悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~! 作:エスカド
「……ミレア。いつまでそうして、壁のシミと一体化しているつもりですの?」
居住区『セルディア』。中央広場へと続くメインストリートの真ん中で、レタリア・アーデニアムは腰に手を当てて振り返った。
そこには、普段の理知的で無機質な白衣姿からは想像もつかないような、パステルカラーのピンクと白のフリルが幾重にも重なった、いわゆる「甘ロリ」風のワンピースに身を包んだミレア・イチノセが、魂の抜けたような顔で立ち尽くしていた。
「……なんで、私が……二十五にもなって、こんな……フリフリを……」
「いいじゃありませんの! 普段わたくしにあれこれ小言を仰っているのですから、たまにはご自身もその理屈っぽさを脱ぎ捨てて、可愛らしい格好をしてみるのも一興ですわ。
さあ、しゃきっと歩きなさいまし。わたくしたちの休日は始まったばかりですわよ!」
レタリアは愉快そうに笑い、ミレアの袖をぐいと引く。
事の起こりは、数時間前。定例の身体検査を終えた後の、何気ない会話だった。
◆◆◆
「ミレア、あなたっていつもこの部屋にいますの? 自警団の方々には『きゅうじつ』というものがあると聞きましたわよ」
検査着から、いつもの(といっても支給品の)インナースーツに着替えながら、レタリアが何気なく尋ねた。ミレアは端末から目を離さず、淡々と答える。
「……休みの日にすることなんて、特にないもの。ラボでマキナのデータを整理しているか、新しいパーツの設計案を練っている方が有意義だわ。効率的だしね」
「うへぇ……」
レタリアは心底嫌そうな顔をして、大仰に肩をすくめた。
この女は、血の代わりに『おいる』か『ふぉとん』でも流れているのではないか。
「……決めましたわ。ミレア、今すぐ居住区へ行きますわよ。わたくしの『監視』も兼ねれば、お仕事のうちでしょう? 一石二鳥ですわ!」
「嫌よ。そもそも、あなたの監視任務はもう解かれているわ。今の私はただの研究所主任。……それに、外は騒がしいから嫌いなの」
「あら、わたくしという稀代の令嬢を一人で放り出す勇気がありますの? 何かあったら後悔しますわよ?」
ミレアが「勝手にすればいいでしょ」と突っぱねようとしたその時、ひょっこりと水色とピンクのメッシュが混ざったウェーブヘアーが、扉の影から顔を出した。
「ミレアちゃん! 賛成! たまにはお休みを堪能しなきゃ、脳みそがショートしちゃうよ!」
「ソラ……あなたまで」
技術者仲間のソラ・スカリアまで加勢に回り、二人に押し切られる形でミレアは渋々と承諾した。
しかし、ミレアが最後の手として「私には外に着ていくような適当な私服なんてないわ」と告げると、ソラが怪しく目を輝かせた。
「大丈夫! 私がとっておきを用意するから! ミレアちゃんに絶対似合うやつ!」
ミレアはその言葉を聞いた途端、言葉に出来ない強い『嫌な予感』がした。
そして、その予感は、見事に的中した。
ソラがどこからか持ってきたのは、甘い香りがしてきそうなほどピンクで、砂糖菓子のようなフリルがこれでもかとあしらわれたドレス。
「ついでにレタリアさんは、先日のインタビューで顔が割れちゃってるから、少し変装しましょう。あのパイロットスーツ姿の印象が強いとはいえ、今の髪色と顔立ちだとすぐバレちゃいますからね」
そう言ってレタリアに渡されたのは、ゆったりとしたキャスケット帽に、タイトなパンツスタイル、そしてベスト。
「……ほう。これは新鮮ですわね。男装……というほどではありませんけれど、騎士の訓練着のようで、背筋が伸びる思いですわ」
鏡の前で自分の姿をチェックするレタリア。キャスケット帽に自慢のダークパープルの髪をしまい込み、キリッとした表情を作れば、どこかの中等部の貴公子のような佇まいだ。
対照的に、パステルピンクの地獄(ミレア談)に閉じ込められたミレアは、今にも消えてしまいそうな声で「帰りたい……」と呟いていた。
「……あの子、私にこれを着せるだけ着せて、自分は戻っていったわね……」
ソラはと言えば、「三日徹夜して開発に没頭しすぎて限界……私は寝ます、おやすみなさいミレアちゃん、レタリアさん~……」と、目の下のクマをさらに濃くして、幽霊のように去っていってしまった。
「それにしても、ソラはあんなに小柄なのに、なんで私のサイズの服なんて持っていたのかしら……」
ミレアはふと、恐ろしい事実に思い至った。
この服は明らかにミレアの体格に合わせて仕立てられている。まさかあの子、最初から私に着せるためにこれを隠し持っていたのでは――。
身震いするような悪寒が走った。
ミレアは恐ろしい考えを首を振って振り払い、震える足でレタリアと共に、居住区へと続く超高速エレベーターに乗り込んだ。
◆◆◆
セルディア居住区は、直径十五キロメートルにも及ぶ広大なシリンダー状宇宙都市である。
レタリアたちが普段拠点としている管理局やシンセ・フィブラ社の区画は、居住区の上層階層に位置しており、そこからエレベーターで数分降りることで、ようやく「街」へと辿り着く。
