごい……無駄がない。華奢なのに、体幹がしっかりしてる。まさに『動く芸術品』……最高です……!」

 

「……あまりジロジロ見ないでくださる?」

 

 レタリアは指示されるまま、医療用の寝台に横たわった。

 天井から柔らかい光が降り注ぎ、彼女の体をなぞっていく。ミレアのスキャンはもっと無機質で冷たい感覚だったが、ソラのそれはどこか温かく、撫でられているような不思議な感覚があった。

 

 スキャンが終わり、「はい、立ってください」と促される。

 終わったか、とレタリアが身を起こした瞬間――。

 

「ひゃっ!? な、何をなさいますの!?」

 

 ソラの手が、レタリアの肩、そして脇腹から腰にかけて、直接触れてきたのだ。

 それも、ただの診察のような触れ方ではない。指先で肉の弾力を確かめるような、妙に粘着質な感触。

 

「あ、驚かせてすみません! でも、数値だけじゃ分からない『質感』ってあるじゃないですか。服が擦れた時の筋肉の動きとか、そういうのを肌で感じないと、いい仕事ができないんです!」

 

「意味が分かりませんわ! ど、どこを触っていますの! そこは……っ、くすぐったいですわ!」

 

「あはは、レタリアさん、意外と脇が弱いんですね。メモメモ……」

 

「メモしなくてよろしいですわ! やめなさい! 離してくださいまし!」

 

 レタリアは顔を真っ赤にして抗議するが、ソラは「あともう少しですから!」「次は脚のラインを見せてください!」と、職人特有の異常な集中力でレタリアを翻弄し続けた。

 

 まさに、辱め。

 高貴な公爵令嬢であるこのわたくしが、なぜ得体の知れない女に全身を弄り回されなければならないのか。

 レタリアは涙目になりながら、早くこの時間が終わることを祈り続けた。

 

「……なんだか、模擬戦より疲れましたわ……」

 

 ◆◆◆

 

 

 

 一時間後。

 ようやく解放されたレタリアは、再びパイロットスーツを身に纏い(今度はソラが「私が着せます!」と聞かなかったため、さらに一悶着あった)、ラボの椅子に力なく座り込んでいた。

 髪はさらに乱れ、精神的な消耗は模擬戦の比ではない。

 

「本当にありがとうございました、レタリアさん!とてもとても参考になりました!」

 

 ソラはホログラムパネルに表示された膨大な数値と、自ら描き込んだスケッチを眺めながら、満面の笑みで頭を下げた。

 

「わたくしにあのような辱めを与えて……。結局、何をするつもりでしたの? ただの趣味でわたくしを弄んだのなら、その……抗議しますわよ!」

 

 レタリアが恨めしそうにジト目でソラを睨む。

 するとソラは、慌てたように両手を振り回した。

 

「ち、違います! これは絶対にレタリアさんにとって『いいこと』なんです! 今はまだ秘密ですけど……きっと喜んで貰えますから!」

 

「そういうことは大抵わたくしへの『災難』であることが多いのですけれど」

 

「あはは……。でも、信じてください。私はレタリアさんのファンになっちゃいましたから、絶対に悪いようにはしません!」

 

 ソラはそう言って、照れくさそうに笑った。

 しどろもどろで、どこか頼りない女性。だが、その瞳に宿る熱量だけは、ミレアと同じものがあった。

 

「……ふん。勝手になさい。わたくしはもう、シャワーを浴びに行きますわ」

 

 レタリアは立ち上がり、今度こそラボを後にした。

 

 背後から「また来てくださいねー!」「次は差し入れ持っていきますからー!」というソラの元気な声が追いかけてくる。

 

 一人になった回廊で、レタリアはふぅ、と小さく吐息をついた。

 

(……変な方。いえ、このステーションは変な方しかいませんわね。ミレアに、グレインに、あのステシアさん……は良い子ですわ、それにメリーさんやイーサン……)

 

 出会った人々の顔を思い浮かべる。

 誰もが自分を「公爵令嬢」としてではなく、一人の「レタリア」として、あるいは「アーデンのパイロット」として見てくる。それが無礼だと思う反面、どこか心地よいと感じ始めている自分に、彼女はまだ気づいていない。

 

(……でも、あのソラという方。悪い方ではなさそうですわ。わたくしの勘が、そう言っていますの)

 

 レタリアは乱れた前髪を指で整え、今度こそ、待ちに待ったシャワー室へと足を進めた。

 

 

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