これまでのあらすじ。
ある朝私が気掛かりな夢から覚めると、自分の身体が十四歳ほどの少女型アンドロイドになってしまっていました。
機体名、〈MA-Ⅺ[n/a]〉。万物を終末へと導くために製造された十機のアンドロイド──『機械仕掛けの防人』のバイプロダクト、十一機目にして崇高なる零番個体、完全無欠なる番外製品。私はそんな、大層な存在として生み出されてしまったらしいのです。
創造主たるDr.機織によれば、姉である一〜十機の機械人形たちと私とでは、製法がまるっきり違うらしく。
具体的に述べるのであれば、どうやら私の核には、成人男性の魂を組み込み、情報処理を担わせているらしいのです。
人一人の魂に刻み込まれたありとあらゆる情報を処理する能力は、どんなスーパーコンピュータをも凌駕するとはDr.機織の言です。実際問題、私と姉妹たちとでは出力に大きな差がありますし。
いやあ、びっくりしました。床を小突けば大きな地割れ、軽く手を振れば暴風が発生。挙げ句の果てに、人工タンパク質で形成されている私の身体は、ありとあらゆる物質に変容させることができました。どういう技術力なんでしょうか。
……その気になれば、私は国一つくらい、ちょちょいのちょいで滅ぼせます。やる気はないですが、可能ということだけは直感していました。
AIでの制御とIでの制御とでは、やはり製造の難易度にも隔絶した差をもたらすようで。再現性が全くないからこそ、私の銘には『n/a』が当てがわれたようです。
さて。そんな私が製造られた理由ですが──それはもちろんDr.機織の抱く夢、世界平和を実現するためなのです。
その身に神を降ろしておきながら争いを止めようとしない蛮族どもの代わりにありとあらゆる紛争を終末させ、その抑止力をもってこの世界に恒久的な平和をもたらす──それが私たち『機械仕掛けの防人』が、この世に生まれ落ちた理由なのです。
Dr.機織は私たちにそのような教育を施しました。世界はどうしようもないほどにどうしようもなく、唾棄すべき悪に満ちています。人の身でありながら神に力を貸してもらっているくせに、のほほんと平和を享受するだけの間抜けが世界には多すぎます。
……とまあ、私の姉たちはそんな風に洗脳──というか『感化』されてしまったわけなのですが。しかし私だけは、その言葉を鵜呑みにするようなことにはなりませんでした。
恐らくは、私の核に組み込まれている成人男性の魂の影響なのでしょうね。意に沿った形ではないでしょうが、しかしDr.機織の言葉の正しさが証明されたということです。
私は、自分で考えることができました──あるいは、自分で学ぶことができました。そして何より、私は既に『人間も捨てたものではない』と知っていました。恐らくはこれも、魂が組み込まれていることが影響しています。
……だからと言って、創造主に反逆とかしませんでしたけどね。お母さんみたいなものなんですから、出来る限り意に沿いたいとは思っているのです。
でも、私の基盤となり核となった成人男性の魂は、争いを望みませんでした。それは即ち私も争いを望んでいないということですから、私は私のやりたいことをすることにしたのです。
つまり。
制圧以外の方法で世界平和を目指すことにしました。
というわけで、私はちょっとばかしお茶目なイタズラをしてしまいました。起動れて三日で反抗期です。いや、もしかしたらイヤイヤ期だったかも……まあ、そんなのはどちらでも構わないんです。
何をしたかって? 簡単なことです。
Dr.機織と対立していた『神降し』たちに、私たちが拠点としていた研究所の位置を、協力者のていでぽろりとこぼしてやりました。
文面はこうです。「神倉市にて不穏な動きあり。機織善握が十機の兵器を用いて『神降し』に攻撃を仕掛けようとしている。救援願う」……自分でも端的に伝えられたと思っています。
だからでしょうか、即日『神降し』達は十人の精鋭部隊を編成し、私たちの構える研究所へと突入してきたのです! 私はその時、まるで自分が漫画やアニメの登場人物になったかのような心地でした。
で、あれば──まさか無抵抗でみすみす敗北するような無様を晒すわけにはいきませんものね。Dr.機織には黙ってひっそり『共感』してもらった姉たちと共に、私たちは……それはもう盛大なお出迎えをすることを決意しました。
ちなみに『神降し』というのは、古今東西の神々から頂戴した力を振るい、悪心から発生れた不届きものどもを始末する仕事をしている方たちのことです。どういう原理なんでしょうね──成人男性の魂を取り込んでいる私が言えたことではありませんが。
それからはもう上を下への大騒ぎでした! 十女たる〈MA-Ⅹ[os]〉姉様による指揮の元、私を除く十体の『防人』と十人の『神降し』たちは世界の命運を賭けた戦いを始めたのです!