エレベーターの扉が開くと、そこには人工太陽の光に照らされた、眩いばかりの別世界が広がっていた。
「いつ見ても、この曲がった空が不思議ですわ……」
居住区へ来るのはこれまで数回あった。シリンダーの構造上、空を見上げれば反対側の街並みが頭上に見える。それは元の世界でも見たことのない、奇妙で壮大な幾何学模様だった。
二人は先日、ステシアからアドバイスをもらっていた「観光ルート」を巡ることにした。
「まずはここ、『すかい・かすけーど』ですわ!」
最初に訪れたのは、居住区の重力を利用して天井付近から地上へと降り注ぐ、巨大な人工の滝だ。
水しぶきが虹を作り、マイナスイオンが心地よい。
レタリアは「涼やかでよろしいですわね」と満足げに眺めていたが、一方でミレアは、行き交う人々が自分のフリフリ姿を見ているのではないかと戦々恐々としていた。
「次はこちら、『ばいお・ねすと』。千種類以上の『ちきゅう』由来の植物が管理されている場所だそうですわ」
色鮮やかな花々と、計算された緑の香り。
最初は新しい景色に目を輝かせていたレタリアだったが、中盤を過ぎたあたりから、彼女の「美学」が頭をもたげ始めた。
「ミレア。あそこのベンチに座って、少しポーズを取ってみなさいな」
「……は?」
「折角の休日、折角の装いですもの。記録に残すべきですわ。さあ、右手を顎に当てて……!」
「嫌よ。なんで私がそんな……」
「あら。いつもわたくしにあーだこーだと効率や数値を説いているミレアが、いざご自身の番になると何もなさらないのですの? それは不公平というものですわ。さあ、おやりになってくださいまし!」
レタリアに「不公平」と言われ、生真面目なミレアは反論を詰まらせた。
渋々、彼女はフリル満載のワンピースを揺らしながら、花のアーチの下でポーズを取る。
「こうですわ! 指先を頬に当てて、少しだけ微笑んで!」
「……こう?」
「いいですわよ! 最高に良いですわ!」
ミレアは黒髪ロングを後ろで無造作に束ねているが、その切れ長の瞳とクールな顔立ちが、甘い服を着ていることで逆に凄まじい「ギャップ」を生んでいた。
通りすがりの若者たちが「モデルの撮影か?」と足を止め、お年寄りたちが「可愛らしいお嬢さんだねぇ」と微笑む。
テンションが上がりすぎたレタリアのダークパープルの長髪が溢れそうになる。
「レタリア、帽子をもっと深く被りなさいっ」
ミレアは羞恥に耐えながらも必死にレタリアに駆け寄って帽子を深く被せる。
しかし、周囲の人々が見ていたのはレタリアではなく、甘ロリフリフリワンピースの25歳研究所主任だった。
「……レタリア、もういいかしら。視線が痛いわ」
「あら、まだまだですわよ。次はあそこの高台ですわ!」
次第にノリノリになってくるレタリアと、対照的に、魂の光が薄れ、目が死んでいくミレア。
「いいですわね!」「次はこうですわ!」というレタリアの指示が、居住区の広場に響き渡る。
◆◆◆
人工太陽がオレンジ色の「夕暮れ」へと色を変え、街にガス灯のような暖色の街灯が灯り始めた頃。
歩き疲れた二人は、賑やかな屋台街の端にある、古びた赤提灯の店へと辿り着いた。
「……流石のわたくしも、少し疲れましたわ。ミレア、あそこでお食事にしましょう」
そこは、かつての地球食を再現したという串焼きの店『Yakitori』。
バイオ技術で作られた「人工鶏肉」を炭火(を模した高出力熱源)で焼き上げる、セルディア市民の憩いの場だ。
「……すみません、ビールと、盛り合わせを。タレで」
店に入るなり、ミレアはフリフリの袖をまくり上げ、注文した。
すぐに運ばれてきた黄金色の液体を、彼女はゴクゴクと一気に喉へ流し込む。
「……ぷはぁっ! ……生き返るわ」
ジョッキを叩きつけ、串焼きを豪快に頬張るミレア。
甘ロリのフリルドレスを纏った美女が、オヤジのような仕草でビールを飲む。そのあまりのミスマッチさに、レタリアは堪えきれずに噴き出した。
「ふふっ! ミレア、そのお姿でその飲み方……少し淑女的ではありませんわね!」
「……放っておいて。今日は一日分、いえ、一年分くらい恥をかいたのよ。これくらいしないと、神経のバランスが取れないわ」
「ふふ、わたくしもいただきますわ。……ん、この『ねぎま』というもの、意外と深みのある味わいですわね」
男装のようなクールな格好で、令嬢としての優雅さを保ちつつ串を運ぶレタリア。
フリルドレスで、やさぐれたようにビールを煽るミレア。
その姿をみて微笑むレタリア。
「悪くない一日でしたわね」
すこしの間を置き、ミレアが頷く。
「……まあ、悪くない一日だったわ。非効率的だけど」
「あら。来週も、その次も連れ出して差し上げますわよ?」
「それは……ソラに服を返してから、考えるわ」
穏やかな二人の声が、セルディアの人工的な夜風に溶けていく。
立場も、生まれも、性格も異なる二人は、タレの焼ける香ばしい匂いの中で、確かに「休日」という名の魔法を共有していた。