悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~!   作:エスカド

69 / 71
68話:終わらせる……? ええ、そうですわね。終わらせますわ、わたくしの勝利で!

 凄まじい勢いで飛び出したアーデンに対するイーサンの愛機、白とグレーを基調とした汎用中量型マキナ『リバスト』は、驚くほど静かに、しかし無駄のない動きで距離を取る。

 

 直後、リバストのフォトンライフルから放たれた光条が、アーデンの移動先を正確に掠めた。

(――やはり、この感覚……!)

 かつて模擬戦でイーサンと戦った際、レタリアは彼の「正確無比、かつこちらの先を読む射撃」によって、知らず知らずのうちに移動先を誘導され、追い詰められた苦い記憶がある。

 

 だが、今のレタリアはあの頃の素人ではない。

「当たりませんわーーーっ!」

 レタリアは鋭い空間知覚――魔力による直感で、リバストの銃口の指向と、その未来の射線を五感で察知していた。弾道が文字通り「視える」彼女は、空間を爆ぜるような急制動とステップで、次々と放たれる光条を紙一重で回避していく。

 

 しかも、今のレタリアは回避一辺倒ではなかった。

 アーデンが右腕のフォトンライフルを掲げ、リバストに向けて激しい対空砲火を浴びせる。

 その射撃自体は、マキナの火器管制システムのロックオンに頼り切った、いわば素人同然の直線的なものだ。並のパイロットならともかく、イーサンほどの達人であれば、機体を軽くスライドさせるだけで容易にいなせる代物。

 

 しかし、リバストのコックピットで、イーサンは目を見張っていた。

(……決して、守りに入らない。こちらの射撃の合間、最も嫌なタイミングで『牽制』として弾幕を置いてきているな。……本当に、恐しい成長速度だ)

 ただの素人だった令嬢が、実戦を経て、自警団のトップを相手に「戦闘の呼吸」を合わせようとしている。その事実に、イーサンの唇が自然と吊り上がった。

 

 その時、シミュレーターの筐体そのものが激しく振動し、内部から何かがぶつかる鈍い音が響いた。

 レタリアが操るアーデンは、パイロットの四肢の動きをダイレクトに機体へと伝える、高負荷の『トレースモード』だ。コックピットの中で、私服姿のレタリアは髪を振り乱し、全身の筋肉を躍動させてシートの中で激しく動き回っている。重力や加速によるGこそ発生しないシミュレーターだが、機体を動かすために彼女自身が消費する運動量は、実機と全く同じなのだ。

 

「うわ、またやってるよお嬢様……」

 ラジェルが苦笑交じりにホログラムを見上げる。

 

「やっぱり、トレースモードでアーデンをあそこまで扱いきってるの、すげえよなぁ……」

 アランドが感心したようにつぶやくと、ヘルタも深く頷いた。

「知ってはいたけど、実際に目の前で見るとほんと呆れる。普通のパイロットなら、あの激しい動きを全身でトレースし続けるだけで、三分と持たずにスタミナが切れるよ」

 団員たちにとって、彼女のその規格外の「頑丈さと気合」は、今や知るからこそ感嘆せざるを得ない、敬意の対象だった。

 

 宙域を舞うアーデンは、リバストの猛射を文字通り「紙一重」で躱しながら、その距離を急速に詰めさせていく。

(ここですわ……格闘戦に持ち込みます!)

 レタリアがフォトンセイバーの出力を上げ、一気に間合いを潰そうとした、その瞬間。

 

「甘いよ、お嬢さん」

 

 リバストのメインスラスターが猛烈な輝きを放ち、あろうことか、射撃特化に見えたリバスト側からアーデンへと急速接近してきたのだ。

「なっ……!? 自ら間合いを詰めて……!?」

 予想外の突撃に、レタリアは一瞬だけ目を見開いた。だが、彼女の魔力は、驚きよりも早く「イーサンの次の動き」を捉えていた。

 

 リバストが右腕のフォトンセイバーを抜き放ち、アーデンの首元へ向けて鋭い斬撃を繰り出す。

 きらめく光の刃。レタリアはそれを最小の動きで回避しようとしたが、直後にリバストの動きの予兆を捉える。

(違う……! それは本命ではありませんわ!)

 

 イーサンの狙いは、斬撃の陰――リバストの左腕に隠されるように仕込まれていた、小型実体ブレードだった。セイバーを囮にし、死角から防御困難な実体刃でコックピットの駆動系を破壊する、あまりにも老獪で容赦のない、イーサンの実戦技術。

 

「おーっほっほ! 見えていますわよ!」

 

 レタリアは私服の背中をシートに叩きつけるようにして、アーデンの姿勢を強引に大きく変化させた。

 推進力を下方に爆発させ、機体の胴体を大きく後方へと仰け反らせる。そして、空いた前面に向けて、アーデンの強靭な右脚を上方へと跳ね上げた。

 見事なバックフリップの挙動を描いた、猛烈な蹴り上げ――!

