悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~!   作:エスカド

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43話:その呼び名は言わなくてもいいですわよ?

 セルディアの一般居住区。そこは自警団が管理する整然とした区画とは異なり、雑多なエネルギーの匂いと、日々の糧を稼ぐために奔走する人々の熱気に満ちている。

 数日間の休息を経て、レタリア・アーデニアムは、フリーランサーたちが機体を格納する民間の共同ハンガーを訪れていた。

 

 そこには、最新鋭とは言い難いものの、持ち主たちの手によって使い込まれ、無骨な魅力を放つマキナたちが所狭しと並んでいる。その一角に、一際目立つ、継ぎ接ぎの装甲と強化されたセンサーユニットを備えたマキナが鎮座していた。

 

「ゼイン、改めてお聞きしますけれど……そちらのマキナは、なんというお名前ですの?」

 

 レタリアはアーデンのコックピットから降り、タラップの上で首を傾げた。彼女にとって、愛機に名を冠することは、騎士が剣に名を付けるのと同じく、極めて重要な儀式のように思えていたからだ。

 問いかけられたゼインは、布でマニピュレーターを拭きながら、面倒そうに鼻を鳴らした。

 

「名前か? ……ああ、俺は今まで何度も乗り換えをしてるからな。いちいち名付けちゃいられねえよ。愛着が湧きすぎると、戦場で捨てなきゃならなくなった時に足が鈍る。強いて呼ぶなら、『リギュネ』だな」

 

「親方の機体は、レデテル社製の『リギュネ』っていうモデルがベースだから、そのままの呼び名よ。親方がそのスタイルだから、アタシも自分の機体には名前を付けてなかったの」

 

 いつの間にかレタリアの隣に立っていたファルが、自慢のおさげを指先で弄りながら答えた。

 

「そうなのですか。……色々な考え方がありますのね。わたくしには、少し寂しい気もいたしますけれど」

 

 ふと、レタリアは思い出したように周囲を見回した。

 

「ところで、ファルのマキナはどうなりましたの? 今日は姿が見えませんけれど……」

 

 その問いに、ゼインの手が一瞬止まった。彼は少しバツが悪そうに、視線を逸らした。

 

「あー……あれはな、先日の戦闘で損傷がデカすぎた。直せないこともなかったが……」

 

「うぅぅぅ……仕方ないから処分したの!」

 

 ファルが悔しそうに言った。その様子を見てレタリアはどう慰めて良いか分からなくなる。

 

「まあ……。わたくし、そのようなこととは知らず……」

 

「でも今は親方のサポートしてるから大丈夫!そのうち良いヤツ買っちゃうんだから!」

 

 ファルは屈託のない笑顔で笑ってみせた。その前向きさに、レタリアもつられて柔らかな笑みを浮かべる。

 

「そうですわね! わたくしも、ファルの早い復帰を待っていますわよ。その時は、わたくしのアーデンとまた競い合いましょう」

 

「ええ、望むところよ!」

 

 和やかなやり取りが響くハンガーに、出発を告げる電子ブザーが鳴り響いた。

 

「そろそろ仕事の時間だ。お嬢さんも出るんだろ?」

 

「ええ。本日は原生生物の駆除と安全確保の依頼ですわね。……では、宇宙(そと)で落ち合いましょう」

 

◆◆◆

 

 セルディアから離れること数刻。

 一行がたどり着いたのは、デブリというにはあまりに巨大な、一つの小惑星の影だった。その表面には貴重な鉱脈が眠っており、採掘船が到着する前に、周囲を徘徊する原生生物――『リソス・コア』を掃除するのが今回の任務である。

 

 リソス・コアは、生物というよりは歩く鉱石の塊だった。多面体の結晶が不規則に組み合わさったような無機質な身体を持ち、節足動物を思わせる複数の結晶脚が岩肌を引っ掻く金属的な音だけが、真空の静寂に響いている。

 

『全機、散開! 一匹も逃すなよ!』

 

 ゼインの号令と共に、フリーランサーたちのマキナが動いた。

 レタリアのアーデンが、漆黒の宇宙を紫紺の閃光となって駆ける。

 

「汚らわしい岩の化け物ども、わたくしの道を空けなさいな!」

 

 アーデンが小惑星の表面に着地。その衝撃でリソス・コアの群れが波打つ。レタリアは即座にフォトンセイバーを起動した。

 光の刃が暗闇を切り裂き、リソス・コアの結晶体を断ち切る。生物的な鮮血はなく、ただ砕け散った透明な破片が星の光を反射しながら宙に舞った。

 

 少し離れた場所では、ゼインとファルのリギュネが、実弾兵器の嵐を叩きつけていた。

 

『ファル、11時方向!』

 

『分かってる! 熱源固定、ガトリング掃射開始!』

 

 ファルの精密な火器管制により、弾丸の雨がリソス・コアを粉々に砕き、沈黙させていく。他のフリーランサーたちも慣れた手つきで掃討を進め、作戦はつつがなく進行した。

 

 数時間後、小惑星の表面には再び静寂が戻った。

 

『……ふぅ、こんなもんだな。センサーにも動く熱源は残ってねえ。作戦完了だ』

 

 ゼインの声が共有回線に流れると、他の機体からも安堵の軽口が聞こえ始めた。

 

『お疲れさん。これで今夜は美味い酒が飲めるぜ』

 

『噂の暴走令嬢、良い腕であるな』

 

「その呼び名は言わなくてもいいですわよ?ですがわたくしにかかればこんなものですわ!」

 

 いつものように言葉を放つレタリアだったが、次の言葉を飲み込んだ。

 何かが、おかしい。

 あの時のような「声」は聞こえない。小惑星とは全く異なる方向――何もない、宇宙の深淵。暗黒の虚空そのものから、何かがいるような、そんな違和感が押し寄せてきた。

 

「……?」

 

 レタリアはアーデンを静止させ、誰もいない暗闇へと機体を向けた。

 目に見えるものは何もない。センサーも沈黙している。だが、彼女の「感覚」は、その深淵の奥に、確かな重圧を感じ取っていた。

 

『どうしたの、レタリア? また何かあった?』

 

 ファルが異変に気づき、心配そうな声を上げる。

 

「……あちら、何もないあちら側、何かが……。言葉では説明できませんけれど、何かが、わたくしたちを呼んでいるような……」

 

 ゼインは沈黙し、リギュネのメインセンサーをレタリアが凝視する暗黒の深淵へと向けた。受信強度を最大まで上げ、通常なら無視される微弱な帯域まで精査していく。

 

 やがて、ザザ……という耳障りなノイズの合間に、規則的な電子音が混じり始めた。

 

『……救難信号だ』

 

 ゼインの声に、緊張が走る。

 その信号は、弱々しく、しかし絶え間なく、光さえ届かない深い闇の底から助けを求めて響いていた。

 

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