悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~! 作:エスカド
セルディア一般居住区の空が薄茜色に染まり、そろそろ夕方に差し掛かる時間帯。
静かなミレアのラボには、端末が発する淡い駆動音と小さな吐息だけが流れていた。
その作業を行うミレアのすぐ傍ら。
普段は生体データの測定などに使う無機質な検査台の上で、レタリアは無防備に眠っていた。
ダークパープルの美しい髪を検査台のクッションに散らし、規則正しい、けれどどこか泥のように深い呼吸を繰り返している。ドレス風の私服の裾が少し乱れているのも気にしていないようだ。彼女の誇る気品はどこへやら、今はただ、小さな唇をわずかに開けて、すっかり安心しきった顔で夢の世界に落ちていた。
「う~ん……」
不意に寝返りを打ち、ふかふかとした枕(として宛がわれたクッション)に顔を埋めて身を縮める。
「本当、よく眠ってるわね……」
ミレアは作業の手を止め、少し呆れたような、けれどどこか見守るような優しい眼差しをレタリアに向けた。
――時は少し遡る。
データバンクへの再登録が完了し、正式に仕事を受けられるようになったレタリアだったが、彼女はすぐに実戦へ飛び出すことはしなかった。再度新たな依頼を受ける前に、現在の「新生アーデン」をより自分の手足としてモノにするため、ここ数日は毎日のようにシミュレーターによる練習を繰り返していたのだ。
本物の魔力が干渉する『アーデンシステム』のデータが完全には反映されないシミュレーターの中では、実機とは多少なりとも乗り心地が異なる。それでも、プリプロトタイプパーツが組み込まれ、以前より遥かにピーキーになったアーデンの挙動に一瞬でも早く、少しでも深く慣れるため、特訓に明け暮れていたようだ。
そして、シミュレーションが終わると、彼女が決まって足を向けるのがミレアのラボだった。
へとへとになったレタリアがラボへやってきて、ミレアの淹れたお茶を飲みながら文句を言い、あるいはソラが持ってきたお菓子を貪る――ここ数日、それは一種のルーチンのようになっていた。
そんな中、今日のレタリアはお疲れだったらしい。特訓が終わった後、自分の部屋に戻る体力も、食堂へ行く気力すらも残っていなかったようで、ラボに這いずるように入ってくるなり、空いていた診察台にそのまま横になって眠ってしまったのだ。
「まるでここを、自分の部屋か何かだと思っているみたいね……」
小さく溜息をつきながらも、ミレアの手はすでに動いていた。冷えないようにと、彼女の身体にはいつの間にかラボの予備のシーツが丁寧に掛けられている。
眠っているレタリアを横目に、ミレアは再び手元の端末に向き直り、作業を進めた。
すると、不意に静寂を破って、掠れた小さな声が漏れた。
「……キア……ラ……」
ミレアは手を止め、検査台を見た。
キアラ――それは、レタリアの元の世界の従者の名前だったはずだ。ミレアはこれまで、その名を彼女の口から何度か耳にしていた。
レタリア自身、元の世界のことを深く、詳細に語ることは多くなかったが、その響きから、キアラという人物が彼女にとって単なる従者を超えた、かけがえのない友であったのだろうということは、容易に想像がついた。
レタリアは眉を少し寄せ、何とも言えない、少し寂しげな表情をしている。けれど、激しくうなされている訳でも、悪夢を見ている訳でもなさそうだった。ミレアはそっとしておくことにして、再び画面へと視線を戻す。
それからしばらくして。今度は、少しはっきりとしたトーンの声が聞こえた。
「ミレア……」
自分の名前を呼ばれ、ミレアは思わずビクリとして目線を送る。
レタリアはいつの間にか仰向けから横向きへと姿勢を変えていたが、その長い睫毛は閉じたままだ。すーすーと寝息を立てており、やはり寝言に違いないようだった。
(なにか、私に関する夢でも見ているのかしら?)
ちょっとした気恥ずかしさと好奇心で耳を澄ませるミレア。
しかし、レタリアの口から続いて飛び出したのは、予想だにしない言葉だった。
「ミレア、ここは……いい子にしているのですわよ……ふふ……」
「…………なんの夢を見ているのよ、一体」
普段子ども扱いをされている事への反発だろうか、自分は夢の中でどんな扱いをされているのか。
呆れながらも、ミレアの唇には自然と笑みが浮かんでいた。
じゃじゃ馬お嬢様の突拍子もない寝言をBGMに、ミレアの作業は静かに、けれどどこか温かい空気の中で続いていくのだった。
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