悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~! 作:エスカド
「さあ、次はどいつですの!?」
漆黒の宇宙空間に躍り出たレタリアの声が、コックピット内に響き渡る。
彼女の眼前に広がるのは、無数の光条が飛び交う混沌とした戦場だった。
先日の戦闘で壊滅したはずのブラング団の残党たちが、周辺宙域のならず者(レイダー)たちをかき集め、
数の暴力を頼りにセルディア居住区の防衛ラインへと押し寄せているのだ。
迎え撃つセルディア自警団は練度こそ高いものの、四方八方から群がってくる有象無象の数に押され、防戦一方になりつつあった 。
そこへ、一機の旧式マキナが猛烈な勢いで乱入した。アーデンである。
操縦方法など碌に知らないレタリアは、機体に標準搭載されている初心者用の自動補助機能――トレースモードに動きを丸投げしていた。
しかし、本来なら激しすぎて搭乗者の身体をミンチにしかねないその暴れ馬のような機動を、
彼女の肉体は耐えていた、体がコックピット内でバウンドする度に痛みはある、でも耐えているのだ。
元の世界では何の役にも立たなかったあの感覚が、今この瞬間、確かに機能していた。
回避行動が先、攻撃は後付けの体当たり。
その常軌を逸した動きは、敵味方双方をパニックに陥れるには十分すぎた。
『なんだあの動き……照準が合わない!』
『旧型のボロがなんであんな……!』
通信機越しに、レイダーたちの悲鳴に近い声が響く。
射撃は全てデタラメな軌道を描くアーデンに躱され、近づかれれば凄まじい勢いの質量攻撃が待っている。
困惑しているのは敵だけではなかった。
『……あれ、敵じゃないんですよね?』
『……この間のお嬢さんだよな……?』
『どっちに当たるか分からなくて射撃できないんですが……』
陣形を崩された自警団員たちも、目の前で繰り広げられる物理法則を無視したような暴れっぷりに、トリガーから指を離さざるを得なかった 。
そんな混乱を極める通信回線に、部隊を指揮するグレイン隊長の落ち着いた、しかしどこか呆れたような声が割り込んだ。
『各機、イチノセ女史から連絡があった通り、あれは味方だ』
その言葉に、部隊に安堵の空気が流れたのも束の間。
『だが近寄るなよ。巻き添えを食らうかもしれんぞ』
『……了解です(どういう味方なんですか……)』
隊長の身も蓋もない警告に、自警団員たちはアーデンからそっと距離を取った。
周囲の困惑など露知らず、レタリアはただひたすらに眼前の邪魔者を排除していく。
射撃武器の使い方が分からない彼女にとって、頼れるのは己の直感と機体の頑丈さだけだ 。
一機目。
凄まじい推進力で肉薄したアーデンの拳が、レイダー機の側面を無慈悲に殴り抜いた。
装甲が拉げ、ひしゃげた機体がスピンしながら弾け飛ぶ。
二機目。
背部スラスターのブーストを限界までふかし、逃げようとした敵機の真正面から思い切り激突した。
激しい金属音と共に、敵機は為す術もなく沈黙する。
三機目を蹴り飛ばし、レタリアは荒い息を吐きながら叫んだ。
「……次!」 そして――視界の奥に、一際大きな機体が陣取っているのが見えた。
他とは明らかに違う、分厚い装甲に身を包んだ重装マキナだ。
その両腕には、身の丈ほどもある巨大なガトリング砲が構えられている。
同時に、MTIを介して通信に聞き覚えのあるダミ声が飛び込んできた。
『……コスプレ女がァ! なんでまだ生きてんだ!!』
先日の初陣でレタリアを囮にした宇宙海賊、ブラング団のリーダーの声だった。
その言葉を聞いた瞬間、レタリアの眉がぴくりと動いた。
(……またコスプレですわ)
怒りが再燃するレタリアを嘲笑うかのように、重装マキナのガトリングが火を噴いた。
宇宙空間を切り裂く、無数の光の雨。
圧倒的な連射速度から放たれる弾幕が、アーデンを粉砕すべく全方位から降り注ぐ。
通常のパイロットであれば、近づくことすら不可能な絶対的な制圧射撃だ。
『今度こそ墓場に送ってやる! 動けなくなるまで撃ち込んでやるよ!』
ブラングの狂気じみた咆哮が響く 。
だが、レタリアの『直感』は、その致命的な弾幕の軌道を本能レベルで読み切っていた。
(来る……!)
