悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~! 作:エスカド
「生のデータが得られないなら仕方がないですね。ですが、わざわざここまで来たのだ、シミュレーターでどうなるかを見てみたい。という事で――模擬戦を行うというのはどうでしょうか」
ショーンが手をポンと叩き、名案を思いついたとばかりに提案する。
この流れになることは、ミレアも最初から想定の範囲内だった。実機を動かせないとなれば、次にエリート技術者が求めるのは当然、環境を揃えた擬似戦闘データだ。
「そうですね……。では、シミュレーターに入力するアーデンのデータは『以前のアーデン』――つまり、グラーヴ・アークスを使用した当時のクラフィドベースのものでよろしいでしょうか」
「ええ、もちろん。現在の特機計画のパーツでは、条件が変わってしまいますからね」
ショーンは満足そうに頷き、視線を傍らの少女へと移した。
「レタリアさん、よろしいですかな?」
「ええ、分かりましたわ! シミュレーターでの戦いも、わたくしの華麗な手腕をお見せする良い機会ですもの!」
レタリアは元気よく、自信満々に胸を張って返事をする。その無邪気とも言える様子を見て、スティーブは「頼もしいね」とばかりに優しく微笑んでいたが、ミレアの胃は先ほどからキリキリと痛みっぱなしだった。シミュレーターとはいえ、他支部の鋭い観察眼の前でレタリアにアーデンを動かさせるのは、隠蔽工作の観点からも心臓に悪い。
「では、模擬戦の相手ですが……」
ショーンが促すように見つめた先で、青髪の少女――リッテが静かに一歩前へ出た。
「はい。私が務めさせていただきます」
リッテは感情の読めない瞳でレタリアを真っ直ぐに見据え、丁寧に頭を下げる。
「よろしくお願いします、レタリアさん」
「こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ、リッテさん!」
こうして、一行はドックを後にし、シンセ・フィブラ社内にある最新鋭のシミュレータールームへと向かうこととなった。
案内された部屋は、お馴染みのセルディア自警団にある通常のシミュレーターとは文字通り格が違っていた。壁一面に整然と並ぶインジケーター、脳波測定も行える密閉型のコックピットカプセル。何より、シンセ・フィブラの本社が開発中で、まだ一般にはリリースされていない機体や兵装の実験データなども、制限付きとはいえ『多少』反映させることができる最高級の設備だった。
「レタリアさん。あなたの、本当の力を見せてください」
カプセルへ乗り込む直前、リッテが足を止め、小さく、けれど確かな声でレタリアに告げた。
リッテは、自身が知りうる『グラーヴ・アークス』の性能の限界を超えて引き出した謎のパイロットへの強い探求心があった。
しかし、当のレタリアには、その意図が今ひとつ正確には伝わっていないようだった。
「ふふふ、お任せくださいまし! 貴女を満足させて差し上げますわ!」
あくまで「お披露目の場」としているレタリアの様子に、ミレアは後ろで小さくおでこを押さえた。生真面目な技術者と、まだまだ世間知らずなお嬢様のマイペースなプライド。二人の間に流れる食い違いに、ミレアは胃の痛みを覚えつつも、なんだかおかしくて、どこか苦笑してしまうのだった。
二人がそれぞれのカプセルに収まり、システムがハミングのような起動音を上げ始める。
メインモニターに投影された広大な仮想演習場を見上げながら、スティーブが興味深そうに顎を撫でた。
「彼女の戦闘映像は記録で何度も見たが、シミュレーターとはいえ、直にその操縦を見るのは私も初めてだよ。実に興味深いな」
「おや、そうなのですか?」
ショーンが少し意外そうに眉を上げる。
「先ほど会った時も初対面のようでしたし……。やはり、彼女はセルディア自警団の『秘蔵の戦力』だから、シンセ側にもそこまで深くは関わっていなかったのですか?」
ショーンの目が、探るようにミレアへと向けられる。
実際には、レタリアの魔力による異常データを本社に検知されないよう、ミレアやスティーブ達が裏で徹底的に閲覧制限をかけ、隠蔽し続けてきたからこその「初対面」だった。
「いえ、そういう訳ではないのですが……。彼女、色々と個性の強い子ですので、あまり大勢で囲むと研究所のデータ収集に支障が出ると思いまして……」
ミレアは困ったような、なんとも曖昧な苦笑いを浮かべてその場を濁す。
そんな大人たちの駆け引きを余所に、シミュレーターのカウントダウンが室内に響き渡り始めた。仮想空間の中で、かつての姿に戻ったアーデンと、リッテの駆るカスタム機が、静かに対峙する。
◆
シミュレーターが完全に同期し、メインモニターに映し出されたのは、天井も壁もすべてが淡いグレーの格子状パターンで構成された、半球状の広大な仮想空間だった。障害物の一切存在しない、純粋に機体の基本性能とパイロットの技量を測るためだけに用意された、無機質な実験場である。
