悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~! 作:エスカド
「へ?」
ミレアの薄い唇から、彼女の普段のクールなイメージからはおよそ似つかわしくない、ひどく間抜けな声が漏れ出た。
数々の数式を解き明かし、最先端のマキナ技術を牽引してきた天才の脳が、レタリアの刹那の即答によって、完全にフリーズしてしまったかのようだった。
完全に形勢が逆転したその様子を見て、レタリアはベッドの上で小さく胸を張り、実になだらかな動作で口を開く。
「あなたが、そうした方が良いと思って言ってくれたのでしょう? ――なら、わたくしがそれを疑う余地など、どこにもありませんわ」
ふふん、と誇らしげに、しかし確信した声音でレタリアは言いきった。
あまりにも真っ直ぐで、一片の濁りもない信頼の眼差し。それを正面から受け止めたミレアは、普段の冷静さをどこかへ置き忘れたように、珍しくおろおろと視線を泳がせ、逆にレタリアを制止させようとしてしまう。
「で、でも、そんなに早まったら……。もう少し、こう、よく考えた方がいいんじゃないかしら? 戸籍を移すということは、公的な記録に一生残るし、私の親族としての責任や義務も、あなたに発生することになるのよ……?」
論理的であることを信条とするミレアが、あろうことか自ら持ちかけた提案に対して、支離滅裂な防衛線を張っている。完全に混乱の渦中にある彼女をレタリアは見つめ、言葉を重ねた。
「ミレア。あなたが今まで、わたくしの為にならない事をしたことが、ただの一度でもありましたかしら? この世界に放り出されたわたくしに居場所をくれて、剣も騎士も与え、言葉を尽くしてくれた。……もう、そんなことは分かっておりますのよ」
自信満々に、そして誇らしげに微笑むレタリア。その表情には、かつて元の世界で歪んだプライドに縋り付き、誰も信じられずに周囲を睨みつけていたかつての面影はなかった。正しい場所で、正しい人と出会い、愛されていることを自覚した少女の、あまりにも気高く美しい強さがそこにはあった。
そのレタリアの姿をじっと見つめていたミレアは、やがて、自分がどれほど杞憂を抱いていたかを悟ったのだろう。張り詰めていた肩の力が、すとんと抜けていく。
「……そう。ふふ、本当に敵わないわね、あなたは」
ミレアの端正な顔立ちが、今度こそ、心の底から柔らかく綻んだ。
いつもどこか一線を引いていた紫の瞳が、今はレタリアを本当の身内として――守るべき大切な家族として、温かく映し出している。
「ありがとう、レタリア」
「お礼を言うのはわたくしの方ですわよ、ミレア。……ふふっ、これからも宜しくお願いしますわ」
レタリアは少しだけいたずらっぽく首を傾げ、最高の笑みを浮かべて、その名を呼んだ。
「――お姉さま?」
「……っ、その呼び方は、流石にまだ耳に慣れないわね」
ミレアは一瞬だけ驚いたように目を見張ったあと、決まり悪そうに顔を背けた。白皙の頬が、ほんのりと朱に染まっている。普段、ラボで指示を飛ばしている彼女からは想像もつかない、あまりにも初々しい姉としての反応だった。
「なんでよ! せっかくわたくしが可愛らしく呼んで差し上げましたのに、その態度はなんですのー!?」
「可愛らしく、ねぇ……。いつもの高笑いが混ざりそうで、なんだか落ち着かないのよ」
「失礼なことですわ! わたくしはいつだって気高く、可憐ですわよ!」
ぷう、と頬を膨らませるレタリアと、それを見てついに耐えかねたように声を上げて笑い出すミレア。
部屋の外では、相変わらず人工の雨がしとしとと窓を叩いていたが、室内に満ちる空気は、先ほどまでの物憂げな静寂が嘘のように、明るく、そして温かいものへと変わっていた。
ひとしきり笑い合ったあと、ミレアは再びレタリアに向かい合った。
「よし、それじゃあ手続きは私の方で行っておくわね。上の人間への根回しも含めて、明日にはすべて完了させておくわ。……ああ、そうそう。ひとつ伝えておかなきゃいけないのだけど、籍を入れるにあたって、あなたはこれまで通り『アーデニアム』を名乗っても良いし、私の姓である『イチノセ』を名乗っても良いわよ」
優しい口調で語りかけてくるミレア。
「わかりましたわ」
レタリアは素直に頷いた。この世界で過ごすうちにある程度の『お作法』を理解してきていた。そしてこのセルディアという社会において、『イチノセ』という名前を使った方が、今後様々な面で事が運びやすいケースがあるということくらい、想像がつく。
なにより、自分を無条件で庇護してくれた「姉」の姓である。ならば、どちらか一方を選ぶなどという妥協は、このレタリア・アーデニアムの辞書には存在しない。
「決まりましたわ! これからは、両方の良いところを取って――『レタリア・アーデニアム・イチノセ』ですわね!」
完璧な名案だと言わんばかりに、レタリアは腰に手を当てて胸を張った。公爵家の誇りである「アーデニアム」と、新たな家族の絆である「イチノセ」を合体させた、実に見事なフルネーム。
ミレアはじとーっとした半眼でレタリアを見つめ、静かに、しかし明確に言い放った。
「……それは違うわ、レタリア」
「へ? 何が違いますの?」
「名前はそういうシステムでつくものじゃないから、使い分けていいってことよ」
「なんですってー!? わたくしの高貴なひらめきをシステム風情が拒絶するなんて、ふざけるなーですわー!」
再び始まったレタリアの賑やかな抗議の声を聞きながら、ミレアは今度こそ、呆れ果てたような、しかしこの上なく幸せそうな苦笑いを、その表情に浮かべるのだった。