悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~! 作:エスカド
セルディア管理局の巨大な気密ハッチが滑らかに閉ざされ、ハンガー内に空気が満たされていく。
無人機との死闘を潜り抜け、奇妙な救出劇を演じた三機のマキナが、指定のドックへと静かに着地した。
正面のプラットホームには、すでに自警団の面々が揃っていた。中心に立つのは隊長のグレイン、そしてその傍らにはメリー。背後には武装した自警団員や、管理局直属の警察部隊が、ものものしい警戒態勢を敷いて控えている。
グレインは近づいてくる三機を見上げると、短く手を挙げて見せた。
「お疲れ。連絡を聞いて急ぎ駆けつけた」
プシュ、と各機のハッチが開き、レタリア、ゼインとファル、そしてツーインがそれぞれのタラップを伝って床へと降り立つ。
「グレイン、メリーさん、皆様、ただいま戻りましたわ。……まさか、救難信号の先にこのような者たちが縮こまっているとは、思いもしませんでしたわよ」
レタリアは少し疲れた様子で髪を払いながら、牽引してきたコンテナを指し示した。
「道すがら、その入れ物越しにちょいと連中と話をしてみたんだがな、どうにも怯えちまってて要領を得なかった。詳しい事情ってやつは、専門家に任せるぜ」
ゼインの言葉に、グレインは深く頷いた。
すでに警察部隊が動き出しており、リギュネが切り離したコンテナを完全に包囲している。厳重にロックが解除され、ハッチが開かれると、中からパイロットスーツ姿の男たちが一人ずつ引きずり出されていった。
「あ、暴れないでくれ! 俺たちはもう大人しくする!」
「助けてくれたんだ、本当に感謝してるんだよぉ!」
手錠をかけられながらも、情けない悲鳴を上げる男たち。その中に、かつてセルディア周辺の宙域を荒らした男――ブラングの姿があった。
今の彼には、かつての凶暴さも、不遜な態度もない。大人しく警察官に従っていた。
(……これが、あのブラングですの?)
あんまりにもあっけない悪党の幕切れに、レタリアは安堵を覚えるとともに、胸の奥にどことなくやるせない、奇妙な虚しさを感じずにはいられなかった。ブラングの惨めさがその感覚を際立たせているように思えたのだ。
「連中は一度、管理局の警察施設へと引き渡す。もちろん、事態の特殊性を鑑みて、俺たち自警団も合同で尋問を行う予定だ。……その後の処遇については、おそらく管理局の上の連中が裁判にかけるなりして決めることになるだろう」
グレインが今後の流れを淡々と説明する。
彼の合図とともに、メリーと数名の自警団員が警察部隊に同行する形で、ブラングたちを連れてハンガーの奥へと歩き出した。メリーは去り際、レタリアたちに向けて「見事な手際だったわ、ありがとう」と小さく笑いかけてくれた。
騒がしかった一団が去り、広大なドックにはグレインと、戦い抜いたフリーランサーたちだけが残される。
「さて、特別報酬の話だ。手続きはすでに完了している。明日には指定の口座に振り込まれているはずだ。確認しておいてくれ」
「ふふ、やったぁ」
ファルが嬉しそうにその場ではにかんだ。ゼインはその様子を、どこか父親のような、あるいは年の離れた兄のような温かい目で見つめながら、自身の首を鳴らした。
「そいつは助かるぜ。今回はちっとばかし余計な被弾をしちまったからな。装甲の張り替えと、弾薬の補充で結構な額が飛ぶと思ってたところだ」
「……私も、良いものが見られた。特機の動き、そしてレタリア殿の戦いぶり……噂以上だった」
それまで口数の少なかったツーインが、腕を組みながら、その厳つい顔に僅かな満足感をにじませて言った。
「お褒めに預かり光栄ですわ。またわたくしの華麗な『まきな』捌きをお見せできる機会もあるかもしれませんわよ」
「それは楽しみだ」
ツーインは表情を変えないまま、微かに口元を緩めて頷いた。
「それじゃあ、俺たちは機体のメンテもあるし、これでお暇させてもらうぜ。お嬢さん、またハンガーでな」
「ええ、またお会いしましょう!」
「うん! ありがと、レタリア!」
ゼインとファル、そしてツーインは、それぞれに軽い挨拶を交わしながら、心地よい疲労感を漂わせてハンガーを後にした。
◆
残されたのは、静かに佇むアーデンと、レタリア、そしてグレインの二人だけだった。
レタリアは周囲を見回し、ふと覚えた違和感を口にする。
「……そういえば、グレイン。今回はミレアからの連絡がありませんでしたわね? あの方なら、わたくしが帰還した瞬間に、データを寄こせと怒鳴り込んできてもおかしくありませんのに」
その問いに、グレインはふっと苦笑混じりの息を漏らした。
「ミレアか。……流石にここ数日、あいつは激務が続いていたからな。会社(シンセ・フィブラ)側から休めって言われて休んでる。今頃ぐっすりだろうさ、多分な」
「まあ、ミレアが休まれるなんて、珍しいこともあるものですわね」
「今回の件、もし事前に伝えていたら、あいつは間違いなく寝床からすっ飛んできただろうからな。だから、あえてまだ何も言っていないんだ」
「それじゃあ、後で事情を知ったミレアが、ものすごい剣幕で怒るのではなくて?」
レタリアが呆れたように片眉を上げると、グレインは「だろうな」と言って、観念したように肩をすくめて笑った。そのやり取りに、張り詰めていた空気がようやく和らいでいく。
しかし、グレインはふと表情を引き締めると、「そうそう」と思い出したように言葉を続けた。
「その、君の機体――アーデンだがな。明日から数日間、シンセ・フィブラの特別ドックで精密点検をすることになった。少しの間、機体に乗れない日々が続くが、我慢してくれ」
レタリアは少し間を置き、静かに佇む紫紺の機体を見上げた。
「……わかりましたわ。わたくしの最高の騎士(パートナー)ですもの、万全の状態にしてもらうに越したことはありませんわね。ミレアたちに、しっかりとお預けいたしますわ」
「物分かりが良くて助かるよ。点検が終われば、すぐに君に戻ってくる」
グレインの言葉に、レタリアは一歩歩み寄り、公爵令嬢としての気品を崩さないまま、彼の顔を見つめた。
「グレイン。それはわたくしからの言葉でもありますわよ。あなたも、あまり根を詰めてはいけませんわ。ミレアを休ませたのなら、次は顔色の優れないあなたが倒れる番になってしまいますもの。自警団の隊長が不健康では、示しがつきませんわよ?」
レタリアなりの不器用な気遣い。
その言葉に、グレインは一瞬驚いたように目を見張ったが、すぐに年上としての優しい笑みを浮かべた。
「……はは、手厳しいな。だが、その言葉はそっくりそのまま君へと返そう、お嬢様。君も十分無茶をしている、自警団から見ても働きすぎさ」
そう言うと、グレインはレタリアの肩を、ぽん、と親しみやすく叩いた。
「しっかり休むんだぞ、大人しくな」
それだけ言い残し、グレインは書類の端末を片手に、足早にハンガーを去っていった。
「ちょっと……! もう、あなたまでわたくしを子ども扱いして……っ!」
叩かれた肩を押さえながら、レタリアは去りゆく背中に向けて、不満げに頬を膨らませた。
その後、少しだけ頬を緩めた。