異世界日本の山村もふもふ生活記 ~春夏秋冬の飯テロ暮らし~   作:瑞牆さん

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第9話 朝筍と山菜乾燥棚

翌朝、俺はまだ布団の温かさを諦めきれずにいた。

春とはいえ、山裾の朝は冷える。

 

「若様、竹林へ行ってきてくだされ」

 

台所から、お妙婆の声が飛んできた。

声の調子だけで、断れない用事だと分かる。

 

「竹林は俺を呼んでない」

 

「筍が呼んでおります」

 

「聞こえない」

 

二度寝を決めようとすると、くろすけに布団をはがされた。

黒い毛の先に朝の薄い光が乗り、尻尾だけがゆっくり揺れている。俺が動くのを待っていた顔だ。

 

台所へ行くと、お妙婆は籠と小さな鍬を用意していた。

 

「竹林の端に筍が出始めました。そのままにしておくと、伸びすぎたものが混んで、後で面倒でございます」

 

「後で面倒なら、今も面倒だ」

 

「食べる分は、土から顔を出したばかりの小さいものだけ。大きく伸びた芽は、蹴っ飛ばして倒してきてくだされ」

「後になると竹用の鋸で切ることになりますぞ」

 

「蹴っ飛ばすだけなら得意だ」

 

「食べられるものまで蹴らんでくだされ」

 

俺は籠と鍬を持ち、くろすけに先導されて裏の竹林へ向かった。

家の脇では、もこが小屋の入口から顔だけ出していた。白い毛の塊が、干し草をくわえたままこちらを見る。

 

「留守番だ」

 

めえ、と返事のような声がした。

返事か不満かは分からない。干し草を噛んだままなので、たぶん半分は不満だ。

 

竹林は裏手、山へ入る道の少し脇にある。

朝露を吸った落ち葉が足の下でしっとり沈み、竹の葉が頭の上でかさかさ鳴った。

 

くろすけは迷わず奥へ進んだ。

そして、前足で地面を軽く押す。

 

見ると、落ち葉の間から、茶色い先がほんの少し出ていた。

言われなければ石か根っこに見えたかもしれない。

 

「それは食べる方か」

 

くろすけは鼻先を近づけ、すぐに横へどいた。

掘れ、ということらしい。

 

俺は小鍬で周りの土を崩した。

土はまだ冷たく、湿り気を含んでいる。筍の皮に鍬を当てないように少しずつ掘ると、丸く太った根元が出てきた。大きくはない。片手に収まるくらいだ。

 

「これを朝飯にするのは、だいぶ贅沢だな」

 

くろすけが耳を動かした。

食べるものだと理解している顔だ。ただ、肉でも魚でもないので、期待は半分に見える。

 

そのあとも、くろすけは鼻先と前足で場所を示した。

出たばかりのものは三つだけ掘った。お妙婆の言う通り、食べる分だけだ。

 

一方で、すでに膝くらいまで伸びた芽もあった。

細いのに勢いだけはある。放っておけば、ここに竹が増えて、竹林が混みすぎる。

 

「悪いな。お前は飯ではなく、管理対象だ」

 

俺は足で根元を踏み、ぐっと力を入れて倒した。

ぱきり、と乾いた音がする。若い竹の匂いが少し強くなった。

 

前世で、後でやろうと思っていた問題が、膨れ上がってひどい目にあった時の顔が頭をよぎる。

あとでやろうは馬鹿野郎か…

 

何本か倒していると、くろすけが急に立ち止まった。

竹の根元、落ち葉の下に隠れるように、小さい筍がもう一つある。

 

「それは持って帰れと」

 

くろすけは筍を見て、俺を見た。

 

「お妙婆に怒られない数だな?」

 

今度は尻尾が一度だけ揺れた。

便利なようで、責任は俺に来る合図だ。

 

結局、籠の中には小筍が四つ入った。

倒した芽は、竹林の端に寄せる。道を塞がないようにして、乾けば焚き付けの足しになるかもしれない。

 

家へ戻ると、お妙婆は土間で湯を沸かしていた。

 

「よい大きさでございますな」

 

お妙婆は小筍を受け取り、皮をむいた。

外の皮は土と朝露をまとって固いが、中へ進むほど白く、みずみずしい。俺は桶の水を替え、洗浄魔法で包丁とまな板を清めた。

 

「アク抜きしないのか」

 

「出たばかりでございますから、少しだけ刺身にいたしましょう。残りは湯を通します」

 

お妙婆は薄く、薄く切った。

刃が入るたびに、筍の白い断面が光る。皿に並ぶと、朝の土から出てきたものとは思えない涼しさがあった。

 

小皿には醤油。

それから、お妙婆が削った削り節が少し。

 

「米より先に、これか」

 

「朝採りは待ちませぬ」

 

その言い方はずるい。

 

俺は一切れを箸で取り、醤油をほんの少しだけつけた。

口に入れると、まず水気が来た。

冷たいわけではない。ただ、竹林の土の中にあった水が、そのまま白い身に閉じ込められていたような瑞々しさだ。

 

噛むと、ぱきりと音がした。

柔らかいのに、歯を押し返す芯がある。青い竹の匂いそのものが鼻へ抜け、後からほのかな甘みが追いかけてくる。えぐみは一切ない。

 

醤油の塩気がその水気を締め、削り節の香りがふわりと乗る。

たった一切れなのに、飯とは別の贅沢があった。

 

「……これは、面倒でも掘る価値がある」

 

「でしょう」

 

お妙婆は当然のように頷いた。

 

