ヤチヨが彩葉と出会うまでの前日譚 作:リミナル
お金に目が眩んだ次の日、早速仕事ということで早朝からサーバールームへと向かう。
鍵を開け、スマコンを装着する。
広がる美しい景色の中で、ヤチヨが立っていた。
「ヤオヨロ〜☆ よく眠れた?」
「やっと来たか。はじめましてだな、朔」
「そんな訳ないじゃないですか……って、誰!?」
立っているヤチヨの肩には、これまた見慣れないふわふわのウミウシが乗っていた。
「FUSHIはヤッチョの相棒」
「ふん。よろしく頼むぞ」
「ふし……? 相棒……?」
「ま、細かいことは気にしない気にしなーい♪だってここはツクヨミなんだから」
昨日から思っていたが、ヤチヨはなかなかに適当で、朗らかな人物らしい。
また一つ謎が増えたが……まあいいだろう。
カーター然り、深入りしない方が良さそうな予感がする。
「ところで、なんですかそのパネル」
「お、いいところに気がついたね〜! お目が高い!」
露骨な話題変更だが、実際結構気になる。
ヤチヨの右手には、いかにも近未来な、これまたホログラムのパネルが何層にも重ねて表示されていた。
「これでツクヨミの中を操作してるんだよ〜☆ 管理人っぽいでしょ?」
そう言いながらヤチヨがパネルをポチポチすると、見えている景色がコロコロ変わる。
城下町、西洋風の街並み、あるいは森林、深海。
カーターが仮想空間の全てを用意したのかと思っていたが、ヤチヨも中々デキる側のようだ。
なんでも、俺が装着しているようなスマコンを一般に販売することで、誰でもツクヨミに入れるようにしたいらしい。
みんなが好きなことをして、誰も孤独にならない理想郷。そんな場所に、ツクヨミをしたいのだと。
現状、スマコンからツクヨミに接続できるのはここのサーバールームの中からのみであったり、ツクヨミ内はオブジェも何も無いので、課題は山積みそうだが。
「まあそこは君も頑張って〜、ね?」
「俺もですか?」
「君にはデバッガーになってもらう仕事も含まれてましてよ?」
「……」
「それじゃ早速! 置き配で頼んでおいたやつの組み立てをお願いしちゃおっかな〜」
つい承諾してしまったが、実はなかなかブラックなのかもしれない。
その日からは、雑務に忙殺される日々が続いた。
なにせ、ヤチヨは俺のシフトなんか知ったこっちゃない、と言わんばかりのペースで呼び出してくるのだ。そして調整だのデバックだのに付き合わされる。
そんな生活が三日連続、運が悪いと一週間続いた時もあった。
だがその成果もあってなのか、ツクヨミ内の風景はそりゃもう爆発的に進化していくのが目に見えて分かる。
最初はただ一面に広がる海のみだったのが、今現在ヤチヨが新たに創造している、大きな円環状の海に浮かぶ島には一つの大きな街を形成されているくらいだ。
この街というのがまた中々に凄く、もう普通に住めるんじゃないかってぐらいしっかりした家がそこら中にある上、水場には本物も驚きの美しさを誇る海洋生物がちらほらと動き回っているときた。
ヤチヨの掲げた理想は夢物語とばかり思っていたが、ここに来て現実味を帯びてきていて驚きを隠せない。
ヤチヨ曰く、これでもまだまだ足りない要素が一杯あるらしいが……怖くなったのでこれ以上聞くのはやめておいた。
そんな進化を目の当たりにしつつ、実は俺の方にも少し変化が訪れていた。
一つは、ツクヨミも徐々に大きくなり始めたということで、ヤチヨより管理者権限が一部解禁されたことだ。
これにより、俺もツクヨミ内部を好きに作り替えることができるようになった。
……とは言っても、出来るのはせいぜいオブジェクトを動かしたり、簡単なスプリクトを実行ぐらいのものなのだが、神になったような気分になれてちょっと楽しい。
とか思いながら、この前滅茶苦茶やってたらヤチヨにやんわり注意された。ぴえん。
もう一つは、毎日ヤチヨの手伝いをしながら今まで通りバイトもやっていると生命の危機を感じ始めたため、飲食業のバイトを辞めたことだ。
明確な労働契約こそ結んでいないものの、頻度的に俺はもうほぼ正社員である。月給の時点で気づくべきだった。
それと、最近はツクヨミに入り込みすぎて、どっちが仮想現実なのか疑問に思う時がある。
現実で照明の明るさ調整をするために、ホログラムのパネルを出そうとしたのは記憶に新しい。
とまあそんなこんなで、ヤチヨと出会ってから二年が経つ頃。
早くもその時が訪れることとなる。
仮想現実「ツクヨミ」、そのプロトタイプをローンチする時が。
──────────
「この様子じゃ、どんだけ売れてるんだ……?」
起床後スマホを開いて開口一番、出てきた言葉だ。
スマコンの発売日当日、世間はついに入れるようになったツクヨミの話でもちきりとなっていた。
