異世界日本の山村もふもふ生活記 ~春夏秋冬の飯テロ暮らし~   作:瑞牆さん

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第7話 雑穀・豆・芋だけの畑

朝、もこの水桶を洗い、ぬるい湯を少し足し、干し草を小屋の奥へ寄せてから、俺はようやく自宅畑の前に立った。

東からの光が畝のまだ浅い起伏を照らしている。土は黒く湿り、鍬を入れたところだけが少しほぐれて、少し春の匂いを立てていた。

 

くろすけは畑の端で座り、俺と畑を交互に見ている。

もこは物置横の小屋の入口で干し草に顔を突っ込み、こちらへ来る気配はない。

今のところは、だ。

綿角が畝へ入ったら、毛と草と泥で大変なことになる。

 

「今年は、菜を主役にしない」

 

俺が畑に向かって宣言すると、お妙婆が鍬を肩に担いだまま、横目でこちらを見た。

 

「畑に宣言しても、畑は返事をいたしませぬ」

 

「返事されたら怖いだろ」

 

俺は畑の端に置いた麻縄と木杭を見た。

前に区画だけは大まかに決めていたが、もこ騒動で細かい植え付けは後回しになっていた。

今日はそこへ、雑穀、豆、芋を入れる。

 

「若様、本当に菜は少なくてよろしいので?」

 

お妙婆が、保存食置き場から出してきた種袋を確かめながら聞いた。

袋の中には、雑穀の粒、豆、そして種芋に回す小さめの芋がある。

うちの畑に入れて、冬に食べる分と種に回す分が少し採れれば上出来だ。

 

「菜は山菜もあるし、交換もできる。もちろん食卓から消す気はないけど、今年の畑は冬に腹にたまる方を優先する」

 

「米の代わりでございますか」

 

「米の代わり、と言うと田吾作爺に怒られそうだ。ただ、少ない時に椀を寂しくしない逃げ道だな」

 

お妙婆は小さく頷いた。

 

「まず芋だな」

 

俺は畑の奥、少し高くなっている場所を指した。

沢に近い側は水が便利だが、湿りすぎる。春の土がこれだけ冷たいのに、水が溜まるところへ芋を入れるのは気が進まない。

 

お妙婆も同じ場所を見て、鍬の先で土を軽く掘った。

掘り上げた土は湿っているが、握るとほどける。べたつきすぎてはいない。

 

俺たちは芋の区画から始めた。

鍬を入れると、湿った土の匂いがふわりと上がる。春の土は重く、持ち上げるたび腕にじわじわ効いた。

お妙婆は俺より小柄なのに、鍬の運びが迷わない。土を起こし、畝の肩を作り、石を脇へ寄せる。

 

俺は生活魔法で土を乾かそうとして、やめた。

表面だけ乾かしても、中の冷たさまでは変わらない。強くやれば土の具合を壊しそうだ。

 

「乾かしませんのか」

 

「少し考えたけど、やめる。水気を抜きすぎたら芋にも悪そうだし、魔法でどうにかしてもすぐに戻るだろうし」

 

「よろしゅうございます。土は土の都合がございますから」

 

土の都合。

なかなか強い言葉だ。

種芋は大きいものを食べる方へ残し、小さめで芽のしっかりしたものを選んだ。間を空けて畝へ置いていく。

 

お妙婆が灰を薄くまぶす。

 

「灰までいるのか」

 

「灰は病除けでございます」

 

「世の中、捨てるものほど後で使うな」

 

「若様の言い訳も、たまに役に立つとよろしいのですが」

 

お妙婆は容赦がない。

俺は土をかぶせながら、芋の列を見た。

 

次は豆だった。

豆の区画は畑の中央寄りに取る。風が通りすぎず、世話に行きやすい場所だ。いずれ支柱が必要になるので、通路を狭くしすぎない。

 

お妙婆は選別していた豆の袋を開けて手にとった。

ころころした豆が手のひらで光り、乾いた皮の匂いがした。

 

「豆は支柱がいりますな」

 

「今から立てるか?」

 

「芽が出てからでもよろしゅうございます。ただ、竹は先に見ておかねば」

 

「後回しにすると忘れるからな」

 

俺が言うと、お妙婆が何とも言えない顔をした。

 

くろすけが、そこで動いた。

畑の端に置いていた麻縄を鼻先でつつき、なぜか端を咥えた。黒い体がすっと歩き出す。縄はずるずると畑の上を引かれ、豆の区画を越えていく。

 

「おい、待て。測量役を任命した覚えはない」

 

くろすけは止まらない。

むしろ少し得意げに、縄を引いたまま芋の畝の方へ向かう。

 

「くろすけ様、畝の中へはお入りにならんでくだされ」

 

お妙婆の声に、くろすけはぴたりと止まった。

やはり俺の声では止まらないのに、お妙婆の声では止まる。

 

俺はくろすけの口から縄を取り返した。黒い鼻先に土がついている。

 

「縄は食えないぞ」

 

くろすけは横を向いた。

食べる気ではない、という顔だ。

たぶん手伝っているつもりだったのだろう。実際、引かれた縄は意外とまっすぐだった。腹立たしいことに。

 

「この線でいくか」

 

お妙婆が笑いを含んだ目で、豆の区画を見た。

 

「くろすけ様の縄張りでございますな」

 

