悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~! 作:エスカド
「リア……!」
腕の中で驚愕に目を見開くロフィを絶対に落とすまいと、レタリアはしっかりと抱きかかえ、気配の感じられない方向へと必死に足を動かし続けた。
どれほどの時間を駆け抜けただろうか。複雑に絡み合う配管とコンテナの死角をぬい、完全に追手の気配を感じない静かな一角へと辿り着いた。
「はあっ……はあっ……、はあっ……」
その場にへたり込むように座り込み、ロフィを床へゆっくりと降ろすと、猛烈な動悸がレタリアを襲った。
これほどまでに全力で駆け抜けたことなど、この世界はもちろんのこと、かつていた世界ですら一度だって記憶にない。それも、女の子を一人丸ごと腕に抱えたままである。
動きを止めた途端、全身からどっと汗が噴き出してきた。
「リア、大丈夫……?」
ロフィが小さな顔を覗き込み、心配そうにレタリアの顔を見つめてくる。
レタリアは荒い息を吐き出しながら必死に頷き、数秒間、途切れ途切れの呼吸を整えた。
「ええ……大丈夫……っ、大丈夫ですわ……」
息を整えながら口をついて出たその言葉に、ロフィの薄い水色の瞳が丸くなった。
無理に取り繕っていた変装用のタメ口は吹き飛び、言葉遣いは完全にいつもの「素」の状態へと戻っていた。
自分を凝視する儚げな少女を、レタリアは見つめ返す。その透明感のある瞳は、恐ろしさや濁りの一切ない、とても澄んだ光を宿していた。
「あなたは……ロフィは……大丈夫、ですの……? 怪我などは……」
まだ完全に乱れた呼吸が戻りきっていない状態で、レタリアは優しく問いかけた。
「うん」
ロフィはそっと手を伸ばし、レタリアの指をぎゅっと握り返してきた。
「……リアって、本当はそういう喋り方だったんだ」
ロフィのぽつりとした言葉に、レタリアは恥ずかしそうに、けれど柔らかく微笑んだ。
「ええ、そうですわ……。潜入のために無理をしておりましたの。……わたくしの本当の名前は、レタリアですわ」
――レタリア。
その名を口にした瞬間、ロフィの目が大きく見開かれた。
「レタ……リア……?」
驚愕と困惑の混ざり合った表情を浮かべるロフィ。レタリアの研ぎ澄まされた感覚にも、ロフィの感情がまるで波濤のように激しく揺れ動いたことがはっきりと伝わってきた。
だが、それが一体何を意味しているのかまでは、今のレタリアには知る由もなかった。
「……はい、レタリアですわ。……どこか、おかしいかしら?」
尋ねてみても、ロフィはすぐには反応せず、まるで時間を失ったかのように固まっていた。だが、やがて呼吸をひとつ吐き出すと、その険しい表情をふっと和らげた。
「……どうして……?」
どうして危険を冒してまで自分を助けに来たのか。ロフィの問いかけに対し、レタリアはその薄い水色の瞳をまっすぐに見つめ返し、澱みのない声で告げた。
「あなたを……自由にしたい、と思いましたの」
「じゆう……」
ロフィはぽつりと呟いた。まるで生まれて初めて耳にする言葉であるかのように、どこかひどくなじみの薄い、うつろな呟き方だった。
「ええ。こんな場所から、あなたをどうにかして連れ出さなければ……!」
レタリアは自分に言い聞かせるように呟くと、再び体内の魔力を集中させようと試みた。
生身でありながらマキナの『トレースモード』に耐えうる所からも、レタリアの身体能力は高い。だが、スタミナばかりは肉体の限界に縛られる。
激しい疲労と動悸の中では、流石の彼女も思うように魔力を研ぎ澄ますことができなかった。
(十分に感じられません、ですが、行かないと……!)
不完全な探知に焦りを覚えつつも、ここに留まる危険性は重々承知していた。
レタリアはぎゅっとロフィの小さな手を強く握りしめると、力強く立ち上がった。
◆◆◆
ロフィの細い手を強く握り直し、レタリアは再び歩みを進めた。
なんとか魔力を集中させようと試みるものの、激しく消耗した肉体が足を引っ張り、波紋のように広がる感知の精度は鈍い。周囲の気配を完全には捉えきれていない感覚が、焦りを生む。
ロフィは何も言わず黙ってついてくるが、その足取りはどこかおぼつかなく、頼り気なかった。
(まずはここから脱出することが先決ですわ……!)
腕のブレスレット端末に視線を落とし、事前に共有されていた簡易マップをスクロールする。
複雑な構造をすべて読み解くことはできないが、プリシラが設定してくれたルート案内が薄青い光で示されており、ドックへ戻る道筋自体は把握できた。
だが――歩みを進めるにつれ、レタリアの胸の中に奇妙な違和感が大きく膨れ上がっていく。
(……おかしいですわ。どうして、こんなにも静かですの……?)
つい先ほどまでは、自分たちを追う警備兵たちの怒号や足音がそこかしこに響いていたはずだった。
それなのに、今の通路には不気味なほどの静寂が広がっている。
嫌な予感を拭えぬまま、連絡通路を抜けて少し開けた資材保管エリアへと足を踏み入れた、その瞬間だった。
「っ!?」
眩い光が突如として照射され、レタリアとロフィの姿を激しく照らし出した。目が眩み、レタリアはとっさに片腕で顔を覆う。
光の向こう側――逃げ道を開けた半円状の包囲網を形成していたのは、整然と銃を構える警備兵たちだった。
そして、その中心には二人。
「マレイ、キャロル……」
ロフィが、小さな声で呟く。
「な……位置がバレていましたの……!?」
先回りをされていた事に愕然とするレタリア。その疑問に対し、ポニーテールの女性――キャロルは笑みを浮かべ、前へ歩み出た。
「不思議がることなんてないわ。R1……ロフィの身体には発信機を埋め込んでいるのよ。どこへ逃げようと無駄なの」
キャロルは鋭い眼差しでレタリアを射抜くように見据える。
「……それに、先ほどのあなたの声。メディアで何度も報じられた『暴走令嬢』の声と、寸分違わず一致するもの。声紋認証にかけたわ。……間違いない」
そしてキャロルは一歩踏み出した。
「セルディア、いえ、シンセ・フィブラの……強化人間、レタリア」
「……っ!? 何をおっしゃっていますの!?」
突如突きつけられた単語に、レタリアは叫ぶように言い返した。
「言葉の意味は分かりかねますけれど、人を弄ぶ『強化人間』という悪事を行っているのは、あなた方でしょう……!」
「ふふ、とぼけても無駄よ」
レタリアの言葉を鼻で笑うと、キャロルは冷酷に手をかざし、周囲の警備兵たちへ短く命じた。
「本来の予定にはなかった事だけれど、向こうから飛び込んできてくれたのなら好都合だわ。その『レタリア』も一緒に確保しなさい」
兵士たちが一斉に安全装置を外し、じりじりと間合いを詰めてくる。
万事休すかと思われた、その時だった。
「ロフィ……!?」
レタリアの隣で手を繋いでいたロフィが、ふっとその手を離し、前に向かって歩き出したのだ。
「ロフィ! 戻りなさい!」
叫ぶレタリアを背中で制するように、ロフィはキャロルたちの前に立ちふさがった。
そして振り返ることなく静かに告げた。
「リア……ううん、レタリア。……行って」
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