悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~! 作:エスカド
コルーシェ、第16セクター。
13階建ての整然と佇むホテルの一室へ案内され、一同は旅の荷を下ろした。
「ここはウィステルムが運営している関連企業の持ち物ですので、情報漏洩の心配はありません」
部屋のセキュリティを確認し、プリシラが告げる。
「念のため、このセクターの簡易マップを皆さんの通信端末へ転送しておきました。何かトラブルがあれば、迷わずここへ戻ってきてくださいね」
プリシラの言葉に、グレイン、メリー、レタリアの三人が頷いた。
「私たちはこれから、現地で動いていた前任者との引き継ぎに向かいます。皆さんはひとまず、コルーシェの街を散策してみてください。少なくとも普通に出歩く分には、そこまで危険なステーションではありませんので」
「ええ~、私も観光したかったなぁ」
アデリナが羨ましそうに唇を尖らせると、ランセスがハハハと軽快に笑う。
「この一件がひと段落したら、嫌というほど観光に付き合ってあげるから」
プリシラの言葉に、アデリナは「はーい」と元気よく返事をした。
「それでは、私たちはこれで」
そう言い残し、プリシラたちは手際よく一室をあとにした。
◆◆◆
「散策、ねぇ」
ホテルの外に出ると、グレインが日よけのつば付き帽子を目深にかぶり直し、落ち着いたコートの襟を立てながら呟いた。
普段見慣れた自警団の制服とは一味違う大人びた私服姿に、レタリアはなんだか新鮮な心地になる。
メリーもまた、いつものショートヘアの上にセミロングのウィッグを被り、動きやすいラフな装いに身を包んでいた。
そういうレタリア自身も、特徴的なダークパープルの髪を隠すため、金髪のストレートヘアになっている。柄にもなく落ち着かない様子で、時折その毛先をそわそわと指で弄っていた。
「調べるならアーグリアの本社周辺だと思いますが……流石にそう簡単に施設へ近づけるわけもありませんよね」
どう動いたものかと、メリーが思案顔で呟く。
「まあ、専門の内偵ですら難航しているんだ。行くだけなら出来るだろう。しかし今焦って動いたところで俺たちにできることなんて高が知れている。とりあえずはプリシラさんの言う通り、街の空気を知るがてら散策と行こう。……レタリア、絶対に迷子になるなよ?」
グレインは釘を刺すようにレタリアを見やった。
「分かって……分かっておりますわ! ……ではなくて、分かって……分かってる!」
金髪の変装に合わせ、必死に慣れない口調(タメ口)を取り繕うレタリア。その不器用すぎる様子に、グレインとメリーはたまらず吹き出した。
「ま、派手に騒ぎでも起こさなきゃなんとかなるだろう」
そう言って三人で歩き出した。
「アーグリアの本社があるのは工業区だ。まずはこのホテル周辺の商業区の地形を一通り把握して、後でそっちへ向かってみるか」
グレインの提案に従い、まずは周辺環境の確認から始めることにする。
「セルディアとは、随分と雰囲気が違……違うわね」
言い直しつつ、レタリアは広大な街並みを見上げた。
建設されてまだ40年ほどの比較的若いステーションであるセルディアに対し、コルーシェは100年を超える歴史を持つ。
その歴史の長さは継ぎ接ぎだらけの内部構造によく表れていた。拠点となるホテル付近は綺麗に整備されているものの、遠目に見える工業区や、その反対側に広がる旧市街地は、一目で空間の性質が異なると分かる異様な熱気を孕んでいる。
「歴史ある巨大ステーションだからな。ウィステルムが建国される前から存在していたらしい」
グレインが補足する。
「私がフリーをやっていた頃に来た時は、全体的にもう少し古臭い印象だったんだけどね……」
メリーがあたりを見回しながら溢す。
「アーグリアがこの街の再開発に多額の出資をしているらしいからな。良くも悪くも、奴らの影響力は絶大というわけだ」
◆◆◆
ステーション内を網羅するリニアカーに乗り込み、一同は商業区から工業区へと移動した。
視界が開けると、そこには大量の大型建設機械や作業用マキナが目まぐるしく動き回る、殺伐とした光景が広がっていた。
「セルディアの工業区よりも、格段に物や機体の密度が高いわね」
メリーが周囲を警戒気味に確認する。
「クラネアとは……また違った空気……だね」
レタリアがたどたどしい口調で感想を漏らす。
かつて訪れた交通の要所・ステーション「クラネア」は、多様な人々や貨物が行き交う活気に満ちた場所だった。
だが、このコルーシェの工業区はそれとは異なり、どこか物々しく無機質で、雑多な熱気がどんよりと渦巻いている。
「ここから3区画ほど先にアーグリアの敷地があるみたいだ。外観だけでも拝んでおくか」
グレインが提案する。
「大丈夫でしょうか……?」
心配そうに尋ねるメリーに対し、グレインは肩をすくめた。
「俺たちの顔が割れているわけでもないし、ここにいること自体、向こうは知りようがない。問題ないさ。お嬢様も……」
そう言って振り返ったグレインの視線の先には――誰もいなかった。
◆◆◆
「……あれ? グレイン? メリーさん……?」
気づけば、レタリアは一人で広大な工業区の路地に佇んでいた。
行き交う大型トラックや作業機械の群れに紛れ、先ほどまで一緒に歩いていた二人とはぐれてしまったらしい。
(……いざとなれば、端末の地図を頼りにホテルへ戻れば良いのですわ。大丈夫、慌てることはありません。わたくしはかつてクラネアでも、見事に一人で切り抜けてみせたのですから!)
過去の経験を思い出し、胸に手を当てて深く息を吐く。
落ち着きを取り戻し、現在地を確認しようと歩き出したその時――ふと、立ち入り禁止のフェンスの奥にある工場の敷地に目が留まった。
遠く離れたハンガーの影に、細身のマキナが鎮座しているのが見えた。
(あれは……!)
あの特徴的なフォルム。
近くで確認しなければ――そう思い立ったレタリアは、自身のブレスレットに高精度の録画・撮影機能が備わっていることなど露ほども知らず、その機体が見えそうな角度へと歩を進めてしまった。
工場脇の物陰になった一角へ差し掛かった、その時。
労働者用と思われる古びたベンチの上に、ポツンと座り込む小さな影が目に入った。
髪色は、淡く透き通るようなアッシュグレイ。
雑に伸ばされたストレートヘアに、少し青白い肌。
身に纏っているのは私服と呼ぶにはあまりに簡素な服で、レタリアがミレアのラボで着せられていた検査着を嫌でも思い起こさせるものだった。
その少女は、どこを見るでもなく虚ろに中空を眺めていたが――気配を察したのか、不意に首をかしげ、レタリアの方へと視線を向けた。
吸い込まれそうなほど薄い水色の瞳が、真っ直ぐ、レタリアの存在を射抜いた。
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