アーデンが、レタリアの動きに合わせて滑る。
右へ、左へ、上へ、下へ。
(また来る……!)
死の光条が機体を掠めるが、直撃は一発もない。
アーデンは弾幕のわずかな隙間を、流れるようなステップで縫うように進んでいく。
『なんで当たらないんだ!?
虎の子のガトリングだぞ!』
焦燥に駆られたブラングの声が裏返る。
いくら弾をばら撒いても、まるで未来を予知しているかのように躱されるのだ。
絶え間ない高Gに耐えながら、レタリアは強く思っていた。
(……この子、怒ってますわよ)
これもレタリアが勝手に思っているだけだ、だがそれが真実なのだ。
彼女は迷うことなく、アーデンのスロットルを全開に押し込んだ。
「わたくしも、怒ってますわ!!」
一気に距離を詰め、絶対的な死角へと潜り込む。
ガトリングの砲身が追いつかない至近距離。
アーデンの鋼鉄の拳が、ブラング機のコックピット正面を正確に捉えた。
「コスプレコスプレうるせーですわー!」
――ドゴォォォン!!と、渾身のパンチが炸裂する 。
凄まじい衝撃に、重装マキナが大きくのけぞる。
「よくも!」
――もう一発パンチ。
装甲がひしゃげる不快な音が響く。
「このわたくしを!」
――さらにもう一発パンチ。
警告アラートがブラングの通信越しに鳴り響く。
「囮なんかにしてくれましたわね!」
――下からカチ上げるような強烈なアッパー。
重装マキナの巨体が宙に浮く。
『ひぃ!? な、なんなんだこいつ!!』
「この子も怒ってますわよ!」
――追撃のキックが、機体の腹部を深々と抉る。
『舐めるなァ!!』
装甲の厚さに助けられ、致命傷を免れたブラングが悪あがきに出る。
機体の質量差がある、ブラング機はかろうじて態勢を立て直す。
ブラングは手に持っていた巨大なガトリングの砲身を鈍器代わりにして、
アーデンへと力任せに振りぬいた 。
当たればただでは済まない一撃。
しかし――ブラングがその動作を取る前から、既にアーデンは動き出していた。
レタリアの魔力は、敵の殺意の向きから次の行動を完全に先読みしていたのだ。
振りぬいた重厚な砲身は、無惨にも虚空を叩く。
体勢を崩したブラング機。その隙を、レタリアが見逃すはずもなかった。
アーデンの両腕が、ブラング機の頭部ユニットをガッチリと掴んでいた。
「悔い改めなさいまし!!」
アーデンはそのままスラスターを全開にしてその場で猛烈な勢いで回転し始める。
発生した暴力的なまでの遠心力。
限界まで加速がついた瞬間、レタリアは掴んでいた手を離した。
遠心力に任せて投げ飛ばされたブラング機は、まるで弾き飛ばされた小石のように、夜空の彼方へとすっ飛んでいった。
『ぎゃああああああああっ……!』
哀れな賊のリーダーの断末魔が、ノイズと共に遠ざかっていく 。
やがて、その姿は虚空の奥へ見えなくなった。
レタリアは、荒い息を吐きながらゆっくりと星空を見渡した。
誰も襲ってこない。
ボスの無惨な末路を見て蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていた。
(……終わりましたの?)
先日以上に暴れたレタリアの体は、最早痛みを感じる余裕もないほどに疲労していた。
レタリアはコックピットの中でぐったりと背もたれに沈み込んだ。
高飛車な令嬢としての体裁を保つ余裕すらない。
だが、その胸の内には、これまで感じたことのない奇妙な達成感と爽快感があった。
彼女は、計器類が静かに明滅するコンソールパネルにそっと手を触れた。
「……アーデン、お疲れ様ですわ」
誰に聞かせるわけでもない、心からの労いの言葉。
それに答える者はなく、ただ静かな宇宙の瞬きだけが、彼女を包み込んでいた 。