悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~! 作:エスカド
視界の端で、ライトブラウンのポニーテールが揺れる。
キャロルに連れられて歩き出したロフィの背中は、どこか自ら諦めを受け入れたかのように小さく、痛々しかった。
(このまま……見過ごすわけにはいきませんわ!)
レタリアは意を決すると、二人と十分な距離を保ちながら、物陰から物陰へと足を進めた。
――そして、自らの体内に眠る魔力へと意識を集中させる。
レタリアの魔力感覚は、周囲にある気配や「動きの起こり」を予兆として感知することができた。微細な生命の揺らぎ。それをロフィとキャロルの二人の気配だけに極限まで絞り込めば、混雑した街中であろうと決して見失うことはない。
「……っ」
時折、キャロルがふっと足を止め、周囲に目配せをする。何か尾行のような気配を感じ取っているのかもしれなかった。
だが、その警戒の視線がレタリアを捉えることはない。
彼女が「振り返ろうとする直前の起こり」が、レタリアには事前に見えている。察知されそうだと感じた瞬間に距離を取り、滑らかに壁や巨大なホログラム柱の裏へと身を隠す。
そうして二人は、人波を抜けるようにしてモールから外へと抜け出した。
そこは、小規模ながら活気のある商業区の一角だった。
行き交う買物客や観光客が多く、身を隠すための遮蔽物や雑多な気配に満ちていることは、追跡するレタリアにとって好都合だった。
(ロフィ……)
人混みの隙間から見え隠れする、アッシュグレイの小さな頭を見つめる。
彼女が一体何者なのか、あの簡素な服や「部屋」という言葉が何を意味しているのか、レタリアには何も分からない。
けれど――このまま放置してあの子を冷たい暗闇の中に追い返していいわけがない。それだけは、レタリアは強く確信していた。
だが、歩を進めるにつれて周囲の街並みは色を失い、次第に雰囲気が移り変わっていく。
いつしか二人が足を踏み入れたのは、昨日も訪れた工業区の中だった。
巨大なコンテナや幾重にも重なるパイプラインなど、遮蔽物自体は多い。しかし、けたたましく動く作業用マキナや作業員以外の一般人の姿は激減していた。周囲の目を気にしながらの尾行は、ここから一気に困難になる。
(まずいですわね……このまま追えば、壁があっても気づかれかねません……)
冷や汗を拭いながら身を潜めていた、その時だった。
二人は道路の脇から、地下へと続いている無機質な暗い通路へと向かって歩みを進めていった。
レタリアは遠く離れた大型トラックの陰から、息を殺してその様子を見つめる。
通路の入り口には、いかつい体格の見張りと思わしき男が立っていた。キャロルとロフィが近づくと、男は無言で頭を下げる。男が壁の認証パネルに手をかざすと、重厚な金属製の扉が音もなくスライドして開いた。
二人は吸い込まれるように、その闇の先へと消えていく。
続いて扉が固く閉ざされ、見張りの男が再び正面を見据えて仁王立ちになった。
「……これ以上は、追えませんわね……」
ポツリと呟きが漏れる。
あからさまに見張りが立っているだけでなく、これ以上この人口密度の低い工業区の路地で立ち止まっていれば、流石に不審者として目立ってしまう。
レタリアは、追跡を断念せざるを得なかった。
◆◆◆
胸の中にモヤモヤとしたやるせない気持ちを抱えたまま、レタリアは一人途方に暮れていた。
(ロフィ……わたくしに出来ることは、何もないのですの……?)
繋いだ手の温もりだけが、まだ右手に残っている気がした。もっと強くなければ、もっと知識があれば、あのまま彼女を連れ去ることだって出来たかもしれない。自分の無力さに苛まれながら、当てもなく足を動かす。
そうして歩いているうちに、ふと見覚えのある景色が視界に飛び込んできた。
高くそびえる立ち入り禁止のフェンス。その向こうに見える、工場の敷地。
昨日、ロフィと出会う直前にレタリアが立ち止まっていた場所だ。
遠目に見える建物のハンガー。
昨日、そこには不気味に佇むあの細身のマキナが存在していた。
今、その場所にマキナの姿は無く、がらんとした空洞が広がっているだけだったが――場所はここだ。間違いなく、あの異彩を放っていた機体が鎮座していた場所だった。
(そうでした……わたくしとしたことが、大切なことをすっかり忘れていましたわ……!)
脳裏への衝撃と共に、すっかり抜け落ちていた記憶が一気に蘇る。
あの細身のマキナ。レストフル宙域に現れ、先日の重装機を牽引したという謎の機体。それが、まさにこの工場に置かれていたのだ。そして、そのすぐ目と鼻の先でロフィは座っていた。
(あの地下通路と、この工場……そしてあのマキナ……! 無関係なはずがありませんわ!)
思い出したレタリアは、気持ちを切り替えるように素早く首を振ると、リニアカーの駅を目指しながら、意識して人通りの少ない路地へと移動した。
腕に装着した端末のブレスレットを操作し、連絡先から「グレイン」を選んで通信ボタンを押す。
『――レタリアか!』
通信がつながるなり、スピーカー越しにグレインの焦りと怒りの混ざった声が響いた。
『昨日あれほど無茶はするなと言っておいたろうが! メリーも心配して――』
「そのお説教は後で聞きますわ、グレイン!」
普段のレタリアに戻った毅然とした声で、グレインの言葉を遮る。
「ありましたのよ! 昨日、ここに……あの細身のマキナがありましたの!」
『……なんだと……?』
レタリアの言葉に、通信の向こう側でグレインの声色が変わった。息を呑む気配が伝わってくる。
「分かった、ホテルへすぐ戻ってこい。こちらも動きがあった」
グレインの言葉にレタリアは頷いた。
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