悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~!   作:エスカド

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75話:美しいですわね……っ。まるで、磨き上げられた一振りの剣のようですわ

 星の輝きすら吸い込むような深い漆黒。

 宇宙自治区『セルディア』のほど近くに広がる暗黒の宙域は、一般市民には決して開示されることのない絶対の秘匿領域だった。自警団やシンセ・フィブラ社が新型マキナのデータ収集や訓練用として共同確保しているこの場所は、周囲を厳重な追跡センサー群に囲まれており、万が一にも外部の侵入者や不審船があれば、警告なしに自動で実弾迎撃を行う無人迎撃システムすら複数配備されている。

 

 そんな静寂と緊張に満ちた戦闘領域のただ中に、二機のマキナが静かに浮かんでいた。

 一機は、先の激戦で失った右腕を取り戻し、それどころか全く新しい姿へと変貌を遂げつつあるレタリア・アーデニアムの愛機『アーデン』。

 そしてもう一機は、次世代汎用モデルとして遂に安定稼働にまで漕ぎ着けた最新鋭プロトタイプ機『ラスタ』である。

 

 通信回線を通じて並び立つ二機のコックピットから聞こえてくるのは、それぞれに異なる理由で上機嫌な二人の少女の声だった。

 

「おーっほっほ! 素晴らしいですわ! あの子が再び息を吹き返し、こうしてまた共にここへ舞い戻れるなんて、これ以上の喜びはありませんわね!」

「わかります、レタリアさん! 私も、ようやく私の実力を100パーセント……いや、120パーセント発揮できる新しい相棒に出会えて、もうワクワクが止まりません!」

 

 レタリアの弾んだ高笑いに、ステシアがいつもの調子で無邪気に声を弾ませて応じる。

 二人がここまで一気にテンションを爆発させているのには、数時間前、シンセ・フィブラ社の秘密ハンガーで交わされた熱いやり取りがあった。

 

 

「遂に、アーデンが治りましたのね!」

 

 シンセ社の重厚な防壁に守られた社用ハンガーへ、レタリアは待ちきれないといった様子で足を踏み入れていた。そのすぐ横には、まるで遠足前の子供のようにつやつやとした笑顔を浮かべたステシアが、嬉しそうに小走りで付いてきている。

「ラスタも遂に動かせるって聞きました! どこですか!? イチノセ博士、私の新しい相棒はどこにいるんですか!?」

 

 広いハンガーの奥で二人を出迎えたのは、白衣を羽織ったミレア、そして彼の傍らに立つ自警団隊長のグレインだった。まだマキナの操縦や激しい運動は止められているものの、病室を出てこうして自分の足で立って話すくらいなら問題ない、と医師から太鼓判を押されたのだという。

 

「いらっしゃい、二人とも。ええ、準備はできているわ」

 

 ミレアがデータパッドから視線を上げ、ハンガーの中央に鎮座する紫紺の機体へと目を向けた。

「ここに、特機計画『レタリエム』のパーツ――といっても、本社の設計データをこちらで強引に形にした、試作の試作。言わばプリプロトタイプのパーツね。これを組み込んだアーデンがあるわ」

 

 その言葉に、レタリアは息を呑んだ。

 目の前に佇むアーデンは、明らかに以前とはシルエットが変わっていた。

 これまでは、この世界におけるごく平凡な量産機『クラフィド』の外装をベースに、ダークパープルの塗装と金色のラインを入れただけのカスタム機だった。それはそれである種のお嬢様らしい優雅な色合いではあったが、中身(フレーム)の怪物っぷりに比べて外格はあまりにも平々凡々としたものだったのだ。

 

 しかし、レタリエムのプリプロトタイプパーツを換装された今のアーデンは違った。

 特に、四肢(手足)と頭部の形状が一新されている。一目で量産機の規格から外れていると分かるその姿は、一応塗装だけ行っているがシルエットはまさに無骨。しかし驚くほど細身で、ただ「戦闘に必要なものだけ」を極限まで詰め込んだ、どこか不気味なほどに鋭利な美しさを放っていた。

 

 レタリアの視線は、恋人に再会したかのようにアーデンへと釘付けになる。

「……美しいですわね……っ。まるで、磨き上げられた一振りの剣のようですわ……」

 

