悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~!   作:エスカド

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30話:少し疲れましたけれど、一晩寝ればこの通りですわ

 セルディア管理局、シンセ・フィブラ専用区画のメディカル・ラボ。

 かつては「脱ぐのは、見えない所でですわ!」と耳まで真っ赤にして抗議していたレタリア・アーデニアムも、今では手慣れた動作で検査着を脱ぎ、予備の衣服へと着替えていた。

 

 周囲には、心拍数や脳波、魔力波形に類する未知のバイタルデータを表示するホログラムが浮遊している。レタリアにとって、これらは魔法の鏡のようなものだ。自分では見ることのできない「内側」を映し出す、不思議な道具。

 

「……ふう。これで終わりですわね。全く、淑女の肌をこうもしげしげと眺めるのは、慎みが足りませんわよ」

 

 私服と言うに少し派手、ドレスと言うには素朴、そんな衣装に着替え終えた。

 こちらの生活で私服を整えつつあったレタリアだが、元の世界から持ってきたドレスの意匠を組み込んだような普段着をソラが数着用意してくれており、好んで着ていた。

 最後のリボンを整え、レタリアは勝ち誇ったように振り返った。その顔には、初期の頃のような過剰な羞恥心は消え、むしろ「検査されること」に一種のステータスを感じているような余裕さえ漂っている。

 

「はいはい、お疲れ様。データは全部取れたわ。……レタリア、あなた、体調はどう? どこか重いとか、感覚がズレているような違和感はない?」

 

 端末を操作していたミレア・イチノセが、珍しく真剣な眼差しを向けてきた。

 レタリアは不思議そうに小首を傾げる。

 

「全く問題ありませんわよ? 昨日の戦いも、最後は少し疲れましたけれど、一晩寝ればこの通りですわ。……わたくしに何かありましたの?」

 

「……いえ。異常がないのなら良いのよ」

 

 ミレアは視線を端末に戻し、何かを飲み込むように言葉を継いだ。

 

「昨日の戦闘は激しかったでしょ。脈もかなり上がっていた。今日はもう仕事もないし、ゆっくりしていてもいいのよ」

 

「あら、そうですの? では、お言葉に甘えさせていただきますわ。ちょうど、わたくしのお腹も休憩を求めておりますもの。……では、わたくしは食堂でゆっくりしてきますわ」

 

 レタリアが軽やかな足取りでラボを去っていく。その背中を見送ったミレアは、彼女の姿が見えなくなったのを確認してから、ふう、と深い溜息をついた。

 

 ◆◆◆

 

 数分後、静まり返ったラボの自動ドアが開き、一人の男が入ってきた。セルディア自警団隊長、グレインだ。彼は重い足音を立て、ミレアのデスクの横に立つ。

 

「……検査は終わったか?」

 

「ええ。本人は『絶好調』だそうよ。その言葉通り、バイタルデータは完璧に平時へ戻ってるわ」

 

 ミレアは椅子を回転させ、大きなメインモニターを起動した。そこには、昨日のサーペント号防衛戦のログ映像が映し出されている。

 

「映像は見てくれた? グレイン」

 

「ああ、確認した。……あの重装機(リーダー)、ブラングの機体だな。妙な挙動をしていた」

 

 ミレアがモニターの一部を拡大し、機体識別コードを照合した結果を表示する。

 

「あの機体、ベースはエスカド社の物だと思う。……けれどほとんどデータが残っていなかったわ。試作機かしら」

 

 それを聞いて、グレインは少し間をおいてから答えた。

 

「エスカドの『ディエン』という機体だ」

 

 その言葉にミレアは眉をひそめた。

 

「知っているの?」

 

 その言葉を聞いたグレインは少しハッとした表情をする。しかしすぐに腕を組み神妙な表情に戻った。

 

「ああ、ログで見たことがある。

 エスカドの軍用のマイナー機。少数生産されたが競合他社には勝てなかった、歴史の中に消えた機体だ。正確な記録が残ってないのも仕方ない」

 

 グレインは端末を操作し、『ディエン』の画像を表示する。

 それはこのブラング機とはカラーリングも異なり、形状も違う。

 少し面影が感じられる程度だった。

 製造は27年前、当然ながら古い機体。

 

 ミレアは自身の調査で一致しなかった事に納得した。

 

「ブラング機はカスタムされているんだろう。

 型落ち機と言えばそれまでだが……腐っても軍用。うまく運用すれば今でも現役で使えない……こともないだろうが。だが、それでもおかしかったな。あの反応は」

 

 グレインの言葉にミレアは頷く。

 

「そう。だからあなたの意見が聞きたかったのよ。ブラングはただのレイダーだけど、腕は確かに悪くない。もちろん、あなた方自警団の敵ではないけれど……」

 

 ミレアは、レタリアのアーデンとブラングのディエンが激突した瞬間のスロー映像を流した。

 

「レタリアのアーデンの『あり得ない反応速度』に、あの重装機は食らいついていた。瞬間的な反応なら偶然の可能性もあるし分かるけれど、ガトリングで追い続けてる。多少腕がたつだけのレイダーが出来る操縦ではないと思う」