 

 激しい衝撃が両者に降り注いだ。

 

 金属が激しく激突する衝撃音が、仮想空間に響き渡る。

 意表を突かれたのはイーサンの方だった。リバストの左腕から突き出されていた小型ブレードは、アーデンの足の裏によって完璧に捉えられ、軌道を大きく逸らされる形で上方へと蹴り飛ばされたのだ。

 

「何っ……!?」

 イーサンの声に、初めて明確な動揺が混じる。

 

 衝撃により、アーデンの脚部装甲にも「軽微な損傷」のアナウンスが流れるが、そんなものは実質的に無傷も同然だ。

 仰向けに近い歪な体勢のまま、レタリアは一切躊躇うことなく、右腕のフォトンライフルをリバストの至近距離に向けて突き出した。トリガーを限界まで引き絞る。

 

 至近距離からの目眩むような閃光。

 イーサンの超人的な反射神経により、リバストはすぐさま後方へとバレルロールを試みたが、完全に全弾を避けることは不可能だった。

 強烈な光条がリバストの右肩から腕を貫き、モニターに「右腕部・重度損傷。機能停止」の赤い警告灯が明滅する。

 

「うおおおっ!? マジかよ!」

「お嬢様、曹長の右腕を潰したぞ!」

 訓練施設のギャラリーが大いに沸き立った。あのイーサンの裏をかき、逆に一撃を見舞うなど、自警団の中でもそうそうあることではない。

 

 だが、イーサンは流石だった。右腕を失い、バランスを崩しながらも、左腕一本で残されたフォトンセイバーを巧みに操り、アーデンの追撃を完璧に防御してみせる。

 そこからは、互いの意地と技術がぶつかり合う、息をもつかせぬフォトンセイバーと火線の攻防が続いた。

 

「はぁ……っ、はぁ……っ、なんですの……、しぶとい、殿方ですわね……!」

 カジュアルなカットソーを汗で張り付かせ、レタリアは大きく肩で息を切らせていた。トレースモードによる全身運動と、絶え間ない極限の集中が、彼女の肉体から急速に体力を奪っていく。

 

 一方のイーサンは、未だにその呼吸を乱していない。

 機体の損傷判定だけで見れば、右腕を失ったリバストの方が圧倒的に大きい。しかし、パイロット自身の肉体的・精神的な疲労度で言えば、経験に勝るイーサンの方が遥かに余裕を残していた。

 

(やるな、お嬢さん……。ここまで俺を追い詰めるとは)

 イーサンは内心で深く感嘆し、同時に、この素晴らしい才能を持つ少女へ、最大の敬意を払って終わらせるべきだと決断した。

 

「あ……あなたこそ……、片腕で、よくもまあ……!」

「君も限界のようだ。疲労が溜まっているね。……素晴らしい勝負だった。そろそろ終わらせよう」

 

 イーサンの言葉と共に、リバストが動いた。

 残された左腕で、フォトンライフルを自身の右肩のハードポイントへとマウントする。そして、それをまるで固定式の肩部キャノンであるかのように連射しながら、空いた左手でフォトンセイバーを逆手に抜き放った。

 

 フォトンライフルは、手持ちではなく肩部に装着した状態でもシステム上は発砲可能だ。しかし、火器管制の難度が跳ね上がり、機体の向きを変えなければ射角も極めて狭くなるため、実戦ではおよそ扱いづらい。

 これを近接戦闘のコンビネーションとしてまともに実用化できる技量を持つパイロットなど、このセルディアはおろか、この宙域一帯を探しても数えるほどしかいない。

 

 迫り来る、変則的な肩部からの銃撃と、左手の一閃。

 レタリアの視界が、疲労でわずかに歪む。だが、彼女の魂は一歩も引いていなかった。

 

「終わらせる……? ええ、そうですわね。終わらせますわ、わたくしの勝利で!」

 

 レタリアは、身体を大きく捻りながらリバストの銃撃を回避した。いや、それは完全な回避ではなかった。

 フォトンライフルがアーデンの肩や脚を掠め、装甲が弾ける。だが、レタリアは「駆動系やコックピットに直撃しなければ問題ない」と、被弾を完全に割り切り、最小限の回避だけで最短距離を突き進んだ。肉を切らせて骨を断つ――これまでのスタイルとは異なる凄まじい突進。

 

 向かい合う両機。

 互いのフォトンセイバーが、仮想の宇宙で交差する、その絶対の刹那。

 

「――『ぐらーぶ・あーくす』!!」

 

 レタリアの気迫に満ちた叫びと共に、アーデンの右腕に仕込まれた切り札が起動した。

 あの『レストフル』を消滅させた、空間を歪める一撃。今回のシミュレーター戦では、あの時とは違いほとんどチャージを行っていない。そのため威力そのものは本来の数分の一、かなり出力は下がっている。

 

 しかし――それでもなお、通常のフォトンセイバーを遥かに凌駕する、圧倒的な光の質量。

 激突の瞬間、イーサンの視界が純白の輝きで埋め尽くされた。

 

「……やられたな。見事だ、お嬢さん」

 

 イーサンの微かな苦笑の言葉と共に、リバストは出力の塊となった光の刃によって、フォトンセイバーごと機体を両断された。

 

【SET SETTLED. WINNER: LETARIA ADENIAM】

 

 シミュレーターのシステム音声が、静寂を取り戻したルームに鳴り響く。

 ホログラムの映像が静かに消え去り、そこには、立ち尽くす紫紺のアーデンと、名実ともにセルディアの『最強』を証明してみせた、ひとりの気高き令嬢のデータだけが残されていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。