どうも、〈
私は現在、三階の自室に家具を設置しています。当然ながら、私の持つ〈
がちゃがちゃ、ごちゃごちゃ。
うーん……、どうしてこう、姉たちが私に寄越したものはやたらといかにも
何せ、
さて、突如として神楽坂ミコトの木造アパートに押しかけた私ですが、Dr.機織によって
皆さんとてもいい人ばかりでした。どうしてこんなぼろっちい……失礼。古めかしい木造アパートに住んでいるのか分からない方々の巣窟でしたね。
……先ほどぽろっと言いましたが。この木造アパート、驚くことに三階建てなんですよね。自重で自壊しないか心配だったので、私の〈
それでも床が軋む音がするのですから、筋金入りのオンボロアパートです。いやまあ、構造的に鉄筋は入ってないでしょうから、筋金入りというのも何か変な話ですが。
大家さんである
どうやら老朽化にはほとほと困らされていたらしく、このままだと莫大な費用を注ぎ込んで、木造アパートを丸ごとリメイクする羽目になるところだったそうです。
「……ですよね、八咫さん?」
「ん、その通り。いやあ、アタシとしちゃあ本気でアンタの家賃をタダにしてやりたいところなんだけどな」
「いえ、あまり人に頼りすぎてもいけませんから──私は誰にも甘やかされることなく自活に勤しむ覚悟なのです」
……ええ。どうやら私は八咫さんに大層気に入られてしまったようでして。先ほどから私の部屋に入り込み、私の荷解きを見物しながら話しかけてくるのです。
推測なのですが、多分この木造アパートにプライバシーとかありません。だってこの人、さっき私の部屋に歯ブラシとコップ持って来てましたから。
「若い身空で立派なこって。ま、アンタがそうしたいならそーすりゃいいさ。アタシは大家でアンタは
そんな風に笑いながら、ベランダの方に移動してタバコを吸う八咫さん。この木造アパートには受動喫煙防止条例とか適用されないんでしょうか。されないんでしょうね。この木造アパート、どこまでも時代に取り残されています。
ううっ、臭いです。高性能な私の
このままだと私の部屋がタバコ臭くなってしまいます! しょうがないので私は〈
とか、そんなことをやっている間にも八咫さんは懐から何かを取り出し──!?
「ちょっと待ってください、梅酒みたいな感じで取り出しているけど、それはどう見ても自作の発泡酒ですよね?」
「いんや、これは発泡酒じゃねーよ」
「じゃあ何なんですか。何にせよお酒以外の何物でもないでしょう、それ……」
「これは自作のビールだ」
「どっちにしろ酒税法違反じゃないですか!」
「法律なんか知ったこっちゃないね! ここはアタシの土地だ、だからここではアタシが
まずい、まずいぞ。この木造アパート、もしかすると犯罪のオンパレードなのかもしれない。ここがそもそも違法建築である可能性すら考慮しなければなりません。
どうしましょう。何となく神楽坂ミコトと同じ木造アパートに引っ越して来たのは、もしかすると私の人生(あるいは機械生)において、初めての失敗となるかもしれません。
しかし、しかし。私はこんなことで狼狽えている場合ではないのです。先ほどから私の中での株が乱高下している八咫さんは放っておいて、さっさと荷解きを終わらせなければ。
何を隠そう。
私はこの後、お庭いじりをするのです。
しかも、神楽坂ミコトと一緒に、二人で。
なんだかんだで時刻は夕方。木造アパートの裏手──そこには、一種の生態系が広がっていました。
見渡す限りの雑草、見渡す限りの野花! 誰か一人でもお手入れをしようと思っていれば、ここまでの惨状にはなっていなかったでしょうに。
ちなみに。歩く法律違反こと八咫さんは私の部屋に置いてきました。あの人、私の部屋で私よりくつろいでいやがるので。もう放っておくことにします。
「見てください、神楽坂ミコト。この雑草、私よりも上背がありますよ。生意気な草どもは終末させるに限ります」
「……まあ、雑草を根絶するってこと自体には同意するんだけど……うーん──どうしたもんかな……」
そんなこんなで荷解きも終わり、私はこれから神楽坂ミコトと庭いじりに勤しむわけなのですが……しかし当の神楽坂ミコトは、何やら私の方を見ながらぶつくさと独り言をかましている始末。