 感嘆を漏らすレタリアの横顔を見て、ミレアはふっと唇を綻ばせた。

「あの『レストフル』のデータの解析が進み、信頼出来る方に任せて時間を取る事が可能になったの。これでようやくこの試作パーツの調整に時間が取る事が可能になったのよ。むしろ、完全な形になるまでは、しばらくはこの不安定な状態でテストを繰り返すことになるわ。一度動かすたびに入念なチェックが必要になるけれど、レタリア……この機体の限界値を引き出せるのは、あなたにしか出来ないわ。頼むわね」

 

 ミレアの、技術者としての、そして「姉」としての信頼が籠もった言葉に、レタリアは力強く胸を張って頷いた。

「ふふふ、任せてくださいまし! 言葉にせずとも分かりますわ。この子も、再びわたくしに乗られるのを心から喜んでおりますのよ!」

 

 その頼もしい様子を温かく見守ったミレアは、次に、隣でソワソワと足を踏み鳴らしているステシアへと向き直った。

「そしてステシアさん。あなたにはこの次世代汎用モデル『ラスタ』に乗って頂きます」

 

 ミレアが指し示した先には、直線的な装甲が美しく噛み合った、最新鋭の白い汎用機が控えていた。

「性能は、自警団の現行機『ルード』を一回り以上強化したものよ。カスタムなしの基本状態であっても、これまでのカスタムルードを上回る性能を想定しているわ。……現行の軍用機『ルザム』にも決して劣らないスペックを、民間用として実現したのがこの機体。ステシアさん、新型の運用データ取り、期待しているわね」

 

 その解説を聞いた瞬間、ステシアは待ってましたとばかりに、全身で喜びのポーズ(ガッツポーズ)をとって元気いっぱいに応えた。

「はーい! この超スーパーエース、ステシアが見事にテストをこなしてみせますよ! シンセ社の未来は私に任せてください、イチノセ博士!」

 

 調子の良いステシアの宣言に、後ろで見ていたグレインが「お前、頼むから初日から機体を大破させるなよ……?」と、頭を抱えて苦笑いを漏らすのだった。

 

 

 そんな賑やかな回想ののち――。

 センサーと無人兵器に囲まれた隔離宙域で、遂に紫紺の特機と、白き次世代汎用機の本格的な合同テストフライトが幕を開けることとなった。

 

 まさに今から機体を動かそう、そんな折……

 

「そういえばミレア、『これ』はなんですの?」

 

 アーデンの後方に小さな浮遊物が付いてきていた。

 

「あぁ、それはね。あなた達のテストフライトを記録するための観測用カメラよ。……まぁ、一応ちょっと特殊なシステムを組み込んであるけれど」

 

 通信回線越しに、ミレアの冷静な声が返ってきた。彼女は手元のホログラムモニターに映し出されるいくつかの数値を手際よく確認し、満足そうに小さく頷く。

 

「うん……位置情報の同期も問題ない、ちゃんと付いてきているわね。大丈夫よ、レタリア。それは気にせず、予定通りにテストを開始しましょう」

 

「うーん、背後にずっと何かがぷかぷかと浮いているというのは、少々気になりますけれど……。ミレアがそう仰るなら、わかりましたわ」

 

 レタリアはアーデンのコックピットの中で、バックモニターに映る小さな球体の浮遊物を怪訝そうに見つめつつも、すぐに気持ちを切り替えた。コンソールを叩き、紫紺の愛機に眠る膨大なエネルギーを呼び覚ましていく。

 

 まずは基本動作の確認からだ。

 二機のマキナが同時に、暗黒の宇宙空間へと躍り出た。

 

「行きますわよ!」

 

 レタリアの宣言と共に、アーデンが鋭い加速を見せる。レタリエムのパーツを組み込まれた四肢は、驚くほど爆発的な推進力を生み出していた。しかし、初めて動かすその感覚は、お世辞にも滑らかとは言い難かった。

 急加速からの完全停止、慣性を無視したかのようなホバリングを試みるが、機体の挙動が以前に比べてあまりにも敏感すぎる。

 

「こ、これは……っ!?」

 

 レタリアは以前のアーデンの感覚で体を動かしたが、機体は彼女の予測を遥かに超えた鋭さで反応し、危うく姿勢を崩しかける。

 隣では、ステシアの駆る白い『ラスタ』もまた、ぎこちない動きで宇宙を泳いでいた。

 

『うわわっ!? ちょっと動きすぎです、ラスタ! ルードの時と同じ感覚でペダルを踏むと、機体がすっ飛んでいっちゃいそうになります!』

 