無理もないだろう。今まで夢物語でしかなかったフルダイブ型のゲームが実際に遊べるようになり、あまつさえヤチヨとFUSHIは広告を打ったり、動画配信サイトでわざわざ公式チャンネルを作ってマーケティングするなど、もう死ぬほど準備していたのだ。そりゃ大ヒットするに決まっている。
そのせいで俺もスケジュールはここ半年ずっとカツカツだったが、まあご愛嬌だ。
というか、動画配信サイトに関してはツクヨミ内の創造も一段落付いたということで、これからは定期的に雑談やゲーム実況などの配信を行いたいとも言っていた。
ヤチヨすごい。超人。
今街に繰り出せばツクヨミに関する情報が入ってこない瞬間は無く、今までの愚痴がどうでも良くなるぐらい誇らしくて涙が出そうなのだが……悲しいかな、ゆっくり感傷に浸っている時間はない。
何を隠そう、今日はツクヨミのローンチと同時に、ヤチヨの初ライブも開催されるのだ。
というわけで、もはや職場となっているサーバールームに出勤して、現在はスタッフとしてあちこちを駆けずり回っている。
まさか、ここに来て昔やっていたバイトのイベントスタッフとしての経験が生かされるとは思わなかった。
諸々の準備を終えて、控え室にいるヤチヨとFUSHIに顔を出しに行く。
「ヤチヨー、準備出来ましたよー」
「これはこれは、お仕事お疲れ様〜☆」
「やるじゃねーか、後は俺とヤチヨに任せておきな」
「頼みましたよ」
「それじゃあ〜スタッフのさっくん、案内よろしくね」
ひとまず今日の仕事はこれで終わりだ。
ヤチヨと出会ってから二年。しかしながら、二年とは思えないほど随分と遠いところまで来た気がする。ガラリと変わった生活、現実味のない友人、そしてその友人の、それはそれは大きな初ライブ。
止まっていた時計の針が再び動き出したように、俺の人生がここまで変わった理由は明快。ヤチヨだ。
二年間も一緒にいれば流石に分かる。彼女は、底抜けに明るい人物だった。きっと人々を笑顔にするために生まれてきた存在なのだろう。これから彼女は世界に大きな影響を与えるだろう。少なくとも、俺の世界は彼女色に染まってしまっている。
全く、カーターはとんでもない人材を引っ張り出してきたものだ。
……あれ?
「これがヤチヨのしたかったことですか?」
床を見ていた。いつの間にか、考えていたことが漏れていた。
遅れて自分のしたことに気づく。顔を上げると、口に手を当て、驚いた顔をしたヤチヨと、ケッ! と声に出すFUSHIが呆然と立っている。
「あっいや、今のは違くて、その……」
「いいよ、言ってごらん」
その顔はすぐに変化した。
初めて見る、優しい顔だった。
「……そんな大層なことじゃないんです。みんなを笑顔にするために活動して、平和を心の底から願っているのは分かってます」
「ふむふむ」
「でも何故かヤチヨは……本当に笑っている気がしなくて。その、上手く言語化出来ないんですけど」
「……なるほど」
思い切って言ってみると、これまたあまり見ない真面目な顔に変化する。
「さっくん、それはね───────」
ゴクリ。
「多分気のせいだよ☆」
「……へっ?」
「ヤチヨが最近我慢してることなんて一つも無いよ。あ、パンケーキを食べれないのはちょっと悲しいけど」
なんだそりゃ。いかにもヤチヨらしいが。
「そう、ですか?」
「そうだよ〜〜、だからそんな顔しないで、ほら、案内してくれるんでしょ?」
そう言うと気さくに笑いながら俺の手を引き、もしも〜しと呟くヤチヨ。
時計を見れば、もう開演の時間だった。ぼんやりとしていた頭が目覚める。
「その円形の床の上に立てば、昇降機がステージへと運んでくれます。……初ライブ、頑張ってください!」
「うけたまかしこまつかまつり〜〜☆」
ステージへと繋がる床の上にヤチヨとFUSHIが乗ると、床は瞬く間に上昇を開始する。俺は続いて控え室のソファに座り込み、会場のカメラ映像を表示する。
目に映るのは仰々しい演出の中、ステージ下部から現れるヤチヨの姿。さっきの言葉がフラッシュバックする。
(「多分気のせい」)
……ああは言っていたものの、やっぱり何かが引っかかる。
「ヤオヨロ〜〜☆ みんなはじめましてかな?それとも私の事、事前に調べてきてくれた?……うんうん、誰であろうと大歓迎!どんなに辛いことがあっても、私の歌を聞いて、笑顔になってくれたら嬉しいな」
広いライブ会場に対して観客数は少し少なく見えたが、ヤチヨの口上が瞬く間に場を爆発させる。
話し終えると会場は途端にシンと静まり返り、美しい声が響き渡りはじめた。
「埃をかぶったノート────中身なんて覚えていないけど────たどたどしいピアノ────」]
彼女が本日最初に歌う曲は「remember」。
感想を聞きたいと歌を聞かせてもらったことがある。
あの時は、なんでもない日常を彩ってくれるシンプルで良い曲だと感じた。
えっと、確か続きは────
「ほの甘いパンケーキ──なぜか懐かしい」
「"パンケーキ"?」