悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~! 作:エスカド
満天の星々が降り注ぐ、静寂に包まれた夜空の下。
レタリアは一人、風にそよぐ茫洋とした草原の中に立っていた。涼やかな夜風が、彼女の紫紺色の髪を優しく揺らす。
「あれは……」
レタリアの眼前に、一人の人物が佇んでいた。月光を浴びて輝く、美しいライトパープルの髪。それはレタリア自身の髪色よりもどこか明るく、透明感に満ちた幻想的な色彩を放っている。
「ルティル……」
レタリアは妹の名を、小さく呟いた。
だが、その背中は一向に振り返ろうとしない。ただじっと、吸い込まれそうなほど深い夜空を見上げている。その背中からは、何の感情も、表情も読み取ることができない。
レタリアは居ても立ってもいられなくなり、妹の傍らへ向かって駆け寄った。
「ルティル……! わたくしは、あなたに……!」
レタリアは伸ばした手をその華奢な肩へと掛けようとする。
その瞬間、ゆっくりとこちらへ振り返った人物の姿が――月光の影の中で歪み、アッシュグレイの髪をした小柄な少女の姿へと変貌した。
◆◆◆
「はっ……!?」
レタリアは跳ね起きるように瞳を開けた。
目に飛び込んできたのは、見慣れているはずの清潔な天井。
「ここは……」
荒い息を整えながら、レタリアはゆっくりと上半身を起こした。
視界を巡らせると、そこは幾度となく訪れたことのある見覚えのある空間だった。部屋の隅には、観葉植物が静かに佇んでいる。
「……セルディア……」
そこはセルディア内部に位置する、シンセ・フィブラの研究所――その医療室のベッドの上だった。
レタリアは点滴のチューブが外されているのを確認し、身体を滑らせるようにしてベッドから足を下ろした。
静かに歩き始めようとしたその時、プシューと音を立てて医療室の自動ドアが勢いよく開いた。
「レタリアっ……!」
そこに立っていたのは、肩を大きく上下させて息を切らせているミレアの姿だった。
ミレアはレタリアが無事に立っている姿を見るや否や、傍らへと駆け寄ってきた。
「大丈夫なの!? 体のどこかに痛むところは!? 気分は!?」
取り乱した様子でレタリアの両肩をぎゅっと掴むミレア。
「え、ええ……わたくしは大丈夫ですわ。怪我もありません。それよりも……」
レタリアは優しく微笑むと、自分の肩に置かれたミレアの温かい手をそっと包み込むように取った。
「落ち着いてくださいまし、ミレア」
レタリアのおっとりとした声に触れ、ミレアは肩の力を抜いて「ふぅ……」と安堵の息を吐き出した。
◆◆◆
「やあ、お目覚めのようだな、お姫様」
医療室からミレアのプライベートラボへと移動したレタリアを出迎えたのは、壁際の椅子に腰かけていたグレインだった。彼もまた、連絡を受けて急ぎ駆けつけた一人だった。
「わたくしはお姫様ではありませんわ」
軽い返事をするレタリアに、室内にはふっと和やかな空気が流れる。
「脳波に極めて激しい負荷と強い疲労が見られたけれど……本当にどこも異常はないの?」
ミレアが端末のデータを気にしながら重ねて尋ねる。
「ええ、何ともありませんわ! ご覧の通り、至って元気ですわよ!」
胸を張って笑顔を見せるレタリア。ミレアはその瞳にわずかな心配の色を残しつつも、まずは無事に目を覚ましたことに一安心した様子で頷いた。
「君はあのマキナ――『カドゥクス』のコックピットの中で気を失っていたんだ。……最後のあたりのこと、何か覚えているか?」
グレインの真剣な問いかけに、レタリアは小さく首を傾げた。
「え~と……あの緑の大きなマキナから逃げようとして……アデリナさんが助けて下さったのですわよね。そこまでは覚えているのですが……」
それ以上の記憶は白いモヤがかかったように思い出せず、レタリアは眉をひそめて考え込んでしまう。
「ああ。あの後、アデリナ軍曹が敵の足止めをしてくれた隙に、俺たちは何とかここまで無事に戻ってきた。プリシラさんたちは、今もコルーシェの近郊宙域に潜伏して様子を探ってくれている」
グレインが現在の状況を簡潔に伝えた。
「貴女の乗っていたカドゥクスは、こちらのブロックで厳重に収容・隔離しているわ。……解析を進めたけれど、あの機体、アーデンシステムを思わせる特殊なシステムが組み込まれていたみたいなの」
ミレアは視線を少し落とし、苦々しい表情を浮かべた。
「……あのエスカドの機体を思い出させるわね……」
ぽつりと呟くミレアの言葉を聞き、レタリアはハッとしたように思い出したことを口にした。
「そうですわ、思いだしました! あの子、途中でわたくしの操作を受け付けなくなって、勝手に動き出しましたの! それも、その『システム』の仕業ですの?」
「恐らくね。搭乗者に強い負荷を掛ける機体……当然、誰も乗せるわけにはいかないわ」
ミレアは強く言い切ると、静かに言葉を付け加えた。
「――たとえ、これから訪れるのが『この非常時』であったとしてもね」
「非常時……?」
聞き慣れない切迫した響きに、レタリアは首を傾げて聞き返した。
その言葉に、重々しく反応したのはグレインだった。
「ああ。もうじき……俺たちセルディアとアーグリア、いや、コルーシェを相手取った衝突が始まることになるだろう」
グレインの声が、静かなラボの中に重く響き渡った。
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