悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~! 作:エスカド
吸い込まれそうなほど薄い水色の瞳。どこか儚げで、感情の読めないその表情に、レタリアは思わず息を呑んだ。理由は分からないが、ほんの少しだけ遠い故郷に残してきた妹のルティルを思い出してしまう。
気づけば理屈よりも先に体が動き、少女の元へと歩み寄っていた。
「……あの、大丈夫ですの? ……迷子ですの……迷子なの?」
金髪の変装に合わせて慣れないタメ口で問いかけてみるが、少女は頷くでも首を振るでもなく、ただ小さく首を傾げるだけだった。要領を得ないその反応に一瞬戸惑うものの、「困っている人を放っておくわけにはいかない」という性分が勝り、レタリアはその場を離れられなくなってしまう。
「私は……あー、わたく――じゃなくて、私はリア。あなたは……?」
本名を名乗るわけにもいかず、咄嗟に口にしたぎこちない偽名に、レタリアは内心で冷や汗をかく。少女はしばらくレタリアの顔をじっと見つめていた。まるで何かを探るかのような、けれどどこか空虚な眼差しだ。やがて、小さな唇がぽつりと動いた。
「……ロフィ」
「ロフィ? それがお名前?」
問いかけると、少女自身は小さく頷く、しかしその瞳は曖昧に瞬かせるばかりだった。
(なんだかわけありのようですけれど……)
怪しいところや疑問点は山ほどあったが、問い詰めたところでこの少女を困らせるだけだと察し、レタリアは深追いせずに流すことにした。
「まあ、良いか。それじゃあロフィ、一緒に行きましょうか。お友達や連れの人を探すにしても、こんなところで一人で座っていたら冷えてしまうわ」
ひとまず二人で並んで歩き出す。口数は少なかった、レタリアが話題を振ってみるが、ロフィからの返事は曖昧なものだった。
「……あそこにある輝いている看板、綺麗だね。セルディア……私の家の方ではあまり見かけないものだわ」
「……うん、光ってる」
露店の派手なホログラム看板や、色とりどりの商品が並ぶショーウィンドウを眺めるロフィ。だが、その視線はどこかぼーっとしており、焦点が合っているようには見えない。商品そのものに興味があるというよりは、単に網膜に映る光の明暗に反応しているだけのようだった。
あまりにも浮世離れしたその挙動に、レタリアは胸の奥で小さな痛みを覚える。だが、それを哀れむような態度は取らず、ただ当たり前のこととして自然に受け止め、歩幅を合わせて優しく隣を歩いた。
「ロフィは、このあたりによく来るの? なんだかとても静かで、人が少ない場所だけれど」
「……ときどき。おへやから……出られたとき」
「お部屋? そっか、普段はおうちの中にいることが多いのね」
「……ううん。おうち、じゃない。……白い、ところ」
「白いところ……?」
聞き返そうとした瞬間、ロフィが自らレタリアの服の袖をかすかに引き、足を止めた。そして、何かを思い出したように小さな手で方向を指し示す。
「……こっち」
「え? あ、ちょっと、ロフィ?」
ロフィに導かれるまま、二人は立ち入り禁止のフェンスの脇を抜け、工業区の巨大なパイプや排気ダクトが複雑に絡み合う暗がりの中へと入り込んでいった。ゴツゴツとした金属の構造物に囲まれた狭い隙間。だが、その突き当たりまで進むと、頭上の一部だけがぽっかりと円形に開けている場所があった。
見上げれば、コルーシェの重厚で無骨な外殻の継ぎ目から、本物の宇宙と輝く星々が覗いている。
「わあ……すごい。こんな場所があったなんて」
「……ここ、星が見える。静か」
「本当ね……とても素敵だわ」
二人は並んで古びた金属製の資材箱の上に腰を下ろした。排気音の地鳴りが遠くで低く響いているが、この狭い隙間だけはまるで隔離された別世界のように静まり返っていた。
「私、ここに来る途中の船から見た星空がとても好き。マキナの中から見る星も凄かったけれど、あんな風に静かに流れ去る星をじっと眺めたのは初めてで……なんだか、自分がとても小さく思えて、でも不思議と優しい気持ちになれたわ」
レタリアが言葉を選びながらセルディアでの思い出や船旅の話をすると、ロフィは膝を抱えたまま、静かに「うん」と相槌を打つ。
「……それは、楽しい?」
ロフィが純粋な質問を返してくる。レタリアはふっと微笑んだ。
