悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~! 作:エスカド
しばらくすると、静まり返った研究室のインターホンが室内に小さく鳴り響いた。
「どうぞ」
ミレアの言葉に応じて、重厚なセキュリティドアが滑らかに左右へと開く。
「お呼び出しを受けましたのではせ参じましたわ。わたくしに何か御用がありまして?」
そこに立っていたのは、艶やかなダークパープルの髪を優雅に揺らす少女――レタリアだった。
今日の彼女は、かつて身に纏っていたドレスの面影を残す、少しカジュアル気味に仕立てられた私服姿だった。この世界の機能性を重視した衣服とは一線を画す、どこか絢爛で気品溢れるその装いは、研究室の殺風景な空気の中で一際異彩を放っている。
レタリアは、室内で自分を待っていたショーン、リッテ、そしてこれが初対面となるスティーブの三人をその澄んだ瞳で見据えると、迷いのない完璧な所作でスカートの裾を持ち上げ、静かに膝を折った。格式高い本物の「カーテシー」である。
「初めまして。わたくし、レタリア・アーデニアムと申しますわ」
このステーションでは滅多に見ることのできない、洗練された挨拶。
「おぉ……」
その一連の美しい動作を目の当たりにしたショーンは、思わずといった様子で感嘆の声を漏らした。その表情には技術者としての計算はなく、本心から彼女の存在感に圧倒されているようだった。
その隣に立つリッテもまた、普段の冷徹な仮面を少しだけ崩し、驚きに目を見張っている。
「直にこのような美しい所作が見られるのは、実に貴重な経験だね」
ただ一人、年長者であるスティーブだけが、落ち着いた様子で感心したように細い目を細めていた。
「あなたが……アーデンという旧型機、いえ、特機に乗っていたパイロット……ですか?」
リッテが、どこか刺すような堅い口調でレタリアに話しかけた。同年代でありながら、想定の遥かに超える数値を叩き出した「謎のパイロット」への、抑えきれない探究心と微かな対抗心がその声には混じっている。
「ええ、そうでございますわ。……ふふ、わたくしの華麗な戦い、ご覧になっていただけましたかしら?」
レタリアはふっと胸を張り、いつもの自信に満ち溢れた調子で微笑んだ。悪びれる風もなく、自らの戦果を誇るその態度に
「ちょ、レタリア……っ」
相手が他支部の人間であることを知るミレアは、ヒヤリとしてとっさに制止の声をかけようとする。しかし、ショーンはそのやり取りを見て、むしろ愉快そうに大声をあげて笑った。
「ほほう! これはまた、とてもユニークなマドモアゼルだ。確かに、データが示す通り『特異』な存在であることは間違いないようだね」
ショーンの言葉をきっかけに、一同は形式的な挨拶を交わし合い、レタリアという少女の強烈なキャラクター性をそれぞれの胸に刻み込んだ状態で、アーデンが格納されているドックへと移動することになった。
◆
ドックの巨大なハッチが開き、天井からのスポットライトがその機体を照らし出す。
「――これが、現在のアーデンです」
ミレアが手元の端末を操作しながら指し示した機体は、かつてペルダ支部にデータを提供した際の、旧エスカド製『クラフィド』の面影を強く残していた。自警団のルードのパーツで補強し応急処置を施していた頃とは違い、現在は特殊な機体パーツに換装され、洗練とはまた違う試作機特有の質感を滲ませていた。
「わたくしの愛機ですわよ」
レタリアが誇らしげに愛機を見上げてそう呟くと、ショーンとスティーブの二人が、まるで見守るような穏やかな笑みを浮かべた。二人のレタリアに対する第一印象は、決して悪くないようだった。
現在のアーデンには、極秘裏に進められている『特機レタリエム計画』のプリプロトタイプパーツが換装されている。これも本来であれば他支部には隠しておきたい重要機密であったが、他ならぬペルダ支部から『グラーヴ・アークス』の提供という融通を受けている手前、彼らに対してすべてを隠し通すことは不可能だとミレアは判断していた。