くろすけにも、湯を通した端を少しだけ出した。

くろすけは匂いを嗅ぎ、ゆっくり口に入れ、しばらく噛んだ。

そして俺の方を見た。

 

「魚ほどではない、という顔だな」

 

尻尾が半分だけ揺れた。

正直でよろしい。

 

もこには筍ではなく、柔らかい若草を少し足してやった。

筍の匂いに鼻を寄せたが、草の方へ口を伸ばす。白い毛が小屋の入口でふくらみ、満足そうに噛んでいる。

 

朝飯は、筍の刺身のほかに、湯を通した筍を刻んで粥へ少し入れたものだった。

粥のやわらかさの中で、筍の歯触りだけが小さく残る。噛むたび、ぱきりと春が鳴った。

醤油を少し落とすと、米の湯気と筍の青い香りが合わさり、朝の体にちょうどよかった。

 

食べ終える頃には、俺はもう働いた気になっていた。

だが、お妙婆は許してくれない。

 

「では、乾燥棚でございます」

 

「今、竹林管理という重要任務を終えた」

 

「朝飯で報酬も受け取りました」

 

前払い制だったらしい。

 

物置横には、前から山菜を干す話があった。

もこ小屋の近くは日当たりがいいが、近すぎると干し草や水桶の動線とぶつかる。風は通したい。雨は避けたい。

 

俺とお妙婆は、物置の壁、もこ小屋、水桶を見ながら場所を決めた。

 

「ここだな。壁から少し離す。風は抜ける。雨は軒でだいぶ避けられる」

 

「もこの水替えにも邪魔になりませぬ」

 

棚の材料は、物置に残っていた細い板と、古い木枠だった。

使えるものを選び、土を払い、表面を生活魔法で軽く乾かす。湿ったまま組むと歪む。強く乾かすと割れる。

こういう加減が、地味に面倒だ。

 

くろすけは山の方へ少し消えたかと思うと、細い枝を咥えて戻ってきた。

見事に曲がっていた。

 

「これは、何に使えと」

 

くろすけは得意げに胸を張った。

枝は乾いていて軽い。だが、棚の支えにするには曲がりすぎている。

 

「芸術点は高い」

 

お妙婆が横から見て、少し笑った。

 

「風向きを見る棒にしましょうか」

 

「採用されるのか」

 

曲がった枝は、棚の脇に立てることになった。

布切れを少し結べば、風の向きが見える。くろすけはそれで満足したらしく、棚の横に伏せた。曲がった枝を見張っているようにも見える。

 

棚は簡単なものだ。

腰より少し高い位置に木枠を組み、細い竹を渡し、その上に薄いすだれを置く。下からも風が通るよう、地面には直接触れさせない。

上には古い板を少し斜めにかけ、急な雨が当たりにくいようにする。

 

俺は修繕魔法で緩い継ぎ目を締め、釘の代わりに縄を使うところは、お妙婆に結び方を見てもらった。

縄はきつすぎても木が割れる。緩すぎても風で揺れる。

 

昼前、昨日までに採って灰汁を抜いた山菜を少し並べた。

こごみ、うどの薄切り、ふきの葉の若いところ。全部を一度に干すほど量はない。

まずは試しだ。

 

俺は乾燥魔法を弱くかけた。

山菜の表面から水気が逃げ、葉が少し縮む。

 

「もう少し強くすれば早いな」

 

そう言って少し強めた瞬間、青い香りがふっと薄くなった。

 

お妙婆が咎めるような目でこちらを見た。

 

「若様」

 

「今のは試験だ」

 

「香りが逃げました」

 

「試験結果が出た」

 

結局、乾燥魔法は表面の水気を飛ばす程度にして、あとは風に任せることにした。

棚の横の曲がった枝につけた布切れが、かすかに揺れている。くろすけの持ってきた枝が、意外な顔で役に立っていた。

 

 

夕方になると、山菜は朝よりずいぶん縮んでいた。

色はまだ少し残り、近づくと青い香りがする。生の時の勢いとは違う。乾いて軽くなった分、香りがぎゅっと寄った感じだ。

 

お妙婆は一つ摘んで、指で折り具合を見る。

 

「明日、もう少し干せばよろしいでしょう。湿りが残りすぎると傷みます」

 

「冬に戻したら、汁に入るか」

 

「入ります。味噌にも、粥にも」

 

冬。

まだ春なのに、その言葉だけで肩が少し重くなる。

雪、冷たい水、米の心配、もこの毛、くろすけの寝床。考えるだけで面倒が積もる。

 

けれど、棚の上の縮んだ山菜を見ると、面倒が少し形になっていた。

今日干したものは小さい。

村をどうこうする量ではない。

それでも、冬の椀にひとつまみ入れば、春の匂いが戻る。

 

「保存食が増えるほど、冬の面倒が減る」

 

俺は自分に言い聞かせるように言った。

 

お妙婆が満足そうに頷く。

 

「その通りでございます」

 

「言い聞かせているだけだ」

 

「言い聞かせて動けるなら、上等でございます」

 

くろすけが立ち上がり、俺の袖を軽く咥えた。

物置の向こう、沢へ続く道の方を見ている。

 

「今日はもう働いた」

 

くろすけは袖を離さない。

もこが小屋の入口で、めえと鳴いた。干し草を噛みながら、なぜかこちらを見ている。

 

お妙婆が山菜の籠を持ち上げながら言った。

 

「明日は沢の様子も見ておきましょうか。春の魚も、今のうちでございます」

 

くろすけの尻尾が、ゆっくり揺れた。

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