「ええ、とても楽しいですわ。ちょっと怖くて、痛い事もあるけれど」
「……そうなんだ」
ロフィは頭上の星空を、薄い水色の瞳でじっと見つめ返していた。
そんな穏やかな時間が流れていた、その時――
――ぐぅ。
静かな空間に、ロフィの小さなお腹の音がかわいらしく響いた。
当のロフィ自身は空腹という感覚すらよく分かっていないのか、恥ずかしがる風もなく、相変わらず無表情のままぽかんとしている。
(お腹が空いているのですわね……。この服装だし、ロクなものを食べていないのかもしれませんわ)
レタリアは自分のポケットの中に指を滑らせた。そこには、出発の際にミレアから「お守り」として渡された、小さな包みが入っていた。
(……ごめんなさい、ミレア。あなたがわたくしのために持たせてくれた大切なお品ですけれど……いま、使わせていただきますわね)
心の中で密かに謝りつつ、レタリアは丁寧に折りたたまれた小さな包みを取り出し、ロフィの目の前へと差し出した。
「これ、食べてみて。少しだけれど、とても美味しいはずよ」
ロフィは差し出された包みを不思議そうに眺めた。手を出そうとせず、まずは顔を近づけてクンクンと匂いを嗅ぎ、それからおそるおそる両手で受け取ると、不器用に何度もひっくり返して観察した。
それはまるで、「食べ物」という概念や包装を開けて口に運ぶという行為そのものを知らないかのような、あまりにも不自然な仕草だった。
「……あけるの?」
「ええ。そうやって包みをほどいて、中のものを食べるのよ」
ロフィは何も言わず、教えられた通りに小さな指先でそっと包みを握りしめた。食べようとはせず、まるで宝物でも手に入れたかのように、大事そうに胸元へ引き寄せる。
「ロフィ!」
突然、静寂を切り裂くように、少し離れた路地から通る声が響いた。
驚いて振り返ると、暗がりから一人の女性が走ってくるのが見えた。レタリアより少し年上の、ライトブラウンの髪を高い位置でポニーテールに結んだ、キリッとした佇まいの女性だ。
その声が聞こえた瞬間――ロフィの纏う空気がふっと、劇的に切り替わった。
先ほどまでの所在なさげな無垢さや、星空を見つめていた柔らかい雰囲気が一瞬で消え去り、まるで精巧にプログラミングされた機械のように、大人しく従順な姿勢へと変化する。背筋を伸ばし、感情を完全に押し殺した瞳で女性の方を向いた。
「こんなところにいたのね……探したわよ。もう戻る時間だから、行きましょう」
「……うん。キャロル」
女性――キャロルと呼ばれた人物は、レタリアの存在を一瞬だけ厳しい視線で確認したが、立ち入った追及はせず、ロフィの手首を優しく、けれど確実に掴んだ。
「行くわよ」
「……うん」
立ち上がり、キャロルに引かれて歩き出すロフィ。
去り際、ロフィは一度だけ振り返り、レタリアから受け取った携帯食の包みを、その小さな手でギュッと固く握りしめている仕草を見せた。
言葉はなかった。けれど、その水色の瞳が一瞬だけ揺れたのを、レタリアは見逃さなかった。
レタリアはただ、その小さくなっていく背中を、言葉もなく見送ることしかできなかった。
その時、レタリアに聞こえた気がした、小さな呼吸。どこか聞き覚えのある音。
◆◆◆
「おーい! レタリア! こんなところに居たのか!」
入れ替わるようにして、パイプの影から息を切らしたグレインとメリーが駆け込んでくる。
「もう、急にいなくなるから本当に焦ったんだからね! 怪我とかない!? 無事でよかったけど……」
胸を撫で下ろしながら心配そうに詰め寄ってくるメリーと、帽子を押し上げながら呆れたように溜め息をつくグレイン。
「ご、ごめんなさい……ちょっと迷子になってしまって……。でも、大丈夫ですわ……じゃなくて、大丈夫」
「まったく、頼むから目を離さないでくれよ。……で、こんな奥まった場所で何をしていたんだ?」
グレインの問いに、レタリアは頭上の隙間をチラリと見上げ、それから自分の手元を見つめた。
「……ううん、なんでもないの。少し、星を見ていただけ」
そう微笑むレタリアの頭からは、最初にここへ来た目的であった『細身のマキナ』のことなど、すっかり綺麗に抜け落ちていたのだった。
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