「ふむ……。元々のクラフィドの時は、一部で異常な数値を叩き出す『過度なカスタムが施された旧型機』としての認識でしたが……。なるほど、今は特機計画のテストによって、機体の状態そのものが大きく変わっているのですな」
ショーンは眼鏡の奥の目を細め、巨躯を誇るアーデンを見上げながら冷静に分析する。
その言葉は7割正しい、アーデンシステムや、それに伴うジェネレーターの連動といった要素については今もそのままなのだから。
「ええ。ですが、まだ基本的なテストフライトを数回行った程度のものでして、実戦用の武装などは一切取り付けておりませんですので――」
ミレアが言い訳を並べ、これ以上の追究を煙に巻こうとした、その瞬間だった。
「……そうですか。提供したグラーヴ・アークスは二つあったはずです。一つは消失しておりますが、もう一つ、アーデンにそれを装着して、実際にこの場で動かしていただくというのはどうでしょう?」
張り詰めた沈黙が流れる中、静かに口を開いたのはリッテだった。
「……ショーン主任。現在のアーデンに施されている換装ラインに、グラーヴ・アークスを適合させるには、エネルギー伝達インターフェースの根本的な再設計から入る必要があります。セルディアの設備で行うとなれば、ある程度の期間の調整作業が必要です」
リッテの極めて冷静な指摘。
ショーンは「おや、そうかね?」と、笑った。ペルダ支部の研究主任である彼が、そんな規格の不一致に気づいていないはずがない。
(――この人、すべて分かって言っているわね)
ミレアは顔の笑みを張り付かせたまま、内心で確信した。
流石に他の支部でトップに立っているだけある、狡猾な人物であると感じた。
「ショーンさん。うちの若手主任をあまりいじめないでやってほしいな。理由がどうあれ、グラーヴ・アークスのおかげでこのセルディアが救われたのは紛れもない事実なのだよ。私は、あなたにもリッテさんにも、本当に感謝しているんだ」
見かねたスティーブが、余裕を持ってショーンの言葉を遮り、ミレアへのフォローを入れる。
その言葉を聞いたショーンは、再び悪びれることなく朗らかに笑い声をあげた。
「おっと、これは失礼。技術者としての好奇心が、少しばかり先走ってしまいましたな」
笑い声でその場が誤魔化されようとした、その時。
それまでずっと黙ってアーデンを見つめていたリッテが、ゆっくりとレタリアの方を振り向いた。
「アーデニアムさん。……あなたが、あの戦いでグラーヴ・アークスを起動し、レストフルに放った時。……どのような『感覚』がありましたか?」
それは、数値データには決して現れない、パイロット個人の内面への純粋な問いかけだった。
「? どのような、と言われましても……。あの時、わたくしはただ無我夢中でしたわ。何しろ相手はあの、『魔神』ですもの。手心など加えられるはずがありませんから」
レタリアの口から飛び出した「魔神」という独特なファンタジーの表現に、ドック内の誰も口を挟む者は居なかった。彼女が本気でそう認識し、命を懸けて戦っていたことだけは、その真っ直ぐな瞳から伝わってきたからだ。
リッテはさらに一歩、レタリアへと歩み寄る。
「……あなたがこの特機、アーデンを、セルディアで唯一乗りこなせる人物であると伺っています。このアーデンという機械は、あなたにとって……一体、どんな機体なのですか?」
リッテの問いに、レタリアは少しの迷いも見せず、満面の笑みを浮かべて即答した。
「わたくしの鎧にして騎士、そして――かけがえのない、友ですわね!」
その言葉を聞いたリッテの顔を、ミレアはじっと見つめていた。
人が、理解の範疇を超えた言葉によって驚きのあまり絶句しているというのは、まさに今のリッテのような状態を言うのだろう。
長い沈黙の後、リッテは胸の奥に溜まっていた熱を吐き出すように、かすかに息を吐いた。
「……そうですか」
彼女の口から、それ以上の言葉は出てこなかった。
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