悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~! 作:エスカド
雨上がりの柔らかな光が差し込む、広々とした病室。
そこには、自警団の隊長であり、先の激戦で重傷を負っていたグレインがベッドに上体を起こしていた。そんな彼の元を訪れたレタリアは、パイロットスーツではない、普段通りのゆったりとした部屋着姿で傍らの椅子に腰掛け、彼の顔をまじまじと見つめた。
「お見舞いに来て差し上げましたわ、グレイン。顔色は悪くないようですけれど、本当に大丈夫なんですの? あんな大怪我をなさいましたのに、随分と元気そうですわね」
微笑みながらもどこか心配そうな視線を向けるレタリアに、グレインは肩をすくめて苦笑した。
「ああ。詳しい事は俺自身も分からないが、もう医師からは、室内を出歩く許可が出ているくらいだ。……まあ、マキナの操縦や本格的なトレーニングはまだ止められているがな」
「まあ、驚異的な回復力ですわね。わたくしの元の世界であっても、あのお怪我からここまで短期間で回復するのは難しいですわよ。高名な治癒魔術師の方でもお呼びしなければ、まず不可能ですわ」
レタリアが何気なく口にした「魔術」という言葉。
彼女が異世界から来た人間であり、こちらの科学とは異なる『魔力』という力を持っていることは、すでに隊長であるグレインのように管理局の一部、そしてシンセ社のミレアに近い立場の人物には伝わっている。
「そうなのか? 俺からすれば、科学の力を使わず、言葉一つで傷を塞いでしまう『魔法』とやらの方が、よっぽど凄まじいと思うんだがな……」
グレインが呆れたように、しかしどこか楽しげに呟くと、レタリアは「あれはあれで大変なものですのよっ」と少し拗ねたような反応をする。
自身の魔力に対するコンプレックスが強かった以前なら顔が曇ったかもしれないが、今のレタリアはそうならなかった。
「――ところで、グレイン。わたくし、本日ここへ来たのは、あなたに素晴らしいご報告をして差し上げるためですの」
レタリアは急に座り直すと、これ以上ないほど得意げな、勝ち誇った笑みをその美しい顔に浮かべた。
「本日、訓練施設のシミュレーターで、わたくし、あのイーサン様に勝ちましたわよ! 名実ともに、このわたくしがセルディアの『最強』ですわ!」
「……なんだと……?」
グレインの顔が少し引きつった。
グレインはイーサンに対してすこぶる戦績が悪い。その事実を知っているレタリアは、彼の反応が面白くてたまらない様子だった。
「確かにあいつは強いが、俺だって負け越しているだけで、一度も勝ったことがないわけじゃないからな、まあそれくらいでは――」
「おーっほっほ! 見苦しいですわよ、グレイン! あからさまな負け惜しみは、隊長の威厳が台無しになってしまいますわ!」
慌てて弁明しようとするグレインを、レタリアは楽しげな高笑いで一蹴した。気安く冗談を言い合えるほどに、彼らの絆は深まっているのだ。
ひとしきり笑い、病室に和やかな空気が満ちた頃。レタリアはすっと笑みを収め、少しだけ間を置いて、どこか照れくさそうに次なる言葉を紡いだ。
「それと……もう一つ、ご報告がありますの。わたくし、ミレアの妹になりましたわ」
「…………は?」
グレインは、今度は悔しさとは全く違うベクトルで、限界まで目を丸くした。
「い、妹……? ミレアの……? ど、どういうことだ……?」
あの淡々と物事を進める冷静な博士がレタリアを妹にした。レタリアの言葉の意味が全く分からず困惑するグレインの様子がレタリアにはおかしくてたまらなかった。
「くすくす、そんなに慌てなくてもよろしいでしょう。なんでも『こせき』というものに、わたくしを登録するそうですわ。この世界のシステムに必要だそうです」