これではいけません。せっかく楽しくお庭を整えようという時に、何か他の思考が挟み込まれる余地があってはいけませんから。その思考も終末に導いて差し上げなければ。
「どうしましたか、神楽坂ミコト。私のことをじろじろと見て──もしや、惚れたのですか? 惚れてしまったんですね? しょうがないですね、惚れることを許可します」
「どこから見たってあんたの見た目は十四歳がいいとこだろ──惚れただのなんだの抜かすには四年早い、出直してきな」
「……むう。〈
「いや、仮に恋愛の話をしているのであればそれは勝ち負けじゃないし、そもそもあんたの姉さんは学習元が一昔前ってレベルじゃねぇぞ……というか俺は何で今勝負を吹っ掛けられたんだ?」
そんなことは自分で考えてくださいね──と、言葉には出さずに態度で示す私。〈
確か目のハイライトを消して、大きめの包丁を持ちながら迫れば、人間は敗北を認めて跪くのでしたっけ……。そんな馬鹿なことを考えつつも、しかし私は神楽坂ミコトに、当初の疑問を投げかけました。
「ところで、神楽坂ミコト。結局の所私の顔を凝視していた理由は何なのですか? お庭の手入れの前に、それだけ聞かせていただきたいのですけど」
「ん? ああ、別に大したことじゃないんだけどさ。あんたの
「……ふむ?」
呼び名──なるほど、呼び名ですか。
つまるところが、あだ名でしょうか。
確かに私の名前…… 〈
想像してみましょう。私が木造アパートの住人のうち、誰かと遊びに行ったとします。この場合は遊園地としておきましょうか。で、共に遊びに行った人は、私にこう声をかけてくるわけです。
「〈
一般の方からすれば
それでもって、挨拶なんかは「万物を終末へと導くために製造された十機のアンドロイド──『
こんなんじゃ友達なんか一人もできません。それどころか厨二病として遠巻きにひそひそ笑われる中学生活を送ることになるのでしょう。それは嫌です、悲しいことです、寂しいことです。だから──
「──
「……例えが変だけど、まあそういうことで合ってる。そういうわけで今朝、あんたが押しかけて来た時から考えてるんだけど……、これが中々難しくてさ」
「ふむ。名前、名前……普通に『エムエーイレブンノットアプリカブル』じゃダメですかね?」
「それで行けると思うなら、それでいいけど」
ま、ダメでしょうね。とはいえ現状、私にはいい名前が思い付きません。きゅるきゅるとカメラアイを縮小させたり拡大したりしながら考えましたが、どうにも私には名付けのセンスはないようです。
名字だけは「機織」で確定でしょうが……、下の名前を考えるのってこんなに大変なのですね。と、そんなことを考えていたところで。神楽坂ミコトは、なんだかやりづらそうに口を開きました。
「……なあ。あんたは確か、人間の魂が核になってるんだろ? だったらその名前をそのまま使うってのは──」
「ええ、嫌ですよそんなの。私は私です、それ以外の何者でもありませんから……ま、何にせよ過ぎたことです。ずるずる引きずってもいいことありませんからね、ええ」
「──そっか。そうだよなあ……ちょっと待ってろ。俺がとびっきりのいい名前を思いつくまで、先に草むしりでもしといてくれ」
そう口にするなり、顎に手を当ててああでもないこうでもないと唸り始めた神楽坂ミコト。何が何だか分かりませんが、どうやら本気で私の名前を考えている様子。
別にそこまで困っているわけでもないのですが……、まあ、はい。これで案外、悪い気はしませんね。
「……さて。それじゃあ草むしり、やっちゃいましょうかね」
神楽坂ミコトは今なお私の呼び名を考えてくれていますから、まずは草むしりを──と思ったのですが。流石にここまで背の高い草まみれとなると、草むしりというよりかは
というわけで。
私は自身の背丈よりも一回り大きい巨大な鎌を生成し、手に持ちました。銘は……考えるのが面倒なので「クサカリーパー」としましょう。〈
さて、このクサカリーパーにはとある機能が備わっています。全体を覆っている歯車を
これを用いることによって、鎌は目にも留まらぬ速さで対象を切断し、一瞬とはいえそこには何も存在しない空間を生み出すわけです。私が腕を振ると、その空間に
それじゃあ、草を
気分はさながら、〈
「雑草ども!
