悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~! 作:エスカド
戦闘から二日が経過したセルディア。
自警団の拠点内にある食堂は、普段なら団員たちの活気に満ちている場所だが、今はどこか張り詰めた空気が漂っていた。
レタリア・アーデニアムは、特等席となっている窓際のベンチに腰掛け、壁一面に映し出されるホログラムのニュース映像を、力なく眺めていた。
宙に浮かぶ光の粒子は、一般居住区で開催される季節のイベントを華やかに宣伝し、続けてシンセ・フィブラの競合他社が誇る新型マキナのCMを流している。かつては魔法の鏡だと思っていたこの映像技術も、今では日常の風景として受け入れている自分がいる。
(……わたくしも、随分と遠くへ来てしまいましたわね)
思い返せば、あの冷たい石畳の上で追放を言い渡されたあの日から、止まることなく走り続けてきた。
廃工場から見慣れぬ天井へ、アーデンに乗って暴れ、また別の場所で戦い、時折この街を歩き、またアーデンに乗る。
公爵令嬢としての矜持を盾に、流されるまま、あるいは意図的に流されながら、この歪で無機質な、けれど温かさも知ってしまった世界に、レタリアはすっかり馴染んでしまっていた。
だが、ここ数日のセルディアは異常だった。
回収された残骸の解析、そして逃走したブラングの行方。自警団の面々は目に見えて慌ただしく、何よりミレアの多忙ぶりは凄まじかった。
「休んではいかがですの?」と声をかけることすら躊躇われるほど、彼女は修羅の如き形相でデータと睨み合っている。
「はぁ……」
重い溜息が、少し豪勢な私服の袖の隙間から漏れる。
脳裏に過るのは、あの宙域で響いた中性的な、透き通った声。
ミレアは相変わらず「ログには何も残っていない」と眉をひそめていた。自分にしか聞こえていない奇妙な声。それが自分の精神の変調なのか、あるいは――。
考えに沈んでいた、その時だった。
「ひゃっ……!?」
不意に、背中に這い上がるような感覚が走り、レタリアの肩が大きく跳ねた。まるで細い指先で脊髄をなぞられたような感触に、椅子から転げ落ちそうになりながら振り返る。
「そ、ソラ様! いきなりそのような悪戯、感心いたしませんわよ!」
そこには、豊かな毛量の水色の髪に、鮮やかなピンクのメッシュを忍ばせた小柄な女性――ソラが立っていた。
「ご、ごめんなさい! そこまでびっくりするとは思わなくて……えへへ、驚かせすぎちゃいました?」
ソラは申し訳なさそうに両手を合わせながらも、はにかんだような笑みを浮かべていた。
だが、その瞳の下には、隠しきれないほど濃いくまが居座っている。
「ソラ様……。まさか、ソラ様もお休みになられていないのではありませんか?」
「えっ? あ、これですか? ばっちりですよぉ! 今朝も栄養ドリンク飲みましたし、ぜんぜん元気です!」
ぐっと親指を立てて見せるソラだが、その声には張りがなく、明らかに無理をしている。
「ちっとも『ばっちり』ではありませんわ。淑女がそのような不健康な有様では良くないですわよ。……よろしいですわ、ソラ様。少しお供なさい」
レタリアはソラの手首を掴むと、問答無用で休息スペースへと連行した。そこには、自警団の福利厚生として設置された自動マッサージチェアが並んでいた。
「ここへ座りなさいな。わたくしも、少しこの文明の利器を試してみたかったところなのですわ」
レタリアに促され、ソラは吸い込まれるように椅子へと腰を下ろした。レタリアもその隣、重厚な椅子に身を預ける。
「自警団のこれいいですよねぇ、揉みの強さが絶妙なんですよぉ……、レタリアさん試した事なかったんですねぇ……」
作動させた瞬間、ソラの体が脱力した。
機械が背中を揉みほぐす動きに、レタリアもまた「っ、……お、おぅ……。これは、なかなか、力強いですわね……」と、淑女らしからぬ声を漏らしそうになる。
「……ねえ、レタリアさん。今度、一般居住区の三番街にできた甘味処、一緒に行きませんか? そこのお団子、ミレアちゃんも絶賛してたんですよぉ」
ソラが微睡むような声で、他愛もない話題を切り出した。
「おだんご、ですの? ミレアが絶賛されるのなら、間違いありませんわね」
「そうなんですっ。それから、そこの近くにある雑貨屋さんも可愛くて。研究所の先輩も行ってみろって教えてくれたお店なんです。……最近、レタリアさんも忙しそうでしたから、美味しいもの食べて、のんびりしましょうよぉ」
ソラは先日の激戦や、レタリアが気にしているであろう「あの声」のことには一切触れなかった。ただ最近の体調や、美味しいお店のこと、今度着てほしい新作の服の話など、穏やかな日常の会話だけを紡いでいく。
(……きっと、気を遣ってくれておりますのね)
レタリアは隣で幸せそうに目を閉じているソラを見て、察した。
ミレアも、グレインも、そしてこのソラも。
彼女が何かに怯え、思い詰めていることを分かった上で、あえてそこに触れず、ただ一人の友人として接してくれている。この世界の「科学」では説明のつかない事象に戸惑う彼女を、温かな日常の側へと繋ぎ止めてくれようとしているのだ。
「……ソラ様。わたくし、お団子だけでは足りませんわよ。その後は、とびきり美味しいお茶も用意してくださるかしら?」
「えへへ、もちろんですっ! 最高のコース、予約しちゃいますねぇ……」
ソラの返事が次第に小さくなっていく。マッサージの心地よい刺激に、彼女の意識は急速に眠りの中へと引きずり込まれていた。
「……お休みになさいな、ソラ様」
レタリアは自分もマッサージの振動に身を任せ、ゆっくりと目を閉じた。
周囲の人々が持つ、当たり前で、けれど深い優しさ。
それこそが、この過酷な鉄の街で彼女が手に入れた、何よりも尊い「力」なのかもしれないと感じながら。