豆は間を取りながら土へ押し込んだ。深すぎず、浅すぎず。

指先で穴を開け、豆を落とし、土をかぶせる。地味な作業だが、豆の丸みが土に隠れる瞬間は、妙に後戻りできない感じがある。

 

もこが、小屋の方でめえと鳴いた。

見ると、入口から半分出て、こちらを見ている。干し草はまだ口にくわえている。興味があるのか、ただ人が動くので気になるのか。

 

「もこは来なくていい。畝を踏むなよ」

 

もこは、もちろん返事をしない。

一歩、こちらへ出かけたところで、くろすけがすっと間に入った。怒るでもなく、吠えるでもない。ただ黒い体を横に置く。

もこは毛を少し膨らませ、めえと鳴き、結局また干し草の方へ戻った。

 

「助かった」

 

くろすけは尻尾を一度だけ振った。

さっき縄を引いた件は、これで帳消しと言いたげだ。

 

最後は雑穀だった。

雑穀の区画は風を受けにくい畑の手前側に取った。背が伸びても倒れにくいように、山側からの風を物置と薪小屋が少し受けてくれる位置だ。

粒は小さい。

これが本当に腹の足しになるのか、と初めて見た時は思った。だが粥に入れると、ぷつぷつした歯触りと香ばしさがある。

 

「米を減らしたいわけじゃないんだよな」

 

俺は種を少しずつまきながら言った。

 

「分かっております」

 

お妙婆は後ろから土を薄くかぶせる。

 

「米はうまい。田吾作爺が手をかけてくれているのも分かる」

 

春の畑の片隅で語るには、少し大げさだったかもしれない。

お妙婆は何も言わず、土をならした。しばらくしてから、ぽつりと返す。

 

「飯の椀は、責めるためのものではありませぬからな」

 

その言い方が、妙に腑に落ちた。

飯の椀は、腹を満たすためにある。ため息を入れる器ではない。

 

昼前、畑道から太助が顔を出した。

前にも鍬の手つきで驚いていた村の若者だ。背負子に細い竹を何本か積んでいる。

 

「若様、竹を少し持ってきました。豆に使うかもしれねえって、お妙婆様が言ってたんで」

 

「助かる。だが、村の畑を全部これにする話じゃないぞ」

 

太助はきょとんとした。

 

「へえ?」

 

「うちの自宅畑で試すだけだ。うまくいくか分からないし、村の作付けを変えるなら庄屋を通す。俺が思いつきで命令する話じゃない」

 

太助は背負子を下ろし、少し困ったように笑った。

 

「若様、俺は竹を置きに来ただけです」

 

「そうか。すまん、すまん」

 

前世の癖だ。誰かの「ちょっと試す」が、いつの間にか全員参加の強制行事になるのを何度も見た。

 

お妙婆が竹を一本手に取り、節の位置を見た。

 

「太助、よい竹でございます。芽が出たら支柱に使いましょう」

 

「へえ。じゃあ俺、また何か要る時に来ます」

 

太助は竹を置き、くろすけに軽く頭を下げてから畑道を戻っていった。

くろすけは竹の一本へ鼻を寄せたが、咥えなかった。今度は賢い。

 

昼飯は、畑の脇で済ませた。

お妙婆が土間から持ってきたのは、朝の粥の残りを丸めて焼いたものと、山菜味噌、それに温かい白湯だった。

 

「畑で食べると、だいたいうまいな」

 

「働いた後でございますから」

 

「その理屈は危険だ。働かせればなんでもうまく食うと思われる」

 

「実際、よく召し上がっております」

 

俺は反論の代わりに、焼いた粥を口へ入れた。

くろすけには焼き魚の端を少し。もこには柔らかい草を追加した。

くろすけは魚を食べ、もこは草を噛み、俺は畑を見る。なかなか変な光景だが、悪くない。

 

午後、残った種を確認し、畝の端へ小さな木札を立てた。

雑穀、豆、芋。

字にすると、あまりに素っ気ない。だが腹に入れば強いことがある。

 

お妙婆は最後に畑の端へ手を合わせた。

大げさな祈りではない。台所で鍋に蓋をする時と同じ、暮らしの中の短い所作だった。

 

「今年の腹の足しになりますように」

 

俺も、土の上に置いた鍬を見た。

植えた。

植えてしまった。

つまり、草取り、水の具合、支柱、土寄せ、虫、もこの侵入防止、くろすけの謎の手伝い、全部が来る。

 

「植えたからには、面倒を見るしかないか」

 

言った瞬間、肩が少し落ちた。

くろすけが隣へ来て、鼻先で俺の袖を押した。

もこは小屋の前で干し草を噛みながら、めえと鳴いた。

 

励まされたのか、仕事を追加されたのか。

その判断は難しい。

 

俺は畑をもう一度見渡した。

春の冷たい土の中に、雑穀と豆と芋が隠れている。まだ芽もない。ただの土だ。

けれど、そのただの土を見ていると、椀の中に少しだけ別の未来が混ざった気がした。

 

「次は庄屋に、小さく話しておくか」

 

お妙婆が鍬を担ぎ直す。

 

「小さく、でございますよ」

 

「分かってる。大きく話すと大きく面倒になる」

 

くろすけが尻尾を振った。

山裾の春風が畑を渡り、立てたばかりの木札をかすかに揺らした。

 

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