悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~! 作:エスカド
シンセ・フィブラ社の奥深くに位置する、厳重にセキュリティが敷かれた開発室。
ホログラムディスプレイの淡い光が室内の輪郭を浮かび上がらせる中、そこにはミレアと、彼女の先輩にあたるベテラン技術者・スティーブの姿があった。
社内における役職こそ、主任であるミレアの方が立場は上だ。しかし、彼が持つ豊富な経験と卓越した技術ノウハウは、ミレアにとっても深く尊敬すべき技術者としての信頼関係で結ばれていた。
「……なるほど。確かに『アーデンシステム』の影響下に置かれることで、このデバイスも稼働しているようだね」
スティーブが顎に手を当て、感心したように呟く。
彼の視線の先にあるメインモニターに映し出されていたのは、先日のテスト宙域で、レタリアの駆る新生アーデンの後方をぷかぷかと浮遊していた、あの観測用カメラドローンからの映像データだった。
「はい。エレクトラ・デュロの強力なジャミング下であったにもかかわらず、極めて安定していました。映像も音声も、何一つ難なく撮影・記録できていたんです」
ミレアの言葉に、スティーブは深く頷いた。
「あの大型機動兵器『レストフル』、そして『ゾダン』の残骸からの解析が進んだことで、アーデンに秘められていた構造の解析も大きく進んだね。これで我が社の新システム開発への足掛かりになりそうだ」
「はい。……ただ、これによって得られた一連のプロセスは、どこまでいっても『レタリアでなければなしえなかったもの』なんです」
「彼女の持つ、あの特異な力――『魔力』だね」
ミレアが小さく頷くと、ホログラム画面にレタリアの脳波パターンが鮮やかな波形となって表示される。
「ええ。この未知のシグナルと、精神の高揚に伴って発生する異常に強い脳波。これこそが、彼女の言う『魔力』の一部であると推測されます。そしてこの波形が、アーデンの基幹システムと強い共鳴を示したんです」
「そして彼女は、あの戦闘の中で『レストフルの声』を聴いたと……」
スティーブの静かな問いかけに、ミレアはただ黙って首を縦に振った。
アーデンに積まれており、これまでは本社でも「ブラックボックス」と呼称されていた謎のシステム。それは現在、開発チームの間で暫定的に「アーデンシステム」と呼ばれている。
レストフルやゾダンにも、これと酷似した神経機構が存在していたことが判明している。レストフルは不明だが、ゾダンは『共振』だった。基礎は同じものだった、だが機能部分には差異が見られた。
つまり様々なケースでテストしていた事が改めて伺えたのだ。そして、恐るべき事にレストフルすらも本来は『誰かが搭乗して操る兵器』だったのではないかと推測されている。
「解析して分かったのは、アーデンシステムが持つ本質的な要素が『感応』であるということです。それも単なる操作リンクではなく、彼女の持つ魔力そのものをさらに拡大し、より強固にするための……いわば増幅器のような役割を果たしていました」
「『動き等を感知するだけ』と彼女が言っていた力だね。機械を介してそれを何倍にも引き出すとは、本当に昔のフィクションに出てくるエスパーのようだ」
スティーブは腕を組み、神妙な表情を浮かべる。
「かつて、企業や軍で非合法に行われていた強化人間実験の被験者であっても、ここまでの適合率と力を引き出すことは不可能だったろうな」
「……しかし、それゆえに問題が生じます。『レストフル』を造った者たちの狙いは、一連の脳波に関する実戦テストを完遂させること、だと我々は考えていましたが――」
「レタリア君という存在が『特異点』すぎたせいで成立してしまった。つまり、レストフル……いや、エスカドの技術者たちの本来の目論見は、実質的に外れたことになるのかも知れないな」
ミレアの言葉をスティーブが引き継ぐ。
結果だけで言ってしまえば、エスカドの技術者が目指したであろう、「脳波による強力な機体補助・操作システム」は完成しなかったのだ。なぜなら、それを使いこなせる人間が、この宇宙でレタリアただ一人しか存在しないのであれば、工業製品としても軍事兵器としても何の意味もなさないからである。
「私は……このアーデンシステムを、彼女を守るための力としたい。ですが……」
ミレアの表情が、一気に曇った。
もしこの事実が外部に漏れれば、彼女の肉体そのものを「希少な実験体」として利用しようとする歪んだ野心家が社内外に現れる可能性すらある。
レタリアを自分の「戸籍」に入れ、法的かつ強固に自らの庇護下に置いたのはその予防策でもあったが、そもそも『レタリアにしか使えないもの』に予算を割り当てる事は出来ない。
私財を、とは言ったが流石に彼女の全資産を投入した所で知れている。
そんなミレアの苦悩を察したように、スティーブはフッと柔らかな笑みを浮かべ、彼女の肩を軽く叩いた。