 ステシアの焦った声が通信を弾ませる。性能が向上したゆえに、ほんの少しの入力で機体が過剰に反応してしまうのだ。

 

 続いて行われたのは、精密動作の確認。あらかじめ宙域に浮遊させてあった、脆い構造のダミーコンテナの運搬・把持テストへと移行する。

 

「物を壊さずに持つ、ですわね。……って、くっ、この、動かないでくださいまし……!」

 

 アーデンは無骨なマニピュレーター(手)を動かすが、パーツのピーキーさが増しているせいで、指先へ繊細に力を伝えるのがひどく難しい。ほんの少し指を動かそうとするだけで、カクカクと大きく動いてしまい、レタリアはやり辛さに小さく歯噛みした。

 元々精密動作は苦手なレタリアは、更に駆動系が過敏になった機体に苦戦している。

 

 ラスタの方も、ステシアもやはり機体の高い応答性に振り回され、コンテナを掴む手元がどこか危なっかしい。

 

 三番目のフェーズである「連携動作・フォーメーションの確認」に入ると、そのぎこちなさはさらに顕著になった。

 

「ちょっと、ステシアさん! なぜそちらへ動きますの!? 私が左側に回り込むと出ていましたわよ!」

『ええっ!? だってレタリアさんのアーデン、加速が早すぎてフォーメーションの基準速度をぶっちぎってるんだもん! 合わせようとしたらラスタの軌道が膨らんじゃって……!』

 

 お互いに機体の位置情報を共有してはいるものの、機体のスタイルも、新機体の出力バランスもまだ掴みきれていない二人の動きは、見事なまでにチグハグだった。綺麗に並んでお互いをカバーし合うような前線構築など、今の段階では到底不可能だった。

 

『……ハァ』

 

 通信回線の向こう側、セルディア内の管制室から、ミレアの深いため息が聞こえてくる。隣に立つグレインは、頭を掻きながら苦笑いを漏らした。

 

『まぁ、想定内だな。初めて動かす新機体で、おまけにあいつらだ。最初から息の合ったコンビネーションなんて期待する方がどうかしている。データリンクの同期が崩れていないだけ、今は良しとしようじゃないか』

 

『そうね……。操作感に関しては二人とも苦戦しているみたいだけど、駆動データそのものは、こちらの予測を上回るポテンシャルを叩き出しているわ。最初のテストとしては、おおむね満足な結果と言っていいでしょうね。……次へ進みましょう。最終フェーズ、射撃テストよ』

 

 ミレアの判断により、二機はダミー標的が漂うエリアへと移動した。

 まずは静止目標への射的。そして、高速移動を交えながらの移動射撃(ラン・アンド・ガン)だ。

 

「わたくしの華麗な射撃、とくとご覧あれ!」

 

 ピーキーな機体を強引にねじ伏せながら、アーデンが携行するテスト用ライフルが火を噴き、遥か彼方のダミー標的を一撃で粉砕……しない。

 射撃の腕は相変わらずであり、3回目の射撃でようやくダミー標的を撃ち抜いた。

 ラスタはステシアが挙動の大きさに戸惑いながらも、次々とフォトンを放ち、複数のダミー標的を正確に撃ち抜いていく。

 

『レタリアは……まあいいわ、ステシアさんは上々ね。これなら、当初の予定よりも早く次のパーツ調整のステップへ――』

 

 レタリアのぐぬぬという悔しそうな声を聞きながらミレアは手元の画面を見つめ、満足げにそう言葉を紡いだ、まさにその時だった。

 

 突如として、アーデンとラスタのコックピット内に、そしてミレアたちのいる管制室全体に、鼓膜を震わせるような甲高い警告音が鳴り響いた。

 ホログラムモニターが明滅し、血のような赤色(エマージェンシー)の文字が激しく点滅を始める。

 

「な、なんですの、この不快な音は!?」

「アラート!? イチノセ博士、何が起きたんですか!?」

 

 レタリアとステシアが同時に声を張り上げる。

 ミレアの表情から、先ほどまでの穏やかさが一瞬で消え去った。彼女は凄まじい速度でデータパッドを叩き、全方位センサーの情報を大画面に展開する。

 

『緊急事態よ! レーダーに反応あり。……セルディア宇宙自治区の外縁から、自治区に向けて接近する何かを感知したわ!』

 

 静寂だった暗黒の宇宙に、一気に一触即発の緊張感が張り詰める。

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