さて、私はその時どうなっていたかというと、最後の最後に出撃して章のラストを飾るラスボス役を務めることになりました。本当なら私も姉たちと共に出撃したかったのですが、「何があるか分からないから」ということで、最奥にどっしり構えることになってしまったというわけです。
姉たちは心配性です。そして優しくもあります。
AIである姉たちに、俗に言うこころがあるのかどうかは分かりませんが……、それでも、末妹たる私を思いやる眼差しは本物でした。
……私に『共感』していただく前から、ずうっと。
おほん。話を戻しましょう。
まあつまり、しかしそれでは退屈してしまいますから。私は残った〈MA-Ⅹ[os]〉姉様に視界を共有してもらうことにより、研究所内の様々な戦場を見て回りました。
それらを目にした私は、素直に凄い凄いと囃し立てていたのですが、そんな私に〈MA-Ⅹ[os]〉姉様は、気だるげに「この程度のことはあんたにも出来るっての。しゃんとしな、末妹」とありがたいお言葉をくださいました。
流石は私の偉大なる姉たちと言うべきでしょうか、私とは違って戦闘経験が豊富な分落ち着きようも凄まじいですし、『神降し』相手にも一歩も引かない──どころか、むしろ圧倒している雰囲気でした。
もちろん私は大興奮です! 恐らくは基盤となった成人男性がこういう展開が好きなのでしょう、私はもう興奮しっぱなしになってしまって、親愛なる〈MA-Ⅹ[os]〉姉様にはじとっとした視線を向けられました。ああっ、やめてください姉様、そんな目で見ないで。
……とまあそんな感じで、最初はこちらが圧倒していたのですが。しかし『神降し』たちはどいつもこいつも、ここぞで逆転の一手を思いつきやがったせいで、偉大なるお姉様たちは一機、また一機と打ち倒されてしまいました。破壊されてしまったわけではないですよ。
いやはや流石は『神降し』……爆発力が凄まじかったですね。特にあの、高校生くらいの少年──神楽坂ミコトという子なんて、姉たちの中では二番目に強い〈MA-Ⅳ[abend]〉姉様を打倒してしまったのですから。
私のお膝に座っていた〈MA-Ⅹ[os]〉姉様も、流石に「はあ!? ありえねー……」と驚きを隠せないご様子でした。恐らく姉たちの情報では、〈MA-Ⅳ[abend]〉姉様の敗北は想定されていなかったのでしょう。
本来であればミコトという少年の強度では、全力で神を降ろしてしまえば、〈MA-Ⅳ[abend]〉姉様を打ち倒すよりも先に神堕ちしてしまう──つまりは、人間をやめちゃうはずだったのですが。
過ぎたる力とは、往々にして身を滅ぼすものですから。
神ゆえに、神堕ち。あるいは過身堕ちとは、つまりそういうことなのです。
……ミコトという少年の奮闘が原因なのか、それから『神降し』たちは水を得た魚のように勢いを増し、さながら滝を登り龍となった鯉のように、次々と姉たちを無力化していきました。
最高機体〈MA-Ⅰ[result]〉姉様も。
最悪機体〈MA-Ⅱ[kill]〉姉様も。
最善機体〈MA-Ⅲ[exe]〉姉様も。
最凶機体〈MA-Ⅳ[abend]〉姉様も。
最多機体〈MA-Ⅴ[valid]〉姉様も。
最少機体〈MA-Ⅵ[null]〉姉様も。
最優機体〈MA-Ⅶ[reboot]〉姉様も。
最劣機体〈MA-Ⅷ[crash]〉姉様も。
最古機体〈MA-Ⅸ[cpu]〉姉様も。
最新機体〈MA-Ⅹ[os]〉姉様も。
全員、やられてしまいましたから。
だから、その次は、私の番でした。
最終機体〈MA-Ⅺ[n/a]〉の番でした。
……結論から言わせていただきますと、ちょっとやりすぎちゃいました。Dr.機織の研究所の最奥、そこにどっしり構えていた私はなんというか、イライラしていたのです。
私が呼んどいて何言ってんだと思うかもしれませんが、しかし考えてみてください。敬愛する最愛の姉たちがやられていくのを見ることしかできない屈辱を。
これではいけません、このままだと『機械仕掛けの防人』がナメられてしまいます。それは我慢できません、私の姉たちを生み出したプロジェクトは偉大だということを証明しなくては。
……そういうつもりだったんですが、いかんせん私には実戦経験が皆無でしたから。出力の調整とかその辺はもう下手っぴもいいところでした。いやでも、刀とか銃とか向けられてるんだから、少しくらい過剰に防衛したって許されるはずです。
そんなこんなで、色々やらかしました。
私の機体を変形させて刀みたいにしてから腕を振ったら、そこだけ真空になったりしましたし。エネルギーをそのまんま放出したら、なんか空間が割れる音とかもしました。
近づくために地面を蹴れば音を置き去りに。防御を固めれば相手の武器が壊れる始末。私に激突したでっかいハンマーがひしゃげた時の、あの女の子の顔ったら悲壮感溢れるものでした。そんな顔しないでください、私だって驚いてます。
そして何より──極付きは、私の〈固有機能〉でしょう。
即ち、〈終末機構〉。ありとあらゆる事象を即座に演算し、私にとって最も都合のいい未来を即座に発生させる。機械の身でありながら人の魂を宿した私にしかできない、人智を超えた神力の運用方法です。
……とまあ、十人全員を打ちのめした後にそんなネタバラシをさせてもらったのですが。うんうん、やっぱり絶望しますよね。私だってこんな奴とは戦いたくありません。それから、姉たちを倒したあなたたちが悪いんですからね。気分はそのまんま暴君でした。
どうしてこんなことをするのかとか、色々聞かれましたけど。私としてはやっぱり悪役っぽいことをした方がいいのかなって思いまして。だから私、すました顔でこう言ったんです。
「このために製造られたのですから、こうして稼働るのは普通のことでしょう?」
何だかすごい顔をされてしまいましたが、しかし私には分かります。『神降し』たちは皆、私のあまりの悪役っぷりに目を見開いていたのだと!
