あれから約三週間の月日が流れた。
試験まで残り三日。学園行きの馬車は隣町から出るため、今日が村を出立する日となる。隣町とはいえ、道中は丸一日がかりだ。これまで村の外にほとんど出たことのない自分たちにとっては、立派な旅と言っていい。
「二人とも、忘れ物はない? ご飯、多めに入れておいたけど、ちゃんと計画的に食べるのよ? 一応お小遣いも多めに入れたけど、無駄遣いはダメだからね?」
村の入り口まで見送りに来てくれた神父様とエリカさん。
そのうち、エリカさんはというと、出発直前だというのに、同じ確認を何度も何度も繰り返していた。
「わ、わかってるよ……」
そう答えながらも、内心では少し気恥ずかしさを感じていた。
リュックの中身は、せいぜい二、三日分の着替えと簡単な食料程度。何度も確認するほどの量ではない。それに、周囲には村人の姿もちらほら見える。この光景を見られるのは、正直かなり恥ずかしい。
「それじゃあ、そろそろ出発するよ?」
馬車を操る御者のおじさんが、荷台に乗るよう声をかけてくれた。
自分とミオは顔を見合わせ、軽く頷き合ってから荷台に乗り込む。
――ナイスタイミングだ。
「サダメ、ミオ。精一杯、頑張って来なさい」
神父様の静かで力強い激励とともに、馬車がゆっくりと動き出す。
揺れとともに視界が遠ざかり、やがて村の景色が少しずつ小さくなっていく。二人の姿も、次第に豆粒ほどになっていった。
胸の奥に、じんわりとした寂しさが広がる。
「ねえ、サダメ」
「ん?」
神父様たちの姿が肉眼で確認できなくなった頃、ミオが不意に声をかけてきた。
「私たち、小さい頃……結構、散々な思いしてきたよね」
「? う、うん……?」
突然の話題に、少し戸惑いながらも頷く。
まさかこのタイミングで昔話が出てくるとは思わなかった。てっきり試験の話や、意気込みを語るものだとばかり思っていたのに。
「たぶん、今この瞬間も、私たちと同じように酷い目に遭ってる子がいるかもしれない」
「……」
ミオの言葉は、思っていた以上に重かった。
魔物の脅威が消えていない以上、恐怖の中で暮らしている人がいるのは当然だ。そして、それが子供である可能性も、決して低くはない。
――過去の自分たちのように。
「でも、今の私たちじゃ、どう頑張っても助けてあげられない」
ミオは、膝の上で拳をぎゅっと握りしめていた。
「だから、学園でいっぱい勉強して、力を身につけて……一日でも早く、たくさんの人を助けたい」
「……ミオ」
学園に行きたい理由は、これまでも聞いてきた。
正直なところ、どこかで“学校に行くための口実”だと思っていた部分もあった。
だが、今目の前にいる彼女の瞳は、迷いも冗談も一切ない。
本気だ。疑いようがないほど。
「一緒に頑張ろう、サダメ。サダメがすごい勇者になって、私が最強の治癒師になるの」
「……」
「道は違っても、目的は同じだと思うの。二人の夢が叶えば、きっと世界中の人を助けられるよね?」
「ッ……!」
その言葉に、胸を打たれた。
そうだ。一人で世界を救うことばかり考えていたけれど、二人でなら、もっと多くの人を救えるかもしれない。
そんな発想、今まで一度も思いつかなかった。
ひょっとすると、彼女の目指す場所は、自分が思っていた以上に高いところにあるのかもしれない。
「……ああ、そうだな」
「へへっ。そう思ったら、なんだか楽しみになってきたね!」
さっきまでの重い空気が嘘のように、ミオは笑った。
「でもさ、最強の治癒師って、具体的にはどんな感じなんだ?」
「ええ? えっと……たぶん、どんな怪我も、こう……片手でひゅんって!」
「片手でひゅんって、なんだよ……」
思わず苦笑すると、ミオも楽しそうに笑った。
それからしばらくの間、荷台の中では他愛もない会話が続いた。
不安もある。緊張もある。
それでも――この旅は、間違いなく自分たちの第一歩だ。
――転生勇者が死ぬまで、残り4115日。