そうしてもたげられた死神の鎌は、瞬く間もなく万象一切を刈り取りました。
当然のことながら、
それが私の偉大なる姉、〈
「ふうっ……初めてやってみましたが、意外と真似られるものですね」
私の視界の先には、夢にまで見た見晴らしの良いお庭が広がっていました。決して広いとは言えませんが、それでもお庭はお庭です。
ああ、これからこのお庭は私のものになるのです。それを思うと心が弾みます。どんなお花を植えましょうか、畑を作るのもいいかもしれません。いっそのこと、枯山水に手を出してみるのも──っと。浸るのもいいですが、草刈りが終わったこと、神楽坂ミコトに報告しなければなりませんね。
そう考えた私が、振り向いたとき。
神楽坂ミコトは、目を見開いて驚愕の様相を浮かべていました。
「なっ……えっと、草むしりは……終わったのかな?」
「はい、終わりました。親愛なる〈
「そ、そっか。いつかは俺にもできるかな……じゃなくて! 名前!」
「おお。私が草刈りに勤しんでいる間中考えていたのですから、それはもう上等な名前を考えてくれたのでしょうね」
「おうとも。ぶっちゃけた話、結構自信あり寄りだぜ」
「あり寄り、ですか?」
「あり寄りの、ありだ。いいか、よく聞いとけよ?」
にかっと笑った神楽坂ミコトは、私の肩に置いていた手を頭の上に
そうして、目線を合わせてから。
はっきりとした口調で、こう告げたのでした。
「──
……マキナ。機織マキナ。
なるほど。つまりは〈MA-Ⅺ[n/a]〉をそのまま読むことにしたのですね。
恐らく、私の〈
機織マキナ、ですか。
ああ、本当に、どうしようもないくらいに──
「──ありきたりな名前ですね……」
「ああ、そうだろ……って、えぇ!? いや、結構いい名前じゃないか……!?」
「ありきたりすぎです、ご近所さんを歩けば『マキナ』なんて十一人くらい見つかります。そんなありふれた思考回路だから、せっかくの草刈りチャンスを逃すことになるんですよ、神楽坂ミコト」
「なっ、そ、そうか……お気に召さなかったか──いやでも! もう一度だけチャンスをくれ! 必ずお前が納得するような名前を──」
ありきたりな名前を付けておきながらぎゃあぎゃあと騒いでいる神楽坂ミコトを見て、私は思わずため息をこぼしてしまいました。
……だって。
別に文句なんて、言うつもりもありませんから。
「──でも、いいんです。気に入りましたから」
「……えっ? あれ、気に入って……くれたのか?」
「さて、どうでしょう。私はアンドロイドなので、同じことを二回も言いたくはないのです。それじゃあ、刈った雑草の後始末は頼みましたよ、神楽坂ミコト」
「なっ、ちょっ! おい!?」
私はそう言って、自分の部屋の窓へとひとっ飛び。下からやんややんやと騒ぐ声が聞こえましたが、それも次第に聞こえなくなりました。
……マキナ。機織、マキナ──ですか。
……マキナ。マキナ。機織マキナ。
「……アンタ、もしかして酔っ払ってんのか? アタシに隠れて酒でも飲んだのかい……つって! かかかっ」
「私は肌が白いので、夕日で照らされてそう見えるだけです。酔っ払いは黙っててください」
未だに部屋に居座っている八咫さんにそう言い返すも、しかし返ってくるのはご機嫌そうな「かかかっ」という笑い声だけだった。
……私はアンドロイドだから、顔が紅潮する機能とか付いてないんだってば。
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