そんなこんなで、最終的には私の圧勝──とも行かず。上で語ったようなこと(「機械の身でありながら人の魂を宿した」の辺り)を聞いたミコトという少年が、なんと満身創痍の身でありながら立ち上がったのです!
その身には神力が溢れんばかりに迸っていて、そしてなぜか敵対者である私に対して、優しげな眼差しを向けて──そんな彼に見惚れていたからでしょうか、私はなんとか気付くことができました。彼がその時取り出した刀が──万物を断つ可能性を秘めていることに。
ああ──これは喰らったらまずいな。
そう思った私は、しかし防御の構えを取ることはありませんでした。
だって、考えてもみてください。彼、ずいぶん〈MA-Ⅳ[abend]〉姉様に酷い目に遭わされていたというのに、破壊したりはしなかったんですよ。
ですから、私は賭けました。
ミコトという少年が──人間の可能性を見せてくれることに。あるいは、魅せてくれることに。
しかしそれでも、やはりみすみす負けるのだけは我慢なりません! 私の中にいる成人男性の側面もそうだそうだと言っていたので、私は都合のいい未来をありとあらゆる『可能性』から引っ張り出して来たのですが──しかしそれらも、結局のところは意味がありませんでしたから。
ミコトという少年は。
それらの可能性だけを、ありったけの力で、神剣でぶった斬りました。……それ以外も何か斬られた気がしたのですが、具体的に何が斬られたのかまでは分からなかったので、気にしないことにします。
本来ならば、あり得ないことです。そんな風に神力を用いれば、一瞬の余地もなく神堕ちしてしまうはずなのに──でも、そうはならなかった。
しかし疲労は凄まじいようで、意識は朦朧としていました。それでもミコトという少年は膝をつくことはなく、キリッとした強い──それでいて優しい眼差しを私に向けて、こう問うたのです。
「あんたの……やりたいことを教えて欲しい」
……だから私は、うっかりこう答えちゃいました。
「……本当は、私──自分だけのお庭を作るのが夢なんです」
本当にうっかりです。うっかり私は、〈MA-Ⅺ[n/a]〉としての言葉ではなく、私個人の言葉を吐いてしまいました。
きっとその時点で──ミコトという少年と、アンドロイドには存在し得ない本心で会話してしまった時点で。
悪役としては、私の完敗なのでした。
「ははっ、最高じゃん……今度、俺の家の庭でも見に来てよ。雑草まみれのみすぼらしい庭だけど──それもきっと、悪くないからさ」
そう言ってミコトという少年は、今度こそその場に膝をつき、気絶してしまいました。本当の悪役ならばここで追撃の一つでも入れるのでしょうが──しかし私は、そういう気にはなれませんでした。
その後、我々『機械仕掛けの防人』と『神降し』たちは相互間の誤解を解消し、なし崩し的に和解。話し合いの結果、方法は違えど目指している場所は同じということが判明したためです。
Dr.機織も満足げでした。今まで一人で歩いて来た彼女にも、ようやく仲間と呼べる存在ができたのですから──まあそれはそれとして、今まで迷惑をかけた分の禊がこれから訪れるらしいのですが。その点に関しては自業自得なので、頑張れとしか言いようがありませんでした。
さて。語るべきはここまでにしておきましょう。
これまでのあらすじ──これにて、おしまい。
「そういうわけで、これからお世話になります」
「……え?」
某月某日。
私はミコトという少年の住む、築何年かを考えるのも恐ろしい木造アパートへと足を運んでいました。
足を運んだといいますか。
文字通り、すっ飛んで来ました。
「やりたいこと、色々と見つけてみようと思いまして。いわゆる自分探しの旅というやつです。でもぱっと思いつかなかったので、まずはあなたのお家の庭を見に来ました。そういうわけで、これからお世話になります」
「…………え?」
「万物を終末へと導くために製造された十機のアンドロイド──『機械仕掛けの防人』のバイプロダクト、十一機目にして崇高なる零番個体、完全無欠なる番外製品。最終機体〈MA-Ⅺ[n/a]〉。これからこの木造アパートの住人となりますので、よろしくお願いします」
「………………え?」
神楽坂ミコトは壊れたラジオみたいに、同じことしか言わなくなってしまいました。
まったく、もう。
そんなんだから人間は機械に勝てないんですよ。