「それでは、行きます」
リッテの落ち着いた、けれど鋭い声が通信回線を通じて響いた。
仮想空間の端で、リッテの駆る機体が青白いスラスターの光を一気に爆発させる。彼女の機体は、シンセ・フィブラ社が誇る現行の主力軍用機『ルザム』をベースに、ペルダ支部でチューンナップを施したテスト用カスタム機だ。民間でも運用されている汎用機『ルード』の性能をあらゆる面で凌駕し、スペック単体で言えば、現在開発が進められている次世代汎用機『ラスタ』にも決して劣らないポテンシャルを秘めていた。
対するは、グラーヴ・アークスを使用した当時の状態を再現した、かつてのアーデン。
「とりあえず、あの方に勝てば宜しいのですよね!?」
コックピットカプセルの中から聞こえてきたレタリアのあまりにも直球な質問に、ミレアは思わず片手で額を押さえて頭を抱えた。模擬戦の目的はあくまでデータの計測と、出力スパイクの謎を解明するための挙動確認なのだ。しかし、コントロールデスクの隣に立つショーンは、そんなレタリアの勢いにむしろ愉快そうに声をあげる。
「ははは! ええ、それで構いませんよ、レタリアさん。全力で彼女を倒しにいってください」
「承りましたわ! それでは、手加減は無しですわ!」
レタリアの凛とした声と共に、アーデンのシステムが駆動音を一段と高く変化させた。
モニターに表示された機体ステータスの一部が、鮮やかな琥珀色へと切り替わる。それを見たショーンが、驚きと感心の混じった声を漏らした。
「――ほう! 本当に『トレースモード』を起動したか。報告書では何度も目にしたが、実際の戦闘プロセスとして目の当たりにすると、やはり驚かされるね」
トレースモード。それは本来、マキナの操縦を学び始めたばかりの初心者や、複雑な四肢の駆動を自動化して歩行などの限られた基本動作を行うための、いわば安全補助システムである。パイロットの肉体の動きを機体にそのままトレースさせるという構造上、パイロットの微細な動きにも機体が反応する、すぐにセーフティが起動する、Gが加わると負荷が強すぎるなど制約が多く、戦闘では使い物にならない。
ショーンもリッテも、セルディアの特異なパイロットがそのトレースモードで戦っているという事実は聞き及んでいた。しかし、実際に目の前で、トレースモードで高速戦闘を行う姿は技術者たちの目には奇妙極まりなく、同時にどこか壮観ですらあった。
「……本当に、特異なのですね」
リッテの呟きと共に、ルザムが圧倒的な加速力を見せた。
滑るような滑らかな軌道を描き、アーデンの死角へと回り込むようにして距離を詰めていく。軍用機ならではの鋭い軌道。ルザムのセンサーが、じっと佇むアーデンの姿を完全にロックオンする。
「速いですわ……! ――っ、それよりも、この感覚……!?」
リッテの接近に対し、アーデンが迎撃の姿勢を取る。しかし、その動きは、先日のレストフル戦で見せていたような、神がかった鋭さには一歩及んでいなかった。どこかワンテンポ遅れるような、わずかな精彩を欠く挙動。
モニターの挙動ログを凝視していたミレアは、即座にその違和感の原因に気がついた。
(……あ、そうか! 今の新規パーツを付けた『新生アーデン』の高レスポンスの感覚に身体が慣れてしまっているんだわ……!)
ここ数日、レタリアは特機レタリエム計画のプリプロトタイプパーツを組み込んだ、格段に性能の向上したアーデンでテストフライトを繰り返していた。機体の追従性も、以前の時とは比べ物にならないほど向上している。
しかし、今シミュレーターで動かしているのは、あえてショーンたちの要望に合わせてロールバックした「かつての不自由なアーデン」だ。新生アーデンとも言える機体を前提にした動きではズレが生じるのだ。
リッテのルザムが、その隙を見逃さずに突撃する。右腕に装備された仮想のソリッドブレードが、鋭い弧を描いてアーデンの装甲へと迫る。
「変な感じですが、すぐに慣れますわ!」
トレースモードのシステムが、レタリアの肉体の躍動を強引にアーデンの巨躯へと伝達する。
ルザムの動きを読んでいたかのように自らの挙動を合わせるアーデンは圧倒的な反応速度を見せた。
背後を取り、完全に優位に立っていたはずだったルザムのセンサーが捉えたアーデンの機動は、その場で不自然なほどの高速反転を遂げていた。
回り込んできたルザムの刃を、アーデンはすんでの所で回避、生じた一瞬の隙に、剥き出しの右拳を真っ直ぐに突き出す。
「……っ、速い……!?『クラフィド』の出力じゃ、そんな動きは――」
リッテの言葉が言い終わらない内に――。
アーデンの拳が、ルザムの胸部装甲へと正面から強烈に叩き込まれた。
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