レタリアがそう説明すると、グレインは「なるほどな……」と、ようやく喉のつかえが取れたように深く息を吐き、納得の表情を浮かべた。
「戸籍の登録か。……確かに、彼女らしい。シンセ社の研究主任の身内となれば、上層部だってレタリアに無茶な扱いはできなくなる」
グレインはベッドの背もたれに体を預け、窓の外の空を見つめながら、どこか感慨深げに目を細めた。
「だが……本当に丸くなったな、ミレアも。以前のあいつなら、そこまで他人に入れ込むとは考えられなかった。それだけ、君がミレアの心を動かしたってことだろう」
「当然ですわ! このわたくしの魅力に、お姉さまもメロメロということですわよ!」
「はは、お姉さま、ね。本人の前で言ったら、また面白い顔をしそうだ」
「呼んでみたら、そっけない反応でしたわよ。『しおたいおう』ってものではなくて?」
「ああ、それはきっとあいつ、照れてるんだろうな。それが見られなかったのは悔しいな……」
この会話の中で、グレインが最も残念そうに口にした言葉だった。
◆◆◆
「あのー、ソラ様……」
白を基調としたソラの専用ラボ。その一角にある診察用の寝台(ベッド)に横たえられたレタリアは、天井を見つめたまま、なんとも言えない微妙な声を絞り出した。
「はい、もう少しですからね。動かないでくださいね」
柔らかな、しかしどこか有無を言わせぬ調子で応じながら、ソラはレタリアの腕を熱心にもみもみと揉みほぐしている。
かれこれ、もう二十分くらいは経つだろうか。腕から始まり、脚、肩、果ては背中や首筋に至るまで、文字通り全身のあらゆる部位をくまなく揉み回され、捏ね回されている。
「わたくしは先日、あなたとミレアから散々『辱め』を受けたばかりなのですが……」
あの時は、異世界の「魔力」や身体機能を科学的に解析するという名目で、怪しげなセンサーを全身に取り付けられ、あれこれと弄り回されたのだ。最近ではそんな扱われ方(辱め)にも徐々に慣れつつある自分が恐ろしかったが、レタリアは我慢ならず、もみもみを続けるソラにジト目を向けた。
「ふふ、ごめんなさい。でも、レタリアさんが異世界の方だからお体が頑丈だったんだって知ると、もう、お医者さんとしても研究者としても余計に気になっちゃうのが性分なんです……! あの大怪我を負うほどの激しいトレースモードの戦闘のあとでも、筋肉の繊維がこんなに綺麗に保たれているなんて、本当に素晴らしいわ……!」
ソラは、まるで最高級の素材を前にした料理人のように、心底嬉しそうな笑みを浮かべながら、ずっと熱心にレタリアの細い腕をもみもみしている。その純粋すぎる知的好奇心の輝きが、レタリアには少しばかり恐ろしい。
「それにね、レタリアさん。あなたがミレアちゃんの妹になったということは、つまり、私の妹になったということでもあるのよね……?」
ソラが笑みを深め、さらに距離を詰めてくる。だが、レタリアはすぐさま真顔になってぴしゃりと言い放った。
「そうはなりませんわよ」
ええ~と抗議の声を上げるソラを無視する。
結局、レタリアがその甘やかすような「辱め」の手から解放されたのは、それからさらに十五分が経過してからのことだった。
レタリアを揉み尽くし、膨大な生体データを手に入れたソラは、「これでまた新しいスーツの調整ができそう!」と、実につやつやとした、エネルギーに満ちあふれた顔で笑っていた。
嵐のような診察を終え、ほうほうの体でソラのラボを後にしたレタリア。
「……なんだか、この世界に来てからというもの、わたくしいつも良いように弄ばれていませんかしら……?」
自室のベッドへと倒れ込みながら、レタリアはぽつりと不満を漏らす。元の世界ではまるで腫れ物の様になっていた令嬢のはずなのに、この世界の人々は誰も彼もが距離感が近く、遠慮がない。
そうなっている事にもすっかり慣れてしまった。