悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~! 作:エスカド
翌朝、16セクターのホテルの一室。朝の光が差し込むミーティングルームに、潜入チームの面々が集まっていた。
「それでは、本日の行動について共有いたします」
本国軍特務部隊のプリシラ・ハレヴィ中尉が、ホログラムディスプレイの地図を操作しながらテキパキと告げる。
「私とアデリナ、ランセスの3名は、本日も行政区および本国大使館との調整、各種手続きを進めます。前任者からの情報引き継ぎが完了するまで、表立って動くわけにはいきませんので、本日も別行動となります」
「了解です。手続きも大変そうですね」
グレインが頷く。プリシラは柔らかく微笑むと、自警団の3人に視線を向けた。
「グレインさんたちには、引き続きコルーシェ内部の探索と雰囲気の把握をお願いいたします。……ただし、あまり無茶な情報収集はお控えくださいね」
「分かっています。俺たちに出来る事は限られていますからね」
そんな会話の傍らで、レタリアは一人、まったく別のことに思考を巡らせていた。
本来、昨日確認しようとしていたはずの『細身のマキナ』のことなど、彼女の頭からは綺麗さっぱり消え去っている。そんな事よりも……
(ロフィ……あの子、あの後ちゃんとあのご飯を食べられたかしら。……今日もあんな冷たい場所で一人で座っているのではないかしら)
頭の中を占めていたのは、昨日出会ったアッシュグレイの髪の少女――ロフィのことばかりだった。
「よし、じゃあ今日も昨日と同じように商業区から見て回るか。レタリア、今日ははぐれるなよ」
ホテルを出たところでグレインが声をかけてきた。だが、レタリアは立ち止まり、キリッとした表情で首を振った。
「いいえ。私は一人で行動するわ」
「は? おいおい、レタリア。昨日迷子になったばかりだろうが」
呆れ顔のグレインに対し、レタリアはふふん、と鼻を鳴らしてみせる。
「大丈夫よ。ホテルまでの帰り道も、リニアカーの乗り方ももう完璧に把握したもの。わたくし――じゃなくて、私は学びを得ているのよ? ちょっと見たい場所があるから、後でホテルで合流しましょう!」
「あ、ちょっと待ちなさい!」
メリーが呼び止める声を背に受けながら、レタリアは軽やかな足取りで駅へと走り出した。ちょうど滑り込んできたリニアカーに素早く乗り込み、ドアが閉まる瞬間にホームの二人へ大きく手を振る。
「おい、レタリア――っ!」
グレインが伸ばした手も虚しく、リニアカーは滑らかに加速し、二人を置き去りにしてホームを離れていった。
◆◆◆
リニアカーを乗り継ぎ、レタリアは再びあの物々しい空気が漂う工業区へとやってきた。
作業用マキナがけたたましい重低音を響かせ、資材を運ぶ大型トラックが行き交う騒々しい街並み。レタリアは記憶と端末のマップを頼りに、昨日ロフィと出会った立ち入り禁止フェンスの周辺を散策した。
(あの子……今日はどこにいるのかしら。やっぱり、あんな奥まった隙間に……)
昨日の資材置き場へ向かおうとした、その途中。
昨日とは少し離れた、壊れかけたコンテナの陰。冷たいコンクリートの段差の上に、ぽつんと座り込む小さな影を見つけた。
アッシュグレイのストレートヘアに、どこかサイズが合っていない簡素な薄着。ロフィだった。今日も膝を抱え、焦点の定まらない瞳で地面をじっと見つめている。
「ロフィ!」
レタリアは思わず声を上げ、走り寄った。
ロフィの細い肩がピクリと揺れ、ゆっくりと顔が上がる。薄い水色の瞳がレタリアの姿を映し出した瞬間、ほんのわずかだけ、その瞳に光が宿ったように見えた。
「……リア?」
「ええ、リアよ! 良かった、今日も会えて」
ぽつりと名前を呼ばれたことが嬉しくて、レタリアの表情がパッと華やぐ。だが近くで見ると、ロフィの肌はやはりどこか青白く、身に纏っている服もあまりに寒々しい。こんな物々しい工業区の路上でただじっと座っている姿を見ていると、胸の奥が締め付けられるように痛んだ。
(こんなところにずっといさせるなんて、いたたまれませんわ……!)
