悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~! 作:エスカド
「ところでミレア」
レタリアが、どこか言いにくそうにモジモジとしながらミレアの袖を引いた。
「どうしたの?」
「わたくし、すこし……お肌が、その、汗をかきましたわ」
お嬢様としての見栄があるのだろう。言葉を少し省略して、上品にアピールしてくる。
「そうね、激しい模擬戦だったものね。じゃあ、今度は冷たいお茶でも淹れ直しましょうか?」
「そうではありません! シャワーを浴びてきたいのです!」
回りくどい表現を察せなかったミレアに対し、レタリアはついに我慢できなくなったように顔を赤くして本音を明かした。
ミレアは一瞬ぽかんとした後、「あ、そっちの要望ね」と納得する。
「はっはっは、すまないねレタリアさん。こちらの勝手な都合で、わざわざご足労まで頂いたのだ」
ショーンが声を上げて快活に笑い、レタリアに温かい視線を向けた。
「素晴らしい操縦だったよ、本当に良いものを見せてもらった。まずはゆっくり休んでほしい。また日を改めて、何かお礼をさせてほしいな」
「お恥ずかしいところをお見せしましたわ。ショーン様のお心遣い、感謝いたします。――それでは、わたくしはこれで失礼いたしますわ」
レタリアは立ち上がり、ドレスの裾を軽く持ち上げるような美しい所作で一礼すると、どこか満足げな足取りで研究室から出て行った。
ドアが閉まり、レタリアが去った室内。
お茶の温かい湯気が揺れる中、先ほどまでの和やかな空気が、わずかな静寂とともにふっと張り詰めた。
「――彼女の出自は、はっきりしているのですか?」
唐突に切り出したのは、ショーンだった。鋭い瞳が、ミレアを真っ直ぐに射抜く。
「たとえば……『強化人間』という可能性は?」
「は、博士……! そんな、まさかそんな事は……っ」
心臓が跳ね上がるのを感じながら、ミレアは焦って反応した。背中に嫌な汗が伝う。トレースモードであれだけの機動を行えば、技術者が真っ先に「生体改造」を疑うのは当然の帰結だった。
強化人間ではない、だが彼女が『異世界からの迷い人』である事など伝える訳にはいかない。
「ショーンさん」
ミレアの動揺を遮るように、スティーブが落ち着いた声で会話に割って入った。
「レタリア君については、こちらのステーションでも精密な身体検査を行っていたのだがね。結果は全くもって正常、至って普通の健康な少女だよ。彼女は、純粋にあれだけの操縦を行う実力の持ち主だ」
スティーブはそう告げると、手元のお茶を一口すすり、静かにカップを置いた。
「それに……強化人間などという非人道的な存在、今の国際法や倫理規定の下では、どこの組織であれ決して許されないはずだ。……そうだろう?」
柔らかい表情ながらも有無を言わせぬその言葉に、ショーンは一瞬の沈黙の後、あははと肩を揺らして笑った。
「確かにその通りだ、スティーブさん。いやあ、申し訳ありません、ついつい技術者としての悪い癖で、突飛な可能性を考えてしまってね。忘れてください」
ショーンの笑みに、ミレアは内心の動揺を隠しながら、必死に冷や汗を拭った。ここで怪しまれるわけにはいかない。ミレアは自らの立場を利用し、さらに外堀を埋めるように言葉を重ねる。
「ええ、このご時世ですから……。人道的観点からも、確証のない疑いだけで彼女を無理やり引っ張り出して、あれこれ強制的な調査を行うということも出来ませんからね」
今のシンセ・フィブラ社、ひいては社会全体のコンプライアンスを盾にしたミレアの補足に、ショーンも「そうだね」と頷いた。
これで、これ以上の強引な身体検査や拘束の芽は摘んだ。全員が小さく一息つき、張り詰めた空気が再び緩んでいく。
「……シミュレーターでは、どうしても再現しきれなかったものが、『本物のアーデン』にはあるということですね」
それまで黙ってログを見つめていたリッテが、静かに口を開いた。
「そう……ですね。ある程度判明したことは、すでに本社を通して共有されていると思いますが」
ミレアが記憶を整理しながら答える。
「大型機動兵器『レストフル』と、それに関連する一連の機体には、いずれも特殊な脳波感応システムらしきものが搭載されていました。それは、かつてのアーデンも含めてです」
アーデンに積まれた脳波感応装置、通称『アーデンシステム』は現在も装着されている、されているが、敢えて「かつて」と付けた。
「さらに付け加えるなら、当時のアーデンには旧エスカド社が改造を繰り返したと思われる、極めて特殊で歪なジェネレーターも備えられていた」
スティーブがミレアの言葉を引き継ぎ、技術的な結論を紡ぐ。
「とはいえ、あれも非常に不安定な代物だ。だからこそ、あのレストフルとの極限状態の戦闘において、あの機体が起こしたグラーヴ・アークスの長時間の異常駆動は……技術的な必然ではなく、一種の『奇跡』と言えるものなのかもしれないね」
「奇跡……ね」
ショーンがその言葉を噛み締めるように呟いた。
科学者、あるいは技術者の視点からすれば、再現性のない事象ほどとことん追究したくなるものである。しかし、肝心の機体(アーデン)はすでに最新パーツへと換装され、当時のデータ環境は失われてしまっている。これ以上、状況の変わってしまった過去のデータを追いようがないのも事実だった。
「まあ、彼女というパイロットが、我々の常識を遥かに超えて特異であるということは十分に伝わりましたよ。貴重なデータを見せていただき、ありがとうございます」
ショーンが満足そうに笑みを浮かべ、礼を言った。
「グラーヴ・アークスは確かに強力な兵装ですが、現状では、そのまま使えばただの高出力なフォトンセイバーの域を出ませんでした。そうなれば、これ以上の発展や更なる開発は難しいものと考えていたのです。しかし、今回の件でこの兵器が持つ可能性の一端を見出してくれたことに感謝します」
リッテが立ち上がり、技術者としての敬意を込めて、ミレアとスティーブに向かって丁寧に頭を下げた。
「こちらこそ、非常に大きく助けられたものです。確かに使い所の難しい、ピーキーな兵装だとは思いますが、軍用としても極めて高いポテンシャルを秘めていることは間違いないかと思いますわ」
ミレアの言葉に、スティーブも同意するように深く頷いた。
「さて、では本日の業務はこれくらいにしましょうか。折角セルディアに来たんだ。我々も少し、ここの街を観光させていただくとしましょう」
ショーンが伸びをしながら提案する。つかみどころのない人物だが、純粋に新しい土地を楽しもうとする旅行者のような気軽さがあった。
「それでしたら、ホテルの手配はこちらで済んでおりますわ。うちの支部の者が入り口まで案内させますね」
ミレアの言葉に、リッテは「恐縮です」ともう一度頭を下げ、ショーンは「それはありがたい」と 朗らかに微笑んだ。こうして、ペルダ支部からの鋭い追及を巡る緊迫の一日は、どうにか無事に幕を閉じるのだった。
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