悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~! 作:エスカド
シンセ・フィブラ社セルディア支部のエントランスホール。高い吹き抜けの天井から柔らかな光が降り注ぐ中、ショーンとリッテの二人は旅装を整え、ペルダステーションへの帰路に就こうとしていた。
その見送りのために、ミレア、スティーブ、そしてレタリアの三人がロビーに集まっている。
「大変お世話になりました、ミレア主任、スティーブさん。――それに、レタリアさんも」
「貴重な実戦データや、シミュレーターでの挙動。技術者として多くの刺激をいただき、本当に感謝しています」
親しみやすい笑みを浮かべるショーンと、いつも通り生真面目に、けれどどこか名残惜しそうに丁寧な一礼を行うリッテ。初日の張り詰めた空気はすっかり消え去り、信頼感が生まれていた。
「おっと、そうだ。忘れるところだったよ。レタリアさん、これを」
ショーンがバッグから、丁寧にリボンがかけられた上品な小箱を取り出し、レタリアへと手渡した。
「これは……? わたくしへの贈り物かしら?」
「我がペルダステーションの特産品でしてね、『リネムケーキ』というお菓子です。珍しいことに製造された後に果実が『熟す』特徴を持ったケーキでしてね。ちょうど今日から明日あたりが一番の食べ頃なんですよ。一足先に戻ってシャワーを浴びていたあなたへの、ささやかな模擬戦のお礼です」
その言葉に、レタリアは「まぁ!」と嬉しそうに目を輝かせた。
「そうですのね、熟すお菓子だなんて、とってもお洒落ですわ! ありがとうございます、ショーン様、リッテさん。大切にいただきますわね」
箱を愛おしそうに胸に抱え、レタリアが満面の笑みを咲かせる。その様子をリッテは少しだけ羨ましそうに見つめた後、視線をミレアとスティーブへと戻した。
「今回の滞在では、グラーヴ・アークスの件だけでなく、次世代汎用機『ラスタ』の初期データまで拝見させていただき、大変参考になりました。やはり、異なる環境の他支部で得られる知見は大きいですね」
「そう言っていただけると、こちらも公開した甲斐があったというものよ、リッテさん。ペルダ支部の調整技術、私たちにとっても本当に有意義な技術交換になったわ」
ミレアが晴れやかな表情で答えると、ショーンが少し悪戯っぽい笑みを浮かべて、大げさに肩をすくめてみせた。
「しかし、本当に良かったのですかな? ミレア主任、スティーブさん」
ショーンが端末の画面に目をやる。
「さしもの私でも驚きましたよ。まさかセルディア支部が独自に開発している試作型フォトンライフル『アルシアン』の現物サンプルを、一つ丸ごと提供していただけるなんてね」
「今回はグラーヴ・アークスの件で、ペルダ支部側にも色々とご無理を言いましたからね……。そのライフルをあちらの実戦環境で運用していただき、使用データをこちらに共有してくだされば、開発側としてもこれ以上ない見返りになりますわ」
ミレアが滑らかな口調で説明し、隣のスティーブも静かに頷く。
かつて自警団のグレインへと手渡されていた高性能試作ライフルは、その後、セルディア支部で正式に「S-PRS2《アルシアン》」と名付けられ、現在は後期試作型が少数ながら生産されていた。今回はその貴重な一丁を、技術提携の証としてペルダ側へ引き渡すことにしたのだ。
「ありがとうございます。ペルダに戻り次第、すぐにルザムの兵装プランに組み込み、テストデータを送付します。……それから、またグラーヴ・アークスについて新しく分かったことがあれば、いつでもご連絡ください」
「ええ、もちろん。その時はこちらから連絡するわ」
ミレアの言葉に、ショーンとリッテは満足そうに頷いた。
結局、二人は滞在中、現在セルディアで動いている『特機計画』や、アーデンの核心である「アーデンシステム」に絡む怪しい事柄については、最後まで深く触れてこなかった。
スティーブの見立てでは、彼らが必要としていたのはあくまで「兵器としてのグラーヴ・アークスの限界値」であり、提示されたアルシアンのサンプルやラスタのデータは、その見返りとしてお釣りが来るほど十分なものだと判断したからだろう、とのことだった。
「それでは、今度こそ。――良い旅を、お気をつけて」
スティーブが手を差し伸べ、ショーンと固い握手を交わす。
リッテは最後にもう一度、レタリアの方を真っ直ぐに見つめ、小さく会釈をしてから、ショーンと共にエントランスの自動扉の向こうへと歩き出していった。迎えのシャトルへと乗り込む二人の背中を、三人は姿が見えなくなるまで見送った。
◆
二人の姿が完全に消え、ロビーにいつもの静けさが戻ってくる。
レタリアは抱えたケーキの箱を見つめながら、ふと不思議そうに呟いた。
「ねぇ、ミレア、スティーブ様。あのお二人とも、ステーション・クラネアのように、ここではない他の街……いいえ、他国から来られた方々だったのですわよね?」
その純朴な疑問に、スティーブが温和な笑みを浮かべて答える。
「そうだね。ただ、国という単位で言うなら、彼らも我々と同じ『ウィステルム連合国家』に所属している。その中にある、別の居住都市(ステーション)から来た、と言った方が天体組織的には正しいかもしれないね」
「なるほどですわ……。世界は、わたくしが思っているよりもずっと広大なんですのね」
レタリアは感心したように小さく息を漏らした。
彼女はこれまで、生まれ育った宇宙自治区であるセルディアと、かつて一度だけ遠征で訪れたクラネア以外の世界を知らない。総人口だけで数百万人がひしめき合うこのセルディアだけでも、彼女にとっては十分に「一つの国」として完結しているように思えていたのだ。
「ふふ、あなたはそんなに深く考えなくていいわよ」
人差し指を顎に当てて「ふむ……」と神妙に考え込んでいるレタリアを見て、ミレアがちょっと呆れたような調子で声をかけた。
「なんですって!? なんだか最近、わたくしへの対応が少々ぞんざいではありませんこと!?」
お礼のリネムケーキの箱を落とさないよう、大切に両手で抱え直しながら、レタリアが頬を膨らませて抗議の声を上げる。ミレアはそんな彼女の様子に、悪戯っぽく微笑んだ。
「そんなことないわよ。今回は本当に、あなたが余計なことを口走らなくて心底助かったわ。大人たちの胃をこれ以上キリキリさせないでくれただけで、大金星よ」
「まぁ! やっぱり私を子ども扱いしてるじゃありませんの!」
「はいはい、わかってるわよ。最強のパイロットさん?」
プンプンと怒りながらも、どこか嬉しそうなレタリア。そんな二人の、いつもと変わらない賑やかな掛け合いを、スティーブは終始、目元を優しく細めながら、微笑ましく見守っているのだった。
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