悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~! 作:エスカド
「これは……マキナ……」
施設の奥深くに位置する密閉区画。無機質な照明に照らし出されたその中央に、1機の機体が静かに横たわっていた。
装甲に飾り気はなく、全体としてやや小柄なフォルムをしている。これまでにアーグリアの部隊と交戦した際にも、あるいはセルディアの地で見かけたどの機体とも異なる、見たこともない姿だった。
装甲部にはどこか武骨な質感が漂っており、彼女がかつて初めて乗り込み、生死を共にしたあの『アーデン』の姿をどことなく思い起こさせる。
「やるしか、ありませんわね」
ここで躊躇している暇など一秒すらなかった。レタリアは意を決すると、タラップを一気に駆け上がり、開かれていたコックピットブロックへと滑り込んだ。
狭い操縦席に身体を沈め、目の前に並ぶコンソールを見据える。
「動いて、くださいまし……!」
アーデンの時と同じやり方で、祈るような心地でパネルに手を触れ、操作する。動くかどうかなど誰にも分からない。賭けのような一瞬だった。
――数秒の不気味な静寂の後。
シューッというエア排出音と共にハッチが自動で閉じ、闇に包まれていたコックピット内に、次々と鮮やかな起動光が灯り始めた。
「っ! 動きますわ!」
安堵の笑みを浮かべ、レタリアが操縦桿を強く握り締めた、まさに次の瞬間のことだった。
「きゃっ!? な、どうなっていますの!?」
レタリアの操作を完全に無視し、銀色のマキナは足元を大きく揺らしながら、勝手に歩き出したのだ。旋回させようとしても、足を止めようとしても、機体は彼女の入力をいっさい受け付けない。格納庫の隔壁に向かって、一直線に突進していく。
◆◆◆
――同時刻、下層区画・データ管理室。
プリシラが上層から仕掛けた完璧なシステムダウンのおかげで、この区画の警備兵たちは異変の対処のために完全に出払っていた。重々しい防壁の奥に潜入したグレインは、誰一人として鉢合わせることなく、目的のデータコンソールへと辿り着いていた。
「……本当にフリーになってるな」
グレインは手際よく小型端末をコンソールへ接続し、目的の極秘データを抽出していく。緑色のアクセスゲージが素早く100%へと到達し、持ち込んだメモリへと保存された。
「よし、データの取得は完了だ……。それにしても、プリシラさんの手際と腕前には本気で恐れ入るな」
グレインは額の汗をぐっと拭いながら、腕のブレスレット端末を操作して通信を繋いだ。
「プリシラさん、データは無事に入手しました。こちらの作業は完了です」
ノイズ混じりの音響と共に、上層の管制室を占拠しているプリシラからの落ち着いた声が返ってくる。
『了解いたしました、グレインさん。ただちに監視カメラの死角を繋いだ最も安全な退路のルート案内をそちらの端末へ送信します。警備兵がパニックから立ち直る前に、速やかに指定のポイントへ戻ってください。私も管制室のデータを完全消去し次第、退避を開始します』
「了解しました。助かります……」
グレインは安堵の息を吐きつつも、ふっと眉根を寄せた。ブレスレットの画面に表示されている味方の生体反応ログに、ひとつの欠落があったからだ。
「……ですがプリシラさん、レタリアの奴が気がかりです。ロフィって子を追って別行動になってから、依然として通信が繋がらない。下層の遮断障壁のせいだとは分かっちゃいますが……」
『ええ、レタリアさんの性格を考えると、ロフィさんを力尽くで救出しようと無茶をしている可能性はありますね。管制室の広域センサーでも彼女の位置を捕捉できていません。しかし――』
プリシラは通信越しに、柔らかくも冷静なトーンで言葉を続けた。
『このままでは二人まとめてアーグリアの増援に包囲されます。まずは合流地点へ――』
プリシラが言葉を言い終えるより早く、ズズズ……と巨大な貨物ステーション全体を途轍もない衝撃が襲った。
地響きのような破砕音と、金属が悲鳴を上げて引き裂かれる重厚な音が、壁を伝ってデータ管理室全体を激しく揺さぶる。天井から粉塵がパラパラと舞い落ち、グレインは思わず壁に手をついて身をかがめた。
「くっ……こ、これは!? 一体何が起きた!? プリシラさん、何かトラップでも起動させたんですか!?」
『いいえ、私ではありません! 管制室のシステムによる揺さぶりではありません……! 待ってください、……これは、レタリアさんですか!?』
「レタリア!?」
グレインが目を見開いた直後、緊急割り込みの通信回線を通じて、大音量の悲鳴が二人のブレスレットから響き渡った。
『グレイン! プリシラさん! どうなっていますのー!? この子、勝手に動きますのーーーっ!!』
緊迫した敵地での潜入任務にはあまりにも似つかわしくない、お嬢様の悲鳴だった。
◆◆◆
レタリアは完全に混乱していた。
「止まりなさい! 止まりなさいと言っていますでしょうー!?」
乗り込んだマキナは確かに動いた。動いたのだが、その動きは彼女の操作を完璧に無視し、ステーションの内壁や保管庫の隔壁を凄まじい勢いで突進、そのまま破壊しながら突き進み続けていたのだ。
(これでロフィを力尽くで助け出そうとも考えましたけれど、最早それどころではありませんわーーっ!)
銀色の機体は意思を持った獣のように進路を変えない。レタリアはただただ、グレインやプリシラ、ドックで待っているメリーたちを自分の暴走に巻き込んでいないことだけを必死に祈るばかりだった。
銀色のマキナは止まることなく暴走し、遮る装甲壁や配管の束を次々と粉砕しながら進み続ける。
「ひいいい〜!! お願いですから止まってくださいましーー!!」
レタリアが涙目になりながら叫んだ、その瞬間。
ガコンッ! という重い金属打撃音と共に、唐突にマキナがピタリと動きを止めた。
「と……止まった……?」
あまりの衝撃に前のめりになりながら、レタリアはおそるおそる息を整え、メインモニターを見渡した。
先ほどまで壁を破壊し続ける光景が広がっていた全周モニターには――工場の破壊跡などではなく、見渡す限りの漆黒と、そこに散らばる無数の輝く星々が映し出されていた。
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