悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~!   作:エスカド

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70話:えっ……えええええええええええええ!!!?

 よくよく考えてみれば、この『セルディア』に流れ着いてからというもの、レタリアが自身の部屋に誰かを招き入れたことなど、ただの一度もなかった。

 

 ここは彼女にとって、張り詰めたプライドの鎧を脱ぎ、自らの心の内へ沈む為の、誰にも侵されない聖域だったのだ。だからこそ、自分のパーソナルスペースに他人が存在しているというこの感覚は、ひどく新鮮で、どこか奇妙なむずがゆさを伴っていた。

 

(……まるで、あの頃のようですわね)

 

 記憶の底にある、元の世界のアーデニアム公爵邸。その一角にあった自身の部屋を、レタリアはふっと思い出す。

 だが、当然ながら部屋の広さが違いすぎる。あちらの部屋は、今の無機質な居住区の部屋がいくつも収まってしまうほど広大で、贅を尽くした調度品に囲まれていた。そして何より――あの広すぎる空間には、いつも傍に、静かに微笑みながら控えるキアラの姿があった。

 

 不意に胸を過った懐かしい寂寥感。そんなレタリアの微かな変化に気づいてか気付かずか、備え付けの椅子に腰掛けたミレアがこちらを見上げた。

 

「どう? 最近の調子は?」

 

 なんてことのない軽い問いかけだった。

 けれど、レタリアは内心で「はて?」と首を傾げる。ほとんど毎日のようにミレアのラボに入り浸り、検査や調整で顔を合わせているのだ。今更、改まって体調や調子を聞いてくるなんて、いかにも不自然極まりない。

 

 何か別の意図があるのかしら、と疑問が頭をよぎったが、レタリアはすぐにいつもの傲然たる笑みを浮かべ、ふんぞり返って見せた。

 

「そうですわね、極めて良いですわ! 何しろ、たった今もシミュレーターでイーサン様に勝ちましたもの。このわたくしの、華麗なる『ぐらーぶ・あーくす』の前に、あの方も形無しでしたわ!」

 

 ふふん、と誇らしげに薄い胸を張るレタリア。その自信に満ちあふれた、いかにも彼女らしい表情を見た瞬間、ミレアの端正な顔立ちが、ふっと柔らかく綻んだ。

 

「へえ、イーサンに勝ったのね、凄いわ。けれど、すぐに調子に乗るのもあなたらしいわね」

 

 呆れたような、けれど心底愛おしそうな声を漏らしながら、ミレアが不意に椅子から立ち上がる。そして、ベッドに座るレタリアのすぐ目の前まで歩み寄ると、ごく自然な動作で、レタリアの頭へと優しく手を伸ばした。

 

 おもむろに、その細い指先がレタリアの髪を撫でる。

 

「……えっ?」

 

 突然のミレアの行動に、レタリアは一瞬、彫像のように完全に固まってしまった。

 かつての元の世界であれば、公爵家の令嬢たる自分の身体に、平民や他人が気安く触れるなど万死に値する無礼だ。そうでなくとも、プライドの高いレタリアなら、即座に手を振り払って怒鳴り散らしていてもおかしくはない。

 

 しかし、レタリアは抗議の声を上げることも、不快そうに身をよじることもしなかった。ただ目を丸くしたまま、子どもが母親に、あるいは姉に慈しまれるかのようなその温かい手のひらの感触を、じっと静かに受け入れていた。

 

 レタリアの髪を優しく一撫でした後、ミレアはそっと手を離す。

 そこへ、少しの間の静寂が訪れた。二人の間に会話はなく、ただ窓の外でしとしとと降り続く、どこか物憂げな人工雨の音だけが、静かな室内に心地よく響き渡っていた。

 

 人工天体が生み出す偽物の雨。けれど、その冷たさは、今この部屋に満ちている微かな温もりを際立たせるには十分だった。

 

 やがて、ミレアがひとつ、深く息を吸い込む。それは何か大きな覚悟を決めたかのような、張り詰めた気配だった。紫色の瞳が、真っ直ぐにレタリアの目をとらえる。

 

「レタリア。……私の、妹にならない?」

 

「……」

 

 部屋の空気が、凍りついた。

 そこから、数秒の間。レタリアの脳内処理が完全に停止し、ミレアの言葉の意味を理解しようと、思考の歯車が激しく空回りする。

 

 妹。

 いま、この博士は、なんと言ったかしら。

 

「えっ……えええええええええええええ!!!?」

 

 静かな部屋に、鼓膜を突き破らんばかりの絶叫が轟いた。

 普段から喜怒哀楽が激しく、派手な感情表現の多いレタリアであったが、間違いなく、この星の海に流れ着いてからで一番大きなリアクションだった。あまりの衝撃にベッドの上で跳ね起き、信じられないものを見る目でミレアを指差している。

 

 当のミレアは、至近距離でその凄まじい絶叫と驚愕の表情をまともに食らう形になったが、特に驚いた様子はなかった。むしろ、最初からこうなることを完全に想定していたかのように、やれやれと肩をすくめ、耳を軽く指で押さえながら、どこか悪戯っぽく微笑んでいるのだった。

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