 

「確かに。あの図体で重装機なら、なおさらあり得ん反応だ。……自警団のルードに乗る俺の感覚から見ても、あれは操縦技術だけで補えるものじゃない。

 ディエンの反応は、アーデンのブラックボックス……レタリアを介して行われるあの正体不明の制御系と、何らかの関係がある。君はそう思ってるんだろ?」

 

「ええ。けれど、昨日の戦闘ログだけじゃ足りないわ。相手側のログは暗号化されていた上に断片しか拾えなかった。あの機体を接収して、中身を直接調べてみないことには何も分からないわね」

 

 グレインは小さく首を振った。

「一先ずそれまではお預けか。……それで、レタリアの方にも『異常』があったと聞いたが?」

 

 ミレアは、一組のグラフを表示した。

「そうなの。戦闘中の彼女、一時的に脳波が大きく乱れていたわ。波長が大きく強いのは分かるけれど性質は不明。……でも、一日したら完全に正常」

 

 二人の間に沈黙が流れる。

 彼らが心の奥底で疑っていること――それは、レタリア・アーデニアムという存在が、どこかの軍事国家が作り出した「強化人間」や、非人道的な「実験体」ではないかという懸念だ。

 

「……損傷も後遺症も、疲労すら無く元通り、か。ブラングの機体とアーデンに繋がりがあるとするなら、レタリアについても考えてしまう。君はどう思う?」

 

 ミレアは長い指先で顎をなで、慎重に言葉を選んだ。

 

「そうね……。

 あの独特の言動や振る舞いも、そういう特殊な教育――例えば、高貴な身分を演じることで精神の安定を図るマインドコントロールの一種として受けてきた、とも考えられるわ。

 本人はずっと『公爵令嬢』を名乗っているし、あれだけの所作が染み付いているのも裏付けになるわ」

 

 グレインも頷く。

 

 ミレアやグレイン達が彼女に詳しい出自を問わないのも、それが理由だ。

 下手に過去を突っつけば、封印されていた暗示が解けて暴走したり、彼女の精神に過剰な負荷をかける可能性がある。

 今はまだ、このままにしておくのが正解だろうとの事だ。

 

 二人はレタリアの安全と安定を最優先に考え、彼女を「普通の女の子」として扱おうとしていた。しかし、ミレアは一つの懸念を口にする。

 

「けれど、そうなると『所持品』の説明がつかないわね。あの時彼女が持っていた、古代地球の貴族が着るような材質のドレス、見たこともない刻印のある金貨。

 それらはまだしも、あの未知の植物の種や、栄養バランスが極端に偏った乾燥食品……。実験体に、あんなものを持たせる必要がどこにあるのかしら?」

 

「……だよなぁ。そこは俺もずっと引っかかってた、正直分からん」

 

「種のDNA解析も、実はこっそりしてあるの。地球系譜のどの植物とも一致しないわ。

 もちろん他の星系のものである可能性はあるけれどね……。

 年齢についても疑問ね。彼女の肉体年齢は18歳程度、エスカドが倒産したのは20年程前だもの。

 エスカド絡みとは違うような気がするのよね」

 

 考えれば考えるほど謎の多い少女に二人は頭を悩ませる。

 

 二人がそんな、深刻で的外れな「考察」を深めている、ちょうどその頃。

 

 ◆◆◆

 

 管理局の共有食堂は、今日も多くの職員やパイロットたちで賑わっていた。

 レタリアは、いつものように窓際の特等席に陣取っていた。そこに既に友人となったステシアが、新しいトレイを運んできている。

 

「レタリアさーん! お疲れ様です!クラネアへ遠征行っていたそうですね。活躍聞きましたよ!」

 

「おーっほっほっほ! 当然ですわ。わたくしの行く手を阻むなど、百年早いですもの!」

 

 ステシアは嬉しそうに笑いながら、トレイから焼きたてのパンを差し出した。

 

「これ、今日の新作なんです! ステーションで新しく仕入れた雑穀を使ったパンで、この独特の硬さが癖になっておいしいんですよ。どうですか?」

 

 レタリアは優雅な仕草でそのパンを手に取り、まじまじと見つめた。

 そして、一口かじると、少しだけ眉をひそめた。

 

「……? 何だかこれ、似てますわね。わたくしの持っていた保存食に……」

 

 それは、異世界で追放される際、侍女キアラが涙ながらに持たせてくれた、公爵家の兵士用携帯食料によく似ていた。

 

「えっ、保存食ですか? こんなに香ばしいのに?」

 

「ええ。けれど、わたくしの持っていたものよりは数段味が上ですわね」

 

 レタリアはそう言って、どこか遠くを見るような、それでいて穏やかな表情でパンを頬張った。

 

 ラボで自分を「最強の兵器」ではないかと疑う者たちがいることなど、彼女は露ほども知らない。ただ、故郷を思い出しながら、異世界のパンを味わう。

 

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