悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~! 作:エスカド
宇宙の静寂を切り裂き、アーデンの残光が猛然と加速する。
レタリア・アーデニアムの瞳はこれまでになく燃え上がっていた。
仲間を傷つけ、自分たちの行く手を阻んだ不届き者、ブラング。彼に向けられた怒りは、アーデンの出力を限界まで押し上げていた。
「覚悟なさいな、不埒者! わたくしの前を遮る無礼、その身に刻んで差し上げますわ!」
迎え撃つブラングの重装甲機が、巨大なガトリングの砲口を向け、再び咆哮を上げる。
凄まじい密度の弾丸が宇宙を埋め尽くすが、レタリアにとってそれは止まっているも同然だった。
『くたばれコスプレ女! 今度こそハチの巣にしてやるぜ!』
狂ったように引き金を引き続けるブラング。
だが、レタリアには見える。
弾道が描かれる数瞬前、ブラングの指が、機体の駆動系が、どの方向へ殺意を向けようとしているのか、魔力的な知覚が正確に捉えていた。
アーデンは大きな曲線を描きながら、弾丸の嵐そのものを避けて進む。一発の掠り傷さえ負うことなく、その距離は一気に縮まっていく。
(……? なんですの、この違和感は)
回避を続けながら、レタリアは眉をひそめた。
当たらないという事実に変わりはない。だが、敵の反応が以前よりも「鋭い」。
こちらの動きにいち早く反応している、合わせている、そんな違和感。
「ですが、避けてしまえば同じこと!」
アーデンがブラング機の眼前まで肉薄する。
◆◆◆
『な……当たんねえ! なんでだ、なんであの激しい動きをして、中身の人間は無事なんだよ! あのコスプレ女、化け物か!?』
ブラングはコックピットの中で絶叫していた。
この機体に搭載されている『未知のシステム』。それを使っているはずの自分ですら、激しい偏頭痛に襲われ、視界がチカチカと明滅しているというのに。
あの紫の機体は、重力無視の機動を平然と行い、あろうことか加速を続けている。
『……っ、クソが! 頭が割れそうだぜ……だが、これならどうだぁ!』
ブラングが機体を強引に旋回させ、ゼロ距離でガトリングを斉射する。
レタリアはそれを最小限の動きで回避し、アーデンの脚部を力強く跳ね上げた。
「当たりませんわよ!」
鋭い蹴りがブラング機の重装甲を捉える。強く重い衝撃が機体を揺さぶるが、ブラングは執念で機体を立て直した。
そして、隠し持っていた武器を向ける。
『かかったな!』
ブラング機の左腕装甲が展開し、内蔵された小型キャノンが至近距離から火を吹く。不意打ち。これまでの戦いでは見せなかった武装だ。
通常なら、回避不能のタイミング。
だが、レタリアの魔力はそれすらも捉える。
ブラングの左腕が動く数瞬前、機体各部に走るエネルギーの脈動を、レタリアは肌で感じていた。
「っ!!」
アーデンは不自然なほど急激な姿勢制御を行い、放たれた熱線を紙一重でかわす。
『……う、嘘だろ!? 今のをかわすのか!? 未来予知でもしてやがるのかよ!』
ブラングの驚愕は恐怖へと変わる。
距離を取ろうとハンドキャノンを連射するが、レタリアはそれすらも全て躱し、間合いを測る。
レタリアは確信する。この距離、この位置。射撃が苦手な自分でも、外しようのない「間合い」。
「逃がしませんわ! 『ふぉとんらいふる』、受けてみなさいな!」
レタリアはアーデンのライフルを構え、FCS(火器管制システム)のロックオンが赤く染まった瞬間に引き金を引いた。
三条の光条が、ブラング機へと吸い込まれる。
一発目は左足の装甲を削り、二発目は胸部を掠め、そして三発目――。
轟音と共に、ブラング機の右肩装甲が盛大に吹き飛んだ。
『何っ!?俺の機体が!!』
アーデンに装備されたフォトンライフルはシンセ・フィブラの現行型、その威力は一般規格のフォトンライフルを上回る。
ブラング機の対フォトン装甲を撃ち抜いたのだ。
「これで終わりですわ!『ふぉとんせいばー』!」
レタリアはアーデンの出力を右腕に集中させ、光り輝くブレードを形成した。
加速の勢いを乗せ、ブラング機の胴体目がけて一閃。
だが、ブラングもまた死に物狂いだった。彼は爆砕された右肩を捨て、残った左腕をあえてブレードの軌道へと差し出した。
激しい金属音と共に、左腕が切断される。
直撃こそ免れたものの、ブラング機の戦闘継続能力は、もはや風前の灯だった。
『くそ……っ、コイツを使ってもダメなのかよ。……頭が、頭が割れる! おぼえてやがれ、コスプレ女!』
ブラングはコックピットの緊急離脱用ブースターを点火。損傷した機体をデブリ群の影へと強引に加速させ、逃走を図った。
「このっ!まだ終わっていませんわよ!」
レタリアが追撃のためにスラスターを焚こうとした、その時。
『――そこまでよ、レタリア。深追いはやめなさい!』
耳元で案ずるようなミレアの声が響いた。
「ミレア! 邪魔をしないでくださいまし! あの不届き者を成敗しなければ、気が済みませんわ!」
『ダメよ。あなたのバイタルも大きく上がっている。……落ち着きなさい、レタリア。輸送船の守りは完了したのよ。戻ってきなさい』
「……っ」
ミレアの言葉に、レタリアは我に返った。
視界の端で点滅する警告アラート。自分の心臓が、早鐘のように脈打っていることにようやく気づく。
乱れる息と心音を、深呼吸と共に押し込める。
「……ええ、そうですわね。戻りますわ」
レタリアはアーデンの出力を落とし、逃げ去るブラングの軌跡を見送った。
怒りが引くと同時に、ドッと疲れが押し寄せる。だが、それよりも優先すべきことがあった。
「ゼイン、ファル! ご無事かしら!?」
レタリアは機体を反転させ、二人のもとへと急行した。
ボロボロになりながらも、ゼインの機体に肩を貸されたファルの機体が、そこに浮いていた。
『……なんとか生きてるわよ。あんたのおかげでね。……助かったわ、レタリア』
『助かったぜ、お嬢さん。あれはただのレイダーと言うには、ちょっと様子がおかしかったが……。
……まあ、今は戻るのが先決だ』
「そうですわね、戻りましょう」
三機のマキナは、夕闇のような宇宙の中を、待機するサーペント号へとゆっくりと戻っていった。
レタリアは、窓の外を流れる星々を見つめながら、少しだけ誇らしげに微笑んだ。
激闘の後の静寂が、コックピットを優しく包み込んでいた。