「ねえ、ロフィ。私と一緒に遊びにいきましょう!」
「……?」
ロフィは首を小さく傾げた。レタリアはその華奢な手を取ろうと差し出す。
すると、ロフィは戸惑うような素振りを見せながらも、自らの小さな手をそっと重ね――そのまま、レタリアの指をぎゅっと固く握り返してきた。
伝わってくる頼りなくも温かい体温をレタリアは感じた。
脳裏によぎる、幼き日の妹と手を繋いで歩いた日。
「ふふ、いきましょうか」
手を繋いだまま、二人は工業区をあとにした。
◆◆◆
やってきたのは、工業区と商業区の境界付近にある、小規模だが賑やかなローカルショッピングモールだった。色とりどりのホログラム広告が躍り、香ばしい食べ物の匂いが漂っている。
「まずは……ご飯ね! 昨日のお腹の音、聞いていたんだから」
レタリアはモール内のカフェレストランに入ると、ロフィを景色の良い窓際の席に座らせた。そして、彩り鮮やかなサンドイッチや温かいスープ、甘いジュースをテーブルいっぱいに注文した。
「さあ、召し上がれ」
ロフィは目の前に並べられた料理を、昨日と同じように珍しそうに観察していた。フォークの使い方すらどこかおぼつかなかったが、レタリアが手本を見せると、真似をしてスープを一口含んだ。
「……あたたかい」
「でしょう? 美味しい食べ物はね、お腹だけじゃなくて心まで温かくなるのよ」
レタリアが優しく微笑むと、ロフィは何度も頷きながら、一心不乱にスープやサンドイッチを口に運び始めた。その頬がかすかに朱に染まり、少しずつ表情が柔らかくなっていく。
食後、二人はモール内の服飾店へと立ち寄った。
「もう少し温かくて、可愛い服を買ってあげるわ。ロフィには明るい色合いの服が絶対に似合うと思うの」
ラックに並ぶ色とりどりの服を手に取りながら提案するレタリア。だが、ロフィは自分の着ている簡素な服をキュッと掴み、静かに首を振った。
「……服は、だいじょうぶ」
「え? でも、それでは寒いでしょう?」
「ううん。……これ、あたらしく買ってもらうと……お部屋に持って帰れないから」
ロフィの口から漏れたその言葉に、レタリアは言葉を詰まらせた。「部屋」に持ち帰れば、誰かに咎められる、ということだろうか。レタリアはそれ以上深追いはせず、優しくロフィの頭を撫でた。
「そう……分かったわ。じゃあ、服はまた今度にしましょうね」
その後も、二人はモールの中を歩き回った。小さなゲームコーナーでホログラムの魚を追いかけたり、噴水広場で流れる音楽に耳を傾けたりした。
一緒に過ごす時間が増えるにつれ、ロフィの頑なだった心が少しずつ解けていくのが分かった。言葉数こそ少ないものの、レタリアが話しかけると嬉しそうに頷き、手を繋ぐ力も強くなっていった。
(もっと、色々な場所へ連れて行ってあげたい……)
そうレタリアが思った、その時だった。
ふと、ロフィの身体がピクッと強張った。繋いでいた手に急激に力が入り、ロフィはハッと弾かれたようにモールの2階吹き抜け通路を見上げた。
「……ロフィ? どうしたの?」
ロフィの視線の先――遠くの吹き抜けを横切っていく、ライトブラウンのポニーテール姿の女性。昨日見かけた「キャロル」の姿があった。彼女は何かを探すように、鋭い視線でモール内を見回している。
「……リア、私、行くね」
ロフィは小さな声で、けれどはっきりと意思を込めて囁いた。
「……リアに、いじわるされたくない」
「何を言っているの!? あなたを置いてなんて――」
レタリアが言い終わらない内にロフィは駆け出していく。
その姿を黙って見送るしかなかった。
……幾ばくの時間も経たない内にレタリアは、一つの決意を胸に歩き出した。
一目に付かない様に柱の陰に隠れ、息を殺して歩みを進める。
目線の奥には、背を向けて歩くロフィとキャロルの姿。
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