「なあに、そう悲観することはないさ、ミレア君。レタリア君から得られるデータであっても、アプローチを変えれば他の普遍的な分野に生かせるものはいくらでもある。例えば……そうだな、アーデンシステムのノウハウを逆手に取れば、使用者を精神的に汚染・摩耗させない『安全な補助感応システム』ができるかもしれない。何も巨大なマキナである必要はないさ。医療機器や、もっと規模の小さな現場用のシステムにだって応用できる。我々はレタリア君自身に依存したデータだけを取り除き、応用可能なデータを成果として予算を引き出せば良い」
スティーブの技術者としての視野の広さと、ベテランらしい頼もしい言葉。
「ミレア君。どうだろう、私を正式に、脳波関連研究部門に回してもらえるかね? アーデンシステムが明らかになったなら、本社から許可も出るだろう。君の力にもなりたいが私自身、この技術に興味がある」
その言葉を聞いた瞬間、ミレアの瞳にパッと明るい光が灯った。
「是非、宜しくお願いします、スティーブ先輩……っ。とても心強いです」
「ああ、期待してくれていいさ。……ああ、それとね」
スティーブは手元のコンソールを操作し、別のウィンドウを開きながら言葉を続けた。
「少し耳の痛い話になるが――先日の兵器取り寄せ、あの『グラーヴ・アークス』の件だ」
その単語が出た途端、ミレアの表情が一転して強張った。
◆
それはまだ、セルディアが正体不明の無人機の脅威に晒されていた頃のことだ。
連日の徹夜続きで限界を迎えていたミレアを見かねて、スティーブが厚意で開発室の留守を引き受けてくれた。その言葉に甘え、ようやく自室のベッドに倒れ込むようにして休息を取ろうとしたミレアのもとに、自警団の隊長であるグレインから通信が入った。
用件は、彼自身の愛機であるシュエルの出力アップの要請。そして――画面の向こうのグレインは、いつもより酷く真剣な面持ちでこう続けたのだ。
『……それともう一つ、君に頼みたいことがあるんだが。レタリアのアーデンにも、何か強力な武器を搭載してほしいんだ。それこそ、今の彼女にしか扱えないというレベルの、とびきりのやつをな』
「あなただけじゃなくてレタリアにまで? どうしてそこまで焦っているの?」
ミレアは疑問を隠すことなく、疲れた顔を歪めてグレインに尋ねた。自警団のパイロットでもないレタリアに、シンセ社の主任としての立場からも、そして彼女の身の安全を案じる視点からも、簡単には頷けるはずがなかった。
だが、グレインは言葉を返す代わりに、独自のルートで手に入れたという、とある暗号化ファイルをミレアの端末へと転送してきた。
『これを見てくれ。俺がかつて調査した廃工場で見つけた、データチップにあったデータだ。……まだ無人機はいる、そして正体不明の何かが潜んでいる可能性もある』
データを開き、そこに記された「大型機動兵器」のデータ、ひどく欠損が多く設計も古い、だがこれが「実在し動くのならば」レタリアでなくては対応できないかもしれない。
万が一の備えは、絶対に必要。
しかし、ミレアが管轄しているこのセルディア支部の研究所にある強力な試作兵器といえば、すでにグレインに支給している試作型フォトンライフルくらいのものだった。他にあるのは基礎研究の段階のものばかりで、すぐに実戦に投入できるレベルの「強力な武器」など存在しなかったのだ。
そこでミレアは、藁をも掴む思いで、開発室に残してきた信頼できる先輩へと通信を入れた。
『スティーブ先輩、突然で申し訳ありません。……シンセ社の他の部署で開発している兵装、高出力なものを何か回して頂くルートはありませんか?』
突然の無茶振りに、スティーブは驚きつつも、ミレアのただならぬ様子から事情を察してくれた。
『ふむ、そういうことなら、私に少し心当たりがある。ペルダ支部でまだリリースするか揉めてるらしい、じゃじゃ馬な試作重兵器があったはずだ。私の個人的な伝手を使って、あちらの責任者に話を付けてみよう』
そうしてスティーブが裏で手を回し、秘密裏にセルディアへと取り寄せた試作兵器――それこそが、レタリアがレストフルを叩き斬った『グラーヴ・アークス』だったのだ。
◆
スティーブの現実の声が、ミレアを回想から引き戻す。
「送られてきたあの戦闘データだけでは、どうにも物理法則的な数値が数箇所跳ね上がりすぎていて違和感がある……とね。データのエラーなのか、それとも機体側の特性なのか。あちらの主任が、実際にこの目でそちらの特異なパイロットと機体を調査したい、と息巻いているんだ」
「……そうですか、分かりました、ありがとうございます。対応、考えないといけませんね」
(やっぱり、一筋縄ではいかないか……)
ミレアは心の中で小さく毒づきながら、データパッドを強く握りしめた。
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