悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~! 作:エスカド
「や、やっと止まったと思ったら……外に出てしまいましたわ……」
レタリアは、全周モニターにどこまでも広がる無数の星々と漆黒の宇宙空間を前に、呆然と呟いた。
つい先ほどまで壁を破り続けていたはずの猛進が嘘のように止まり、漆黒の空間にポツンと一機のマキナが浮遊している。
『レタリア! 聞こえるか!?』
不意に、腕のブレスレット端末からノイズ混じりにグレインの焦りを含んだ声が響いた。
『一体何があった!? ステーションの外壁が吹き飛んだぞ!』
「えーと……その……ここにあったマキナを一機、拝借いたしましたわ……」
冷や汗をダラダラと流しながら、レタリアは正直に答えた。
通信の向こう側で、グレインの深いため息が聞こえてくる。
『……そうか。いや、もう何も言うまい。……それで、ロフィという少女はどうなった?』
グレインは喉まで出かかった言葉を飲み込み、静かに尋ねた。
「一度は連れ出せましたけれど……彼らの手に、戻ってしまいましたの……」
レタリアの言葉は力なく沈んだ。自分を庇って立ちふさがったロフィの姿が脳裏をよぎり、胸が締め付けられる。
『そうか……悔しいだろうが、こちらは当初の目的を達している。君もただちに脱出するんだ』
そこへ、プリシラの声が割り込んできた。
『ちょうど良かったです。レーダーを見ると、レタリアさんはステーションの外へ出られているのですね? その強奪したマキナを使って、指定するポイントまで移動してください。レタリアさんが派手に暴れてくださったおかげで、私たちも無事に脱出できそうです』
プリシラが優しく告げると同時に、レタリアのブレスレットから立体的なホログラムマップが投影された。彼女が目指すべき合流ポイントへのルートが、薄青い光のラインで示される。
「わ、分かりましたわ……」
レタリアは気持ちを切り替えると、『いつものように』身体の動きと機体を同期させて動かそうとした。
「あ、あれ……?」
だが、機体はピクリとも動かない。
「動かしづらい……いいえ、まったく反応しませんわ……!?」
慌てて周囲のコンソールやパネルを触ってみるが、システムの電源は正常に点灯している。そこで、レタリアはハッと重大な事実に気づいた。
「そうでした……! この子は『トレースモード』ではなく、『マニュアルモード』なのですわ!!」
◆◆◆
ロフィの身柄を確保したフィンドレーとキャロルたちは、プリシラの暗躍による大規模障害からの復旧作業をようやく終えていた。
だが、暴走したマキナが引き起こした激しい揺れによってステーション内部は大きく損傷し、外壁には巨大な穴が開いてしまっている。
予期せぬ事態にアーグリアの警備兵たちはパニックに陥っていたが、フィンドレーの指揮のもと隔壁が速やかに閉鎖され、応急処置が進められていた。
「状況は?」
荒れ果てる通路の中、フィンドレーが落ち着いた様子で警備兵に尋ねる。
「はい、侵入者は『レタリア・アーデニアム』を含む数名だった模様です。管制室への侵入が確認されておりますが、恐らく……」
「データ管理室が目的か」
フィンドレーの先回りの言葉に、警備兵はハッとして言葉を詰まらせながら肯定の首を振った。
そこへ、端末を確認していたキャロルが歩み寄ってくる。
「フィンドレー……『カドゥクス』が起動しています」
その報告に、フィンドレーの眉がわずかに動いた。
「なに……まさか、奪われたのか?」
キャロルが苦々しい表情で黙って頷くと、フィンドレーの顔つきが一気に険しくなった。
「……『レタリア』か。暴走令嬢の異名に違わない破天荒ぶりだな。シンセ社もまともに制御できていないのではないか……?」
半ば呆れ気味にそう呟くと、フィンドレーは傍らに佇む深緑の髪の青年――マレイへ視線を向けた。
「マレイ、『カドゥクス』を確保しろ。もし確保が困難であれば……破壊して構わん」
「はっ」
マレイは短く応えると、感情の窺えない瞳のまま出撃ハッチへと向かって歩き出した。
「私もマレイの援護へ――」
あとに続こうとしたキャロルだったが、フィンドレーが静かに手を出してそれを制した。
「今後の対応を練るのが先だ。それに、M5がレタリア相手にどこまでやれるかも気になるところだからな。……君はR1を連れて本社へと戻れ。君に何かあっては困る。私は後から追いつく」
その指示に、キャロルはハッとした表情をしてから深々と頭を下げる。
「連中に後れを取るわけにはいかん。R1を上手く調整しろ、期待しているぞ」
「はい、必ず……!」
去っていくフィンドレーの背中に向けて、キャロルは強く声をかけた。
◆◆◆
「くっ……! 動いてくださいまし……!」
カドゥクスのコックピット内で、レタリアは慣れない操縦桿で必死に操作していた。
「今まで『まにゅあるもーど』なんて、シミュレーターでほんの少し動かした程度ですわよ……! まっすぐ動かすだけで精一杯ですわ……!」
ぶつぶつと文句を言いながら、ブースターを吹かして機体を合流ポイントへと前進させる。
普段のように感覚で機体を四肢のごとく操る『トレースモード』へ切り替えようと模索したものの、この機体のどこにそのスイッチがあるのか分からない。そもそも、軍用・一般用を問わずマキナの多くはマニュアル操作が標準であり、トレースモードは基本的に搭載されていないのが常識だった。
今までトレースモードに特化して操縦してきたレタリアにとって、マニュアルモードでの本格的な実戦操縦はほぼ初めてであり、素人同然と言ってよかった。
それでも、最低限の移動手順だけは頭に入っていたため、かろうじて機体を前進させていたのだった。
(すぐに追手が来るはずですわ……それまでに何とか合流場所へ逃げ込まなければ……!)
グレインたちとの通信は一度途絶えていた。彼らも施設からの脱出で手一杯なのだろう。
(ロフィ、無事でしょうか……あの子を一人にして……)
捕らわれた少女の身を案じ、視線を落としそうになった――その瞬間。
レタリアの感覚が、右側面から『気配』を察知した。
「っ!?」
反射的に操縦桿を強引に倒し、ペダルを深く踏み込む。
一瞬遅れて、カドゥクスが先ほどまで存在していた空間を、青いフォトンの閃光が音もなく切り裂いて走り抜けた。
不慣れな緊急回避によって、慣性制御が追いつかない機体内でレタリアの身体が激しく揺さぶられる。パイロットスーツすら着用していない生身の身体に強烈なGが襲いかかるが、レタリアは必死に歯を食いしばり、耐え抜いてみせた。
「うぐっ……っ!」
荒い息を吐きながら、レタリアは閃光が放たれた暗闇の方向へと視線を向けた。
全周モニターの彼方――漆黒の宇宙空間に溶け込むように漂っていたのは、ダークグリーンに塗装された一機のマキナの影だった。
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